Dungeon+Harem+Master

LV136 "Elf chicks"

幼女たちの朝は早い。

ハーフエルフにして、志門蔵人の妻であるカレンは同じ毛布の中でもぞもぞする物体の動きによって、眠りから覚醒した。

ときは折しも、秋の終わりに近づいていた。同衾している相手が蔵人であれば、この先艶っぽい話にシフトしていくのであろうが、残念ながら同じ毛布にくるまっている相手は、彼女がひとり三名の割り当てで面倒を見ているエルフの子供であった。

名前はリア。

くるくるした巻き髪のくせっ毛が愛らしい幼女である。とはいえ、彼女はまだようやくふたつになったばかりである。朝の寒気から逃げるようにして身を丸め、カレンの胸の中にピッタリとくっついたまま寝息を立てている。もう朝かな、と重たい目蓋をこじ開けたとき、枕元へと凶暴な泣き声が理不尽なまでに降りかかってきた。

またか。

またこのパターンか。

「だあっ! もうっ、朝からなんなのよっ。あんたたちはっ!」

カレンは毛布を跳ね飛ばすとベッドから飛び起きた。

整えていない銀色の髪が激しく踊った。

足元を見ると、ノエミがシモーネお気に入りの人形を取り上げたまま固まっていた。

ノエミはよっつ。シモーネはななつになる。

このくらいの年代の三歳差というものは、途方もないアドバンテージを誇るものだが、ノエミの気の強さはとびきりだ。それにシモーネは風に吹かれるカーテンの影に怯えるほど泣き虫である。

どうやら彼女たちはカレンが寝ている間、いつものように些細ないさかいを起こしたようであった。子供たちは仲よく遊んでいるときは天使のようにかわいいものだが、一旦癇癪を起こすと戦争のような騒ぎに移行していく。

カレンは起き抜けの不機嫌さもあって、悪鬼のような形相でふたりを怒鳴りつけた。

美人が怒るとこわい、というがこのときの顔つきは大人ですらちびりそうな勢いであった。完全にトラウマを植えつけることに成功したといえよう。

「あああっ、もおっ。なーんどいったらわかるのよノエミ! シモーネのおにんぎょさん取っちゃダメって昨日もいったでしょ! ちゃんと仲よく遊びなさいっていってるでしょ!! というか、朝っぱらからぎゃんぎゃん騒ぐなあっ!!」

どう考えても一番うるさいのはカレンである。彼女の声量はダントツであった。南無。

「だ、だあって、カレンまま。シモーネ、じゅんばんやぶるんだもおん」

「げ、やば」

ノエミのつぶらな瞳にジワジワと涙が盛り上がってくる。

昨晩も、ちょっと叱りすぎたせいで、わんわんと泣きわめきだした。

とにかく、子供の泣き声ときたら頭に直接来る。

特にノエミのそれは、三人の中で群を抜いていたのだ。

「ああああああっ!」

「だああああっ、うるさいっ! もおおおっ、仕方ないなぁ」

ノエミが爆発したように泣き声を上げた。連鎖的に、ふたりを見ていたリアが同調して声を上げる。自然、泣きやみかけていたシモーネも魂の叫びを再開した。

「あーっ、まったく。なんで、このあたしが子守なんぞしなくちゃなんないのよお。ほらほら、こっちにきなさいよ。ふんとに、もおおおっ」

「あー、ああああっ。まま、ままぁ」

「カレンままぁ」

「あたしはっ! あんたたちのっ! ママじゃないっての!」

幼女たちは、とにかく泣きわめく。理由は特にない。泣きたいから泣くのだ。

カレンはほつれた髪をかきあげながら、三人をかわりばんこでぎゅっと抱きしめた。

ひよっこたちは愛情に飢えていたのか、とにかく全力で抱きついてくる。

子供の高めの体温を感じながら、カレンの中にほこほこと母性本能が湧き上がってきた。

(ま、必要とされているというか。こういうところはかわいいのよね)

