朝か。よく眠れたようだ。あれ? アレクがいない。トイレかな? コーちゃんはいる。

父上達は昨夜遅かったんだろうな。まだ寝てるかな? よーし、朝から風呂に入ろうか。

「おはようございます」

「おはよ。アレク見た?」

びっくりした。ドアを開けたらちょうどメイドさんがいたよ。

「アレクサンドリーネ様でしたら先ほど庭にいらっしゃいました」

「そう、ありがと。」

庭で何やってんだ? ちょうどいいや、朝風呂に誘うとしよう。

あっ、母上もいるじゃないか。二人して、いやアステロイドさんもいるし、朝から何やってんだ?

「おはよ。何やってんの?」

「あら、カースにしては早起きね。今日王都を発つんでしょ? だからアレックスちゃんに魔力感誘を教えてたの。ほんの触りだけどね。」

「おはよう。やっぱり魔力感誘って凄いのね。こんな風に魔法が動くだなんて。」

ふふふ、そうだろう? 母上って凄いだろう?

「んーでカース、お前はできんのか?」

くっ、アステロイドさんめ! 痛い所を突いてくるじゃないか。

「出来るわけないじゃないですか。あんなの制御が難し過ぎて頭が割れますよ。」

「うふふ、カースには難しいかも知れないわね。センスがないから。その点アレックスちゃんはいいわね。案外エリザベスを上回るかも知れないわよ?」

ちょっと待て。センスがない……私にはセンスがないのか? センスって何だ? 才能か? まさか母上にこんなショッキングなことをサラッと言われるとは……

「ほら、カースって回復系の魔法は使えないじゃない? 魔力感誘も似たようなものよ。センスがない者には難しいのよ。」

なんと……そうだったのか……あれだけやっても出来ないのはそんな所に理由が……

いや、出来ないと思うから出来ないんだ。回復系の魔法はさすがに諦めたけど、魔力感誘は諦めないぞ。アレクに出来て私に出来ないのは悔しいし。

「カース、アレックスちゃんに軽く水弾を撃ってあげなさい。」

「押忍! いくよ!」

『水弾』

うおっ!

私の水弾がアレクの頬をかすめるように僅かに曲がった! 額を狙ったのに!

もうここまでやれるのか!

「すごい! さすがアレク!センス抜群だね!」

「ありがとう。イザ、お、お義母様のご指導がいいからよ。本当に。」

「いやいや、僕はそれすら出来ないんだから。悔しいけどすごいよ!」

「カースは心眼を鍛えていけば、もしかしたら出来るようになるかも知れないわ。精進なさい。」

「押忍!」

母上とアレクはもう少し特訓するらしい。アレクを鍛えてくれるなんて嬉しいな。風呂は一人で入ろう。

ゼマティス家の風呂はそんなに大きくない。だから誰かが入っていればすぐ分かる。誰だろう? 脱いだ服を見れば分かるが、そんな無粋なことはしたくない。だから気にせず入る。

「おはよー。」

先客はだーれだ。

「坊ちゃん……」

マリーか。

「朝から風呂とは珍しいね。」

「昨夜の帰りが遅くて入れなかったものですから……」

沈黙が続く……

「マリー、何か僕に言いたいことがあるの? できれば遠慮なく言って欲しいんだけど。」

「坊ちゃん……坊ちゃんがガブリオーレゲオルギアにした仕打ちを、心のどこかで恨んでいる自分がいます……あいつは誰が見ても大罪人、むしろもっと苦しめるべきでした……それでも私の中の女が坊ちゃんを恨んでしまうのです……」

「なるほど。少し分かったよ。話してくれてありがとう。僕もマリーの意見に賛成だよ。あいつはもっと苦しめるべきだった。死なせてしまったのは失敗だったと思うよ。」

「そして、同郷としての情が……あのようなエルフの恥さらしが相手であっても捨て切れないのです。私は、私は……」

「困ったね。マリーが僕を恨むのは構わないし、できればどうにか晴らして欲しい。ところで、実は僕もマリーに言いたいことがあったんだ。聞いてくれる?」

「な、何なりと……」

こんなタイミングで言いにくいけど。ずっと言いたかったことだもんな。

「母上の経絡魔体循環を受けてる時に支えてくれてありがとう。

大襲撃の時、見張りをしてくれてありがとう。

微風(ほのかぜ)の魔法を教えてくれてありがとう。

いつも学校まで送迎してくれてありがとう。

何気ない一言で青春を思い出させてくれてありがとう。

グリードグラス草原まで僕を探しに来てくれてありがとう。

いきなり持って帰った素材でもきちんと料理してくれてありがとう。

秘密なのに勇者の話をしてくれてありがとう。

特殊な魔法も教えてくれてありがとう。

コーちゃんに名前を付ける時、忠告してくれてありがとう。

オディ兄と結婚してくれてありがとう。

姉上の命を助けてくれてありがとう。

僕の命も助けてくれてありがとう。

何回助けてもらったかもう分からないよ。

ありがとうマリー。」

「坊ちゃん……助けていただいたのは私の方です。坊ちゃんのおかげで里帰りもできました。オディロンと結婚もできました。待望の子供も目処が立ちました。私は旦那様に買われて、坊ちゃん達に出会えて、本当に幸せでした……」

「マリー、僕が言いたいのは……あれだけたくさんマリーに助けてもらったんだから、マリーが僕を許せないのなら何でもする覚悟があるってことだよ?」

「ええ、分かってます。分かっているつもりです。坊ちゃんには卑猥な視線を向けられたり、人前でスカートをめくられたり、湯船でサービスしてあげたこともありました。従いまして……私の恨みを消すために……坊ちゃんには屈辱を味わっていただきます……」

「分かった……抵抗はしない……」

屈辱だと? 怖い……しかし逃げるわけにもいかない……

『イーディーグ・ジョーウーショ・ウイッシーン・キョニューク・ドークダイ・ホーカーイ汝の穢れたる魂よ ひと時の清廉なる体躯よ 乱れた欲望から苦役を解き放て モーニンググローリーディスファンクション』

何だ? 何かの魔法を掛けられた。しかし害意を感じないし、痛みもない。これのどこが屈辱なんだ?

「終わったの……?」

「ええ、終わりました。坊ちゃん……アレックスお嬢様に捨てられないといいですね。」

え!?

まさか!?

最愛の人に嫌われる呪い!?

嘘だろ!?

そんな最悪の呪いを掛けられたのか!?

ならば『解呪』で……いや、だめだ。甘んじて受けると決めたんだ……

マリーが許してくれるまでは、耐えるしかない。そうでなければ、私はマリーに顔向けできない。

そんな重い話を私達は、風呂場で行なっていたのだな……

しかし魔法が使えなくなったわけでもないし、体に影響はないようだ。一体どんな屈辱なんだ? 分からないなら分からないで気になってしまう……