全員が一丸となって魔物を退(しりぞ)け続けて数時間。もうすぐ朝が来る。たぶん今が一番寒い時だ。あちこちで魔物が流した血が凍っており、足をとられる者もいる。

『氷弾』

今、母上が遠くに見える最後のオークにとどめを刺した。これで見える範囲に生きてる魔物は一匹もいなくなった。

「よし! 皆の者! よくやってくれた! 見張りを残して後は食事、睡眠をとってくれ! 現場の処理は後だ! 南西側の状況次第ではあるが、我らが勝ったのだ!」

魔法部隊長さんが声を張り上げている。私も眠い。眠いが領都に行かなければ。アレクが待っているのだから。

「母上、悪いけど領都に行ってくるね。夕方までには戻るから。」

「仕方ないわね。カースは功労者だもの。それぐらいの自由は許されるわ。別に帰りは明日でもいいのよ?」

「さすがにここが心配だからね。アレクには昨日の夜か今日の朝に着くって言ってたからさ。」

約束をしたのだから絶対に行く。まあアレクに会いたいから当然なのだが。

「無理しないようにね。感じないから分からないけど、魔力減ってるのよね?」

「はは、残り一割ってとこかな。でも問題ないよ。」

「残り一割で私より多そうね……まったく。」

よし、いざ領都へ。今からならちょうど開門するタイミングで着きそうだ。一応魔力探査だけしておこうかな。結構広めに。

うんうん。どこにも反応なし。これなら……は? 北西? 海から?

「母上、海がヤバいかも。ちょっと見てくる。」

「海ね……ありえるわね……」

これだけの人間が魔法を使いまくって。魔物は血を流しまくって。そりゃあ寄ってくるわな。クラーケンやアスピドケロンなんかだと勝てそうだが、ヒュドラやドラゴン系だとキツいな。だが、幸いなことにこの反応は……

グラスクリークから西北西に二キロル地点。大量の人魚が泳いでやがる。正確には人魚ではなく、セイレーンか……『消音』

上半身は美しい女性、下半身は魚。しかも厄介なことにこいつらは……『氷弾』短時間なら空も飛べる。しかも……雷の魔法まで使いやがる。私には効かないけど。あ、コーちゃんにも効いてない。当たり前、なのか?

それにしても何千匹いるんだよ……白波を立てて押し寄せてきやがる。とりあえず戻って報告だな。中心に一回り大きいボスっぽい奴もいるし。

ひゅいぃぃぃひょぉぉぉぁぁぁ……

ん? おかしいぞ? セイレーンの歌が危ないのは常識だから消音を使ってる……のに……何かヤバい……頭が……ここから逃げないと……

「ピュイピュイッ!」

ぐっ、コーちゃんが私の首に噛み付いた。

ふぅ、すっきりした。危なかった。ありがとねコーちゃん。

「ピュイピュイ」

『超圧縮業火球』

舐めた真似しやがって……煮えて死ね。よし、戻ろう。

海が煮える前に大爆発を起こしてるな。水蒸気爆発ってやつかな? 半分ぐらい死んでればいいのだが。

「というわけなんだ。もうすぐここにも押し寄せると思うよ。」

母上と魔法部隊長に状況を説明した。

「セイレーン・オケアノスだな……厄介な魔物が来たもんだ……」

セイレーン・オケアノス? 初耳だ。

「消音が効かない歌を歌うセイレーンと言えば他にありませんわね。魔力が高い者だけで対処をしないと危険ですわ。」

やはり母上は知っているのか。

「じゃあ僕が特大の一発を撃つから残党を皆さんで仕止めるってのはどう?」

先ほどの威力であればもう二発は撃てるが、魔力の余裕を見ておかないとな。

「いい考えね。こんな時は後先考えず全力の一発を撃つべき、ですわよね? リードルーダ様。」

「いかにも。魔王殿の一撃、ぜひ期待させていただこう。では我らは残敵掃討の準備に入る。頼んだぞ、魔王殿!」

「押忍!」

魔法部隊長さんと母上は人員の選別を始めている。セイレーンの歌声が効いて味方に襲いかかるような奴は離しておかないといけないもんな。

そして十五分後。奴らは近付いてきた。どうも数が減ったようには見えない。深く潜っていた奴や後から合流した奴らもいたのだろうか。ただ言えるのは、先ほどの私の魔法が直撃したはずなのにボス、セイレーン・オケアノスは生きているってことだ。生意気な……

『超圧縮業火球』

先ほどと同じように海面が大爆発を起こしセイレーンどもは肉片と化し吹き飛んでいく。海水温は沸き立ち、茹でられたカエルのように水面に浮かぶセイレーンもたくさんいる。

しかしボスは……

数多のセイレーンの死体の中から姿を現した。

こいつ……味方を盾に……味方を操って盾にしたってことか? まあいい。後は大人の皆さんにお任せだ。残りの魔力は五分を切ってるからな。それでも見える範囲の半分以上は仕止めたんだ。上出来だろう。

陸に戻り、母上の背後に立つ。大物を相手にどんな戦い方をするのか勉強させてもらおう。

ひゅいぃぃぃひょぉぉぉぁぁぁ……

くっ、聴こえてきやがる……消音が全く効いてない……

「カース、この歌は魔声と同じだと思ったら大間違いよ? 耳ではなく心を攻撃しているの。普通は気合で耐えるものだけどカースなら自動防御でも十分よ。」

「お、押忍……」

気合で耐える? 全く意味は分からんが『自動防御』

ふう。ふふふ、効かないぜ。問題は魔力なんだよな……仕方ない、魔王ポーションを飲んでおくか。前に飲んでから六時間以上経ってるから大丈夫だろう。よし、回復!

「さあ、見えてきたわ。あいつがセイレーン・オケアノスね。ああいう精神攻撃を行うような魔物はね、こうするといいわよ?」

『フーダンナ シンシーム ショーコーウ イッサーグ ジンジョーム コーショーム ヒッシーメ ツドーガン ジョウジューラ 抑圧されし魂よ 陀利華(だりけ)に囚われた精神よ 郡生海(ぐんじょうかい)より解き放ち 忘我の境地に参らせ給え 無痛狂心』

あっ、この前習った無痛狂心だ。それでもオケアノスは歌を使ってるいるようだが……あ、途端に魔物達が共食いを始めた。なるほど、この手があったか……だからってこの距離でこの魔法を効かせることができるとは。どんな制御力だよ。

「分かった? セイレーン全員にかけるにはどう考えても魔力が足りないわ。だからセイレーン・オケアノスだけにかけたの。そうして奴から仲間に歌を使わせたのね。しばらくは共食いが続くわよ。さすがに疲れたわ。少し休むからしっかり見張っておくのよ?」

「押忍!」

これは都合がいいな。海が血で染まると、他の海の魔物までやって来てあいつらを食うだろう。私達は見てるだけでいい。時折こちらに飛んでくるセイレーンもいるが、あえなく撃ち落とされている。二十人ぐらいしかいないが、横幅を広くとって防衛しているからな。そうそう見逃すことはないさ。

さすが母上がじっくり魔力を込めて詠唱までした無痛狂心だ。ボスクラスにもばっちり効くんだもんな。惚れ惚れするぜ。

やーれやれ。今度こそ終わったよな。