Dorei Tensei: Sono Dorei, Saikyou no Moto Ouji ni Tsuki
Episode 102 Slave, Do Your Queen a favor
翌日、ブランシュを出発して王都へやってくると、信じられないほどあっさりと中へ通された。
王都は俺の想像を超える賑わいぶりで、ヘルアーティオに襲われた空気はどこにもない。
他国はヘルアーティオに対する警戒から、戦時を思わせる雰囲気を漂わせていたが、ここは丸っきり正反対だ。
平和そのものというよりも、戦争に勝ったかのような浮かれぶりである。
遠くに見える王宮は、未だ一部補修中のようだが、それもあと数日もあれば終わりそうな感じだ。
「確かに、誰にも見張られている気配はないな」
王都へはベネトナシュが何回も入っていただけあり、何の指示をしなくとも目的地である王宮を目指す。
今回はユーレシア王国の馬車で入り、変化があるかと思ったが、特に監視は見当たらない。
「随分景気が良いのね」
途中、馬車から降り、大通りの露店を眺めていると、セレティアが呆れたように呟いた。
街中からは本当に危機感というものは感じられず、アルス・ディットランドを称える声だけが聞こえてくるのが気持ち悪いくらいだ。
セレティアにはその空気が、民の行動が理解できないのだろう。
「オヤジ、この前ここが襲われたと聞いてやってきたんだが、本当なのか?」
俺は露店で果物を売っている親父に声をかけ、リンゴを一つ購入しながら声をかけた。
鑑定魔法で毒物がないことを確認し、それをセレティアへと渡す。
「あんた他所の人間か」
店主は得意げに、俺とセレティアの顔を交互に見つめてきた。
「そりゃあ凄かったのなんの。魔法師団を率いる、アルス様の勇姿を見せてやりたかったぜ。すげえ魔法が空を覆い尽くしたんだからよ」
「それはアルス殿下の魔法なのか」
「そんなのわかんねえよ、もう歳だしな。ただ空を覆うほどの、すげえ魔法ってことだけは確かだ。アルス様がいなけりゃ、今頃どうなっていたか」
店主は感慨深げに頷き、「他国は今大変なんだってな。魔法師が足りてねえんじゃねえか」と然程心配しているような素振りは見せず、上から目線で言ってきた。
「どこも戦時のような状況だ。ここの様子を知れば、皆羨ましがるだろう」
店主は嬉しそうに笑い、リンゴをおまけでもう一つ俺へと渡してきた。
ベネトナシュが言っていたとおり、評判が悪かった偽アルスは、完全に民の心を掌握している。
魔法師を大量に連れていたということは、自分の力だけでは、派手に魔法を使えないとみるのが妥当か。
一人でやるほうがさらに印象はよくなるはずで、こんな半端なことをする必要はない。
何をしようとしているのか……今回のユーレシアを招き入れることと関係なければいいが。
「やあ、また会うことになるなんてね」
久々に聞く、忘れたくても忘れられない声が、背後から聞こえてきた。
そこには、カーリッツ王国の紋章が刻まれた馬車から顔を出す、ハーヴェイ・ディットランドがいた。
少し成長した姿は、見れば見るほど、不自然と言ってもいいくらい昔の俺に似ている。
「俺たちを監視していた様子はないが、どうやってここがわかったんだ」
「そりゃ心外だよ。偶々見つけて、声をかけただけなんだから」
「そうか、それで何の用があって声をかけたんだ。こちらは用事はないが」
今のハーヴェイからはあの時のような、ピリピリとした空気は感じられない。
周囲にも敵意を持っている者はいなく、嘘ではなさそうだと警戒を解くことにした。
「それはこっちのセリフだよ。君たちの疑いは晴れたとはいえ、よくこんなに早く王都に顔を出せたと思ってね」
「イルス王から声をかけられたんでな」
「……叔父さんから?」
怪訝そうな顔を見せたハーヴェイだが、俺たちが乗ってきた馬車を目にするなり、それが嘘じゃないとわかったらしく、一応納得した反応を示す。
「叔父さんが何の話があるのか知らないけど、くれぐれもボクの名を出さないようにね。一応これでも、君たちを逃してあげたんだから」
「そんなつもりはない。フェスタリーゼのほうが、よっぽどひどい仕打ちをしてきたからな」
