Dungeon+Harem+Master

LV123 "Dancer of Defeat"

戦鼓が激しく打ち鳴らされると同時に、蔵人たちの乗った馬車が唐突に動き出した。

蔵人が御簾をわずかに上げて外を見回すと、周囲の風景があっという間に遠ざかり、馬車は加速していく。蔵人に寄り添っていたリザは不意に顔を上げると、追い詰められた獣のように叫んだ。

「降りて! いますぐここから!!」

「ちょっと待て。この状況で降りられるわけないだろう。いったい、なにが始まったんだよ」

「どうしよう。どうすればいい、リザはどうすれば」

リザの上半身が静かに慄いている。

蔵人が肩に手を置くと、彼女の細い指がそっと添えられた。恐怖にとらわれていたリザの瞳が、ほんの少しだけやわらいだ。

「この馬車が前進した、ということはリザたちが前線に出るときがきたのだ」

「元々、そのための戦巫女なんだろ。なんの問題があるっていうんだよ。だいたい、俺たちが最初に会ったときは、おまえも陣頭に立って戦って……はいなかったが、とにかく殺し合いの真っ只中で暴れてたじゃねえか」

「あれはもう勝ちが完全に決まっていたから、リザが無理をいって外に出してもらったのだ。それに、勝手な行動をして、クランドの知らないところではかーさまに、たんと怒られたのだ。でも、今度は違う。今度の戦いは、いままでの小規模な小競り合いじゃない。村の長老たちや曾祖母さまが、けんこんいってき? の大勝負だっていってた。ここで、ゴブリンたちを叩いておかないと、人間たちの傭兵が調子に乗って森の奥までやってくるかもしれないって。それは、ダメだ。悪い人間の商人たちは、リザの仲間や妹たちをきっと捕まえて、遠くに売ってしまう。ダメダメだ。だから、どんなことがあろうと、絶対に退けない戦いだって。そういうときにこそ、戦巫女は戦場の一番前に出て、みんなを元気づける踊りを踊るのだ」

「おいおい、そんなクソ真面目に考えなくても。それに、一番前に出るってことは、相当危ねぇんじゃねえか?」

「うん、すっごく危険。リザのねえさまも、それで死んだ。流矢に当たって」

「だったら、俺もなおさら先になんざ逃げ出せねぇだろ!!」

「無理しなくていいよ。クランドは弱い。弱いから。でも、リザはすっごく元気!!」

リザはおどけてガッツポーズを取ると明るく笑ってみせた。見るも痛々しい笑みだった。

「だから、きっとだいじょうぶだよ。本当は、こうなるまえにクランドは帰すつもりだったのだ。ごめんね」

リザは口元に手を当てて泣き笑いのような表情を作った。

全軍の士気を鼓舞しなければならない。それは、自軍が劣勢の状況に陥っていることにほかならない証拠だった。

リザは肩にかけていた毛皮の外套を取り去ると、腰に華やかな原色で彩られた美々しい布を巻き、頭には真っ赤な花飾りを付けて外に出ていこうとする。この馬車の上には丈夫な壇上がくくりつけられており、戦巫女は両軍にもっとも見やすい位置で勝利を神に祈願し踊り続ける。無論、防備などは一切考慮されない。敵だけではなく味方の矢が当たって落命することも珍しくない。

戦巫女とは神に捧げられた生贄を耳触りよくいい換えただけのことでもあった。

「待て、待てったら! 俺も行く!!」

「来ちゃダメだ!!」

蔵人は、リザに取りすがって馬車の外に出ようとするが、鋭い声で制止された。

「踊りは神聖なもの。余人は混じえない。これが掟なの」

馬の嘶きが蔵人の耳には間遠に聞こえた。あちこちで、剣を打ち合う音や、男たちの絶叫、進撃の合図である戦鼓や銅鑼の凶暴な響きが満ち満ちていた。

「でも、心配してくれて、ありがと。さよなら、クランド」

リザが目配せをすると屈強なダークエルフの力士たちが十人近く馬車の中に殺到した。

男たちはいっせいに蔵人に群がると、その身体に縄をかけて、後方へと引きずっていく。

遠ざかる、壇上の彼方で、リザが身体をかがめて両手を合わせ、詫びているのが目に映った。男たちは、あきらかにリザの指示で、危険な場所から蔵人を遠ざけようとしているのが理解できた。

ふざけんじゃねえ、ふざけんじゃねえぞ!! 

