「お、おいみんなどうしたんだよ! こちらはどうみてもダミアン様じゃないか!」
門番の騎士が慌てている。さっきから慌てっぱなしだな。
「ドストエフ様によると其奴は偽物らしい。二年前王宮にまで入り込み御側御用人に成り済ました輩もいたそうだしな。」
確かにいたな。確か他人の顔を変えることのできる個人魔法使いがいるんだったな……厄介なやつめ。クソ針こと先々代毒針もまだ見つかってないし。ちょくちょく足を引っ張りやがる。
「偽物よ。お前が本物のダミアン様だと言うなら証を見せてもらおう。フランティア家の紋章が刻まれた懐剣をな。」
ほう。さすが辺境伯家、家族にそんなものを持たせてあるのか。かっこよさそうだな。
「えらく物分かりがいいじゃねぇか。しっかり目ぇ見開いて拝みやが……あれ?」
「どうした? まさかオメー……」
「そのまさかだ……白金貨だけじゃねぇ……懐剣まで盗んでいきやがった……やべぇぜ……」
白金貨を盗られた時以上に青い顔してやがる。そんなにヤバいのか。長男か五男か知らないが上手い手を打ってるもんだな。もし生き残っても偽物扱いして後継者レースから脱落させるってことか。まあ盗む時間があったならトドメを刺せたような気もするが。仕方ない、ちょいと助け船といくか。
「領都の騎士よ。まさか俺の顔を知らん奴はおらんよな? こいつが本物のダミアンかどうかは置いておくとして、俺が辺境伯に会いに来てんだ。さっさと取り次いでもらおうか。」
本来ならこんな傍若無人なことは言いたくたいが、あまりにもダミアンが不利すぎる。少しは助けてやってもいいだろう。
「ま、魔王、カース殿……」
「やはり、魔王が……」
「魔王が、黒幕……」
騎士達は何やらザワザワ言ってるが、聞き取れない。はっきり喋れよな。
「まさか俺まで偽物って言うんじゃないだろう『麻痺』な?」
取り囲む騎士全員を麻痺させてやった。喋れないレベルでだ。取り次げって言っておきながら酷いことをしてしまった。
「行くぜ。案内してくれよ。」
「お、おお。こっちだ。」
「カース様かっこいい……」
辺境伯の執務室に行った事はあるが、さすがに正確な場所なんか覚えてない。ダミアンの案内が必要だ。
そして到着。やっぱここは広いよなぁ。
「あそこだ。入るぜ。」
ダミアンはノックもせずに重厚な扉を開いた。
「おう親父殿! ご機嫌いかがだ?」
「おや? この部屋にノックもなしに入って来るような礼儀知らずは誰だ? 摘み出せ!」
お、こいつ五男だったか。護衛の騎士が動く前に私も。
「辺境伯閣下。夜分に恐れ入ります。閣下にお願いがございましてやって参りました。」
「なんたる厚顔! このような時間に! しかも父上にお願いだと!?」
うるせぇなこいつ。お前に用はないってんだよ。
「黙っておれデルヌモン。カース君、よく来てくれた。私に願いとは何かな?」
「ありがとうございます。願いというほどではないかも知れませんが、この度の争いについてです。ダミアンもリゼットもこの通り無傷で生きております。しかしながらいつ誰が不幸な事故で命を散らすか分かりません。ダミアンの怪我を知ったダミネイト一家の若い者が走るかも知れませんし、マイコレイジ商会との取引に支障が出るかも知れません。だからこそ、ここ数日の諍いを『何も無かった』こととしませんか?」
「よく分からないな。何も無かったことにしたとして、何かが変わるのかい?」
「変わります。例えばダミアンは無様にも襲撃を受け大事な物を盗まれております。その汚点を消すことができます。また、マイコレイジ商会が辺境伯家から離れることもなくなるでしょう。そして何より私です。私がこの件の犯人探しをしないと約束しましょう。犯人を追い詰めるためならカスカジーニ山ぐらい潰してもいいかと思っておりますが、やはりそれは無関係な者を巻き込む行為です。厳に慎むべきかと。」
