「どっちだと思う?」
片付けを終えた俺はヘレンに聞いた。刺客の素性についてだ。ヘレンを狙っていれば帝国の手のものと考えるだろう。
しかし、狙ったのはアンネだった。第七皇女の王国入りをいかなる方法かで知ったかはともかく、普通に考えれば王国の誰かの手先だとは思うが、帝国の可能性も小さくはない。
ヘレンは肩をすくめながら答える。
「分からないな。どっちもあると思う。帝国も王国も。帝国だとしても、リスクを考えれば両方かもな」
「共和国は?」
「なくはない。でもバレたら帝国と王国の両方を敵に回すことになる」
「2対1の状況は避ける?」
「アタイならね」
「さっき3対1であっさり片付けといてか」
「あれはそれをしなきゃいけなかったからだよ」
「そりゃそうか」
ヘレンも出自――侯爵の隠し子ではなく、馬具職人の娘のほうだ――から、ちゃんとした教育を受けていないというだけで、別にバカではない。文字も読める。
いかに自身が”迅雷”と呼ばれている凄腕で、相手が段違いに格下だろうとも、わざわざ不利な状況を選ぶ必要はない。
「両方かもって?」
サーミャが不思議そうな顔をしている。獣人の社会ではあまり必要のないところだろう。彼女から聞いているところによれば、せいぜい集まりの長くらいで、要は小さな街の商店会会長がいるくらいなもんらしいので、貴族のあれやこれやには耳馴染みがないのだろう。
「つまりな、帝国の革命派残党、貴族……あるいは帝国王室の誰かかも知れんが、そいつが直接王国内で手を出して、それがバレれば王国と帝国の間の問題になっちまう。それなら、王国の誰かに頼んでやってもらうのがいいってことだ」
「帝国の王室って、アンネの兄弟姉妹ってことか?」
「そうなるな」
「お姫様って大変なんだなぁ」
「俺もそう思うよ」
「それじゃあディアナは?」
「ディアナはそれこそ、うちに来るきっかけの事件があっただろ?」
「あ、そうか」
「あれが外国も巻き込んだ大きなものになった、って思えば概ね間違いないよ」
「なるほどなぁ……」
サーミャは腕を組んで、納得を示しているのかコクコクと頷いた。
「待てよ、王国と帝国の間に問題を起こしたいなら共和国もありえるのか?」
「それはないな」
俺の思いつきの言葉を、ヘレンが否定した。
「それをするなら手っ取り早くアンネを暗殺すればいい。その後で、暗殺したいなら、不意討ちで仕留めてそのまま逃げるだけだ。5人もいたら誰か1人は逃げ延びるだろ。それをしなかったってことはアンネを生きたまま確保したい、ってことだからな」
「なるほど」
今度は俺が頷く番だった。とは言え今のところ材料が少なすぎる。この先カミロやマリウス、もしかすると侯爵も巻き込むとしても、先にある程度の方針は定めておきたい。
「さて、となると今後の話を。ひとまずみんなに追いつこう」
俺がそう言うと、サーミャもヘレンも大きく頷き、雨の森の中を足早に進んでいった。