Demon King of Phantom Thief – a Betrayed Thief Stole the Stats and Skills of the Hero Party Then Reigned Over the World
84 Stories Marie, Visiting the Thief Demon King's Bedroom
少女はマリィの隣で、心地よさそうに眠っている。
キースはディアナの紫色の瞳を見て言った。
「じゃあ、さっき言ったとおりだ。ディアナ、彼女を頼む」
「畏まりましたわ。寝室を用意し、夜をとおしてゴーレムの監視をつけます」
「そうしてくれ。それとマリィ」
キースの言葉に、マリィは思わずびくりと身体を跳ねさせた。
今ので少女が目を覚まさなかったか顔を覗き込んだが、相変わらず静かな寝息を立てている。
「俺の部屋で待っている。都合の良い時間になったら来てくれ」
「は……はい……その…………わかりました……」
マリィは自分の膝を見つめて、消え入りそうな声で答える。
「どうした? 顔が赤いみたいだけど、飲み過ぎたのか? よければアレイラ特製の酔い覚ましを……」
「いえっ、その、大丈夫です! ご心配にはおよびません!」
マリィはこのパーティーで、お酒をほとんど飲んでいない。
顔が赤いのは、今日の夜に起こることが頭を離れないからだ。
「それなら良いんだが……ともかく、夜に」
「はい……」
そんなふうにもじもじしているマリィを、ディアナはジトッとした目で見つめていた。
「………………?」
マリィがその視線に気づきかけると、なんでもないというふうに目を逸らし、オオカミを召喚した。
ディアナは小さな身体で少女をそうっと抱き上げて、オオカミの背に乗せる。
「では、寝室へ運びますわ」
「くれぐれも、気をつけてな」
「承知いたしました」
ディアナは深く頭を垂れて、オオカミを連れて会場を出て行った。
「さてマリィ……ん?」
気がつくと、マリィは壁際の椅子から姿を消していた。
………………。
…………。
……。
マリィはまだ賑やかな立食パーティーの中で、アレイラを探していた。
この魔王城で、相談ができるとしたら、彼女くらいしか思いつかない。
やっと見つけたのは、盗賊団とドワーフたちの輪の中だった。
今ではドワーフの中でも、すっかりジョーク文化が根付いている。
そのひとりが飛ばした下品なジョークで、アレイラは腹を抱えて笑っていた。
「あの……アレイラさん」
「いっひゃひゃひゃひゃ! 人間水車! 人間水車って……! ん? マリィ?」
「ちょっと、ご相談が……」
「それより聞いてよ! ねえ、さっきのもう1回!」
アレイラはグラスに残ったぶどう酒をあおって、ドワーフの背中を叩いた。
ドワーフはグラスから蜂蜜酒をこぼしそうになりながら、アレイラを見上げる。
「同じジョークを2回ってのは無粋にもほどがあるぜアレイラの姉ちゃん!」
「それなら、俺にもいいのがいくつかあるぜ!」
盗賊団のひとりが進み出た。
「いいか? ちょいと色っぺえ話だ。ある男と女が、夜にしっぽりやろうって約束をしてたんだ……」
「「「おうおうおうおう!」」」
それを聞いて、マリィはもう真っ赤になっている。
『夜、ふたりきりになりたいんだ』
頭の中で、キースの言葉がこだました。
「で、男は言った! “違う、そいつは俺の穴だ!”ってな!!」
盗賊団とドワーフの大爆笑で、マリィははっと我に返った。
大笑いの渦の中にはもちろんアレイラもいて、マリィの背中をバンバンと叩いた。
「あっひゃひゃひゃひゃ! 穴! 穴! ふひゃひゃひゃひゃ!」
「その……痛い……です……」
「ああ、ごめんごめん! んで、どうしたの?」
アレイラは、ゴブリンのウェイターから新しいグラスを受け取りながら、尋ねる。
「実はその……内緒の相談がありまして……」
「なるほど、わかった!」
新しいブドウ酒をひとくち飲んで、アレイラは言った。
「ごめんみんな! ちょっとマリィと内緒の話するから抜けるね!」
「ちょっとアレイラさん!」
そんなことを言われて、男たちが興味を持たないはずがない。
ドワーフたちと盗賊団は目を合わせた。
「……そうか、じゃあ俺たちは俺たちでやってるから」
「うん! また戻るねー!」