「カスカジーニ山を潰すだと!? 大言壮語を吐きおって! やれるものならやってみよ!」
だからお前は口を挟むなって。
「デルヌモン様でしたね。あの山がなくなれば魔物の脅威はだいぶ減るでしょう。代わりに収入や税収もかなり減るでしょうね。迷惑を被る民も多いんじゃないですか?」
「カース君が犯人を探さないとするのは悪くないな。君とて無様にやられたダミアンに非があることは承知なのだろう? 負けた者は貴族ではないのだから。」
さすがに辺境伯は分かってるよな。私としてはダミアンの報復なんかする気はないんだよな。だから何もなかったってことで収めるのが一番のはずだ。自分の都合もあるし。
「そうですね。大事な懐剣を盗まれた無様なダミアンですが、それでも私の友人ですから。せっかく辺境伯閣下に白金貨二百枚を上納に向かっていたのに。可哀想なダミアンです。」
「ほう、白金貨二百枚をダミアンが? お前にしてはやるではないか。」
「あー、まあな。ほれ親父殿。これだ。受け取ってくれ。」
ダミアンは持っていて当然とばかりに魔力庫がら白金貨を取り出した。
「なっ!? 白金貨二百枚だと!? なぜ兄上が持っている!」
こいつ分かりやすっ! 正直者かよ!
「なんだあデルヌモンよぉ。おれが白金貨二百を持ってて何か変か? さっきカースも言ってた通り、間抜けにも盗られたのは懐剣だけだ。」
「父上! 私からも上納いたします! 白金貨二百枚です!」
犯人見っけ。嘘だろ……
「ほう? お前達がどうやってそれほどの大金を作ったかは問うまい。辺境伯の座に必要な条件、それは金と力よ。少なくともお前達に金があることは示した。そのうち力も示してくれることを期待している。そしてカース君、先程の続きだが、まだ犯人を探し追い詰める気はあるかい?」
まだ約束は成ってないんだよな。だからここで私がデルヌモンを殺してもそこまで問題はない。だがまあここは辺境伯の顔を立てておくとしよう。
「いえ、ございません。先日のご褒美と引き換えにこの願いをお聞きくださるのであれば、何の異存もございません。」
領都を守った件での褒美を保留してたんだよな。特に欲しいものもないし、ここで使うべきカードだよな。
「いいだろう。ここに誓約は成された。ここ数日の事件は現時点で何もなかったものとする。そして私とカース君の間には何の貸し借りもないものとする。よいな?」
「結構です。」
「ああ、いいぜ。」
「父上、わ、分かりました……」
思うにこいつ、デルヌモンだが犯行をバラしたのはほとんどワザとだな。今なら何もなかったで有耶無耶にできるタイミングで。意外とやるもんだな。
なんせこのタイミングで金を出さなければインパクトでダミアンに劣る。ほとぼりが冷めた頃に長男と半分ずつ出すつもりだったのかも知れないが、それでは遅いもんな。
「ああ、紛失したダミアンの懐剣ですが、近いうちに見つかりますよね? ねぇデルヌモン様?」
「ふん、騎士団詰所にでも拾得物として届けられているのならな。それよりも、うまく自分の罪を揉み消したものだな。魔王とは名ばかりの小賢しい男よ。」
「はて? 何のことやら。それより先程も申しましたが、不幸な事故が起こらないといいですね。お互い気をつけましょう。」
「ちっ……では父上、これにて失礼します。」
「ああ、ドストエフにしっかり相談しておけ。」
なーんかこのオッさんは全てを読み切ってる感じがあるよな。辺境の英雄って言われるだけあるわな。
「さてと、親父殿。報告だ。」
「聞こうか。」
ある意味ここからが本番なのか?