Din no Monshou (WN)

Lesson Three: Promise to the Knight

王都魔法学院。

創立は500年前。

王国建国後すぐに、王都三名家によって設立された。

目的は国を守護する魔法師と、国を動かすエリートを育成すること。

当初はちゃんと、優秀な人物たちが中堅層からも出ていたらしい。

だが、徐々に腐敗してきた貴族の台頭によって、内情はどんどん悪くなっていった。

推薦制度が導入されてからも、格差は一向になくならない。

いつか国ごと崩壊するのではないかと、真剣に心配させてくれる。

そんなリスキー要素溢れるこの学院だが、唯一評価できることがある。

それは、食堂の飯が美味いことだ。

健康を第一に考えたメニューでありながら、しっかりと食べごたえがある。

ちょうど鍛錬も終わって、昼の時間になったし。

今日も今日とて、グルメツアーに出向くとしようか。

朝飯を食ってないから、食欲が無尽蔵だ。

今日は食堂の料理を消滅させる勢いで食べるとしよう。

寮に戻ってもエリックはいなかったので、一人で食堂に向かう。

早朝からどこかに出かけていたみたいだな。

俺も体術の修行で忙しかったし、それぞれ用事があるということだろう。

寮を抜けて徒歩数分。

あと少しで食堂が見えてくるかと思われたその時。

横合いから俺の腹の虫をかき消す声が聞こえてきた。

「見つけたわ! ここで会ったが運の尽きよ!

シャルクイン家の当主として、決闘を申しこみます!」

「お断りします」

とりあえず拒否してから、声の主を見る。

ああ、やっぱりか。

ミレィ・ハルバレス・シャルクイン。

王都三名家の一つ、シャルクイン家の当主だ。

前にも思ったことだけど。

俺より1つか2つ歳上なだけなのに、よく当主の座に座ってるよな。

恐らく王国最年少じゃないか?

