Demon Lord, Retry!

Starting the Demon King Army

――聖光国 神都への道中

「あーはっはっ! やっと、やっとこの時がゲフゴホッ!」

道中、馬車を降りて休憩していた魔王であったが、管理画面を開いた途端、狂ったような哄笑をあげた。しかも、笑いすぎて咳き込んでいる。

かなり馬鹿っぽい姿であった。

「あいつ、やっぱりバカよね」

「お、お茶目な人なんです……魔王様は!」

アクがフォローしていたが、ルナのジト目は変わらない。

むしろ、その目は険を含んだものとなっていく。

「あの顔、何かいやらしい事を思い付いたわね……」

「お、お尻……ですか……」

アクが顔を赤くしながら自分のお尻を触る。

連日の旅でルナに毒されているらしい。しかし、二人のそんな様子など目に入っていないのか、魔王が慌しく口を開く。

「二人とも、私は暫く思案に入る……念の為、拠点の中に入っていろ」

魔王が妙に気取った素振りで言いながら、先日作成した拠点を設置する。

まさに秒速であった。頑丈な建造物を一秒もかけずに地上へ出現させる――これを魔法と呼ぶのであるなら、世紀の大魔法であろう。

「あっ、この魔法の家! 一度この中に入ってみたかったのよ」

「聖女様、この中にはドラム缶風呂があるんですよ!」

「ドラム缶? なぁに、それ?」

二人が騒ぎながら拠点に入り、魔王が御者にも声をかける。こういう所は妙にマメな男であった。

単純に日本人気質と言うだけかも知れないが。

「良ければ、貴方も中へどうぞ」

「と、とんでもない……! あっしはここで、馬に餌でもやっときますんで」

御者が恐縮したように頭を下げ、魔王も釣られたように頭を下げてしまう。

こういう所も、やはり日本人であった。

「ではせめて、一本どうぞ――疲れが取れますので」

魔王がマイルドヘブンを咥えさせ、火を点ける。御者は顔を青くし、泣きそうになっていたが、覚悟を決めて吸い込む。

断れば、この場で八つ裂きにされると思ったのだろう。

御者から見た魔王とは、たった一人で聖女様と騎士団を退けた化物であり、砂狼の大群ですら歯牙にもかけない、“正真正銘の魔王”であった。

「ぁ”、あれ……な、何だか肩の疲れが抜け……て……」

御者はその仕事上、長時間両手と肩を使って仕事をする。

彼は聖堂教会に勤めているベテランの御者であり、その肩には長年の疲労が溜まっていたのだろう。それらが爽快な気分と共に一気に抜けていく。

魔王の渡した煙草には、気力が40回復する効果があるからだ。

この世界の超一流の戦士の気力が50程と考えると、一般人への40の気力回復など殆ど全身を新品にするようなものである。

「あ、ありがとうございます……」

「なに、仕事中の“休憩”というものは非常に大切ですからな」

魔王のそんな言葉に、御者が引き攣ったような愛想笑いを浮かべる。

疲れが吹き飛んだとはいえ、その顔色は青白くなる一方であった。彼からすれば、渡されたこれが何であるのか、恐ろしすぎたのだろう。

後から魂でも要求されるのか、それとも数日後に死ぬ呪いでもかけられてあるのか、御者はまるで見当違いの恐怖に苛まれていた。

(よしよし……今のは“理解ある男”っぽくいけたな)

魔王が無駄な演出をしていたが、当然の如く、空回りしていた。

彼はまだ、他者から見える自分の姿を明確に自覚出来ていないのだろう。笑みを浮かべたとしても、そこには凄みがあり、到底心を許せるようなものではない。

アクやルナも今でこそ慣れ親しんでいるが、当初はそうではなかったものである。

(さて、そろそろ考えねばな……)

魔王が本題について、ようやく思案を始める。

管理画面を開いた時、驚くべきメッセージとコマンドが出現したのだ。

CONGRATULATIONS――!

――SP1000 OVER!

《側近召喚》が解放されました。

《FINAL JUDGEMENT》が解放されました。

(遂に、この時が来た……)

魔王は自ら咥えた煙草にも火を点け、その鋭い視線を虚空へと向けた。

■□■□

(大量のSPは、この前の戦闘で入ったものだろう……)

“俺”は久しぶりに――頭をフル回転させていた。

砂狼と呼ばれるモンスターの大群を壊滅させた結果、1200前後のSPが一気に転がり込んできたのだ。

何やら、宝くじにでも当たったような気分である。

(側近召喚――SPを1000消費、か)

普通に考えれば、途方もない消費だ。だが、やる価値は大いにある。

彼らは“九内伯斗”の指揮下にあり、不夜城を守るように設定された側近達だ。その誰もが一騎当千と言える強者ばかりである。

身を守るという意味合いでも、行動範囲を広めると言う意味合いでも、配下の側近達は必ず必要となるだろう。

(なら……問題は誰を呼ぶか、だ)

