日が暮れる前にクタナツに到着したい。だから今から行く店がデートの総仕上げとなる。クタナツに帰ってからタエ・アンティに行ってもいいのだが、今日は領都で締めくくりといきたい。
昨日はコーヒーを飲めなかったので、今日こそ飲みたいという気持ちもある。
そしてアレクにより店選びを任された私のチョイスは、『カファクライゼラ』
気のせいかも知れないがこの店の前でコーちゃんが「ピュイッ」と言った気がするのだ。
「二人と一匹だけどいいですか?」
本当は三人と言いたいのだが、そうもいかないのでコーちゃんは一匹とカウントする。
「ええ、いいですよ。ようこそいらっしゃいました。」
店内に案内され私達は席に着く。メニューを渡されて驚いた。コーヒーの種類が多い!
「すごいメニューだね。アレクは分かる?」
「だめね。三つぐらいしか分からないわ。だから適当に選んでみるわ。」
それでも三つ分かるのか。すごいな。
「じゃあ僕とコーちゃんの分も選んでみてよ。任せた!」
「分かったわ! 任せて!」
そしてアレクが頼んだ豆は……
『ネイキドブル』
『アンクラウド』
『ノバディ』
の三種類だった。どんな味なんだろうドキドキ。
私はアレクのように味を表現できないが、例えるなら……
ネイキドブルは、どこまでも突っ走るような疾走感を感じる。荒々しいビートが私を覚醒させる。
アンクラウドは、軽快なのにメロディックな印象を受ける。アクセルを踏んで胸がときめくままに走り出したくなる味だった。
ノバディは、分からない。まるで名前が分からないのに駆け抜けていきながら誰かの名をひたすら叫ぶような虚無感を覚えた。
おかしいな? コーヒーを飲んだはずなのに。まるで名曲を聴いた後のような感覚に襲われている。たぶん気のせいだろう。
「堪能したよ。さすがアレクだね。いい選択だったと思うよ。また来ようね。」
「え、ええ。変ね? 何か音が聞こえた気がするわ。バイオリンでもリュートでも、増してやピアノでも表現できないような音が……」
コーちゃんはピュイピュイ言って喜んでいる。そのうち歌い出すのではないか?
そして驚きの勘定が、三杯で金貨二枚!
思ったよりだいぶ安かった。さあクタナツへ帰ろう。
城門が見えてきた。無事に帰れそうだ。
手続きの列に並ぶ私達を見て何やら慌てて走り出した奴がいるが……まあ無視だな。今更バカ兄貴が何かをしてきても無駄だろう。
「はい次。」
やはり事務的だな。
ギルドカードを提示する。
「子供二人だけ? 親は?」
「今日はいません。二人だけです。」
「そうか。むっ、君達手配されているぞ? どういうことだ?」
「それはこっちで扱う」
門番の騎士の横から別の騎士が出てきた。しかも手配されているだと?
「彼女はクタナツの騎士長、アレクサンドル家の長女アレクサンドリーネ。辺境伯家の四女様とも親しい間柄です。それを手配ですか?」
「知らんな。ここでクタナツごときの権勢が通用するはずもない。ふっ。」
この騎士以外はざわざわと互いに顔を見合わせている。「ソルダーヌ様の……」「騎士長だと……」「アレクサンドル家……」といった声が聞こえる。
「いいでしょう。では手配の理由を聞きましょうか。」
「言う必要はないな。大人しく同行するならばそれでよし、逆らっても無駄だと思うがね。ふっ。」
「いいでしょう。私はカース・ド・マーティン。あなたの名は?」
「ふっ、言う必要はないな。これ以上は問答無用。抵抗するならば捕縛するのみ。」
こんな無茶な話があるか! 騎士が捕縛する際は容疑を告げることが必須だ。それを大勢の同僚の前でこんな無法! なぜ誰も止めない!
コーちゃんだってギャワワギャワワ言ってる。
もう知らん! 関所破りでも何でもやってやる! でもその前に……『麻痺』
こいつがいたら話もできないからな。
「さて、他の騎士の皆さん。私達が手配されている理由を教えていただけますか? このような無法な真似をされては黙っていられませんよ?」
「落ち着いてくれ。こちらに攻撃の意志はない。手配の理由は私達も分からない。しかし手配されている以上ここを通せないのも事実だ。」
「ならどうします? 幼気(いたいけ)な子供二人に縄でも打ちますか?」
遠巻きに騎士が私達を取り囲むが敵意は感じない。逃げた子猫を保護しようと慣れないことをしているような雰囲気だ。
「いいでしょう。いつまで待てばいいですか? それによっては大人しくしましょう。」
「一時間待ってくれ。その間に何とかする。先程の抵抗は見なかったことにしておく。」
「では約束です。私達は今から一時間ここで待ちましょう。それを過ぎたら出発しますので、邪魔する者は貴方が始末してください。いいですね?」
「いいだろう……っくっ。契約魔法か。責任重大だな。」
やれやれ。これで安心とは言えないが、油断せずに待とう。
「いやー参ったね。いよいよとなったら全部ぶっ飛ばして逃げようね。」
「ふふふ。見てて痛快だったわ。何の心配もしてないわ。任せるわね。」
待つ間は自動防御をしっかりと張って、アレクの魔力庫に入っていたお茶を飲んでのんびりと過ごした。時計が欲しいな。
学校ではベルが鳴るから分かるのだが。
先程の騎士が戻ってきた。
「すまない。やはり帰すことはできない。正確に言えばアレクサンドリーネ嬢を置いて行くなら君だけは帰っていいようだ。」
「カース、私なら心配しないで。先に帰ってこのことを父上に知らせてくれたらいいわ。」
「ギャワワッ」
そんな訳ないだろう。どうせ道中に刺客が待ってんだろ。無駄だけど。それにアレクを置いて帰れるはずがない。コーちゃんもそう言ってる。
「乗って。」
ミスリルボードを取り出し二人で飛び乗る。
『金操』
飛び上がる私達に魔法や槍が飛んでくるが遅い! そして狙いが悪い!
浮身なら真っすぐ上昇するだけだが、金操なら自由に動けるのでまず当たらない。
たちまち地上からは豆粒にしか見えないほど上昇し、クタナツへと向かう。
サービスで契約魔法は解除しておいてあげよう。
「参ったね。あれって六男程度にできるレベルじゃないよね?」
「ええそうね……明らかに私が狙いだったし……」
不幸中の幸いなのは、こちらが子供二人だけだったので甘く見てくれたことだ。城門を通った際に少し脅せば簡単に済むとでも思ったのだろう。ムカついてきた。城門ぐらい壊してもよかったか。
「私を渡さないでくれて……ありがとう。」
アレクの手は震えていた。当たり前だ、十歳だぞ? それがあれだけの騎士に囲まれて……平気なはずがない。
その状況で「先に帰って」なんてよく言えたものだ。惚れ直すじゃないか。
「さっきは頑張ったね。惚れ直したよ。大急ぎで帰ればギリギリ日没に間に合う。しっかり報告しておかないとね。」
「うん! 今夜は父上もいると思うからカースも寄っていって!」
さて、どうなる?
今回の件、領都がクタナツに宣戦布告したとしか思えないが……
まさかこれもヤコビニ派の仕業とでも言うのか? さすがにそれはなさそうだが……