Demon Lord, Retry!

Epilogue - Confronting the Unknown

魔王と魔女が長い階段を降り、迷宮内へと足を踏み入れる。

当然、そこには人っ子一人居らず、物音一つすらしない空間と化していた。魔王の放った一撃が、迷宮ごと沈黙させたかのようである。

「ここが、長官の仰っていた迷宮なのですね」

「うむ、静かなものだな」

普段とは違い、今は街の方が騒乱の中にある。とは言え、残された魔物の数を見ている限り、ヲタメガや三連星が残らず片付けてしまうだろう。

ヒュドラのような首領級の化物が出てこない限り、ユキカゼやミカンとて遅れを取るような事はない。

「長官。ここは、暗くて不気味ですわね……」

「まぁ、そうだな」

悠がいかにも「私、怖がってます」といった風情で、魔王の手に腕を絡める。この光景を田原が見たら「おめぇが一番こぇーんだよッ!」と叫ぶ事だろう。

「何だか、お化け屋敷のようです。変に明かりがあるのが余計に」

「そ、そうだな……」

悠が形の良い胸を魔王の腕にさり気なく押し付け、頬を上気させる。この光景を田原が見れば、「お化け屋敷はてめぇの病院だろうがッ!」と叫ぶ事だろう。

魔王も慌てた風情で咳払いし、全移動で下層へと飛ぶ事を告げる。

「お言葉ですが、長官……一階一階を確認しませんか? 何か落ちている可能性もあります。時間をかけて、“二人で”ゆっくりと探索すべきです」

「い、いや、そうしたいのは山々なのだが、少し急ぎでな。では、行くぞ」

「あぁん、長官ぁん……」

悠が未練がましい目を向けたが、魔王がその体を掴み、強引に十五階層へと飛ぶ。そこは以前に見た、“監獄”が存在した階層である。流石に悠もその奇妙な光景に目を奪われたのか、鋭い視線を左右へと向けた。

「随分と古い……いえ、原始的な牢獄ですね」

「悠、お前はここに――“何を”捕らえていたと思う?」

「普通に考えるなら人間、それも成人に近い大きさの生物かと」

魔王も改めて牢獄を見たが、確かに悠が言った通り、人間が捕らえられていたと考えるのが無難であった。それも、極めて悪い扱いで。

二人が更に下の階層へ降りると、そこにも牢獄が並んでいた。似たような作りのものもあれば、少し頑丈そうな鉄柵のようなもので作られた物もある。

下に降りれば降りる程、階層が広くなり、牢獄の数も増えていく。悠は平然としていたが、魔王から見ればそれは“異様”な空間である。

誰が、何の為に、こんなものを作ったのか。何故、こんなものを迷宮内に作る必要があったのか。魔王にはとても理解出来ないものである。だが、悠は明日の天気でも占うような軽い口調で言う。

「――人を飼っていた、のかも知れませんね」

「ははっ」

軽く笑った魔王であったが、その言葉は妙に耳へと残るものであった。魔物が溢れる空間の中で、牢獄などに入れられていては気が狂ってもおかしくない。

いや、平然としていられる筈もない。

「どちらにせよ、気に入らんな――」

「おっしゃる通りです。“国民の幸福と管理”は全て長官の思うが侭であるべきですから」

「うむ」

それっぽく頷きながらも、魔王は内心で悲鳴を上げていた。

叫べるものなら「そんな管理、したくねぇよ!」と叫んでいた事だろう。しかし、最下層である二十階層に降り立った時、フロアの雰囲気が一変した。

同時に、魔王の顔付きだけが変わる。

そこに広がっていたのは――近代的な工場。

このフロアだけは、床や壁が明らかにコンクリートで作られており、剥き出しの鉄骨や、無数のベルトコンベアが動いていたのだ。

そこには斬られた魔物や、黒焦げになった人間までベルトへと乗せられ、何処かへ運ばれていく。中には衣服や刃物、家の壁のようなものまで含まれており、無造作に何かを掻き集めているようであった。

「なるほど、どうやら違う階層へ案内されたらしい」

「……長官?」

「いや、以前に聞いていた“二十階層”とは随分と違うんでな。悠、ここは今までの階層と変わらないものか?」

「えぇ……無骨な岩肌と、薄暗い空間です」

魔王がユキカゼから聞いた二十階層は、あくまで普通のものであった。

間違っても、こんな近代的な施設ではない。

魔王がうっすらと感じていたものが――今、確信へと変わった。

「どうやら、私を“招待”しているらしい――」

十五階層で見つけた銃、本来とは違う二十階層。

誰も知らないものを、そっと自分に見せて“愉しんで”いるのだろう。挑発でもしているのか、何か伝えたい事でもあるのか、どちらにしてもロクな用件でない事だけは確かであった。

