ここはムリーマ山脈の西部のやや南側。私達はワイバーンを求めて飛び回っている。フェルナンド先生ならワイバーンが百匹いても子猫の群れと変わらないのかも知れないが、私にそんな自信はない。群れてない個体を狙うのみだ。

「ところでヌエって献上するにはちょうどいいよね?」

「そうね。平均的なワイバーンより格上だし、いいと思うわ。」

よし、ワイバーンが獲れなかったらヌエを献上してもいいな。それにしても南側に来たら急に魔物が減った気がする。峻険な岩山ばかりだからだろうか。それとも……

『遠見』

アレクが魔法を使って警戒している。

「カース……あそこ。かなり遠いけど見える……?」

アレクが青ざめた声を出す。何かがいるのか?

『遠見』

巨大な緑の魔物だ。ワイバーンにしては大き過ぎる……ドラゴンか!? あそこはドラゴンの巣? この辺りは奴の縄張り? だから魔物が少ないってわけか?

「よし、帰るよ!」

私は慌ててミスリルボードを反転させて王都目がけて逃避した。まだ昼にもなってないが、ドラゴンの相手なんかまっぴらだ。さっさと帰ろう。

「いやー怖かったね。まだ時間があるからどこかでお昼を食べてから帰ろうか。」

「……そうね。カースなら勝てそうな気がするけど……慎重なのね……」

いかん! アレクの前で弱気な姿勢を見せてしまったか……強者に欲情するのがクタナツ女性なら、弱者に幻滅するのも不思議ではない!

挑んでみるか……

「ごめん、気が変わった。ちょっと挑戦してみる。アレクはそこら辺で待っててもらえる?」

「いいわよ。早く帰ってきてね。」

コーちゃんはアレクを頼むね。ドキドキするな。ドラゴンか……最悪逃げればいいけど大丈夫だろうか。やってやる!

まずは様子見だ。話は通じないだろうが近寄ってみる。どんな反応をするのだろうか。スパっと目の前に着陸してみた。こいつ……寝てやがる。私など敵ではないってことか。でもこれ以上近付くのは怖いな。どれ、顔の前に肉を置いてみよう。オークとレッドボタンだ。ついでにこんがり焼いてやる。『火球』

いい匂いがしてきた。おっ、やっと目を開けやがったか。体長ニメイルはあるオークとレッドボタンを一口かよ! ボリボリ咀嚼してやがる。これも食べるかな? オーガとケルピーだ。やはり一口か。口がでかすぎる! しかし面白くなってきた。肉はまだまだある。とことん食わせてみよう。タスクサーモンにツナマグロも食ってみやがれ。魔力も込めて大放出してくれる!

なくなった。

残っているのは解体済みの素材や弁当の類だけだ。あっ、酒は飲むかな?

樽ごと咀嚼しやがった! しかし美味そうな顔をしている。この酒は不味いって話だったが……意外とかわいいところもあるもんだな。口だけで五、六メイルはある巨大なドラゴンなのに。もっと獰猛で私を見たらすぐ襲ってくると思ったら、そんなことはなかったな。帰ろうかな。寝てるところを悪かったな。またな。

