Demon Lord Wants to Laze

Two, seventy-six, the accumulation of hate.

まおダラ the 2nd

第76話 憎悪のかたまり

おぞましい。

おそろしい。

自分に向けられた悪意に対して、抱いた感想がそれだ。

余りにも桁外れな憎悪。

「……近くまで来てますね」

「さすがは神を自称するもの。なんとも強烈な魔力よの」

姿を見る前から感じる狂気に、誰もが眉を潜めた。

前回の戦いの時よりも、敵が荒ぶっているらしい。

プリニシアで見せつけられた余裕は欠片もない。

ーーザシッ ザシッ。

草をゆっくりと踏みしめる音が響く。

木々によって視界は抑えられているが、気配は見失いようがない。

その姿を認める前に、戦闘態勢に入った。

「雁首揃えてお出迎えか。良い心がけだぞ」

勿体ぶるように現れた。

揺るがす者。

草原地帯に踏み込んだ敵を、すぐさま半円状に広がって囲む。

「随分遅い登場じゃの。どこぞで昼寝でもしておったか?」

鎧姿の月明さんが言った。

その姿は鎧の神様と合体したもので、彼女の全力を引き出してくれるらしい。

その問いかけに対して、くぐもった笑い声が返され、気だるそうな回答が後に続いた。

「主役は終盤に暴れるもんだ。演出だよ」

「ほう? それにしては満身創痍だのう。よほど『消え去る者』に手を焼いたと見える」

「……その通りだ。言っちゃあなんだが、相当な魔力を使わされた。大陸中引っ掻き回して回復を狙ったが、それもママならねぇ」

「耳にした通り、貴様らはその様にして魔力を得るのだな。調和が乱れるほどに力が増すと聞いておる。残念ながら当てが外れたようじゃな」

私はハッとした。

あちこちで魔獣が暴れだしたのは、やっぱりこの男のせいだったのだ。

そして、姿を表さなかった理由も明かされた。

つくづくロランを救えて良かったと感じた。

「それでどうするんじゃ。降伏でもする気かの?」

「降伏ゥ……?」

揺るがす者の体に黒い霧が集まり始めた。

それは次第に濃度を増し、半身を隠すまでになった。

「力を落としはしたがな! お前らを引きちぎる分は残ってるぞ!」

風……いや、闘気が吹き荒れた。

煽られた私たちは、数歩後ろに押し出されてしまう。

消耗した様な見た目からは想像も出来ない力に、改めて気持ちを引き締めた。

油断をしていい相手じゃないんだ。

「みなの者、怯むでないぞ。防魔包(ぼうまほう)!」

月明さんの声が響く。

薄黄色の膜のようなものが私たちを包み、そして消えた。

「防御は妾に任せよ、そなたらは懸かるのじゃ!」

「わかった。シルヴィア、行くぞ!」

「うん!」

「我も忘れるでないぞ!」

エレナ姉さんが左から切り込み、私が右から叩く。

数度切りかかった後、パパコロちゃんの爪が揺るがす者を襲う。

それらは全て魔防壁という力に阻まれて、ダメージは無い。

でも、それは予定通り。

「離れてください! 雷(いかづち)よ、敵を焼き払え!」

「雷迅!」

「風よ、切り刻め!」

「フレイムウォール!」

天から雷が落ち、地面からは火柱が上がり、2つの刃が揺るがす者を襲った。

足元は草が焼け、あるいは千切れて焼け野原となった。

それでも敵に変化はない。

変わらず黒い霧を身に纏ったままだ。

「終わりか? ならこっちから行くぜェ!」

揺るがす者は地面に片手を着いた。

すると黒い霧が半球状になり、瞬く間に大きくなった。

「まとめて消えちまえェーッ!」

「ぬうッ させるか!」

辺りの草が、木々がたちどころに枯れていった。

この黒い霧に触れたせいだ。

生身で受けたらどうなってしまうか、想像しただけで恐ろしい。

なんてデタラメな攻撃なんだろう。

月明さんの魔力が先程の膜に注がれていく。

おかげで私たちは守られ、被害は無かった。

けれど……。

「ぐ、ヌウゥ……」

「月明さん!」

「完全武装したとはいえ、連戦は堪えるもんじゃな。魔力が心許ないわ」

「無理しないで、少し休んで……」

「気遣いは無用、その余裕もない! 防御は妾が責任を持つゆえ、そなたらは闘うのじゃ!」

「……わかった。任せたよ!」

片ひざをついている月明さんに背を向けて、私たちは反撃に出た。

踊る白刃。

重厚な爪と牙。

雷、火柱、魔力の刃。

それらが何度も襲いかかるが、黒い霧を突破出来なかった。

揺るがす者は次第に呆れ顔となっていく。

「そろそろさ、実力の差を痛感しろよ。お前らじゃオレには敵わないって」

「霊木よ、敵を捕らえよ!」

大木の根が現れ、揺るがす者の足を絡め取った。

そうなっても動じた様子は無い。

「これがどうしたってんだ。まさか足止めなんて……」

「今ですよ! 位置についてください!」

みんなが一斉に動いた。

リタ姉さん、フラン、月明さん、テレジアが等間隔に並ぶ。

揺るがす者を中心に据えて囲むように。

「アシュリー、いつでも良いわ!」

「ほんじゃ私も!」

「てめぇら、何をたくらんで……」

