冒険者の朝は早い。

それは朝、新規の依頼が貼り出されるからだ。冒険者の朝はその依頼の奪い合いから始まる。奪い合いと言っても、揉め事になる事は少ない。

冒険者にはランクがあり、受ける事の出来る依頼が決まっている。また、人である冒険者には往々にして得意な物とそうでないものがある。

依頼は様々。その中で自分に合ったものを見つけるのも冒険者としての腕の見せ所と言ってもいい。

そんな腕前をまだ持たない新人達は簡単な依頼をこなし、自分の長所と短所をしり、それを身に付けていく。

ランクが上がる事に実力も身につけ、一人前へと成長していく。

そんな新人達を指導して、命を落とさない様にアドバイスするのが今回の依頼内容だ。

「そんなわけで、10日間こいつらを指導する事になった。が、お前らが戦闘以外のアドバイスをする事は禁じる。むしろ、シャルとゴルドには一緒になって聞いてもらいたい」

「うん」

「やったー。タダで教えてもらえる」

将来冒険者としての職に就くつもりと言っていた2人には、シーマンの三人と同様に聞いてもらいたかった。

実力に関しては今は言うことはない。

シャルステナは初めからそうだったし、ゴルドやアンナもそれぞれの得意分野を伸ばしている。それはもうその分野では俺が叶わないほどに。

だから、言うことは何もない。

だが、冒険者としてはまだまだ未熟。

はっきり言えば知識がなさ過ぎる。それは冒険者としては致命的なのだ。

あの親父でさえ、冒険者としての知識だけは超一流だ。俺よりも色々知っている。脳の記憶細胞を全てそれに費やしてしまったのではないかと思うぐらいだ。だぶんその通りなのだが……

「あたしは?」

「お前が冒険者になるつもりなら聞いとけよ。そうじゃないなら、必要ない知識だ」

「むぅー、迷うわ。冒険者は稼げるってわかったし…」

アンナは金の亡者の素質があるらしい。他になりたいものがなかったからなのかは知らないが、金だけで危険な仕事を選ぼうとしている。

「残念ながら、俺程稼ぐ様になるには最低2年はかかるさ。まぁ、お前らならある程度の稼ぎはあるだろうけど」

そんな金の亡者予備軍に俺は現実を教えてあげた。

俺がB級に上がるまで10年近くかかった。子供だったのもあるだろう。だが、そう簡単にランクは上がらない。普通にやって一年で一ランク上がるかどうか。しかもそれは初めのうちだけ。上に行く程ランクを上げるのは困難になる。

幾ら実力があっても、条件を満たさないと絶対にランクは上がらないのだ。

S級を倒しました。

うわぁ、すごーい。そんなすごーい君は明日からS級だ。

とはならない。

S級を倒したところで、素材買取はして貰えるが、依頼は達成出来ない。一昨日達成できたのは、俺たちが冒険者じゃないからだ。

本来は達成した事にはならない。だが、かなり天引きされて報酬は幾らか貰える事もある。

例えば特定モンスター討伐、あるいは素材入手クエストならば、依頼を受けずに討伐してしまったり、素材が集まったのなら、依頼主に報告するしかない。

ただ、契約が出来ない、つまりギルドを介さないクエスト扱いされる。それなら仲介役であるギルドに仲介料を取られる事はないから、報酬が増えるのではと思うかもしれない。だが、現実は厳しい。逆に報酬を減らされる事になるのだ。