「ほら、いつまでも泣きわめかない。あんたたち、泣くとますますブスになるよ」

「ううう、ぶすやだぁ」

「やだぁ」

カレンは三人の涙をぬぐうと、代わる代わるキスをしてあげた。ぷるると震えていた子供たちは次第に落ち着きを取り戻していく。

「じゃ、泣くのはやめること。ほら、お着替え手伝ってあげるから。鼻たらしてたらみんなに笑われちゃうわよ」

「うん、お着替えすゆー」

「すゆすゆ」

「まったく。ああっ、もうこんな時間じゃないっ! まーた、犬っころにイヤミいわれちゃうよ、もおおおっ」

無論、犬っころとは厨房担当にして一家の胃袋を掌握しているポルディナのことである。

彼女はメシの時間にはうるさかった。

「うう、ままごめんしゃい」

「怒らないで、カレンままぁ」

「あたしママじゃないし。ほら、とっととする」

「ノエミたちのことキライにならないでぇ」

「ああっ。キリがないっ、なんでなのよおっ。ほら、きらわないからサッサと脱いで。ぎゃー!? なぜ、この状態でするかーっ」

「う?」

カレンが絶叫した。

見れば、おむつを脱がした最年少のリアが、立ったまま気持ちよさそうに放尿を開始しているのであった。露出した部分が空気に触れ、開放感を促進したのか、じょびじょばと黄金水をクレバスから垂れ流している。たまらず援軍を呼んだ。

「ルールー! 助けなさい、ルールー!!」

「お呼びでございますか、姫さま」

ばっと扉を開いて、背中と胸に小エルフを貼りつけた育児戦士ルールーが即座に現れた。

扉の外で控えていたのか、とにかく素早かった。

彼女の担当の一人は、九歳のラドミラである。

ほとんど手がかからないのも理由のひとつだろう。

カレンはなにかにつけ、侍女であるルールーをこき使っているので、ほかの女性たちに比べればほぼ二馬力である。各所から「ズルい」「私的利用だ」との不満の声もあるのだが、草原の箱入り娘はワガママなので、そんな声をいちいち吸い上げない。

「早く始末なさい」

「御意」

幼女はすぐ漏らす。それが天然自然の理である。

彼女たちは別にサービスしているつもりはない。念のため。

カレンは汚れ物を処理すると食堂に急いだ。といっても、あまりに人数過多のため、床にしいた絨毯へと直座りの方式である。

大半がロムレス貴族であるお嬢さま方は、かなり受け入れ難い方法であったが、「メシは全員でとること」を蔵人がこだわったため、半ば強引に決められた。

もっとも、ステップエルフであるカレンにとっては、通常、食事を絨毯の上に広げて車座になってとることはごく一般的であったので、特に違和感は感じなかった。室内で靴を履いたまま椅子に座って生きてきた者との違いである。

家族一同がそろったところで、皆それぞれの神に祈りを捧げ、食事にとりかかる。それぞれが、王国の国教であるロムレス教、エルフに多いとされる精霊信仰のディアブリノ教、北方に根強く広まっているオルトリッジ教、ダークエルフ独自のエスペラ教など、信じる神こそ違えど、敬虔に祈りを捧げている。蔵人は信仰に関しては、婚姻時に改宗を口にしなかったので、彼女たちは密かにホッとしていた。

この世界では無宗教である、などということはまず考えられない。宗教と生活が密着しているのだ。カレンは、ほとんど目をつぶった状態で両手を合わせている夫に対しての違和感は消えないものの、同じディアブリノ教でないことにさびしさを感じていた。

――改宗すれば同じ天国へゆけるのにな。

カレンはたとえそう思っていても、決して口には出さなかった。この世界では、妻が一家の主に、改宗を勧める素振りをすれば、その場で家を追い出されることはおろか、殺されても文句はいえないのだ。さらに、この世界において、妻は夫の持ち物の一部とみなされ、婚姻の暁には夫の宗派へ改宗するのが一般的であったが、蔵人はそのようなことはおくびにも出さなかった。この一点においては、彼女たちはかなりリベラルさを感じており、蔵人に対する評価がかなり上がっている。常に自分は蔵人の私有物であると宣言しているポルディナですら、指示がないという理由でオルトリッジ教から改宗を行っていない。

かような宗教問題はともかく、メシを食うのに人種も国境もない。

当然、どれほど澄まし顔をしていても、腹は減るのだ。

だが、上手く食器を使えない幼児を放っておいて、自分が先に空腹を満たすというわけにもいかない。先に子供たちの腹を満たし、その後、ようやく大人は食事にとりかかれるのである。苦行の時間でもあった。

