Demon Lord, Retry!

Golden Luna

「――見つけたわよ! 魔王っ!」

自分の叫び声に、店内がざわめく。

ちょっと不味かったかも知れない……魔王の討伐はお姉様達に知らせず、勝手に城から抜け出して来てしまったのだから。

変に騒ぎになると、神都にまで届くかも知れない。そうなってしまうと、どんな横槍が入るか……。

「ふむ、この国では――ドアを蹴破るのがマナーなのかね?」

魔王の言い様に、頭の血管が切れそうになる。

テーブルには先日とは違う格好をした二人が居たが、その服は随分と高価な物だ。まさかとは思うが、自分のお金が無くなっていたのは……。

「あんたね……私のお金を盗ったのは!」

「ディナーの席を騒がし、挙句に盗人呼ばわりかね? いやはや、この国の見識を疑うな」

「ふざけないでっ! あれは私が貯めてきたお小遣いなのよ!」

「額に汗して働いた訳でもあるまい? 国のトップがこれでは、治安が乱れるのも無理はないな。少しは民衆の声に耳を傾けてはどうかね?」

この魔王、話題を逸らして――人の金を盗ったのを有耶無耶にしようとしてる!

その狡猾なまでの話術に、握った拳が震えてきた。

現に魔王は自分から目を逸らし、あらぬ方向を見ている。

「返して、私のお金……! そして、死ねっ!」

「言い掛かりの次は言葉の暴力かね? 世にも恐ろしい聖女が居たものだ」

「うるさいうるさいっ! 馬鹿っ! 変態! 泥棒! 死んじゃえ!」

「そう叫んでないで、まずは席に着いたらどうだ。 ここが食事をする場所なのだという事を忘れていないか?」

魔王のそんな声に、周囲が何となく同意している気配を感じた。

何で、何で、こっちの形勢が悪い感じなの……。

この魔王――周りを巻き込んでこっちを封じ込める気だ!

「誰があんたの言う事なん――」

「お前――また、躾されたいのか?」

魔王の鋭い眼光が、自分の全身を飲み込む。

その右手がゆるりと持ち上がった時、お尻へ電撃が走り、得体の知れない鼓動が胸から突き上げてきた。

(嘘……何これ……)

顔がリンゴのように赤くなり、息も荒くなっていく。

遂には立っていられなくなり、へなへなと座り込んでしまった。

「分かってくれたようで何より。皆さん、お騒がせしました――僭越ながら、これは私からの気持ちです」

魔王が優雅に一礼し、テーブルに一本ずつワインを付けるように注文する。その声に店内から明るい声が漏れた。

この店のワインは、決して安いものではない。

柔らかい笑みを浮かべた魔王が周囲に手を振って応え、座り込んだ私を抱えてテーブルへと戻る。

何で、どうして、こんな事になってるの……?

気が付けば、魔王が注文した料理が前に並べられ、夕食の席となっていた。

「私の奢りだ――遠慮なく食べたまえ」

「馬鹿っ! むしろ私の奢りでしょ!」

「ふむ、まぁ――そうとも言うな」

魔王がカラリと笑い、不覚にも――その子供っぽい表情にドキリとした。

この変態魔王、妙な魔法でも使ったんじゃ……っ!

■□■□

「ぁの、聖女様、ごめんなさい! 魔王様は決して悪い人ではないんです!」

「あんた馬鹿ぁ? 良い魔王なんて居る訳ないでしょ!」

ルナが叫びながらも、次々と肉やサラダを口に放り込んでいく。

お腹が空いていたようだ。

その姿を見て、“俺”は改めて考える――

(それにしても……「聖女」とは一体、何だ? 智天使とは?)

何故、この世界はGAMEのスキルやアイテム、管理機能などが使えるのか。

余りにも分からない事が多い。

単純に――「九内 伯斗だから」という事なのだろうか?

