しかし、人気のおかげでうれしい悲鳴が出てきた。

開店から二十日目のこと。閉店時間の午後五時が近づきつつある。

「さて、そろそろ片付けるかな」

休日の曜日は入れていたものの、連日の営業による疲れと、そこに失敗が重なって、ハルナの顔も珍しく曇っていた。

「早く売り切れすぎたわ……。でも、ラスク運べる量は限られてるしな……」

その日、ダンジョンの食糧として有名になっていた『ハルちゃん』のラスクが昼前に完売してしまったのだ。ほかの食材も間もなく尽きてしまった。

「売るものがないのに、デパート名乗るのは恥ずかしかったな……。かといって、こんなところにあったら買い出しにもいけへんし……」

しょうがないので、紅ショウガの天ぷら魔法で、紅ショウガ天をひたすら作って売ったが、これだけじゃ食事にはなりづらい。

酢昆布や塩昆布もいつでも取り出せるわけではなくて、飴ちゃんの代わりに出てくるだけなので商品にできるほどの数は安定して確保できない。

「とにかく帰ってから考えよ……。今はしんどいから頭まわらん……」 

しかし、そこにふらふらと新しい客が入ってきた。

「あっ、いらっしゃい。けど、そろそろ閉めてま――――あかんわ! とにかく入って!」

半死半生の冒険者が血を垂らしながらやってきたのだ。これでは帰れと追い出すわけにもいかない。すぐに店で売っている回復アイテムのポーションを使う。

「面目ない……。十七層で返り討ちに遭ってしまった……」

二十代なかばの剣士らしい。荷物が多いからソロプレイヤーだろう。一人でダンジョンに入るのは儲けも大きいが危険も跳ね上がる。

「しゃべらんでええわ! とにかく動けるようになるまでここにおり! 店も閉めへんから!」

ハルナは回復魔法である「ホテルニューアワジ」を唱えた。

「ホテルニューアワジ~♪」

節のついた詠唱を行うと、お湯がちょろちょろと出て、傷ついた場所に当たる。その傷が少しふさがる。

ちなみに「ホテルニューアワジ」とは関西のCMでよく流れる宿泊施設の名前だ。この文字列を関西人は必ずメロディをつけて言ってしまう。

どうやら命の危険は回避できたらしく、その冒険者は仮眠スペースで眠りに落ちた。その冒険者が起きる夜九時までハルナもそこでモンスターが来ないようにじっと見張って、そのあと、ようやく地上に上がった。

町はもう酒場ぐらいしかやっていない時間だ。無論、ネオン街などもないので、しんとしていた。

そこで、ぼそりとハルナはこぼした。

「あかん……。楽しいけど、忙しすぎるわ……」

当初、ハルナは毎日、地下十三層に出勤して、荷物を片付けて閉店して、地上に帰るという形態で仕事を続けるつもりだった。ダンジョンは道を覚えれば歩けない距離ではない。

だが、命懸けの戦いをする人間用の店だ。きっちり時間どおりに締めるわけにもいかないこともある。

それに、売り物も利用者が多すぎて一人では運べない量になっていた。同業他社が存在しないので、みんながハルナの店にやってくる。

宿に戻ると、おかみさんのマーサに思わず弱音を漏らした。一階の酒場を兼ねているカウンター席でおかみさんと向かい合う。

「……ほんまに暇なしやわ」

「あんたが、疲れた顔を見せるなんて気味が悪いねえ。オールサックの町じゃ、最強の冒険者として通ってるのに」

「おかみさんにやったら気軽に話せるんやわ」

それはマーサがおばさんだったからだ。かつての自分に近いものを無意識のうちにハルナは感じていた。

「ダンジョンにデパート作るのは、さすがにあかんかったんかな」

従業員を雇うことはもちろん考えた。しかし、閉店間際のごたごたを考えると、地上に上がるところには、自分も同行しないと危なっかしい。まして夜であればダンジョンの人通りも少ないから、余計に冒険者狩りのような奴が出回る。

「阪神や阪急に乗って通勤するのとは訳がちゃうからな……」

店が金になっているのは誰でも思うだろう。冒険者というのは善人だけの仕事じゃない。金品を狙う不届き者が出たってなんら不思議はないのだ。この店をやれているのも、ハルナが異常に強いからというのもある。

「そうだねえ。冒険者の仕事は休みがないとつらいだろうね。私みたいに宿屋やってると、ほとんど二十四時働いてるような気分でもやれてるんだけど。それはまともな布団で寝てるからだし、荷物運ぶような肉体労働もないし」

その言葉にひっかかるものがあった。

「おかみさん、今、二十四時間って言うたな?」

「え? ああ。宿やってると、夜中に泊めてくれっていう飲んだくれが来たりするし、早朝に夕方まで寝かせてくれって夜警が来たりもするし、完全に閉めるってのが難しいのさ」

「いや、そうやわ。閉店時間を考えるから大変やねん。閉店せんかったらええんや」

椅子からハルナは勢いよく立ち上がる。

「二十四時間営業や! デパートやなくてコンビニにしたらええんや!」

翌日、ハルナはギルドのルーファのところに走っていった。

「お嬢ちゃん、求人出したいんやけど、ここでええんかな?」

「は、はい……。冒険者に依頼することであればここですけど……」

「コンビニ店員を雇う!」

もちろん、コンビニという単語はルーファには通じなかった。

それで出された内容は以下の通りである。

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募集:『ハルちゃん』の店員

勤務地:オールサック近郊のダンジョン、地下十三層の『ハルちゃん』。

勤務時間:応相談。将来的には夜勤もお願いしたいと思っています。その場合は夜間手当を出します。社長は女性なので、女性も歓迎です。

賃金:応相談。けっこう出します。

条件:地下十三層での勤務であるため、レベル18以上。

面接場所:『ハルちゃん』に営業時間中に一度相談に来てください。

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この条件で人が来るのかかなり怪しい面はあった。レベル18以上の冒険者となると、それなりに数がしぼられる。

しかし、求人を出した翌日、夕方頃に一人目の冒険者がやってきた。

「あの、こちらが『ハルちゃん』の面接会場でしょうか?」