遠くから見てる分には面白くて大変結構なんだが。

こうやって絡むのだけは本当に勘弁して欲しい。

「言っただろ。俺に決闘を受ける権利はない。

もしあったとしても断固拒否だ」

「……くっ、中々折れないわね」

「そりゃあな。どうしても戦いたいんなら、力づくで来てみたらどうだ?」

その場合、全力で反撃させてもらうけどな。

しかし、ミレィは即座に首を横に振った。

「……それは騎士の儀礼に反するわ。

因縁の後始末をすることを諦めたりはしないけれど。

相手を極端に害してまで自分の我を通すことは、絶対にしないわ」

「ほぉー」

それなら、俺が嫌がってるんだからやめてくれないんだろうか。

そう突っ込みたくなったが、事態の混乱を招くだけなのでやめておこう。

どうやら彼女は、俺が決闘に納得する形で戦うことを望んでいるらしい。

変に自分勝手で、妙に律儀な奴だな。

「なぜそこまでして、決闘を拒否するの?」

「いやー……無益な戦いは避けるべきだろう」

少なくとも俺は、自分から争いに首を突っ込むつもりはないぞ。

嬉々として死地に突貫する奴なんて、類まれな変態か好戦家だけだ。

そして俺は、後者の気は全くないと胸を張って言える。

まあ、王都三名家と正面切って戦いたくないってのが本音だ。

俺の適当な返事を受けて、ミレィは怪訝そうな表情をする。

「それは本心じゃないでしょう」

「なぜ分かる」

「目を見たら、だいたいその人が嘘を言ってるかくらい分かるわよ」

お前はエスパーか。

そう言いたくなったが、思えば目の泳ぎ方とかで嘘か判断する技があったな。

あんまり詳しくないからどうとも言えないが。

「じゃあ、本音を言おう。

俺の家は吹けば飛ぶような没落貴族だ。

王都三名家と事を構えたら、周囲からの糾弾に耐えられる気がしない。

だからお前とは戦いたくない。これでいいだろ」

「私が責任を持って周りを黙らせるわ。だから――」

「拒否する」

どれだけ食い下がってきても、決闘を受けるつもりはない。

まあ、俺が当主じゃない時点で生じ得ないんだけど。

非公開な決闘でもノーサンクスには変わりない。

悲しいな、立場の差でお前とは戦えないんだ。

自分が名家の出であることを呪ってくれ。

「……諦めないわ」

決意したように、自分のローブの裾を握るミレィ。

全身でお断りしますオーラを発するものの、彼女は諦めようとしない。

さすがにしつこすぎないだろうか。

そこまでされたら、ちょっと反論してみたくなる。

「逆に訊くけど、お前は何でそこまでして決闘にこだわるんだ」

「決まってるじゃない! 母上の無念を晴らすために――」

「じゃあお前は、母親のためだけに生きてるんだな」

「……え?」

俺が言葉を遮って言い放つと、ミレィは意外そうな顔をした。

確か、ミレィの母親の名前はフランチェスカだったか。

シャルクイン家先代の名前である。

人の親であるとはいえ、まだそこまで年はいってないはずだ。

セフィーナの姉と張り合ってたくらいだし。

ミレィは俺の言葉を咀嚼していく。

そして、痛いところを突かれたかのような顔をした。

俺はそこにつけ込み、更に糾弾する。

「だってそうだろう。

お前の母親は昔勝てなかった相手への復讐のために、お前を利用している。

騎士っていうのは、意志を持たない操り人形のことを言うのか?」

「そ、そんなはずないでしょう!」

「違うのか。

なら、騎士っていうのは昔のことを掘り返して、

終わったことを代を跨いでまで引きずる、

女々しい連中のことを言うのか?」

「い、いい加減にして!