こんなさよならって、許せるわけねえだろ!!

「リザぁああっ!!」

男たちの力は思った以上に強力だった。まるで、肉の檻に閉じこめられるようにして、自由が利かない。ひゅんひゅんと風を切る音が鋭くなった。足元に無数の矢が突き刺さって折れた。リザの乗った馬車がみるみるうちに前方へと遠ざかっていく。

蔵人は視界が一気に濁っていく錯覚を感じ、意識的に瞬きを行った。首輪の鉄の重みがズンと喉にのしかかった。小粒のように消え去っていく戦巫女の姿。

リザの背中はもう振り返ることなく、一心に己の職務を全うせんと、踊りだす。小気味よくステップを刻むその姿は、伝統の名に恥じない、清らかななものだった。

「離せってんだよ、コノヤローッ!!」

「このっ、おとなしくしろっ」

「暴れんじゃねッ! オイ、おまえらボーッと突ったんてんじゃねえやい!! このニンゲン無茶苦茶な馬鹿力だ!!」

「押さえつけろっ」

「もうよい。そこまでに、しておき」

「あっ、これはババさまっ」

蔵人と押しくらまんじゅうをしながら後方に引いたダークエルフの力士たちは、貴人用の馬車から降り立った小柄な老人を見ると、その場に跪いた。リザの曾祖母で、元戦巫女のユーニスである。

「ばあさん。こりゃ、どういうことなんだよ。どうして、俺をリザから引き離すんだ」

「もういいのじゃ。おまえの役目はもう終わった。天命は結局変えられんかった。それにな、クランド。おまえだけでも、生き延びて欲しいというのは、あの子の願いなのじゃ。わかってくれ」

「天命だと……! おいおい、もしかして、いま、そんなにヤベー状況なのかよ」

「ああ。相当にまずい。はっきりいえば、ゴブリンどもがコボルトと手を組んでいたとは、まるっきり想定外じゃった。我々は、現在前後から挟撃を受けておる。陣が崩壊するのは時間の問題じゃろうな」

「そこまでわかってるなら、尚更だ。じゃあ、なんであんたは」

「戦巫女は負け戦でも逃げられん。リザもひとりで死ぬは寂しかろうて。わしはもう充分生きた。こんな年寄りでも、あの世に行く道すがら、話し相手くらいは務まりそうじゃからな」

ユーニスの話に思い当たることは多々あった。考えてみれば、リザの傍若無人な態度も、日々の雑事から除外されて好き勝手に振る舞えたことも、最初から高い確率で死ぬことを想定していたのならば許さるワガママだったのだ。ユーニスは手元から鍵を取り出すと、蔵人の縛めを解いた。傍らの兵が包みを手渡してきた。

蔵人は荷物を引き寄せると、中からボロボロになった外套を抜き出して手に取って眺めた。あちこちにあった解れが不器用に縫い合わせてある。ユーニスのシワだらけの顔がクシャクシャの紙のように歪んだ。

「リザのやつ、ロクに針仕事もしたこともないくせに、一生懸命縫っておったわ。あの子もおまえさんと別れることは承知しておったんじゃろう。だが、安心せい。お主だけは、我が一族の誇りにかけてもここから無事に送り届ける。どんなことがあってもの。その為に選んだ、十人じゃ」

ユーニスは振り返って居並ぶ屈強な戦士たちを見やった。男たちは表情も変えずにその場に佇立している。辺りからは、統制を失ってバラバラに逃げ出す、規律のない兵たちの姿がイヤでも目に入り、敗残兵の虚しさが一層際立った。

蔵人は荷物の中から、聖剣黒獅子を手に取ると腰にブチ込んだ。おそらく商会の馬車を襲った際に取り返したのだろうと思われるそれは、黒銀造りの鞘は油で丁寧に磨き上げられ妖しい光沢を放っていた。ユーニスの白濁した瞳が驚いたように激しく瞬く。