九内の指揮下には、近代的な装備を施した二千名もの軍隊が居たが、GAMEでは顔も名前もないモブであった。

故に――真っ当な側近と呼べるのは8名である。女が四人に、男が四人、それも年少組と年長組にくっきり分かれている集団であった。

(考えろ……誰を最初に必要とすべきか)

もしかしたら、SPをこれだけ稼げる機会は二度と無いのかも知れないのだから。

人生の決断、とでも言うべきか。

俺は自身で作り上げた側近の設定を、入念に思い浮かべていく。

まず最初に浮かんだのは――宮王子 蓮(みやおうじれん)

俺の理想とも言えるものを全て詰め込んだ、最高の側近。

容姿端麗、頭脳明晰、武芸百般、宮家の御嬢様、と現実では何処を探しても居る筈もない16歳の女の子だ。

恐るべき事に、流石に体力こそ劣るが――そのステータスは九内伯斗を超えるのだ。殆どラスボスが二人居るようなものであり、色んな意味でプレイヤー泣かせの存在であった。

ちなみに、GAMEで遊んでいたプレイヤーから一番人気のあったキャラクターでもある。本来なら憎むべき敵であるのに愛される、それだけの要素が彼女にはあった。

冷静で氷のような印象を抱かせるが、その心はとても優しく、大帝国が行っている悲惨なGAMEに、内心では強い反発を持っていたからだろう。

(蓮ならば、間違いない……)

忠誠、という意味においても。

彼女は九内に対し、個人的に強い恩義を感じており、それが故にいきなり襲われたり攻撃されたりする心配はなさそうだ。

先日の暴走族野郎を見ている限り、GAMEのキャラクターは自らの意思を持ち、勝手に動く。それは“設定”と言い換えても良いかも知れない。

危険な存在を呼べば、自分の命が脅かされる可能性すらあるのだから。

同じく年少組の――藤崎 茜(ふじさきあかね)

蓮と同い年の女の子だが、冷静沈着な蓮とは正反対の、太陽のような存在。

悪く言えば、考え無しの馬鹿だ。

その設定はアニメやマンガ、ゲームを好み、活動的なオタクそのもの。異世界に来た、なんて事を知れば、一番はしゃぐのは間違いない。

戦闘スタイルとしては近接戦――何故かチャイナ服を身に纏い、トンファーを使って戦う。その速さは側近の中でも随一だ。

(こんなの呼んだら余計に騒がしくなるだろ! いい加減にしろ!)

次は年長組の――桐野 悠(きりのゆう)

天才的な医師であり、科学者。サディスト気質と「人体の神秘を解明する」という趣味と哲学が祟り、数多の人体実験を繰り返したという設定の女だ。

最終的には800人以上の患者を死に至らしめ、倫理裁判で死刑を宣告された女でもある。22歳――白衣を着た、絵に描いたような美女。

これが意思を持ち、動き出したらどうなるだろうか……ちゃんと自分の指揮下に入り、大人しく命令を聞くのか?

(だが、悠ならどんな病気だろうが怪我だろうが、治す事が出来る)

恐らく、アクの足ですら一瞬で治してしまうだろう。

この世界におけるGAMEの能力は、様々に経験してきたのだから間違いない。

最後の側近――的場 静(まとばしずか)

悠と同い年であり、悠を超える狂人。

大帝国で無差別殺人を繰り返し、「歩く災害」とまで呼ばれた存在。

老若男女問わず、出遭った者を片っ端から殺し、帝都をパニック状態に陥れた稀代の殺人鬼という設定だ。

人体の解体に性的な興奮を感じる、先天的な異常者でもあった。その攻撃力は蓮に匹敵する領域であり、狂戦士とでも言うべきだろう。

(無理無理! 俺が殺されるわ!)

他の四人の男は……今回は対象から外してしまおう。

その特殊能力は、戦闘面に偏りすぎている。

今の所、純粋な戦闘ならば一人でも対処出来ているのだから、自分では対処出来ない事を可能にする存在を呼ぶべきだ。

(……悠、だな)

この体が病気になるとは思えないが、万が一を考えるべきだろう。

奴は科学者でもあるし、魔法に対抗する何かを作ってくれる可能性もある。

問題があるとすれば、あの危険な嗜好と、キレすぎる頭脳だ。

平然と人を殺すだろうし、解剖だってする。おまけにショタ好きであり、美少年には目がない――正直、呼べばどうなるか分からない存在だ。

(くっそぉぉ……何で俺はこんな変なのばっか作ったんだよ!)

もっとまともなキャラを作っておけよ、昔の俺!

お陰で未来の俺が苦労してんじゃねぇか!

(あぁ、もう覚悟を決めろ……! それに、悠なら万が一襲ってきたとしても、対処出来る)

ふと、指揮下には居ない、三人の“NPC”の事が頭をよぎる。

あれらが出てきたら、自分ですら対処出来るか分からない。それらの名前が項目に無かった事にホッと胸を撫で下ろす。

「管理者権限――――《側近召喚》」

言って、しまった。始まってしまった。

もう、後戻りは出来ない。

「悠よ、我が前に姿を現せ――」