Dream Life - Life in the Other World of Dreams

Episode XXII: Completing Distilled Liquor

フィン川沿いのスコットの醸造所の倉庫を改造して設置した蒸留器の試運転の日だ。

ニコラスの指示でエールの樽が、次々と運び込まれてくる。

それを慎重に蒸留器に入れていき、下部の石炭に火を着ける。

徐々に上がっていく蒸留器の温度を、ニコラスが細い鉄の棒で音を聞きながら、慎重に確かめていく。そして、満足したのか軽く頷いた後、アームの出口に繋がった冷却器に、フィン川の冷たい水を流し込んでいった。

しばらく経つと、糸のように細い透明な液体が冷却器の出口からゆっくりと流れ出てきた。そして、徐々に太くなっていく。

ベルトラムがそれを容器で受け、顔をつけると一瞬顔を顰めていた。

俺は好奇心旺盛な子供の振りをして、それを受取る。スコットが止めようとするが、ニコラスが笑って、「大丈夫。私が見ている」とやんちゃな主人の子供に手を焼いている振りをしてくれた。

俺は受取った容器に鼻を近づけ、手で仰いで匂いを嗅いだ。

(大丈夫そうだな。昔、蒸留所で嗅いだニューポット――出来たてのウィスキーの呼び名――の匂いがするな。それもノンピート――泥炭(ピート)で燻されていないタイプ――そのままだ)

俺の知っている知識では、一回で大体三倍に濃縮できるはずだから、度数は高くても二十度弱。甘い麦芽の匂いが若干きついが、もう一回蒸留すれば五十度近くになるはずだ。

俺はベルトラムに容器を返し、スコットから見えない角度でニコリと笑いかけた。

ベルトラムは目で「成功か?」と聞いてきたので、小さく頷き、「成功だ」と伝える。

ドワーフのおっさんとアイコンタクトかと思いながらも、成功の喜びに飛び上がりそうになる。

ニコラスには、事前に伝えてあったキーワードで成功を伝える。

俺は子供らしく、「ニコラス、これって何?」と尋ねる。“これって変な臭い”と言った時は失敗で、“これって何”と言った時が成功という符丁だった。

彼は俺の言葉に「これは酒精を強くしたお酒です。ザカライアス様にはまだ早いですよ」と笑い、スコットには、

「成功だ。隣の蒸留器でもう一度蒸留する。出来た分はすべて樽に入れておいてくれ。ベルトラムさん、味を見てみますか?」

その言葉にベルトラムは僅かに躊躇するが、「ちょっと飲ませて貰おう」と容器に口をつける。

そして、一気に煽るように口に含んでいった。

俺は大丈夫かなと思って見ていたが、さすがにドワーフ、むせることなく、飲み込んでいった。

「確かにエールよりは強ぇ酒だな。舌を焼くほどじゃないが、この感じが癖になりそうだな。ニコラスも舐めてみろ。一気に飲むとむせるかもしれんぞ」

ニコラスは小さく頷き容器を受取る。そして、僅かに口を付けると、ブフッと言って少しむせていた。

「た、確かに少しきついですね。匂いも独特だし、変わった酒としては売れそうですね」

その後、スコットも口を付けるが、ニコラスと同じようにむせ、「こりゃ、変わった味だな。これがうまくなるのか?」と顔を顰めている。

どうやらスコットの口には、合わなかったようだ。

「もう少し強くできれば、カウムで絶対に売れる。一口でエール一杯分を飲んだ感じがするってなりゃ、酒好きのドワーフ(俺たち)にはうってつけだ」

ベルトラムのお墨付きを貰ったことから、スコットも少しやる気になったようだ。

「よっしゃ! ガンガン蒸留して、もっと強い奴を作るぞ!」

ニコラスはその後、注意事項を書いたメモをスコットに渡し、更に指導と称して研究に励む。

(ニコラスは真面目だな。ある程度任せてもいいと思うんだけど。度数を計る方法があれば品質を一定に出来るけど、無理に一定にする必要はないな。それも酒の個性だからな……もしかして、蒸留器を壊されないように見張っているつもりなのか?)