それは一個人の名もない冒険者と世界を股にかけるギルドという組織の信頼度の差、それと持つ力の差だ。

簡単に言えば舐められるのだ。そうして、報酬を減らされる。そうなると、荒くれ者が多い冒険者と依頼主の間で口論や争いが起きる。

ギルドとしてはそれは避けたい。そのため、仲介料を多く貰い、減額した冒険者に報酬を渡す事で依頼主との接触を避けているのだ。

指名依頼などはその限りではないが……

その場合、指名されるのはしっかりとした実績を残した冒険者。ギルドとしても安心して、依頼主に合わす事が出来る。

つまり何が言いたかったかと言うと、しっかりとした報酬を貰いたければ地道にランクを上げろって事だ。

冒険者の世界は力だけではダメなのだ。その人物の信頼、知識、強さ、全てを総合的に見てその人のランクを決める。

その基準として、依頼達成数と実力、二つの判断基準が存在するのだ。

世界は広い。そこに住む人々、獣、魔獣、魔物、植物、数え切れない種が存在する。それを全て知るのは不可能に近い。

だが、危険な生物、毒のある草など、その世界を回る冒険者にはそれを知っておく必要がある。

それはただ強いだけではダメなのだ。

ゆっくりと時間をかけ、経験と知識を蓄えなければならない。

その時間を作るため、ギルドは決して強いからとランクを飛ばしてあげたりなどはしない。

この事はギルド創設の頃からの決まり事で、今ではギルド規約という掟になっている。

じゃなきゃ俺は今頃最低でもA級だ。

正直面倒でしかないが、死人を極力出さないためと言われると反論の言葉など出てこない。

所詮は俺も会社に雇われたサラリーマン達と変わらないのだ。地道に成果を出して行くしかないのだ。

世知辛い世の中だよ、まったく……

「迷ってんなら聞いとけよ。全く無駄になる知識じゃない。将来どうすんのかは知らないが、街の外に出る事だってあるだろう。その時に活きる知識だ」

俺はそうアンナに諭す。

今は卒業して社会に出て行く大事な時期。ゴルドやシャルステナ、そして俺も将来何になるかはもう決めている。

だが、アンナからそう言った話は聞いた事がなかった。だから、一つの選択肢として冒険者という道もあるという事を教えたかった。

なんだかんだで貴族であるアンナには難しい事かもしれない。もっといい職があるだろうとは思う。もっと言うなら働く必要なんてないのかもしれない。

「そうね。聞くだけ聞いとくわ」

「よし、ならすぐ出発だ」

「ちょっと待ってくれ。俺たちはまだ旅の準備をしてないんだ。ていうか、お前らもだろ?」

出発しようとすると、デュランは準備がまだだから待ってくれと言い出した。そして、野営の準備も何も持っていない俺たちを見て、忘れてると注意して来た。

これから指導を受ける新人がBランク冒険者に何を言ってんだと思ったが、好意からの言葉だと受け止る。

「冒険者心得その1。必要な物は常に予備を持ち歩く」

「は?」

「例えばこの村。見渡してみろ。武器屋があるか?冒険者の道具を扱ってる店があるか?」

突然始まった俺の冒険者指南。それに間の抜けた顔で返事を返したデュランは、言われた通り村を見渡して店を探す。

他の者もキョロキョロと視線を変えて探す。

「ないだろ?つまり補充が出来ないという事だ。こういった事は多々ある」

如何にも経験したといった感じで話したが、俺も初めてだ。しかし、いろんな冒険者からこういった話は聞いていた。

補充が出来ず引き返したとか、武器がなくなり死にかけたとか、そう言った話はよく耳にした。

「なら、どうするか。予備を持ち歩くんだ。だけど、それだと荷物が多くなる。それを解消するには色々と方法があるが、主流は拠点確保や、馬車だな」

俺には収納空間と金がある。大量に予備を持って歩く事が可能だ。

だが、他はそうではない。限られた荷物を効率よく、必要な物だけ持ち歩かなければならない。

依頼に合わせてその都度必要な物だけ持ち歩くには、どこかに荷物を置いておく必要がある。だから冒険者は拠点を持つのだ。そして、宿やどこか物を置けるところに荷物を預けておく。

そうすることで無駄な物は持っていかないとういうのが一つ。

もう一つは馬車だ。

金はかかるが、大量に物を持ち運べる。しかも、座って移動が可能。体力温存にもなる。

この二つの方法、どちらも欠点がある。

「拠点確保の場合、同じ街や村へ戻ってくる必要がある。そうなると中々遠出は出来ない。それに安全な場所に荷物を預けようとすれば、それなりに金がかかる。馬車の場合は移動出来る場所が限られる。ある程度平で障害物がない所でないと移動出来ない。それに拠点確保の場合とは比べ物にならないぐらい金がかかる」