それとも、自分がGAMEの管理者であるからなのか? これから聖女に問おうとする内容を考え、まずはテーブルの下でアイテムを作成する。

漆黒の空間へ手を伸ばし、作成した小さな機械を取り出した。

これは《プライバシーシステム》と呼ばれるもので、聞かれたくない会話を情報マスキング音でカモフラージュするものだ。

GAMEでは他プレイヤーの《通信》を妨害する装置だったが、ネットの発達と共に《通信》は廃れ、遂にはGAME会場から廃棄されたものだった。

(この環境だと……「No19.ファミレスの喧騒」で良いか)

装置をセットすると同時に、自分達の声が喧騒に溶け込み、周囲に音の壁が出来上がった。アイテムがちゃんと効果を発揮している事につい、頬が緩む。

何はともあれ、これで準備は整った――

「ルナと言ったな。この機会に幾つか聞きたい事がある」

「な、なによ……」

何でこいつはこんな警戒してるのか。いや、自分の所業を思えば当然か?

予定外の事ではあるが、国の中枢部に居る人間から、色んな事を聞ける絶好の機会だ。様々な疑問をぶつけてみるべきだろう。

「ルナ、日本やアメリカといった国に、聞き覚えは?」

「はぁ、なぁにそれ? と言うか、勝手に呼び捨てにしないで」

ピンク色の瞳をぎょろりとこちらへ向け、威嚇してくる。

何だか毛並みの良いチワワみたいだな。

「では、GAMEや大帝国、インターネット、などという単語に聞き覚えは?」

「さっきから何言ってんの? 馬鹿なの? 今すぐ死んで」

(どんだけ口が悪いんだよ、こいつは……)

アクもようやく落ち着いたのか、料理を少しずつ口に入れては、幸せそうな顔をしていた。その顔を見て、何とか精神を落ち着かせる。

とてもではないが、目の前のチワワと同じ生物とは思えない程に清らかだ。

「淫乱ピンク――智天使とは一体、何だ?」

「だ、だだだ誰が淫乱よっ! あんた、私を何だと思ってるの!?」

「チワワ、さっさと聞かせろ。お前と違って、私の時間は貴重なんだ」

「わ、私の時間だって貴重なんだからっ! 大体、チワワって何よ!」

ルナを宥めすかしながら、少しずつ話を聞いていく。

智天使に関しては、アクから聞いていた話とそう変わりは無い。

ただ、他にも二人の天使が居たらしい。

智天使は悪魔王を封印した後に消滅し、他には座天使と熾天使というのが居たらしいが、姿を見せなくなって久しい、との事だった。

(三人の天使、ね……なるほど、わからん)

西洋と言うか、そっち方面の話に疎い自分にはさっぱり分からない。

この機会に、あの石像の事も聞いておくべきか? こいつなら、何かを知っている可能性がある。

「願いの祠に置かれてあった――“石像”を知っているか?」

その問いに、ルナの顔が少し歪む。

やはり、こいつは何かを知っているようだ。

「あれが、座天使様だという不心得者も中には居るわ……いずれ、神罰が下るに違いないんだから」

「あれが、座天使……?」

確かに、元は白き姿だった――とか言ってたような気がする。

だからと言って、自分にはどうする事も出来なかったが。要するに悪堕ちした天使とか、そういう感じなんだろうか?

エロゲーだと「座天使陵辱 ~肉棒に穢されて~」とかってタイトルでありそうな感じがするが。

「お前達の信じる智天使の教えとは、どういったものだ?」

「あら、魔王の癖に智天使様の教えを請いたいって訳?」

ルナがほんの少し笑顔を見せ、得意気な顔で語り出す。

と言っても、その内容は宗教と言うよりは、セミナーのようなものだ。努力し、自らの力を高め、困難に打ち勝つ。努力する者には天使が微笑み、大きな力と加護を与える――大雑把に言えば、そんな内容であった。