「やめておけ。無理に我らにつき合って死ぬ義理もなかろう」

「あいにくと、そう簡単にくたばるつもりはねえよ。それにリザを生娘のまま死なせるのは、少々惜しすぎらぁ」

「……男というものは愚かな生き物よの」

「お互いに賢くは生きられねえみてぇで」

背後から、ワッと歓声が上がった。陣を突き破ったゴブリンの兵たちが穂先を揃えて姿を現したのだった。物資を満載した馬車に次々と火がかけられる。ユーニスを守って、ダークエルフの戦士たちが迎撃にかかった。

兵糧や武具の焼けるなんともいえない臭いが周囲に立ち篭める。湯気の立ちそうな熱い血をかぶった刃があちこちでぶつかり合い、耳を穿つ金属音が雨のように降りかかってくる。

蔵人は嵐のような剣戟の響きの中で静かに縫い合わされた外套の縫い目に視線を落とした。ジグザグに縫われたそれは見るからに稚拙な針運びであった。ところどころの糸が赤黒く汚れている。慣れない手つきで指に針を刺すリザのしかめっ面が目に浮かんだ。

無言のまま外套を引き回して駆け出した。崩れ落ちる屍を踏み越え、走った。前方に四人のゴブリンが立ちふさがった。すでに何人もの敵を手にかけているのだろう。手にした刃の先端が、血脂で黒く変色している。

蔵人は腰の黒獅子を引き抜くとスピードをゆるめず、正面のゴブリンに叩きつけた。顔面を真っ直ぐ叩き割られたゴブリンが絶叫を上げてあお向けに倒れる。

蔵人は鋭く跳躍すると左右に長剣を閃かせた。両脇のゴブリンは頭頂部と喉元を割られてその場に転がった。残った一体はかなわじと見てたちまちその場を逃げ出していく。雑魚にかまっている暇はない。蔵人は馬車の真新しい轍を追って殺し合いの真っ只中へと飛びこんでいった。

衆寡敵せず、との言葉通り、いかな名将も敗軍の兵を押し止めることはできなかった。

ダークエルフの軍団は鉄の規律で縛られた兵ではなく、あくまで個々の武勇に頼った集団だった。リザが振り来る雨のような矢の中で必死に味方を鼓舞しても、結果は歴然としていた。時間の経過とともに、後陣がコボルトの敵援軍の攻勢にさらされていると知った戦士たちが、ひとり、またひとりとその場から逃げ出していた。踏みとどまって戦う際はそれほど被害は出ないものだが、一旦退却へと足並みが揃えば、それは坂を転がり落ちる巨岩のようなものである。

無防備なダークエルフたちの背は、勝ちに乗じたゴブリンたちの穂先や剣で面白いように薙ぎ取られていった。これが、あの勇敢な我が同胞なのか。リザは、無力感に包まれながらも台上で、己の身に地霊を憑依させて魔術で戦ったが、それもやがて限界に近づいた。

「リザは負けない。リザが負けたら、みんなが、かーさまが、曾祖母さまが、妹たちが、クランドが……!! 大地竜牙《アースジャベリン》!!」

リザの放った魔術が地表を鋭く隆起させて無数の槍を発生させた。地鳴りと共に、射線上に居た十数人のゴブリンたちは冷たく尖った土の槍に貫かれて絶叫を上げる。短い手首や腸が虚空を舞って血煙が激しく上がった。だが、前衛の支援なしに呪文を詠唱し続けることはできない。

「わわっ」

リザの馬車に取りついたゴブリンたちが激しく車輪を揺する。バランスを失って大地に落ちたリザは、小柄な敵兵にのしかかられ、ついに縄をかけられた。

「いい格好だな、あぁ?」

リザはゴブリンの王、ダグダラの前に引き据えられていた。周囲には、五十人近いゴブリン兵が目を血走らせながら無遠慮な視線をほとばしらせている。手前のゴブリン兵の股間が腰布を突き上げるようにして隆起しているのが見えた。敗軍の習いである。リザは己に降りかかる運命を思って絶望した。女の身であることをこれほど恨めしく思ったことはない。男であるならば、捕虜には取られないだろう。通常ならば、舌を噛んで操を守るという選択肢もあっただろうが、リザの信奉するエスペラ教は自決を許していなかった。生きられるだけ生きる、というのが古代宗教に根づいたもっとも原始的で重要なロジックである。あらゆる生物はこの世に生を受けた以上は、最後の瞬間まで生き延びる努力を続けなけれならない。