俺は二度目の蒸留まで立ち合い、再蒸留した強い蒸留酒の感想を確認することにした。

まずはベルトラム。

「何だこの酒はって感じだな、最初は。口に含んだ時の舌を焼く感じが慣れねぇが、喉を通った後、胃の腑にガツンと来るこの感じがやめられねぇ」

次にスコットの感想――スコットにはニコラスが尋ねている――は、

「最初は口が痛ぇって思いましたね。ニコラスさんに言われた通り、水で割るとちょっと楽になって胃が一気に熱くなりました。うまいかどうかはともかく、今までにない酒ですな」

最後にニコラスの感想。

「好みかと言われたら、私はビールかエールの方が好きですね。ですが、寝かせるとうまくなるなら、待ってみようと思うくらい興味はあります」

結局、ベルトラムにしか受けなかったようだが、ドワーフには売れそうだと少し安心した。

そして、帰り道にベルトラムに意見を求めた。

「最初は水で割って飲むのを勧めようかと思うんだけど、どう思う?」

「人間ならその方がいいかもしれん。だが、荒くれ者にはこのままの方が売れるな。奴らは見栄で生きているところがある。俺はこんな強い酒でもそのまま飲めるんだぜってな」

俺は製造計画を立てようと思っていたが、市場調査も無しにどの程度作っていいのか迷っていた。

(今はいい。試験的な蒸留だからいい。だが、本格的に作るなら、麦の栽培から考えないといけないな。蒸留器の増強、貯蔵庫の建設と合わせて、父上に相談するか)

ニコラスと共に壷に入れた蒸留酒を持って、祖父と父に報告に行く。

まずは、百聞は一見にしかずで、蒸留酒を舐めてもらう。

ここに来る前に俺も舐めてみたが、敏感な四歳児の舌では度数は全く判らなかった。

皿に移して火をつけてみたら、青白い炎がすぐについたので、四十度以上の度数にはなっているように見える。

祖父と父は舐めた直後、微妙な表情を浮かべる。そこで水で少し割り、更に蜂蜜で少し甘くしたものを渡してみる。氷が無かったので生温いカクテルもどきだが、そのままよりは飲みやすいだろうと、作ってみたのだ。

二人はそれを口に含むと、今度はゴクゴクと飲み始める。満足そうに飲み干した後、祖父が、

「これなら、もう一杯欲しいところじゃ。マット、これなら物になりそうじゃが、お前はどう思う?」

父は飲み干したジョッキを見つめながら、「そうですね」と呟いた後、

「今年の大麦は豊作だった。いつもの年より多い分については蒸留を許そう。貯蔵庫については……ザック、何か考えがありそうだな?」

「はい。当面は運搬の容易な醸造所の横に増築でいいと思うのですが、将来的にはこの館が丘に地下室を作って、そこを貯蔵所にしようかと思っています。蒸留酒はそれほど温度管理が厳しくはありませんが、長期熟成の場合は温度が上がり過ぎないほうが良かったはずですから」

父は唸りながら、「金は掛けられんぞ」と言ってきた。

話を聞くと、ポンプと蒸留器の素材に掛かった金額が予想以上であったことから、備蓄している穀物などを現金化しないと厳しいとのことだった。

確かにコスト度外視でやっているところがある。

特に蒸留器の製作については、ベルトラムの手弁当に近い。父としては、せめて材料費だけでも出さないといけないと考えているようだ。

材料のほとんどが純度の高い銅だ。この銅はアルス――カウム王国の王都――の物で、結構いい値段になる。純度を上げるために“金”属性の魔法を使っているという話だからだ。

ウィスキー作りは初期投資を回収するのが、難しい事業だ。一九七〇年代から八〇年代にかけて、スコットランドでは多くの蒸留所が閉鎖された。

その少し前にアメリカで需要が伸びたため、設備投資をしたが、すぐに需要が低迷し資金の回収が出来ずに閉鎖したと聞いたことがある。

今回の蒸留酒もフレッシュな状態――ほとんど麦焼酎――で出せばいいかもしれないが、ブランドイメージを作ることを考えると、最低三年は寝かせたい。

そうなると、資金の回収は最低でも三年後になる。元々、それほど裕福ではないロックハート家にとってはかなり厳しい状況になるかもしれない。

俺は「判りました。計画書を作ってみます」と答え、祖父たちの前を後にした。

俺の考えた計画は、エールから作るウィスキーとワインの搾りかすから作るマール、そして、熟成のいらないジンなどのフレーバー系のスピリッツを作ることだ。

ジンの香りの元、ジュニパーベリーは森にあったので、それを利用する。好みとしては、ボタニカル――ジンに香りを付ける素材――に柑橘系の皮を加えたいのだが、この辺りには柑橘類が見当たらないので、ミントなどの薬草系の匂いの強そうなものを突っ込んでもいいと思っている。

掛かるコストは原料費が比較的安いので、ランニングコストよりイニシャルコストが効いてくる。

(初期投資はできるだけ押さえて、短期で回収できそうなジン辺りで打って出るか……最初はジンに蜂蜜か砂糖で甘みを付けて売ってもいいな。疲労回復・滋養強壮くらいを売り文句にすれば、売れないかな?……これがヒットすれば、ラスモア村の名が売れる。それから高級路線に走ってもいい……)