マリィはアレイラの手を取って、すすす、と会場の隅へと連れて行く。
その後ろから一定の距離を保って、盗賊団がすすす、とついてくる。
獲物の追跡は手慣れたものだ。
マリィもアレイラもそれに気づかず、柔らかい椅子に腰を下ろした。
「で、どしたの?」
「実はその……キースさんが、夜になったら部屋に来るようにって……」
それを聞いた瞬間、アレイラの表情がぱーっと輝いた。
「えっ、すごいじゃん! やったじゃん! それ今夜絶対眠れないやつじゃん!」
そう言って、黒いドレスの肩をバンバン叩いた。
「あの……痛いです……」
「ねえねえ、子供は何匹ぐらい産むの? いつ産まれてくる? 明日?」
「だからその……痛いです……」
アレイラは新しい玩具を見つけた子供みたいな表情で、肩をバンバン叩き続けている。
彼女は研究者で人体の仕組みは把握しているはずなのだが、それも頭から飛んでしまっているらしい。
「やっぱあれっしょ? ユーシャちゃん見て子供欲しくなっちゃったんじゃない?」
「それはその……わからないですけれど……」
マリィはもじもじと指を組み合わせた。
「でもその私……心の準備ができてなくって……いきなりの話だから……」
ふむ? とアレイラは肩を叩くのをやめた。
「もしかして、メスとしてあり得ないことだと思うんだけど、魔王様のこと嫌いなの?」
アレイラは怪訝な顔でマリィの顔を覗き込んだ。
もう、今日は“キース様”と呼ぶというルールを忘れている。
マリィはぶんぶんと首を振った。
「そんなんじゃないんです……その……イヤではなくて……ただこっちの準備ができてなくて……」
「やっぱそうだよね! 魔王様嫌いとかあり得ないからね! なんか準備が必要なの? 手伝おっか?」
アレイラはそう言って、指をワキワキと動かした。
何をどうするつもりなのかはマリィにもわからない。
「いやこれは心の方の準備なので……その……お互いのことを知らないわけではなくて……そういう部分ではその……きっと問題はなくって……」
「問題ないならいいじゃーん! どーんとぶつかってこ! いや、ぶつかってくるのは魔王様? どうなんだろ?」
それを聞いて、マリィの顔はますます赤くなった。
………………。
…………。
……。
結局アレイラに持ちかけた相談からは、何の成果も得られずパーティーは終わった。
マリィはいつものように、ゴーレムのメイドに手伝ってもらいつつ身体を洗い……気持ちいつもより丁寧に洗い清めた。
白い肩にしずくが流れ落ちる。
その肩をキースの大きな手のひらが掴むことを想像すると、身体にぴりりと電気が走るような気がした。
ともかく、ともかくだ。
落ち着かないと話にならない。
一人前の女性として振る舞わなければいけない。
マリィは長い廊下を歩き、その突き当たりにある大きな扉をノックした。
「あの……マリィです……」
「入ってくれ」
キースの声に促されて、マリィは大きな扉を開いた。
10人は眠れそうなベッドの端に、キースは座っていた。
自分にあてがわれた寝室の、倍は広い。
黒を基調としたインテリアを見て、マリィはなんとなくディアナのことを思い浮かべた。
「さすがに、広すぎるよな?」
「いえ、そんなことは、いや、はい……」
マリィは所在なげに入り口に立っている。
「俺も最初は寝付けなくて困ったよ。今はもうすっかり慣れちまったけど。まあ、座ってくれ」
「はい……」
マリィは思い切って、キースのベッドに座った。
座ってしまってから、あることに気づいた。
「………………!」
ベッドに向かい合うように、すでに椅子が用意されていたのだ。
きっとキースはそこに座るように促したわけで――。
マリィはあまりの恥ずかしさに、ますます顔を赤くしていた。
はしたない女だと思われてはいないだろうか?
キースの顔を見ると、思いのほか真剣な表情をしていた。
「とにかく、エルフに死者が出なかったのは幸いだった。傷を残した者もいない。君がいて本当に助かったよ。改めて礼を言わせてくれ」
「いえそれは……当然のことをしたまでで……」
うつむいたままのマリィに、キースは言葉を続けた。
「実は大事な話があって君を呼んだんだ」
マリィが顔を上げると、キースはまっすぐにこちらの目を見つめてきた。
「子供のことだ」
(ひええ、やっぱり!)