「ほらー、またよそ見して食べるからっ。あーあー、そんなにこぼして、もおおっ」

カレンは目の前に並んでパンにかじりつく子供たちを懸命にやしなっていた。

上手く匙ですくえない子には、ふうふうして適温にスープを冷ましてから飲ませ、パンくずを口からこぼせば拾ってあげ、ゆでタマゴをバラバラにして遊ぶ子には、手のひらをぺちっと叩いて「めっ」と教育的指導を行った。誰もが、自分の分担である小エルフの面倒を見るので手一杯である。

唯一、驚嘆するのはポルディナが三人の子供に食事をとらせながら、主である蔵人の世話まで焼いているのはちょっと理解できないレベルの手際よさであった。

「あああっ! だから、手をコップの中に入れるなっていってんでしょ」

「ふ、ふええ」

「はうっ」

カレンはついつい熱が入ると、強めに注意していしまう。

ニコニコ顔だったリナの顔が悲しげに歪んだ。楽しい楽しいおごはんの時間が阿鼻叫喚の地獄絵図に変わる一歩手前である。

(ああっ、この顔は決壊三秒前だわ。な、なんとかしないとっ)

一旦、火がついたようにひとりが泣き出してしまうと、連鎖的にほかのふたりも叫びだすのは自明の理である。特に、カレンは、小エルフ「ふぎゃー」させ率が高いのだ。これをやると、悲しみが周りの子にまで波及するので、カレン自身の評判がハーレム内で悪化し、発言力が低下するのである。

つい先日は、隣あった子供たちにまで泣きわめき行為を伝染させ、ヒルダに廊下で小言をいわれた。ムカつく上に恥辱なのであるが、こちらが悪いので表立って反論することもできない。それぞれの担当にはそれぞれの責任があるのだ。視線をチラリと動かすと、隣あって座っているヒルダのこめかみがヒクついているのがわかった。

(やばいやばいやばい。なんとか、なんとか泣きやませないとっ!)

「だ、だから泣かないでよ。もおおっ、あんたが泣いたら、あたしまで悲しい、じゃない」

幾何級的にストレスが加速していく。他者からの重圧。いうことを聞かない子らへの葛藤。満たされない夫婦間の欲求。すべてがないまぜになって、カレンの悲しみのひだを刺激してくる。泣くな、と思うと、ますます悲しみの波濤が大きく、強く打ち寄せる。必死にこらえていると、泣きそうだったリアが涙をこらえながら、てとてとよってきて、もみじのように小さなてのひらを頭に乗せてきた。

「ふええ、まま。カレンままぁ、なかないでぇ。よち、よち」

「ば、ばかあ。うわああああんんっ!」

「ちょっ。カレンさんが泣いてどうするんですかあ」

驚いてヒルダがさじを落とした。膝の上に乗せていた子供の頭にスープがかかった。

「ままぁ! カレンままをいじめるなあっ」

「ええっ? な、なぜにっ? 私なにもしてないですよねえ。今回はっ」

「ああああっ、ああああっ!」

カレンは自分をかばい、なおかつ、敏感に悪意の根源であるヒルダを察知しぽかぽかをするリナがいとおしくてしょうがなかった。

「姫さま。ほーらほらほら、ルールーですよぉ。こわくないですよー」

ルールーがカレンをあやしにかかる。

幼女はなにをどうあがいても、結局泣く。泣くのが仕事だから。

大人も泣く。世界がこんなにもきびしくて生きにくいから。

「カレンまま、あそんでね。あそんでね」

「だーかーら、あたしはあんたらのママじゃないとなんどいわせればっ」

朝食後、カレンは子供たちを引き連れて、屋敷の外を散策させていた。

晴れた日に、外で遊びたくなるのは、子供の自然的欲求である。

とはいえ、屋敷の囲いの外には出ないように、強くいい聞かせてある。

姫屋敷が城内の比較的治安が行き届いた区画にあるとはいえ、それなりにおかしな輩がやたらとうろちょろしている。エルフたちは基本的に人間をあまり信用していない。隣の屋敷までかなり離れており、近所づきあいがないこともそれに起因していた。