「よし、縄を解け。ふむ、くるっと回ってみろ」

リザは縛めを解かれると、ダグダラの言葉を無視してきつく締められた縄のあとを撫でながらその場に仁王立ちになった。

「ふん、鼻っ柱の強い娘だ。わかっているだろうが、俺たちはいまからお前を順繰りに犯す。それは、楽しみのためでもあるが、兵法としても敵の戦意を萎えさせる重要な作法のひとつだ。ダークエルフの戦巫女よ。そのくらいは覚悟しておまえも戦場に出たのだろう。ふふ、その顔では、どうしても納得がいかないというようだな。木偶を抱いても興が冷める。さて、どうしてくれようか」

ダグダラは床机に腰かけたまま顎に手を当てて思案顔になった。

「おい、長耳の降兵を連れてこい。ククク、そうだ。少しヤキを入れてやろう」

「なにをするつもりなのだ……」

「おっ、ようやく口を開いたか! 存外、かわいらしい声ではないか。腹の上で鳴かせ甲斐のあるなんとも俺好みの声よ」

リザが険しい表情で身を固くしていると、ひとりの男が目の前に引き据えられた。どこかで見覚えのあるかと思えば、馬車を守っていた村衆である。ダグダラは残忍な顔つきになると、部下に命じて後ろ手に縛った男を地面に押しつけさせた。

「ひいいいんっ!! 助け、助けてえええんっ!!」

「チッ。女の身の上である戦巫女ですら悲鳴ひとつ上げずにいるというのに。長耳の男は、なんとも臆病者ぞろいだ」

「無礼な!! リザの一族は臆病者なんかじゃない!!」

「おいおい、戦巫女リザよ。俺は間違ったことはいってないつもりだ。現に、旗色が悪くなれば我先に逃げ出したお前のお仲間さんは、誰ひとりとして助けにやってこないではないか。ダークエルフたちは揃いも揃って腰抜けぞろいよ! 聞いた話だが、あのマウリシオとかいう女の腐ったようなやつが随一の豪傑だとか。もし、あのザマを見て俺にまだ一騎討ちを申しこむような男がいれば、俺は即座に軍を収めて残らず長耳どもの軍門に下っても構わぬのだぞ!!」

ダグダラは手にした鎖をジャラジャラ鳴らしながら哄笑した。

「ダグダラ王! 偉大な我らが王に立ち向かう勇気を持つ男など、この腰抜けどもの仲間にはおりはしませんて! 見てくだせえ、目の前の男なんざブルっちまってなにもしてねェ内から死んだような顔つきだ!!」

部下のゴブリンが追従するように降兵を指差した。背中を刺股で押されながら地面に顔を押しつけているダークエルフの男は白い歯を剥き出しにし、激しく歯を上下に震わせながら怯えていた。

「おいおいこれ以上苦しみを引き伸ばさせるなよう。やれ」

「へい」

「ひ!」

ゴブリンはダグダラに命じられると、拷問用の棍棒を手に取った。それを目にした降兵が恐怖に顔を引きつらせる。棒刑用の道具は、先端の先に細かい折れ釘が無数に打ちこまれており、目にするだけで寒気の走る凶悪さが漂っていた。

「やめでええええっ!!」

棍棒は無言のまま男の背に向かって振り下ろされた。

肌脱ぎになった背に曲がった釘が乱雑に打ちこまれた凶器が幾度となく落とされた。

全力で振るえばすぐさま降兵は死んでしまう。絶妙な加減が要求される拷問である。

釘の頭が露出した黒い肌にめりこみ、皮をジグザグに割いて、肉を割り血潮を飛び散らせた。絶叫の合間に薄皮は無惨にも剥げ、ピンク色の肉が顔を現す。破線のような傷口から体液が無理やり掻き出され、削ぎ落とされた肉片が棍棒の先端に絡みついた。

