カースと別れたアレクサンドリーネは魔法学校へと帰っていた。実際に暴行を受けた同級生よりもアイリーンを優先するのはどうかと思ってはいるが、どちらの悲しみが深いかなどと考えても仕方がないことだった。
その同級生達によるとアイリーンは学校の医務室に運び込んでおいたらしい。現在は担当の教師が診ている頃だとか。
「失礼します。」
「はぁい。あらアレクサンドルさん。どうしました?」
「アイリーンの容態が気になりまして。問題なければ叩き起こそうかと。」
「そうねぇ。体調的には問題ないですねぇ。じゃあ後は任せますねぇ」
「ありがとうございます。」
『覚醒』
怪我や病気の人間に使う魔法ではないが、健康な人間を起こすのには重宝したりする。起こされる方はたまったものではない。 いきなり意識を覚醒させることができる魔法なのだ。
「アレックスか……ここは……医務室……」
「いい知らせよ。ゴモリエールさんが領都にいらしてるわ。あなたと話してみたいそうよ。」
「あの方が……しかし、今の私は……」
「好きにしたら? あれほどの方がわざわざ領都まで来てくださるなんてもう二度とないと思うわよ? こんな時だから行くべきね。」
「お前には……分からないんだ……バラドを失った私の気持ちなんか……」
「それはともかく、今のあなたを見たら叔母様はどう思うのかしらね? がっかりされなければいいわね。」
「叔母……様……」
「まあ好きにしなさい。ゴモリエールさんは辺境の一番亭にお泊まりになられてるわ。いつまでいらっしゃるかは知らないけれど。それから……あの三人がどんな目に遭ったか……少しは考えてあげて……」
「……っ、まさか……私は無傷なのに、あいつらは……」
「私が言えることではないけれど……私だけ……無傷で……」
頭部を強打されてかなりの血を流したアレクサンドリーネも決して無傷ではない。しかし、彼女も自分だけが無傷だと思い込んでいた。
「アレックス……すまん……私はカース君に……八つ当たりで……」
「いいのよ……カースは気にしてないと思うわ。だから私も気にならないわ。じゃあくれぐれも判断を誤らないようにね。」
「すまん……世話をかけた……」
医務室を出たアレクサンドリーネが次に向かったのはその三人の同級生の所だった。
「教会に行った方がいいと思うわ。辛いとは思うけど……」
「アレクサンドリーネ様……」
「お気遣いを……」
「で、でもそしたら私達のことが、何をされたか知られて……」
「そうね……私が無理に言うことではないわね……でも、もしお腹の中にあの盗賊どもの……」
「分かっております……私は大丈夫です……すでに避妊の魔法を受けておりますから……」
「私は……行きます……行くしか……」
「嫌だぁ! 私は行かない! 誰にも! 知られたくないの!」
「そう……仕方ないわよね……じゃあタリス、せめて一緒に行くわ。私には何もできないけど……」
「ありがとうございます……ピレネ、ラムザをお願い……」
「ええ、分かってるわ……アレクサンドリーネ様、タリスをお願いします……」
避妊の魔法はどの街でも教会で受けることができる。主に女性冒険者や娼婦が受けることが多い。魔法だけあって避妊の効果はほぼ完全な上に、ほんのわずかだが性病を防ぐ効果もあるため毎月受ける女性は多い。そしてその効果は事後であっても早ければ早いほど効果を発揮する。つまり、いち早く教会へ行くことを選んだタリスの判断は正しいと言えるだろう。ならば、泣き喚くばかりで行動しないラムザの運命は……
その頃アイリーンは学校を出てゴモリエールのいるであろう宿へと向かっていた。心に重いものを抱えながら。
領都の一等地にある高級宿、辺境の一番亭。少し気後れしながらも中に入る。従業員に名前を告げゴモリエールへの取り次ぎを頼む。すると、取り次ぐまでもなく案内された。四階の奥の部屋だ。
「来たかえ。待っておったぞ。入るがよい。」
「し、失礼します……」
高級宿だけあって中は広い。部屋数もいくつかありそうだ。
「まあ座れ。これでも飲むとよい。」
「い、いただきます……」
甘く温かい飲み物。アイリーンには体に染み入るかのように感じられた。
「では改めて。妾(わらわ)はゴモリエール・バーグマン。クタナツの五等星じゃ。」
「アイリーン・ド・アイシャブレです。お目にかかれて光栄です……」
「うむ。子細は聞いておる。辛かったのう。妾にも覚えがあるゆえな。その胸の内、分からぬはずがない。なれば立ち直る方法も分かっておるわ。知りたいか?」
「ぜ、ぜひ! 悲しすぎて……おかしくなりそうなんです……」
アイリーンの目から、再び涙がこぼれ落ちた。
「簡単なことよ。強くなればよい。身も心もの。」
「強く……」
「妾とて最愛の男をこの手で殺めた時は悲しかったわえ。もう生きていとうないと思うほどにの。じゃがの、あるお方に言われたのよ。弱い男が悪いのではないかとの。」
「た、確かに……盗賊などに殺されたバラドは……」
「妾も未だ強さを手に入れておらぬ。そなたの叔母上には勝負では負けておらぬつもりじゃが、その後よ。完膚なきまでに負けてしもうての。今は修行のやり直しといったところじゃ。で、どうじゃ? 一緒に励まぬか?」
「あなたほどの方が完膚なきまでに……私も……強くなりたいです……」
「うむ。ならば我らのパーティー『レッドウィップス』に入るがよい。今からでも卒業してからでも構わぬ。好きにせよ。」
「入ります! 学校は辞めます! 私も連れて行ってください!」
「そうか。そこまでの覚悟であったか。よかろう。妾はそなたを歓迎する。今日より仲間じゃ。願わくば長い付き合いになると良いの?」
「はい! よろしくお願いします!」
その時、入口とは別の扉が空き、目に見えるほどの色気漂う美女が現れた。
「決まったのかぁいゴモリ?」
「おお。妾たちと共に歩むこととなった。アイリーンじゃ。」
「あ、あああ、あの、その、あ、アイリーン・ド・アイシャブレででです! そ、その、その、かっこ、格好は……」
「エロイーズ・ビーナシアよ。さあこっちに来なぁ。強くなりたいんだよねぇ?」
アイリーンの言葉がおかしくなった理由。それはエロイーズが服を着ていない。すなわち、一糸纏わぬ姿で現れたからだ。明らかに汗だけではない。アイリーンも知っている体液で体を濡らしていたのだ。つまりあちらの部屋の中にいたのは、エロイーズ一人ではないということになる。
ふらふらと誘い込まれるように部屋へと歩み寄るアイリーン。彼女は一体どうなってしまうのだろうか。