ドロテアが世話をしていたハーフエルフの子供たちは、第一にそういう怪しげな変態幼女マニアが高値をつけて買い漁っていた子ばかりである。

つまりは、ここにいる誰もが幼女とはいえ一級品の容姿を持っていた。

そのような子供は、当然とばかりに人さらいに狙われるのだ。

カレンが、リアとノエミにせがまれるままボール遊びをしていると、ふと、シモーネの姿が周りから見えなくなった。カレンは、小エルフの両足を持ってグルグルぶん回しているリザに声をかけて所在を尋ねた。

「うん? シモーネか。リザは、ぶん回しごっこに熱中していたからぜんぜんわからないぞ。んん。カレンもやるか。グルグル回るとおもろいぞ」

リザは能天気に額の汗をぐいとぬぐいながらいった。

浅黒い肌に玉のような汗が浮いている。

白ビキニの右胸部分がややはずれ、乳輪が見えそうになっていた。

こいつばかだ。

いい歳して、どうしてそんな遊びに夢中になれるのか理解できなかった。

「ばかっ、そんなもんやんないわよっ」

「なんだとー。リザが好意で仲間に誘ってやったのに。おまえとは、もう遊んでやんないんだ!」

リザは、ぷりっとしたケツを向けると、平手で「我が尻喰らえ」とペンペンした。

どこまで無礼なやつなのだ、あたしは誇り高き草原の狼の娘なのに、と憤る。

「あたしは遊んでる暇なんかないのっ。あ、メリー。メリー! シモーネ見なかった? 確か、ここいら辺でうろちょろしてたはずなんだけどっ」

「え? えーと、えとえとえと。あのいつもお人形さん持ち歩いてる子ですよね。さっきは、その藪の向こうにいたのを見ましたけど」

洗濯物を小エルフたちと物干し竿にかけていたメリアンデールが、エプロンで手を拭きながら応える。彼女は実直で嘘がない。ダメ黒エルフよりかは信憑性があると、カレンは判断した。

「あっちね。ありがとメリー。あと、リザのアホー」

カレンは飛び上がって怒っているリザにあかんべをして、シモーネがいたと思われる藪の向こうに移動した。

(な、なにもないわよね。ちょっと目を離しただけだし。へ、平気よね)

しかし、事態はカレンの想像をはるかに上回っていた。斜め上の方向に。

「んげっ!?」

藪の向こう側。

蔵人が庭師に手を入れさせて造った四阿のある開けた場所に、シモーネはいた。

一匹の変態を前にして。

幼女はときとして、変態を召喚してしまう。それも幼女のサガといえよう。

男はオークと見まごうほど、極度に肥満していた。年齢は、もう老境に差しかかっているだろう、頭髪の毛がほとんど真っ白になっていた。怯えるシモーネの前で股間を露出している。もう、どこに出しても恥ずかしくない変態っぷりである。萎びたものは、風に吹かれながら、悲しげにゆれている。カレンは、激しい嘔吐感をこらえつつ、なんとか前に進み出た。

「シモーネ!!」

「ままぁ!」

呪縛を解かれたかのように、シモーネがその場を駆け出してカレンの背に隠れる。

(ああああっ、ルールーのやつどこを見回りしてんのよっ! 超・ド級の変態クリーチャーが侵入してんじゃないッ!!)

「きょえええええっ!!」

「ひいっ?」

変態オークもどきは、両の目玉をぐるんとさせると、白目のまま四つん這いになってシャカシャカ這いずってきた。カレンはあまりの唐突さと気持ち悪さに、一瞬対応が遅れ、その場に凍りついてしまった。

己の勝利を確信した男は、ヒキガエルのようにぴょーんと大きく飛び跳ねて宙に舞った。

この状況は、絶望しかない。カレンとシモーネの貞操に危機が迫る。

だが、救いは常に残されている。

「呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃーん! 愛と正義の使徒! 教会戦士ヒルダちゃん登場なんですよッ!!」

ヒルダは妙な節回しで歌うように藪から飛び出すと、手に持った石くれを素早く投擲した。石の弾丸は、ビュッと音を立て、男の股間を直撃すると、ハンバーグをこねる前にまな板に叩きつけるような独特の音を立てた。