このように簡単にわかるだけでも、これだけの問題店がある。

もっと言うなら、馬車の場合、馬を守らなければならないなど、余計な負担が増える事も挙げられる。

「じゃあ、どうするか。簡単だ。依頼を絞ればいい。出来れば遠出せず、似たような依頼をこなす事で荷物を減らせ、予備も持てる」

「じゃあ、俺らみたいに遠出するのはよくないのか」

「ランクが低いうちはな。Cにもなれば多少は余裕が出るだろうから、そういった事も出来るようになる」

「先は長いなぁ」

ハングはそう言って肩を落とした。

だが、みんなそれを超えて一流へと成長していくのだ。必要な過程だと思って頑張って欲しい。

「よし、今度こそ出発だ。荷物の事は大丈夫だから気にすんな」

また邪魔が入らないように一言添えて、出発を促した。

〜〜

俺たちは荒野を陣形を組みながら進んでいた。

「これが基本陣形だ。歩く時は前衛と後衛の距離は開けなくていいが、戦闘が始まったら前衛は前へ、後衛は後ろに下がるんだ。そうしてお互いに距離を開いてすぐに陣形を作る。それが基本だが、囲まれた時はそういうわけにもいかない。敵に合わせて後衛を庇うよな陣形を作る。それはリーダーであるデュランが指示しろ」

「おう」

実際に動きを混じえての説明をみな頷きながら、理解していく。

シャルステナ達にとってはすでに授業で習い終わった基本だが、再確認の意味とスムーズにデュラン達が動けるようにと見本になってもらった。

今は二パーティ合同であるため、またシーマンは一人足りない。また後日自分達でやって貰うとして、今はごちゃごちゃで行こう。

どのみち基本戦うのは俺たちで、この三人は手頃な奴が出たら相手させるだけだ。陣形を組む意味は今はない。

「とりあえず街に着くまで、お前らにはこれを背負って貰う」

そう言って俺は3つのバックを取り出した。

「おおっ⁉︎」「な、何⁉︎」「えっ?えっ?」

目を見開きゴシゴシして見間違いじゃない事を確認する三人。

その驚きを無視して俺はバックの説明をする。

「これには砂が入ってる。子供一人分くらいの重さがあるが、これを背負って移動する」

「えっ?まじ?」

「まじまじ。一流の冒険者の大体がその重さの荷物を背負って移動してるんだ」

「げぇー」

心底嫌そうに三人はバックを背負う。そして、元々持っていた荷物は俺が収納空間にしまった。

また目を見開き驚愕していたが、一々驚かれるのも面倒なので、スキルだと手短に説明すると、一応納得はしてくれた。

そうして、シーマンの三人は重い荷物を背負い歩き出した。

アルルだけは少し軽くしてあげた。女の子だしな。

そうして、足取りの重たい三人はゼェゼェ言いながら俺たちの後を必死に追ってきた。

「ゼェゼェ、休憩……」

「まだ早い」

30分で根を上げた根性なしのデュラン。他の二人は辛そうたが、頑張ってる。仲間を見習え。

すぐに休憩を要求するデュランを無視して俺たちは街に向けて足を進める。

「うん?これは……ドーンワームか。全員退避!」

ガガガッという地響きが聞こえ、俺は退避を促す。シャルステナ達は音のする方向を見極め、的確にドーンワームの射線から外れた。

しかし、デュラン達はあたふたして混乱していた。

その重荷も相まってこのままではドーンワームが出て来た瞬間にパクッといかれかねない。

「グバッ!」

「うぇえ!」

「きゃっ!」

仕方なくデュランとハングを蹴り飛ばし、安全に退避させる。

しかし、女の子を蹴り飛ばすわけにはいかないため、アルルを抱えて俺も退避。シャルステナから冷たい視線を向けられるが、気にしない事にする。

「アルル、落とすから自分で着地しろよ?」

「えっ?」

若干顔が赤くなっていたアルルは何言ってんのみたいな顔をした。

しかし、俺は容赦なく手を離す。

「う、嘘⁉︎ちょっと待ってぇーー!」

空中に放り出されたアルルは悲鳴をあげるが、其れ程高くはない。それぐらい自分でどうにかして欲しい。

アルルを離した俺は空中で反転した。

そして、今まさに盛り上がった地面の真上の空中に片足で立つ。

「ちょうどいい」

節約した戦いを模索する相手としては。

グギュウゥゥウ‼︎

盛り上がった地面を丸呑みにするように開かれた大きな口。そこから唸るような叫びをあげるドーンワーム。

岩以外何も飲み込めなかった事に怒っているようだ。

そして、スンスンと鼻息を鳴らし、俺の立つ方向を向いてまた唸る。

どうやら標的を俺に決めたようだ。目はなく口と鼻だけ顔が真上を見上げるようにして向いている。

ドーンワームはその長いミミズのような体を伸ばし、口を大きく開いて俺を飲み込まんとした。

目がなく鼻で標的を捉えるドーンワームは、標的の周りごと口で飲み込む攻撃をしてくる。大きな体が、その口がそれを可能とし、鈍足な冒険者ならその口から逃れる事は叶わない。

