Demon King of Phantom Thief – a Betrayed Thief Stole the Stats and Skills of the Hero Party Then Reigned Over the World
49 Stories Marie, Get a Friend
市場はとても賑やかだった。
あちこちの店から、呼び込みの声が飛び交う。
店員と客との気さくな会話があったり、値段交渉をしている人もいる。
台の上に積まれたナガンの実の甘い香り、並べられた鮭が生臭い。
そんな中にあって、思わずお腹が鳴るような、香ばしい匂いが漂ってきた。
「あ、あれ美味しいんですよ!」
ローズに手を引かれて辿り着いたのは、牛肉の串揚げの屋台だ。
「1本ずつ下さい!」
「あいよ!」
ローズが代金を手渡すと、大柄な店主が紙袋に串揚げをくるむ。
「お嬢ちゃんたち可愛いから、こいつをオマケしてやろう!」
店主は別の紙袋に、揚げ芋を包んでくれた。
「やだー太っちゃうー! おじさんありがとうっ!」
やっぱりローズは外遊びに慣れた様子だ。
「あ、ありがとうございますっ」
マリィは慌てて頭を下げた。
「向こうにベンチがありますから、そこで食べましょう」
「あの、お代金なのですけれど……私、部屋に帰ってもトリストラム王国の貨幣しか持ってなくて……」
マリィがおずおずとそう言うと、ローズはぽんっとブラウスの背中を叩いた。
「私のおごりですよっ」
「あ、ありがとうございます……」
小さな公園のベンチで、ふたり並んで串揚げを食べた。
ひとくちかじると、じゅわっと熱い肉汁が出てきて、それが甘辛いソースと絡み合う。
「美味しい……」
「でしょー?」
マリィは、ふと空を見上げた。
家々に区切られた真っ青な空に、ぽっかりと小さな雲が浮かんでいる。
「こんなふうに、お外で食事をするなんて久しぶりだわ……」
マリィが呟くと、興味津々といった様子で、ローズが言った。
「それって、魔王を倒す旅のときですか?」
「ええ。野営をすることも多かったですから」
「そういうの、憧れます!」
ローズのくちびるは、串揚げの油で光っている。
「勇者様とか、戦士様とかと旅をしてたんでしょう?」
「ええ、そうですよ」
マリィが答えると、ローズはにいっと笑った。
「旅の途中で、うっかりパーティーの誰かを好きになっちゃったり、なんてことあるんじゃないですか?」
「そ……そんなことは……っ」
無かったとは言えない。
現にゲルムとメラルダは公然の仲だった。
しかしマリィの頭に浮かんだのは、不思議とそのふたりではない。
『索敵完了だ。この周囲5キロに魔物はいない……』
まだ魔王でなかったときの、盗賊キース。
思い出したのは、ひたいの汗を拭うその顔だ。
「そんなことは……ないですよ……」
マリィはうつむいて、揚げ芋を口に入れた。
「ふーん、そうなんですかー」
ローズは少しつまらなそうに口を尖らせて――それから、また笑った。
「私、恋物語の本を読むのが好きなんです。いつも聖典を読むふりして、夜にこっそり読むんです」
「よくそんなもの、修道院に持ち込めましたね」
「ちょっとしたコツがあるんですよ」
シスターは、結婚を禁じられている。
けれどもいつか、誰かに見初められて還俗するのは、若いシスターみんなの夢だ。
「私も、恋をしてみたいな」
ローズはハンカチで、指の油を拭いながら言った。
「でも、ピンと来ないんですよね。私、物心ついたときにはもう修道院にいましたから」
捨て子か、それとも貴族や金持ちの庶子か。
そのどちらであるかは、もちろん教えてはもらえない。
修道院の中では、みな神の子だ。
「私も同じです」
マリィは言った。
「私も親の顔を見たことがないんです。気がついたときには、ずっと修道院と教会と救貧院を行き来してて……」
「それで、勇者パーティーに選ばれて外に出たんですね。私も【ヒール】が使えたら外に出られるのかなあ……」
空を見上げて、ローズは言った。
「魔力がないわけじゃないんだけどなあ……これくらいのことはできるんですよ」
ローズはマリィの方を向いて、手のひらで輪を作った。
「其は清らなる……【アクア】」
その詠唱とともに、丸い水の塊が空中に現われた。
「これをこうして……」
ローズが指を動かすと、水はレンズのように形を変える。
「では聖女さま、この水に顔を近づけてください」
「? ……ええ」
マリィは言われたとおりに、水の塊に顔を近づける。
水の向こうからローズの顔が近づいて来て――鼻先どうしがツンと当たった。
「きゃっ」
その瞬間、水はぱしゃっと破裂して、ふたりともびしょ濡れになる。
ローズが指をパチンと鳴らすと、水はたちまち空へと消え去った。
「………………」
ふたりの目が合って、同時にぷっと吹き出した。
「もうやだ! やめてくださいよ!」
「あ、聖女様!」
ころころと笑うマリィに、ローズが言った。
「私、聖女様が笑うところ初めて見ました!」
思えば、コールデン共和国に来てからこっち、こんなに笑ったのなんて、初めてのことかもしれない。
「ローズさん」
「どうしました、聖女様?」
「私のこと、マリィって呼んでくれると、嬉しいです……」
マリィが少し頬を染めてそう言うと、ローズはにっこりと笑った。
「じゃあ、私のこともローズって呼び捨てにしてください」
「わかりました……ローズ」
「マリィ」
そう言ってふたり、またくすくすと笑った。
「またこうして、お出かけしましょうね、マリィ」
ローズが両手を差し出してきたので、マリィは指の間に指を通してきゅっと握る。
「ええ、約束ですよ。ローズ」
ふたりは食事の時間になる前に、またこっそりと修道院に戻った。
今朝の憂鬱がまるで嘘のような、とても楽しい1日だった。
食事の時間、ローズと密かにウィンクを交わした。
お祈りが終わって、部屋に帰ると、もう夜だ。
マリィはひとり、今日のお出かけのことを思い返していた。
「ローズ……」
呟いてみると、マリィ、と返ってきそうな気がする。
友達と呼べる相手ができたのなんて、いつぶりのことだろう。
マリィはカーテンを少し開けてみた。
ローズは夜にこっそり恋物語を読むのだという。
しかし、ローズの部屋には灯りが点いていなかった。
(今日は遊び疲れて、早く寝てしまったのかしら……)
カーテンを閉めると、マリィはくすりと笑ってベッドに入った。
“聖女”から解放された楽しい時間を思い返しながら、マリィはゆったりとまどろみの底に沈んだ。
………………。
…………。
……。
ローズが機嫌良く部屋に戻ろうとしたとき、廊下の向こうから大勢の足音が近づいて来た。
「やあ、シスター・ローズ。ごきげんよう」
大神官とその取り巻きを見て、ローズの笑顔が消える。
「大神官様……今日はその日では……」
声の震えをこらえて、ローズは言った。
大神官は朗らかに答える。
「予定が変わりました。では行きましょう」
「………………はい、大神官様」
大神官はきびすを返して歩き出す。
ローズは肩を落としてその背中に付き従い、廊下の奥へと消えていった。