「ほんぎょえええええっ!!」

変態オークもどきは股間を破壊され、局部から激しく出血しながら辺りを七転八倒した。

「カレンさん、それからシモーネ! ケガはないでしょうかっ!」

「あ、ありがと」

「さ、ここは任せてください。いよいよ、私のローグ流杖術の冴えを見せるときが来たようですね」

ヒルダは、長い棒きれを風車のように頭上で回転させながら、変態オークもどきに打ちかかった。

「あ、めーん!」

「ひぎいっ!?」

ヒルダが叫びながら棒きれを垂直に振り下ろした。

変態オークもどきは涙と鼻水を流しながら顔面を両手で覆う。

だが、ヒルダの攻撃は、虚空で巧みに変化すると、蛇のようにぐにゃぐにゃと曲がった軌道で男の脇腹へ深く食い込んだ。ゴリっと、肋骨がまとめてへし折れる怪音が鳴った。

「い、いちゃあああいっ。ぼ、ぼきゅがなにしたっていうんだああっ!!」

「黙りなさい。ここは我が敷地ですよ! 気持ち悪い変態が我が物顔でうろついてはなりません! ロムレス神に変わって、このヒルデガルドが邪悪を滅殺します!」

「びょ、びょくはわるものじゃないよおおおう! へ、へんなことしてないよおおっ」

「じゃあ、なんで勝手に敷地に入り込んだんですか」

「え、えへへ。そ、それは、あの子がかわいいから、そのお、なかよしをしようかと」

「ブブーっ! 完全に黒です。判決は、ギルティ!! 圧倒的滅殺です!」

「ええええっ、しょ、しょんにゃあああっ。ほぐるっ!?」

ヒルダは踊るような動きで棒を操ると、変態男をおもうさま殴打した。両足を砕き、膝を突いたところで、両腕を先に破壊した。抵抗を完全に封じるためである。男が丸まろうとすると、棒を起点にひっくり返して腹を露出させる。人間の背中の防御力はかなり高いのだ。やわらかく、鍛えていない腹を棒の先で激しく打った。殴打が続くに連れ、男の動きがドンドンと鈍くなっていく。ヒルダの頬に汗がつたうようになる頃に、ようやく男は絶命した。敵は息絶えるまで打つ。教会の掟である。

「あんた、なんで……」

「その、つい先日は申し訳ありませんでした。いいすぎちゃって。ずっと謝りたかったんですけど。機会がなくて。苦労しているのは皆同じなのに。私も、子供を見るのってはじめてで上手くいかなくて、ついイライラと。生理でしたし」

「え! えええっ。それは、そのいいのよ。あたしも、みんなに迷惑かけちゃったし。そのこれからは、お互いうまくやりましょ」

「は、はい」

「なかよし、なかよし」

シモーネが、ふたりの手を引いて、ひとつに重ね合わせた。

カレンとヒルダは顔を見合わせ、どちらとなく笑い出した。

「ふたりは、ともだち」

「と、ともだち」

「そ、そうですよね! 私たちはともだちですよっ!」

ヒルダが慌てたように目を剥いて叫んだ。カレンは、ポッと頬を赤く染めると、両腕を組んで顔をそらしながら居丈高に応じた。

「あ、あ、あんたがどうしてもっていうんなら、このカレンさまが友達になってあげてもいいわよっ」

「えー! ここで、まさかのツンデレ発言とは」

「な! いーでしょ、もおおっ。なんでも」

カレンはヒルダと和解した。まさに雨降って地固まるである。

使用人をロクに雇う暇もないこの屋敷では、有り余った労働力を活用して、雑多な仕事を分担して行っている。

カレンは昼食をとり終えると、子供たちを引連れて風呂場の脱衣所に敷設されている床板を磨きはじめた。

この屋敷には天然の源泉が湧き出しており、大枚はたいて作らせた露天風呂がある。

湯量は豊富で、二十四時間入浴可能であるが、その分汚れは著しかった。

メンテナンスも重要な仕事であった。

「なんで、このあたしが下女のようなマネを……!」

「仕方ありませんよ、みんなで使っているんですから」

カレンはメリアンデールとひと組になり、露天の清掃を行っていた。

もちろん、ふたりとも汚れていいようにお仕着せ姿である。

カレンがぎこちない手つきで、湿気でぬめりを帯びた板を懸命に磨いている。

そのそばでは、割り当ての小エルフ三名がおとなしく座って作業を見守っていた。

「はあっ。これってけっこう、疲れるわね」

「でも、ダイエットにはいいかもですっ。ここのお料理、つい食べ過ぎちゃって。運動、運動。えいえいえいおー!」

メリアンデールが面倒を見ている小エルフは、三人とも五歳、七歳、八歳とやや高めの年齢なので、仕事を命じられればけっこう役に立った。五歳のレグくらいになれば、自分より年少の子をある程度子守することは可能なのだ。レグは、いましがたお漏らしをしたリアのおむつを慣れた手つきで取り替えていた。