私はただ、自分が正しいと思ったことに剣を捧げるだけよ」

ミレィは泣きそうな顔になって否定する。

ちょっと意地悪に言い過ぎたか。

これ以上言い返しても憎悪が積もるだけだろうし。

反撃は後一回までにしておこうか。

そして、その後に解決案を示せばいい。

俺はミレィに正面から向き合った。

「もう一つ、最後に聞かせてくれ。

お前、もし決闘で俺に負けたら、一体どうするつもりだ?」

「私が負けるはずがないわ」

「もしもの話だよ。

もしお前が負けたら、過去のドロドロは一切なかったことにしてくれるのか?」

「……そ、それは」

ミレィは言いよどむ。

ちょっと意地悪なことを言ったか。

まあいい、これで気勢が削がれてくれれば俺は十分だ。

さぞ『決闘で負けても勝つまで付きまとうから』、って言いたいことだろう。

それをどう遠回しに言ってくるか。

期待して待っていると、ミレィが苦心したように口を開いた。

「わ、分かったわ。

母上が納得しないとは思うけど、

私が持てる力の全てを持って説得するから。

決闘で負けたら、もう何も言わない。それでいいでしょう?」

む、予想外。

母親であるフランチェスカの言いなりだと思ってたけど。

自分なりの芯を持っていたのか。

俺の知ってる悪徳貴族像と、随分かけ離れた反応だな。

正直、そこだけには賛辞を送りたい。

これは、話をまとめてちょっと動けば、解消できそうな流れだ。

意外と話の分かる奴なのかもしれない。

俺はミレィに代替案を示す。

「まあ、授業って形でなら受けて立つけどな」

「それは……模擬決闘って意味ね?」

「そうそう。お前の母親と俺の伯母さんだって、それで決着つけてたんだろ」

「そう……ね。なら、模擬決闘の機会があったら容赦なくいくわよ」

「どうぞどうぞ」

まあ、そんな機会なんて巡ってくるかわかんないけどな。

その場しのぎにしては、いい逃げ道を作れたものだ。

模擬決闘はあくまでも授業の一環で、

妙に格式張った『決闘』とは違って普通に戦える。

その上、教員の監督もあるので、基本的に死人も出ない。

素晴らしいところに落ち着いたな。

ミレィは深呼吸をして、頭に登りかけた血を下ろしている。

そして、一つ咳払いをすると、声高々に宣言した。

「私は騎士として、あなたを必ず倒すんだから!」

「おー、頑張れ頑張れ」

適当に返事を返しておく。

まあ、もし模擬決闘の機会があれば、本気を出すとするか。

圧倒的な力の差を見せて、報復は不可能だと思い知らせる必要がある。

この二ヶ月で、俺の適性がどれだけ伸びたかも察してないみたいだな。

熟練を変態並みに上げてきた俺だぞ。

適性を上げる修行程度、苦行にもならん。

それよりはアレクの体術訓練の方が数十倍も怖い。

ミレィは俺に素っ気ない態度を示すが、踵を返す前に一礼してきた。

「貴殿の一日に、大いなる祝福あれ」

どうやら騎士特有の挨拶らしい。

俺は『お、おう』と適当に返しておいた。

いきなり堅苦しいことをするんだな。

規律と感情が相反して、邪魔になったりしないんだろうか。

「では、失礼」

そう言って、ミレィは俺の元から去っていった。

どうにもペースが狂うな。

敵意があるのに強要はしない。

恨みはあるけど、相手の意志は尊重する。

そんな板挟みの生き方をしている彼女は、少し俺には理解し難い。

難儀な性格だが、扱いづらいだけで負の感情を抱くことはないな。

貴族にも色々いるってことだろう。

ミレィも見た目はドストライクなくらい可愛いんだけどな。

あれと打ち解けるのには苦労がいりそうだ。

でも、敵対する要因なんて殆どないし。

せいぜい親世代の因縁くらいだろう。

意外とすぐ解決しそうな気もする。

そんなことを思っていると、不意に腹が苦しそうな音を立てた。

空腹で胃が暴れまわっている。

そうだった。

失念していたが、これから飯を食いに行くんだったな。

俺はそのことを思い出し、慌てて食堂にダッシュしたのだった。

◆◆◆

何を隠そう、俺は腹に溜まる物は夜に食べる主義である。

それは半引きこもり状態だった時の生活に起因する。

――夜食くらい豪華な物を食おう。

きっと、そんな悲しい貧乏根性が染み付いていたからだろう。

それゆえに、俺はあまり朝昼から重たい物は食わない。

ランチメニューを頼み、食堂内を探す。

すると案の定、わずか二ヶ月でここの主とも言える存在になった男を見つけた。

彼の正面にトレイを置き、そのまま座る。

「よお、エリック」

「ああ、レジスか。起きたんだな」

「俺は毎日早起きだぞ」

「確かに。今日はオレがたまたま早かっただけだな」

エリックは骨付き肉をガジガジ齧りながら、返答をよこしてくる。

俺は鍛錬があるために、たいてい朝5時くらいには起きている。

ただ、エリックも中々の早起きで、同じくらいの時間に起床するのだ。

だけど今日は、エリックが更に早起きしていたため、俺が部屋に残る形になった。

「鍛錬はどんな感じだ?」

「今日も地面に数えきれないくらい這いつくばったよ。

あの露出狂魔法師は手加減を知らないからな」

「レジスは痛みに強いみたいだからな。

それくらいの程度で丁度いいんじゃねえのか」

「いやいや……」

むしろ痛みは怖いんだ。

よく俺に、被虐趣味の気があるのかと訊いてくる奴がいるけども。

全く違うからな。

激痛なんて極力ご免だ。

「痛みには強いし、慣れてるつもりだが。

だからと言って痛みを欲してるわけじゃないからな」

「ははッ、そりゃそうだ」

だいたい、被虐趣味の人も、別に痛みが好きというわけではないと思う。

あれは痛みを受けざるをえない状況を甘受して、快楽を得るものではないのか。

そっちの世界のことは知らないから、断定はできないけど。

「ところでエリック。今日は何であんなに早起きだったんだ?」

「あ? 知らないのか」

「何がだよ」

「今日はラジアス家が抱える炎鋼車の、公開訓練があるんだ」

「……あー」

そう言えば、そんなのがあるって前に聞いたような。

一週間くらい前だったか。

そりゃあ忘れてるよ。

俺は昨日の晩飯が何か当てられないくらいなんだから。

えーと、何食ったっけな……。

思い出せん。虫や草とかだけは食ってなかったはずだが。

三十秒の黙考の後、考えることをやめた。

もう俺の記憶中枢はダメかもしれん。

「でも、それを見るだけなら早く起きる必要はないんじゃないか?