「やめろ、やめてくれ!!」

「おいおい、リザちゅわあん。人にモノを頼むときはそれ相応の態度ってやつが必要じゃないのかねえ」

ダグダラは足首にすがりつくリザを蹴倒すと、唾を吐いた。リザは額に吐きかけられた汚物もそのままに顔を歪めながら必死に腕を伸ばした。

「お願いします。リザはどうなってもいい。だから、これ以上、ひどいことしないで……」

「うううん。どうしよっかなぁ」

リザはダグダラの足元に額を擦りつけると懇願した。激しい屈辱である。その間も拷問は続けられ、降兵の絶叫は絶え間なくリザの耳元へと振り落ちてきた。

「舐めろ」

「え」

「俺さまの靴がな。お前ら長耳どもを狩るのに煩わされて、汚れちまった。俺は綺麗好きなんだよお。綺麗にペーロペロしてくれよな。巫女さまのかわゆーい舌でな」

「わ、わかった」

「わかったじゃねえだろうがああっ!!」

「あうっ」

リザは顔を蹴りつけられ斜めに転がった。それを見たゴブリンたちが、さもおかしそうに高笑いを行った。一方的な嬲り方だった。

「わ、わかりました。リザにゴブリンさまのお靴を清めさせて、ください」

「うーん。わかればよろしい。それと、ゴブリンさまではなく、ダグダラさまだ」

「は、はい。ダグダラさま」

リザは感情を押し殺して犬のようにダグダラの靴元へと這いずりながら顔を寄せた。

ダグダラの履く焦げ茶色の軍靴のアッパーのところどころが土と得体の知れない肉片で汚れている。頭の中のスイッチを切って機械のように舐めた。

(ううっ。苦い、苦いのだ。でも、我慢。我慢……)

屈辱と泥の苦さで瞳に涙が浮かんだ。這いつくばった自分の臀部に視線が集中しているのがわかった。目の前の同族を拷問から救っても、次にそれ以上の恥辱を甘受するのは自分である。しかも、己の罰を代替わりしてくれる者など現れるはずもなく、助け出されるという奇跡も絶望的だった。

(泣くな。リザ、泣くんじゃない。泣けば、余計に自分が惨めになるだけだぞっ)

「お、終わりました」

「ご苦労」

ダグダラが顎をわずかにそらした。

途端、棒刑を受けていたダークエルフが耳を聾する絶叫を上げた。心臓がギュッと掴まれるような断末魔は、男の最期を示していた。

「な、なんで? なんでだっ! リザはいうとおりにしたぞ!! ひ、ひどい!!」

「ひどいもクソもねえ。なんつーかさ、お前らは最終的にはみぃいんなこうなる運命だったんだよう。けどな、すこーし考えが変わった。リザ、おめえは俺の奴隷として飼ってやる。殺させはしねえ。安心しろ、いや光栄に思えよ。なんせ、これからはこの偉大な王にたっぷりと奉仕できる役目を与えられたんだからなぁ!!」

ダグダラは自慢の武器である鉄球を抱え上げると、ダークエルフの死骸の上に振り下ろした。グジャッ、と肉を引き潰す濁った音が鳴った。飛び散った生暖かい血液がリザの頬を打った。悔しさと惨めさが胸の中を荒れ狂った。

「殺してやる」

「ふうん? どうやって? 生憎とお前の得意な魔術はこの剣がなければ使えないのだろう。それとも素手で俺とやり合おうってのかよおおっ!!」

ダグダラがニヤついた顔で指を鳴らすと、ゴブリンたちの輪がサッと左右に割れて、今度は四人ほどのダークエルフたちが再び引き出された。誰もが、勇敢に戦い全身傷ついていた。

「捕虜は一匹どころじゃないんだよおおっ。まだまだいるんです。さあ、今度はリザちゃんにどんなプレイをしてもらおうかなぁ。娼婦プレイなんてどうだろう」

「巫女さま、俺たちのことはお気になさらず。そいつのいうことになど従ってはいけません!」

「薄汚いゴブリンどもがあああっ!! 生まれ変わったら貴様たちの血肉を引き裂いて喰ろうてやるわああっ!!」

「娼婦の真似事など言語道断!!」

「……わかった、どうすればいい」

「巫女さまああああっ!!」

リザの顔からあきらめの色が濃く浮かんだ。目の前の男たちは一族のために全身全霊を投げ打って戦ったのだ。例えこの身が汚れても、おそらくその行為が戦士たちのわずかな延命にしか繋がらなかったとしても、誇り高い彼らを衆目の中でこれ以上辱めることはできなかった。

「ようし。中々、リザちゃんは物分りがいいねえ。それじゃ、お前たちの敢闘精神に敬意を評して労ってやろうかなぁ。おい、リザ。こいつらのモノを順番にねぶってやれ!! ねっとりたっぷり、情感こめてなあぁあ」