「メリアンデールさま。そろそろおむつの代えが切れましたので、少し取り込んでまいります」

「う、うん。お願いね。わたしは、ここでお掃除続けているから」

カレンは五歳と思えないほどしっかりしたレグの受け答えを見ながらほけーっと手を休めていた。

「ねえ、メリー。あんたずるくない?」

「ええっ? な、なにがですかっ」

「ほら、あたしんとこのおちびどもは、ロクにおごはんもしーしーもできないのに、あんたんとこのレグは、あんなにきっちりしてさぁ」

「うー。それはそれで、つまらないというか、面倒見る余地がないというか。むしろ、皆さんの方が、わたしとしてはうらやましいというか」

「メリアンデールさま。大変失礼ですが、そこに磨き残しがございます。泡が残っておりますと、旦那さまがご不快に思われますかと」

「あ! あややや、ご、ごめんなさいっ。い、いまやり直すからっ。すぐっ」

「ガキに注意されてどうすんのよ……」

メリアンデールは仕事を手伝っていた八歳になるガブリエラに注意されたショックで、持っていたスポンジをムギュっと絞り込み、あたふたしだした。

これでは、どっちが監督役なのかわからない。

「ああっ。そのように立ち上がられましては――」

「あにゃああっ!」 

メリアンデールは慌てて立ち上がったため、絞った石鹸の泡を素足で踏みつけ、すってんころりんと後ろにひっくり返った。

それを見ていた七歳のユリヤが雷光のように動いた。

ユリヤは異常に発育がよく、小柄なメリーとほとんど変わらない体型だ。

彼女は、素早く背中からメリアンデールを支えると、床板の木枠の隙間を足指で掴んで転倒を避けた。

刹那の出来事であった。

「危ないと、幾度も申しておりますのに」

ガブリエラは自分の黒髪についた水滴を指先でピッと弾き、長耳をヒクヒクさせた。

「あ、あううっ。ありがとぉ。助かったよぉ、ユリヤぁ、ガブリエラぁ」

「まったく、あなたという人は」

「ん。おねえちゃん、ユリヤが助ける」

ユリヤはメリアンデールを背後から抱きかかえながらいった。メリアンデールは顔をクシャクシャにしながら、ありがとぉーお姉ちゃんもがんばるよー、と腰砕けになりそうな声を出していた。

「マジでどっちが大人かわからないんだけど……」

「うう、ご迷惑をかけますぅ」

風呂場の掃除がひととおり終われば、子供たちに昼寝をさせる。カレンは眠たくなってぐずるノエミとリアをベッドに寝かしつけながら、自分も横になった。

「わたし、まだ眠くないよ」

「いいから寝るのよ」

幼女はお昼の時間に中々寝ようとしない。習性である。

シモーネはいまだ元気いっぱいだが、妹分ふたりが寝息を立てはじめると、顔をぷっと膨らませながら、仕方なしに毛布へと潜り込んだ。

「ねえ、ぜんぜん眠れないよ!」

「あー、うるさいなぁ。じゃ、目つぶってるだけでいいわ。身体を横にして、目を閉じているだけでも、疲れの取れ方が違うの。休めるときに休むのが草原の戦士の鉄則よ」

カレンは奪い奪われる遊牧民族の中で育ち、体力の使いどころというものを熟知していた。力は蓄えられるだけ蓄え、いざ、ことがおこればいちどきに開放する。

「せんしのてっそく……」

「シモーネ、あんたはそんなんじゃ一人前の戦士になれないわよ。いいの? あーあ、いまにノエミやリアに顎で使われちゃうだろうなぁ、お姉さんなのになぁ」

「うー。それはなんかヤダ。わたしも寝る! たっぷり寝て、せんしになる!」

「はいはい、寝れ寝れ」

シモーネは、ゴソゴソと毛布の中を泳ぐように移動すると、脇腹の部分にぴったりとくっついた。子供特有の高い体温を感じる。カレンは、やわらかい表情でシモーネの絹のような髪とツヤツヤした頬をそっと撫でた。