「悠、ここで待っていろ。何かあれば、私を掴んで全移動で飛べ」

「お待ち下さい、お一人で往かれるのは――」

「二人同時に何か仕掛けられては、どうしようもないのでな。私に何か状態異常でも起これば、躊躇無く治癒しろ。良いな?」

「は、はい……」

不気味なベルトコンベアが無数に並ぶ中、魔王が奥へと足を進める。そこでは魔物と人間が、仲良く“平等”に運ばれていた。

端的に言って、気味の悪い光景であり、常人ならば足が竦む光景であろう。だが、魔王の足は止まらない。

(この先に、何かがある。俺が知りたいもの。もしくは、俺に見せたいものが)

工場の奥にあった扉が“自動”で開く。

それは電気で動かしているのか、それとも魔法で動かしていたのか。魔王がその中に足を踏み入れると、一つの答えが示された。

「なるほど、リサイクル工場という訳か」

眼下を見ると、運ばれていた魔物や人間が、巨大な溶鉱炉のようなものに落とされ、そこから新たな魔物となって運ばれていたのだ。世の中には“輪廻転生”などという言葉があるが、目の前の光景はそれとはかけ離れたものであった。

そして――部屋の中に並ぶ、無数の液晶。

小さいサイズのものもあれば、巨大なものもあり、軽く100以上の液晶が無造作に積み重ねられ、一つのアートのようになっていたのだ。

ゾッとするような光景であり、流石の魔王も息を飲む。

「私に、美術の採点でもして欲しいのかね?」

魔王が問う――これを用意して、待っていたであろう相手に。未知の魔法を持つ相手に。未知の科学力を持つ相手に。

眼下に広がる命のリサイクル、太陽光を利用した銃。

分かっている範囲だけでも、既に現代日本の科学力を超える相手であった。

魔王の問いが聞こえたのか、液晶が一斉に答えを映す。

『遊ぼうよ、魔王』

映し出された文字を見て、魔王が無言で煙草に火を点ける。

その仕草が気に入らなかったのか、液晶の幾つかにヒビが入った。そして、新たな文字が液晶へと映し出される。

『遊ぼう、魔王』

似たような文字であったが、その本質は違う。

前者はまだ誘いが含まれたものであったが、後者はより強い、自らの意思を押し付けてくる内容であった。それを見て、魔王が咥えていた煙草を外し、指で勢い良く液晶へと跳ね飛ばす。

火が点いたままの煙草が液晶へと当たり、コロコロと地面に転がった。瞬間、液晶が派手な音を立てながら次々に割れていく。

一つだけ残された、中央の液晶に赤い文字が浮かび上がる。

――――遊んでやるよ、魔王。

それを見て、魔王も不敵な笑みを浮かべる。

「ようやく本性を出したか」

『遊んでやる殺してやる遊んでやる殺してやる遊んでやる殺してやる遊んでやる殺してやる遊んでやる殺してやる遊んでやる殺してやる遊んでやる殺してやる遊んでやる殺してやる遊んでやる殺してやる遊んでやる殺してやる遊んでやる殺してやる遊んでやる殺してやる遊んでやる殺してやる遊んでやる殺してやる遊んでやる殺してやる遊んでやる殺してやる遊んでやる殺してやる遊んでやる殺してやる』

「ははっ……」

そのメッセージに、その悪意に。魔王は密かな恐れを感じている。

だが、この男の意思の強さは――込み上げてくる恐怖という名の鎌首すら抑え込み、その容貌を一層に鋭くさせていく。そう、この男は逆境になればなる程、弱音を捻じ伏せ、自らの意思を貫いてきたのだ。例えそれが人から見て、ツギハギだらけの不恰好なものであっても。

「こんな寂れた工場で上位者気取りか? 実に滑稽だな」

腹を括った魔王が真正面から液晶を見据え、堂々と言い放つ。

そう、この男には武器がある。

そして、勝算もある。

只の現代人では決して持ち得なかったであろう、強力無比な“世界”が。

彼の15年にも及ぶ執念が作り上げた、チートの塊ともいえるGAMEの世界が。

液晶の文字が次々に流れ、目まぐるしくその内容を変えていく。

『GAME OVER』

魔王がそのメッセージへ向け、無言でソドムの火を投げつける。

粉々に砕け散った液晶がまるで雪のようにキラキラと降り注ぐ中、魔王が未知なる相手へ宣戦布告を行う。

――貴様が、何処の、何者か知らんが、一つだけ言っておこう。

「私と大帝国に――不可能はない、となッッ!」

魔王が漆黒のコートを翻し、部屋を後にする。

この日から――この異世界を牛耳る何者かと。

魔王の激しい戦いの火蓋が切られた。