「グオォォォオオオォォーー!!」

大気が震えるような咆哮だ! いつかのボスオーガを思い出すが、比べ物にならない。帰ろうとしてるのに突然何だよ!? うるさいな。

「ガアァァァアァァーー!!」

声の大きさの割に魔力を感じないな。怒っているわけではないのか? 襲いかかってくる気配はないし。

「もしかしてもっと食べたいってのか? もうないぞ?」

「グオォォォオオオ!」

こいつ話が通じるのか? しかしうるさいな。

「じゃあ待ってろ。何か獲ってくるから。」

ヌエは渡さんからな。

とりあえずアレクを迎えに戻った。

「お待たせ。狩りを続行することにしたよ。普通の獲物をとろうよ。」

「おかえり。すごい声だったわね。心配したわよ。ここまで聞こえたんだから。」

「それが大人しくて可愛らしいドラゴンだったんだよ。もっと餌をよこせってさ。」

「意味が分からないわ。ドラゴンが獲物を前にして何もしないなんてね。」

「何でだろうね? 先に餌を出したのがよかったのかな?」

そこら辺で見つけ次第狩りまくる。あいつは一体どれだけ食べるんだろう。コーちゃんより食べそうだな。

さて、どっさりゲットしてきたぞ。コーちゃんも待たせたね。一緒に食べるといいよ。「ピュイピュイ」

今度はアレクとコーちゃんも連れてドラゴンの前に戻る。待たせたな。ドンと目の前に獲物を積み上げる。魔力を込めつつ丸焼きにしてやる。どうやらこのドラゴンは生より焼いた方が好きらしい。贅沢なやつめ。コーちゃんと争うようにして食べている。

ところでドラゴンといえば光り物を集める習性があるらしいが、ここには見た感じ何もない。餌代に何かよこせと言いたいところだ。

山と積まれた魔物は瞬く間になくなった。コーちゃんは骨まで食べないが、こいつは骨まできっちり食べた。後には何も残っていない。コーちゃんもドラゴンも満足そうだ。悪い気はしないな。戦うばかりが能じゃないもんな。

「ピュイピュイ」

「グオォォォオオオ!」

うるさいな。どうやらあれでも普通の声らしい。コーちゃんと何やら意思疎通しているようだ。今さらこいつと戦いにくくなってしまったな。残念なような安心したような、まあいいか。

「こんなにドラゴンに近付けるなんてね。遠くから見つけただけで怖かったのに。」

「僕も初めてだよ。ドラゴンって知能も高いんだね。今さらこいつを狙えないし、帰ろうか。」

「そうね。鱗の一枚でも落ちてればいいのに。」

全くだ。鱗も光り物も何も落ちてない。まあいい思い出ってことで。コーちゃん帰るよ。「ピュイピュイ」え? こいつ困ってんの? ドラゴンのくせに?

「ガアアォォア!」

口を大きく開けて牙を剥き出しにして見せてくる。コーちゃんが言うには牙の一本が虫歯になっているらしい。ドラゴンのくせに……

しかもあれだけ食ったくせに……

私やアレクなど魔力が高い者は病気にかからないように虫歯にもならない。それをこいつは……情けないやつだな。だからってどうすればいいんだ? 糸で縛って引っ張っても抜けやしないだろ。しかも見たって分からない。どれが虫歯なんだ? コーちゃん分かる?「ピュイピュイ」

コーちゃんが奴の口の中に入り込んで牙の一本を頭で指し示してくれる。あれか……

『麻痺』

効くかは分からないが麻酔代わりだ。口を閉じるなよ。

『金操』

やはりこれしかない。金属よりよっぽど魔力を消費してしまうな。結構きついぞ。ちょうど昨日、狭い範囲に金操を使ったのがいい練習になっている。いけそうだ。魔力をゆっくりと絞り出すように込める……もう少し……

抜けた!

抜けた跡にはポーションをかけておいてやろう。痛いだろうからね。

え!?

抜けたばかりの場所にもう新しい牙が生えてきた! これはポーションの効果だけじゃないよな? ドラゴンの再生力か……すごいもんだな。

まあいいや。この牙は貰って帰ろう。虫歯にやられた牙でもナイフぐらいにはなるだろう。よく見ると外側は無事なのに根元が虫歯っぽい。こいつ大丈夫なのか?

「グオォォォオオオ!」

うるさいな。たぶん喜んでるんだろう。ドラゴンの虫歯予防ってどうすればいいんだ? とりあえず口の中に洗濯魔法を使っておいてやろう。せいぜい清潔にしておけよ。

「お待たせ。今度こそ帰ろうか。」

実は魔力が残り七割ぐらいだったりする。牙に金操なんか使ってしまったからな。

ちなみに王国一武闘会の時は二割も使っていないってのに。

「いいものを見せてもらったわ。さすがカースね。」

「ピュイピュイ」

ワイバーンが心残りだけど、まあいいや。王都に帰ってリッチなランチでも堪能しよう。心なしかこのドラゴンが名残惜しそうな顔をしている。えーい、また来てやるよ。

髭が欲しかったな……

アレクのバイオリンの弓に……