簡単な計画書をまとめ、父のところに持っていくと、父はニコラスに金貨の入った袋を渡した。中には金貨が十枚、千C(クローナ)(=百万円相当)入っており、これでやってみろということだった。

燃料である石炭の購入費、そして、材料であるエールの購入費にその金を当てることにした。樽については、赤ワイン用の古い樽を使うことにしている。所謂、“クラレットフィニッシュ”に近いイメージだ。

実は小売する時の方法で悩んでいる。

樽で売る方法もあるが、出来れば瓶詰めして売りたい。品質的にはそちらの方が安定するし、いきなり樽買いはしにくいと思うからだ。

ガラス瓶はないが、陶器の壺ならこの村でも作れる。

一応、窯らしきものがあったので、シュタインヘイガー――ドイツのジンで細長い陶器製の容器《ボトル》に入っている――のような陶器製のボトルを作ろうと考えているが、これの製造コストをどう見積もるかで悩んでいる。

この世界でも陶器の壷は普通にあるが、それほど需要があるわけではないため、結構いい値段になる。ボトル代をプラスすると、酒自体が結構いい値段になるので、ボトルを回収するシステム、デポジット制を導入しようかと思っている。

だが、それだと空瓶の輸送コストが掛かるので、価格の上昇を抑える効果は少ない。

(最初は使い捨てにして、売れてきたら、樽ごと運んで消費地でボトル詰めするシステムでもいいな。どちらにしても、今考えても仕方が無い。売れてからの話だな)

ジンの製造方法を書いたものをニコラスに渡し、彼とスコットに任せることにした。

結果はジンらしきものが一応完成した。

だが、ドワーフのベルトラムですら、この味には首を傾げていた。

「こいつは薬か? この匂いは何とかならんのか。これじゃ、口どころか胃の中までこの匂いが染みつきそうだ」

大事なことを忘れていた。

ジンに相性のいい柑橘類が手に入らないことを失念していたのだ。

(ボタニカルの時に思い出すべきだったな。この酒は船乗りの酒。イギリス、オランダ、スペイン、ポルトガル……ジンの生産の多いところは、全部海沿いで柑橘類が手に入り易いところなんだよな。さて、どうすべきか……)

俺はもう少し飲みやすい物を作るべきだと方針を変更した。

ジンが受け入れられにくいことが判ったことから、果物を漬け込んだ果実酒の製造に舵を切ったのだ。

果物自体はそれほど多くないが、森の中にはベリー系の果実や野生のプラムなどが多く生っている。干果を作ったり、料理に使ったりするため、比較的容易に手に入るはずなので、これを漬け込んでみることにした。

二回蒸留を行った四十度くらいの蒸留酒にベリーやプラムなどを漬け込んでいくのだが、甘みが圧倒的に足りない。

砂糖は行商人に頼めば手に入るのだが、コストが掛かるので、今のところ使うつもりが無い。

こうなると、蜂蜜か麦芽を糖化した水あめくらいしか思いつかないが、水あめは酒の原料を使うので却下する。

(蜂蜜か……野生の蜂蜜は結構あるみたいなんだけど、安定的に供給できないんだよな。とりあえずは野生の蜂蜜を使ってみるが、そのうち養蜂でもやってみるか……)

蜂蜜を加えた果実酒を作り、壷に入れて春まで寝かせておく。

(結局、すぐに売れそうなものは作れなかったな。まあ、蒸留ができることが判っただけでもよしとしておこう)

十一月にはワインの絞りかすを蒸留したマールの製造も行い、数樽分のマールが出来た。

十二月になり、二ヶ月ほど寝かせたスコッチタイプの方の味見を行った。

短期の熟成を目指した小さめの樽のものであったため、薄いが琥珀色に色が付いている。

ベルトラム、スコット、ニコラスが味見をしていくが、これに関してはニコラス以外の二人には好評だった。

特にベルトラムは満面の笑みを浮かべて、満足しており、「こいつは売れるぞ。売れなくても俺が全部買ってやる」と息巻いている。

「こいつをアルスの知り合いに送りてぇ。少し分けてくれねぇか」

ベルトラムは自分の出身地のアルスにいるドワーフの知り合いに送りたいと言ってきた。

その頃にはテスト用のボトルが数十本出来上がっており、十本ほど送ることになった。

そして、ベルトラムが少し困った顔で俺に聞いてきた。

「こいつの名前はあるのか? 蒸留酒じゃ、ワインの絞りかすのと区別できねぇ」

俺は少し考えた振りをして、「作ってくれたスコットに敬意を表して、“スコッチ”と名付けようと思う」と、ベルトラムとニコラスに告げる。

ニコラスは「他の蒸留酒もスコットが作っていますが?」と首を傾げていたが、特に対案も無かったので、俺の思惑通り、スコッチと名付けられることになった。