イルス王には、既に追放されたという形で認識されているということは言わないでおくことにした。
「あはははっ、君とは馬が合いそうだね」
ハーヴェイは笑いながら馬車を出すよう指示を出す。
だが、俺はそれを遮った。
「どうしたんだい? ボクにお願いでもできたかな?」
「いや、英雄であるお前の父、アルス殿下が傷を負ったと聞いたんでな、気になっただけだ」
「父なら今は療養中だよ。命に別状はないし、そのうち顔を出すんじゃないかな」
「……そうか」
「じゃあ、セレティア王女殿下にもよろしくと」
ハーヴェイは何も不思議がらず、そのまま馬車を発進させた。
馬車が見えなくなるなり、背を向け、我関せずを貫いていたせレティアが振り返る。
手にはかじりかけのリンゴが握られ、どうやらこの姿を見られるのが嫌だったように思われる。
「アルス・ディットランドに会わせろ、くらい言うんじゃないかと思ったのに、やけに大人しかったわね」
「あまり踏み込みすぎると、あの手の連中は疑ってくるからな」
「王族に詳しそうな発言ね」とセレティアは笑いながら答える。
「ああいう策士という意味だ。まあ、裏切り者がどうなったか、それくらいは聞いてみてもよかったか」
「イルス王に聞いてみればいいじゃない。フィーエルの件とは直接関係なさそうなんだし」
「そうは言っても、元魔法師団長だしな」
どのタイミングで探るかが問題だ。
安易に首を突っ込んでは、逆に怪しまれる。
以前とは違って、今はもう全く関係ない立場なのだ。
「ねえ、ベネトナシュが暇そうにしてるし、そろそろ王宮へ向かったほうがいいんじゃないかしら」
馬車で待機しているベネトナシュに目をやる。
そこには、一人になるといつもそうなのか、両目を瞑り、精神を統一しているベネトナシュの姿があった。
「あれを、暇そうの一言で片付けてやるのは可哀相だぞ」
「だって、眠そうじゃない」
より酷い表現になったセレティア。
ここは一つ、実験をしてみるのもいいかもしれない。
「…………まあ見ていればわかる。それを証明させるために、今からセレティアに敵意を向ける。いいな?」
「……いいわよ」
許可が出たため、遠慮なく殺気を放つ。
その瞬間、ベネトナシュが一気に剣を抜き放ち、戦闘態勢に入った。
「見てのとおりだ。ベネトナシュは常にセレティアに対し、敵意を持っている者がいないか、神経を研ぎ澄ませていただけにすぎない」
「そうみたいね」
セレティアはベネトナシュに近づくと、御者台に上がり、その肩に手を置いた。
「ごくろうさま」
「え? いえ、ありがとうございます」
困惑顔のベネトナシュは、何を労ってもらっているのか理解していないのだろう。
ただ頭を下げて、俺を睨みつけてきた。
なかなか勘も鋭いようだ。
「今から王宮へ向かうから馬車を出してくれ。王宮の中では俺が警戒するから、ベネトナシュは自然体でいていいぞ」
「……承知いたしました」
ベネトナシュは手綱を握ると、すぐに普段の態度に変わる。
王都へ入ってから緊張しているようなフシがあったが、今の段階でそれすらなくなっている。
実際のところ、警戒しているのが不自然だと、逆に相手から警戒されてしまうため、こちらのほうがありがたい。
だが、その表情は固く、少々落ち込んでいるようにも見える。
「ウォルス、ベネトナシュは気を悪くしてるんじゃない?」
馬車へ乗り込むと、セレティアが耳元で囁いてきた。
「どうしてだ」
「だって、警戒せず自然体でいていいなんて、さっきまで自然体じゃなくてダメだって言ってるようなものじゃない」
「そんなつもりはなかったんだが、そう捉えることもできるか……」
王宮では俺が警護を引き受けるため、楽にしておけという意味で言ったんだが……ベネトナシュはなかなか気難しいようだ。
「楽にしておけという意味で言ったんだが、それとなく伝えておいてくれないか?」
「ウォルスにしては珍しいわね」
「俺にも苦手な分野くらいはあるさ。俺が直接伝えても、そう受け取ってくれなそうだしな」
セレティアは「わかったわ」と楽しそうに笑うと、窓の外に近づいてくる王宮へと目をやった。