思わず身体が跳ねて、ベッドのスプリングが少し軋んだ。
「どうかしたか?」
「いえ……なんでもないです……いずれはと覚悟はしていましたから……」
「?」
マリィは黒いスカートを握りしめて、身を固くしている。
キースはツノを傾けつつも、話を続けた。
「その、ユーシャの話だよ。あの子は君によく懐いているな」
「……へ?」
突然の話題転換に、マリィはついていけない。
けれども、とりあえずうんうんと頷いた。
「それはその……あの子は可愛いですね……」
「実はあの子は、普通の人間じゃない」
キースは膝に肘を置いて指を組んだ。
これからふたりで――という雰囲気はもはやない。
マリィはぶんぶんと首を振って意識を切り替えた。
キースが話を続ける。
「あの子のステータスを調べたんだ。はっきり言ってマトモじゃなかった。総合的に見て……信じられない話だが、ンボーンを超えている」
ふたりの目が合った。
「彼女はユーシャと名乗っているが、おそらくその通り。きっと彼女は勇者だ」
それを聞いて、マリィははっとした。
あの可愛らしい少女が、まさか魔王を倒す運命を背負った勇者だなどと、どうして信じることができるだろうか。
「しかも、勇者としても規格外だ。ひとりで乗り込んできたことも、無防備に振る舞っていることも、まるで説明がつかない。あれが演技だとすれば、俺はあの子を魔王城に招いたことを心から後悔するだろう。少なくとも、放置はできない」
しかしキースの真剣な表情と声に、嘘は無い。
このことを相談したくて、キースはマリィを部屋に呼んだのだ。
マリィははしたない想像をした自分が恥ずかしくなった。
しかし――。
マリィはあどけなく眠る少女の顔を思い返す。
(あの子が……あんな小さな子が勇者だなんて……)
しかしキースがそう言う以上、事実は事実だ。
受け止めなくてはいけない。
マリィは深く頷いた。
「私を選んで相談してくれたんですね。すべてを話してくれて、ありがとうございます」
「礼を言いたいのはこっちだ。何か意見があれば聞かせて欲しい。こと勇者の件で相談できる相手は君しかいない」
「……私のために、ですか?」
マリィがそう言うと、キースは瞼をしばたかせた。
「……それは、どういう意味で?」
キースがマリィの顔に目をやると、マリィもキースを見つめていた。
「あの子のことを真っ先に私に伝えてくれたのは、私を危険から遠ざけるためですよね。キースさんの性格上、これは私の思い上がりじゃないと思います」
「……そうだ」
それを聞くと、キースは膝に頬杖をついて、ツノを指先でコリコリと掻いた。
「……やっぱりマリィの前じゃカッコつけられないな」
そう言って、苦笑いを浮かべる。
「確かに俺は、君をあの子から遠ざけたい。はっきり言うと、あの子をどうにかするよりも、それは優先すべきことだと考えてた」
マリィは、キースの目をまっすぐに見た。
キースが少しばかりおののくほどに、真剣な表情で。
「私はキースさんの仲間です。これまでも、これからもずっと。だからそんなふうに、私を問題から切り離さないでください」
マリィがそう言い放つと、キースは柔らかい絨毯の敷かれた床を見て頷いた。
「……悪かった」
「わかってくださればいいんです」
マリィは頷くと、ドレスの膝を見つめて考え込んだ。
「私の意見としては……やはり、教会が無関係であることは考えづらいことだと思います」
キースは顔を上げる。
星導教会の使命のひとつは、世界中の人々の中から星に導かれた勇者を見出すことだ。
それは遙か昔から連綿と続いて来た営為で、勇者はあのゲルム以前にも幾代にも渡り、何十人と存在している。
キースの話を聞く限り、あの子はその勇者の中でも飛び抜けた力を持っている。
そして自分が“ゆうしゃ”であることを、自覚している――。
「このままでは、キースさんが危険です……!」
「ああ、俺が魔王だと知られれば、あの子は俺を殺しにかかるだろう。だがあの子は……」
キースは深くため息をついた。
「魔王にツノがあることすら知らない、幼い子供なんだ」
自分に危険が迫っているにもかかわらず、キースは自分の天敵のことを心配している。
キースとは、そういう男なのだ。
「そんな勇者が現れたとなれば、教会内で噂が立たないはずがありません。幸い……」
マリィは言った。
遠い国での、短い日常を思い返しながら。
「幸い、私にはコールデン共和国の修道院に友人がいます。彼女とコンタクトが取れれば、大事にはならないかと」
マリィは魔王に嫁いだ“聖女”とされている。
一般の信徒からすれば、雲の上の存在だ。
そんなマリィが突然教会に現れれば、たちまち大騒ぎになる。
しかしそんな“聖女”と対等に話をしてくれる相手を、マリィはひとりだけ知っていた――。