「わかった」

「巫女さまああっ!!」

男たちはゴブリンに無理やり立たせられながら下穿きを脱がされた。

露出したそれは、寒風に晒され、見るから覇気にかけていた。

「おいおい。おまえらの憧れの巫女さまに対して、それはないだろうがぁ。女性に対して失礼ってもんだろうが。え? よし、リザ。こいつらのモノがいきり勃っちまうよなエロエロな踊りをひとつ頼むぜ」

「き、貴様。巫女さまを安い淫売同然に扱うとは……!!」

リザは無言で立ち上がると、男たちに対して尻を向けて巧みに性欲をあおる淫靡な腰つきで踊りだした。

彼女が身につけているのは、白ビキニのみである。

たっぷりとしたはちきれんばかりの桃が左右にくねるたび、当然の結果として男たちの一部分はみるみるうちに力を取り戻した。

「おまえら雑魚にとっては、一生手に入らない上玉だぜえ? とっくり目に焼きつけときなぁ。それこそ、いい冥土の土産ってやつだ」

「巫女、さま」

戦巫女は男たちにとって尊崇の対象であると共に、種蒔きに選ばれない限り到底に手に入らない高嶺の花だった。それが、半ば強要とはいえ、己に奉仕するのだ。張り出す豊かな張りのある臀部を目にして男たちは本能的に興奮せざるを得なかった。

リザがのろのろとした動きで男たちに近づいていく。混濁した意識の中で気づかなかったが、最後まで無言だった、一際小柄なダークエルフはリザの種蒔きの相手に選ばれていたマシューであった。視線がそっと交錯する。先に目を背けたのは、マシューだった。

「ごめん、な」

思わず詫びた。マシューはゴブリンに両肩を拘束されながら、大粒の涙をポロポロと落とした。跪いたリザの顔に、あたたかな雫が降りかかった。

「なんで、君が謝るんだ。僕が、僕たち男が弱いから、こんなことになったっていうのに」

「リザは巫女だ。リザがもっとちゃんとしていたら、このいくさにだって負けてなかった。リザの、リザの祈りが神さまに届かなかったのは、リザの力不足なんだ」

「そんなの、そんなのッ! クソッ、なんで、なんでこんなことにっ!!」

「おいおい、リザちゃん。おしゃべりよりもぉ、俺たちが望んでるのはいやらしいショーなんだぜえ? とっととその萎びた小僧をおっ勃たせなきゃ意味ねえだろうが。のろくさしねぇでとっとやれや。この俺さまの気分が変わらんうちになあああっ!!」

リザは震えながら、囚われとなった男たちの前に跪いた。

マシューはしゃくり上げながら泣き続けている。

目をつぶって頭を空っぽにした。もうなにも考えないように努めた。

目蓋の向こうで、一番会いたかった男の顔が浮かんだ。

不意に、背後の輪から続けざまに絶叫がほとばしった。

「なんだぁ?」

ダグダラが緑色の禿頭を掻きながら目線を遠方に飛ばすのが見えた。

戦巫女を囲んでいた楽しげなショーは一変して、ゴブリンの密集地帯から血煙が高々と上がった。

切り飛ばされた手首や跳ね上げられた槍の穂先が、暴風に吹き飛ばされるようにして飛翔している。

強い風が吹いた。

人垣が真っ二つに割れて黒い影が飛び出した。

そこにはリザのよく知る人物が当たり前の顔をして立っていた。

手にしていた陰茎がポトリとうな垂れる。頬が燃えるように紅潮して目蓋に熱い涙が浮かんだ。心臓が駆け出したすぐあとのように、早鐘のように打ち鳴らされる。全身が細かく震えて、視界が白くぼやけた。

「クランド……!!」

ありえない奇跡が、ついに地上に顕現した。祈るように両手を合わせた。

神さまは本当にいた。

リザは立ち上がってなにかをいおうとしたが声にならない。

ダグダラが怒気を喉の奥で激しく爆発させた。

「ニンゲンんんんッ! いったいどういうつもりだあああっ!!」

「忘れ物を取りに来たんだ」

黒衣の剣士はそう告げると、ニッと白い歯を剥き、肩に担いだ黒い剣を天に突き上げた。