並んだ5人から光の柱が上がった。

その光は中空で集まり、5つの線が繋がる。

まるで輝くテントの骨組みのような、見たことの無い空間が生み出された。

昼間でもその輝きは美しく感じられた。

ただ、筋の太さにバラツキがあって、少し歪な形をしている。

「まさか、これは……!」

「気づいても遅いですよ、スヤスヤ永眠しちゃいなさい!」

「皆のもの、魔力を揃えよ!」

光の筋が均一に揃い出す。

歪みがただされ、光が強まり、そして。

ーー破魔封印

月明さんの声と共に、空から光の柱が降りてきた。

それは黒い霧を打ち破り、揺るがす者の体を包み込む。

「ウァァアアーーッ!」

耳をつんざくような絶叫。

光の中からの叫びも、しばらくすると聞こえなくなった。

そして消えた。

断末魔も、柱も、男も。

「やった! やりましたよー!」

「あぁぁー良かったッスー! アタシが原因で失敗したらと思うと、おっかなかったんスよぉー!」

「はぁ、疲れた。もう魔力も空っぽだわ」

封印が完了したらしい。

揺るがす者が立っていた場所には、拳大の黒い石が落ちている。

あれが成の果て、というヤツなんだろうか。

「被害無しに封じれるとは、出来すぎな気もするが……」

「ちょいとエレナ、不吉な言葉は控えてくださいよ。私はもう、ケツ毛を抜く気力も残ってないんですからね」

「あぁ、スマン。失言だったか」

「安心せい。あそこに封印石もあるのじゃ。成功したと見てよかろう」

「封印石って、あの黒い石?」

「いかにも。あれは生命に宿る魔力を凝縮させたものじゃ。すなわち、揺るがす者が持つ魔力。それにしてもアヤツの根性を表しておるのか、かなりドス黒いのう」

全員の視線が石に集まる。

確かに真っ黒だと思う。

進んで触れたいとは思わない色味だ。

みんなも遠巻きにするばかりで、手にしようとはしなかった。

「それでさ、この石はこれからどうする……」

隣のテレジアに聞こうとして顔を向けた。

すると、そこに彼女の姿は無い。

その体が吹き飛んでいたからだ。

胸を何かで貫かれ、血を撒き散らしながら。

地面に横たわる彼女を見て、ようやく反応できた。

「テレジア! 今回復を!」

私は彼女に駆け寄り、魔法を施した。

傷は見た目よりも深い。

なんとか血止めができ、リタ姉さんの魔法もかけられたけど、テレジアは目を覚まさなかった。

今は治療を続ける必要がありそうだ。

「封印か、流石にアレには焦ったぞ。緩い一角がなけりゃお終いだったな」

「貴様! なぜ無事なのじゃ!」

「オレの能力を身代わりにしたんだよ。その隙に逃げたって訳。霧の力は惜しいが、封じられるよかマシだ」

「そんな解法があるなどとは、あり得ぬ!」

「前に一回見てるからな。それから、一人弱っちいのが居た。そのおかげで脱出できた」

揺るがす者は指をさした。

倒れたテレジアに向けて。

「貴様ァ! よくもテレジアを!」

「おっと、あぶねぇな」

エレナ姉さんが飛び出し、斬りかかった。

目にも止まらぬ斬撃も易々と止められてしまう。

「霧が無くてもよ、オレは強えの。お前らを殺せるくらいにはな!」

「グアッ!」

エレナ姉さんの鎧が砕け、胸を大きく切り裂かれた。

揺るがす者は丸腰だ。

素手でそれをやってのけたのか。

「リタ姉さん! エレナ姉さんが!」

「ダメよ、テレジアから手が離せないの!」

「じゃあ私が……」

「ご息女、危ない!」

「えっ」

パパコロちゃんの巨体が飛び出して、止まり、そして崩れ落ちた。

腹這いになった体からは血が溢れだし、地面を赤く染めていく。

「まさかこれで終わりか? 奥の手も無しってのか?」

「グハッ」

アシュリー姉さんの腹が貫かれた。

赤く染まった手刀によって。

それが引き抜かれると、ドサリと姉さんは崩れ落ちた。

声を上げることもなく、ただ静かに。

私はどうしたら良い?

闘う?

それとも治療?

誰から、どれくらい、どのタイミングで?

急を要する事態とは解ってる。

でも、どれから手をつければいいか、私にはわからない。

早く決断しなきゃ手遅れになる。

そう思うほどに考えがまとまらなくなってしまう。

「獣のガキ。そのクセェ臭い、定める者の縁者だよな?」

「わ、私?」

「前んとき殺し損ねたガキか。こうして会えたのは都合が良いな。テメェは最後にゆっくりと殺してやる」

薄笑いが私に向けられた。

話の意味は全く理解できなかったけど、体が咄嗟に動いた。

揺るがす者に向かって駆け、そして横薙ぎの一撃を与えた。

それが相手の胴に手傷を……与える事もなく、素手によって阻まれた。

エレナ姉さんのときと同じだ。

「聞こえなかったのか? お前は最後だよ!」

「ウアッ」

今度は私が胴に食らってしまった。

足が深々と脇腹に刺さり、そして蹴り飛ばされた。

燃えたかのような痛みが走る。

どうやら骨が折れたらしい。

ーー死。

その言葉が頭をよぎる。

なんとか振り払おうとして、自分に回復魔法を施した。

その力は、不吉な言葉を振り払うには、余りにも弱々しかった。