まぁ、言っている内容はそれ程おかしくはないが……。

「つまり、人も地域も、格差があって当然――という訳か」

努力によって変わる。

なら、頑張った者は富み、頑張らなかった者は貧しいまま、という訳だ。アクを見ていると、単純にそうとも言い切れない気もするが。

「努力の差を格差と呼ぶなら、そうでしょうね。私は常に努力してきたもの」

「ぼ、僕知ってます……聖女様は、孤児院から才能を見出されたって……」

「……昔の話よ」

アクが途中で挟んできた言葉に、少し興味が湧く。

その話が本当なら、確かにこいつは自力で這い上がったのだろう。だからこそ、その教えに傾倒しているのかも知れない。

いや、その教えが正しかったと――幸運にも“実感”したのだ。

「なるほど――野心と功名心に溢れる訳だ」

「なぁに、その含みのある言い方は?」

ピンクのジト目がこちらへ向く。

こいつは仮にも、魔王と呼ばれる存在を単独で討とうとしたのだ。他に二人居ると言われている聖女も連れず、たった二十人ばかりの軽兵を連れて、だ。

成り上がった人間特有の――功名心と、抜け駆けであろう。

「察するところ――“他の二人”が邪魔なようだな」

「な”っ……な、なな何を根拠に言ってんのよっ」

「――隠すな。私には分かる」

自信満々に言い放ったが、特に意味はない。

“出来る大人”っぽい台詞を、一つぐらいほざいておこうと適当に言っただけである。それに対し、相手が全力でボロを出してきただけだ。

この聖女は、まともな対人接触の経験がないんだろうか?

まぁ、この偉そうな態度と口の悪さを見ていると、友達など居そうもないしな。

「――――“ぼっち”」

「う”っ……! き、急に何を言ってんのよ……」

「いや、なに。ぼっちぼち、店を出ようかな、と……」

「そ、そそそうね……私も忙しい身だし!」

聖女の目が落ち着きなく動き、慌しく席から立ち上がる。

何て分かりやすい奴だ。

「私はググレという宿に泊まっている――何か用があるなら来ると良い」

「あんたに用なんてないわよっ! バカ!」

聖女――ルナが飛び出すように店を出ていき、辺りに静寂が戻った。

自分達もそろそろ、部屋へ戻って休むべきか。

会計を済ませ、アクを連れて店を出る。優雅なディナーの筈が思わぬ展開となってしまったが、得た物も多い。

「……魔王様は優しい時と、いじわるな時がありますね」

「私はいつだって紳士だ。ただ――相手を選んでいるに過ぎん」

「聖女様はとても偉いんですよ? 魔王様は――わわっ!」

それだけ言うと、アクをお姫様抱っこの形で抱え、宿へと戻る。

流石にこの可憐なドレス姿をおんぶやら、肩車する訳にも行かない。周囲からの視線が少し痛かったが、旅の恥は掻き捨てと言うしな。

「や、やっぱり……優しい、と言いなおします……」

「ん? 今日は、久しぶりに良いベッドで眠れそうだな――」

二人が笑みを浮かべ、平穏に夜が過ぎて――いかなかった。

部屋に戻ってすぐ、ルナが扉を激しくノックしてきたのだ。扉を開けると、そこには涙目になっているルナが居た。

「バカっ! あんたの所為で泊まるお金が無いじゃないっ!」

その姿にほんの少し同情心が湧いたが、こんなうるさそうな奴を泊めるのは絶対にゴメンであった。偏見だが、寝言までうるさそうな感じがする。

「野宿でもしろ。ついでに風邪でも引いて、熱を出せ」

「ふっざけんな! あんたの所為でこんな事になってんでしょうがっ!」

「ま、魔王様……聖女様が風邪なんて引かれたら大変ですよ」

「仕方ない……ほれ、金は返すから何処にでも泊まれ」

余り付き纏われるのも面倒臭そうなので、金の詰まった皮袋を返す。

そろそろ、自分で金を稼ぐ手段も見つけないとならないだろうしな。これが丁度、良い機会かも知れない。

(ん……?)

金を返したというのに、ルナは扉の前から動く気配がない。

それどころか益々、涙目になっていく。

何だ? まだ金はたっぷり残っていた筈だが……。

「し、ししし仕方ないから、私もここで泊まってあげるわっ!」

「はぁ???? お前、頭は大丈夫か?」

こいつは一体、何を言ってるんだ?

これもう、わかんねぇな……。

「こ、ここは私のお金を使って泊まってるんじゃない! なら、私が泊まるのなんて当たり前でしょっ!」

「……ぼっちを拗らせると、こうなるのか」

「誰がぼっちよ! どきなさい、私が一番良いベッドを使うんだから!」

こうして“聖女”と“魔王”と“悪”という妙な組み合わせが出来上がった。

夜はまだまだ、騒がしそうである。