わたしの中にある空洞(これ)が欠落であると、わたしはなぜか最初から知っていた。

不足でもなく、虚無でもなく、これは欠落なのだと――元はそこに何かがあって、どこかで落としてしまったのだと、誰に教えられるでもなく知っていた。

それがなければ、わたしは本来、成立しなかったはずなのだ。

なのに何の因果か、今まで生き延びてきた。

空っぽのまま。

殻のまま。

何の中身もないまま、流木のように。

わたしはいろんな人と出会った。

いろんな生き方を知った。

いろんな気持ちを知った。

彼女たちと比べて、わたしはどうなのか?

『……別に、記憶なんぞあろうがなかろうがな、人間っちゅうもんは、自分の正体なぞ案外わかっておらんのじゃ。だからこうして、泣いたり笑ったり、いろんなことを繰り返して、己の形を徐々に浮き彫りにしてゆくんじゃ』 

空っぽな自分。

魂の真ん中にある欠落。

その周囲を、縁を得た人たちの姿が埋めてゆく。

何度も何度も積み重なり。

ダメ押しとばかりに厚塗りして。

輪郭さえ茫洋だったそれが……。

……徐々に、その形を浮き彫りにする……。

――トゥーラは、終生添い遂げたいと願う相手を作った。

――ビニーは、自分の在り方を知ることで憧れの先へと進んだ。

――ルビーは、ただ親しいだけじゃない絆を尊んでいた。

――ヘルミーナは、自分の何もかもを捧げてでもと断言した。

――アゼレアは、実際に自分のすべてを捧げてみせた。

――サミジーナは、自分を埋めたものを素直に受け入れた。

――フィルは、彼への気持ちを衒いもせずに形にできた。

ならば、わたしは?

わたしは何度も想像し、何度も夢想し、…………何度も願望した。

彼の未来を。

彼の、幸せな未来を。

夢見たそれを形にするために、時を越え、世界を超え、永遠にも等しい戦いを繰り返してきた。

なぜって?

知れたこと。

それを思うと、胸が高鳴るからだ。

楽しい気持ちになって、浮き足立つようになって、頭の中がふわふわするからだ。

「最初に言ったよな。守りたいものを守るために。それだけなんだ。本当にそれだけのために、俺はこれまで生きてきたんだ。

その『守りたいもの』の中には、師匠も――ラケルもとっくに入ってる」

だから、彼にそう告げられたとき、わたしは自然とそうなった。

彼の未来にわたしもいるのだと――それを確認できたから、だから。

「――信じてくれ。自分が育てた弟子を」

わたしは信じた。

あなたの見る未来を、わたしは信じた。

信じさせてくれたから、わたしはあなたに赤面した。

わたしの中で、その未来が鮮やかに再生された。

ジャックがいて、フィルがいて、みんながいて、……わたしもいて。

その光景に胸が高鳴り、血流が巡り、……顔が上気して。

師匠なのに、と反射的に思った。

けれど、輪郭を露わにした魂の中心がすぐに否定した。

仮に、ジャックが弟子じゃなかったとしても。

わたしはきっと、こんな風に顔を赤くしただろう。

だから、そのとき。

わたしの口を、思いも寄らない言葉が突いた。

師匠として弟子を褒めるそれではなく。

まるで、ただの―――

「……カッコ良くなったね(・・・・・・・・・)、ジャック」

◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆

「十二分にわかっていますよね?」

彼女が。

不倶戴天の仇敵が。

イライラとした声で言った。

「わたしがこんな気まぐれを起こすことなんて、1万年に1回あるかどうかなんだって!

それを、ふいにするつもりですか?

1万年に1回のチャンスを、棒に振るつもりですか!?」

永遠にも等しい繰り返しとやり直しの果てに、幸せな世界を作り上げたのは彼女のほうだった。

わたしは、それを受け入れるだけでよかった。

視線の先に、彼がいる。

婚礼衣装を着たジャックがいる。

あの子が幸せになることが、わたしの願いだったはずだ。

それ以外に求めるものなんて、なかったはずだ。

なかった――はずだった(・・・・・)のだ。

わたしは顔を上げた。

ウェディングドレスに身を包む彼女を見た。

そうして込み上げる激情は、……決して、怒りなんかじゃない。

彼女が、綺麗とはお世辞にも言えない表情で叩きつけてくる感情も、……絶対に、怒りなどではない。

怒りなんて上等なものではなく。

もっと醜悪で。

もっと独善的で。

迷惑を顧みない、我欲の塊のような―――

『正しいとか、間違いとか、そんなの何も意味がない!! それが―――』

「……ああ……」

わたしはバアルの蜘蛛の糸に縛られたまま、目の前の光景を見る。

純白に染められた教会堂。

ウェディングドレスを着たわたしではない少女。

その隣に立とうとしている、彼の姿……。

「――――ああ」

わたしは今、嫉妬をしている。

それが、すべてだった。