しかし、俺は鈍足ではない。空中を自在に飛び回る立体起動的な動きは俺の得意とするところだ。

迫り来る大きな口を余裕を持って交わし、すれ違い様に剣で斬りつける。

ムニュッとした肌のドーンワームは打撃は効きにくい。またその肉を切り裂く事もあまり意味があるとは言えない。

B級の中ではトップクラスに大きい体のせいで、人間でいえば皮を少し切った程度の切り傷しか与えられなかった。

俺は剣をしまい、槍を取り出した。そして、それを力の限り思いっきり投擲する。

投げたやり空気を切り裂き、ドーンワームに突き刺さる。しかし、そのブヨブヨとした肉を貫通するには至らない。

「面倒な……物理耐性高すぎだろ。B級の癖に」

「レイ〜、私がやろうか?」

「いや、いいよ。試してみたい事があるんだ」

物理耐性が高い事を見ていてわかったシャルステナが魔法でやろうかと聞いてきた。しかし、俺はそれを断る。

俺は地面に下りた。

そして、思考を振り分けた。

一つ一つやってたんじゃ間に合わない。

「さぁ、ついてこれるか?」

それはドーンワームに言った言葉ではなかった。自分に言った言葉だ。

動きに頭がついてこれるか、それが全てだった。

俺は一歩踏み出した。その瞬間、俺の姿が掻き消えた。

シュバッバと音が聞こえたと思ったら、ドーンワームは細切りになって倒れ伏せた。

しかし、誰も俺の姿を確認する事は叶わなかった。見えたのは黒い影の軌跡だけだった。

「えっ?」

「あいつ何したのよ今?」

「わ、わかんない」

「ピッ?」

シャルステナを始め、アンナ、ゴルド、ハクの誰も俺が何をしたのかわからなかった。

「ハァハァ、何とか出来たか」

「うおっ!あんたいつの間にそこに⁉︎」

「つい今しがた」

シャルステナ達の後ろに突然現れた俺にアンナが驚き転びそうになるが、ゴルドがそれを支えて俺に親指を立てた。

見ると、ゴルドが手を当ててる部分はアンナの胸だった。

「このエロルド‼︎」

「うごぉ‼︎」

エロルドはアンナのストレートパンチにより、三回転して近くの岩に叩きつけられた。

「それであんた何したのよ?」

「新技だ。まだ、完成には程遠いけど…」

思ったより体力消費が激しい。ここまで複数思考を酷使した事はなかったが、息が上がる程体力を使うとは……

「はぁ?あれで完成してない?」

「十分強力な技だと思うけど……」

「技が完璧でも俺がついていけてない。ギリギリだった」

俺は地面に座り込みながら、息を整えていた。

魔力消費は物凄く小さい上に強力な技だが、体力の消耗が激しい。

慣れていないせいか、それともスキルには体力も消耗するものがあるのか。検証するしかないな。

出来ればディクと戦うまでに完成させておきたいものだ。

「おい!お前何したんだよ⁉︎全く見えなかったぞ!」

「気が付いたらバラバラになってたね」

「ちょっと‼︎お尻思いっきり打ったんだけど‼︎」

重い荷物を背負い走り寄って来た三人。一人はお尻をさすり怒っているが…

「よし行くぞ」

「ナチュラルに無視すんなー‼︎」

「レイ、素材は?」

「もう回収した」

「いつの間に……」

「シャルステナちゃんまで……」

デュランは俺だけでなくシャルステナにも相手にされなかった事でうな垂れた。その横でアルルはやりようのない怒りをハングにぶつける。

「なんで俺⁉︎」

「だって当たんないだもん!」

「八つ当たり⁉︎」

かわいそうなハング。誰かがアルルの怒りを避けるから。