あれって昼過ぎから開始だろ」

「炎鋼車の運搬法とか動き方とか、魔法師の乗り込み方とか。

その辺りを詳しく見たかったんだよ。

観衆に見せる機能ってのは、

どうせ実用に向いてないのも含まれてるだろうしな」

確かに。

機密を隠しているのならば、大衆に見せるようなことはしないだろう。

非公開の訓練の際にしか見られそうにない。

「ああ、そういう理由で」

「お前が言ったことだろうが。

オレだって無駄死にはしたくないからな。

まず敵を知って、弱点を調べるところからだ」

エリックはスープをごくごく飲みながら話す。

俺と会話しつつも全く食事のペースが落ちていない。

何というフードファイター。

ただ、エリックにも少し心境の変化があったみたいだな。

2ヶ月前のあの日は、たとえ返り討ちにされても敵を道連れにする勢いだったけど。

戦いに勝つために、布石を置くことを覚えたようだ。

いいことである。

下手に突っ込んで、あんな連中のために死ぬのは癪だからな。

「それで調べた結果なんだが。あの炎鋼車、異常なまでに隙がなかった」

「というと?」

「魔法師と車機能の一体行動、って言えばいいんだろうかね。

恐らく奇襲をかけても、あれじゃ間違いなくカウンターを食らって死ぬ」

ふむ、見ただけでそこまで分かったのか。

いや、逆か。

そう感じざるをえないほど、炎鋼車が圧倒的なんだ。

あり得ないスピードで動きながら、

轢殺したり魔法で駆逐する魔の兵器だからな。

生身で相手をするには、あまりにも強すぎる。

「まあ、他にも気づいたことはあるが。

これは不確定要素だから除外だな。

オレは午後の訓練を見に行くが、レジスはどうする?」

「んー、そうだな。やることもないし、同行しようか」

朝の調査では、非公開で普通は見られない所を覗いたんだろうけど。

午後の訓練は公開されてるんだ。

見るのにビクビクする必要はない。

何だかんだ言って、数百年前から王国を守護してきた兵器なんだ。

その実力は国から万全の信頼を置かれている。

しかも補助予算という形で、ラジアス家は莫大な融資を受けているのだ。

その額はなんと、現在のディン家が持つ財産の約5倍。

それが毎年振り込まれてるなんて、正気の沙汰じゃない。

こっちはホルゴスから奪取した領地を、必死に活用してそのレベルだというのに。

ラジアス家は希望があれば、国からいくらでも金を引き出せるのだ。

何という国家銀行。

「場所は魔法修練場だっけ。じゃあイザベルは来そうにないか」

「オレもそう思う。訓練は観衆が凄いからな」

ラジアス家は、知っての通り大量の金を研究に注ぎ込める。

だがそのかわり、年に一回の公開訓練で研究の成果を見せる義務を課されている。

その訓練が今日あるというわけだ。

修復魔法の習得と並んで、炎鋼車は国家の大切な切り札である。

ラジアス家としても、あまり公衆の面前に晒したくないのが本音だろう。

だが、金を出す連中への説得と、

王都民の士気向上のためには仕方ないといった様子だ。

訓練は学院施設の中で行われるから、帝国の人間も入ってこれないだろうし。

あんまり意識を尖らせてないのかもしれない。

俺が食べ終わるのを見て取ったエリックは、トレイを持って立ち上がった。

いつの間にか、俺より先に食べ終えていたらしい。

「さて、それじゃあ行くか」

「もう食ったのかよ。早いな」

「そうでもない。オレが本気を出せば、

トレイの運搬中に完食できるはずだ」

「立ち食いはすんなよ」

トレイを運びながら喰うって、間違いなく立ち食いになるだろうが。

2ヶ月前に犬食いという史上稀な暴挙に出た俺だけども。

やっぱり立ち食いは良くないな、うん。

俺の判断基準だと、立ち食いは七つの大罪の次くらいに無礼だから。

犬食いの比じゃないんだ。

あらぬ詭弁で自分を納得させ、トレイを元の位置に返す。

「さて、一般の人も来てるから、早くしないと埋まっちまうぜ」

「分かってるけど……って早っ。

エリック、おいこら。早過ぎるぞ、おい!」

エリックはとんでもない健脚で、魔法修練場に走っていく。

早い、なんという早さだ。

本気を出したイザベル、またはウォーキンスの速度には劣るものの。

まるで、音を置き去りにするような走りだ。

今メシを食ったばっかりなんだけど。

これで全力疾走をしたら、間違いなく惨事になるんじゃないか。

だがエリックは『細けぇこたぁいいんだよ!』な勢いで、俺を置いていこうとする。

ため息虚しく、俺は必死で後を追いかけていったのだった。