「たくさん寝て、はやく、いちにんまえのせんしになって……」

「うん、なれなれ」

「わたしが、ままをまもってあげるね」

「シモーネ、あんた」

カレンは胸の奥がキュッと締められるような錯覚を覚えた。ジワっとあたたかいものが全身に広がって、耳全体が熱くなる。蔵人に対する感情とは別種のなにかが、ほとんど凶暴的にカレンの魂をとらえた。

「あのね、おちびのくせに生意気いうんじゃないわよ。でも、そのうちあんたたちおちびの力が必要になるかもしれないから、そのときまでは、あたしがあんたたちを守ってあげるわ」

そうしてカレンたちは深い眠りに落ちていった。

「ふわあ、むにゃ。あー! やっば、また寝すぎたかも」

カレンは、窓の向こう側に見える夕日を見ながら、自分の頭をもしゃもしゃと掻いた。

髪留めが自然に解け、トレードマークのツインテールがあちこちに流れている。身体を起こした振動で目覚めたのか、小エルフたちはもそもそと幼獣のように鼻を鳴らしながら、熱い身をぴとっと寄せてくる。

「ほら、あんたたち、とっとと起きなさいよね。ごはんの前におトイレにいくわよ」

「んんん。おといれ、いいー」

「ダメだって。そういって、あとですーぐ漏らすんだからぁ。ほら、おっきして」

カレンは手早く身支度を整え終え、小エルフたちの小用を順番にすませると、手を繋ぎながら食堂に向かった。全員がそろったところで夕食にとりかかる。カレンは小エルフたちに苦労して夕食をとらせると、それからゆっくりと自分の空腹を癒すことに腐心した。あいも変わらず全体的にやかましい。チラリと蔵人を見ると、慣れているのか涼しい顔で茶をすすっている。これだけの喧騒にいて、なにも聞こえていないかのような落ち着きぶりだ。カレンは、集団の中で育ったが、草原の家族たちは、この場に比べてはるかに秩序だって生活していたと思う。自分が神経質なのかな、と少し悩む。

「ままぁ、ぽんぽんいたいの?」

「だから、ままじゃないっての……。ほら、またこんなに汚して」

リアが心配そうに袖を引いてくる。まだ、上手く食事をとれないので口元がスープの油でベトベトだ。カレンはハンカチでぬぐってやると、彼女の小さな身体を抱いた。くすぐったそうな顔で、うぐうぐと呻いている。

「うぐぐじゃないっての」

「姫さま。だいぶお上手になられて」

「好きでやってるんじゃないの」

食事を終えたあとは、順番で風呂を使う。カレン本人は、草原に住んでいるときは、熱い湯へ入るという習慣はなかった。水で身体の汚れをぬぐうか、夏になれば小川で水浴びをするくらいである。もちろん女性なので、そのあたりは毎日きちんと欠かさず行ってはいたが、日本人の綺麗好きに比べれば及ぶべくもない。

これは、湿度が低く、乾燥していた草原での習慣であり、異常に風呂好きな日本人からすれば不潔にも思えるだろうが、それは穿ち過ぎである。中世ヨーロッパでは、身体を洗ったり、水で洗面するだけで病気になったりすると思われた時期もあった。

「ほら、さっさとお風呂に入るわよ!」

「はーい」

「はいはいっ」

「ったく、返事だけはいいんだから」

カレンは小エルフを引き連れ、湯場に向かった。露天掘りの風呂は、豊富な湯量を誇り、白い湯気がもうもうと立ち込めている。

(う。いっぱいいる……! やだなぁ)

カレンは多数の先客がいることを確認し、立ち止まった。基本的に、女同士といえど肌を見せ合うことは抵抗があった。少しだけ慣れたとはいえ、気恥ずかしいものがある。

「ほ、ほら、あんたたち。身体、洗うわよ」

ちょっとビクビクしながら小エルフを洗い場に連れてゆきしゃがませた。

「ごしごしごし、こらっ。動くなっ」

幼児が洗髪を忌避するのは、水が高きから低きへと流れる如し。カレンが苦労して三人を洗い終えると、今度は身体を温めさせるため、湯へ入れた。

ふと、視線を向けると、湯船にはアルテミシアを含む数人が一日の疲れを癒すため浸かっているのが見えた。

(ってデカ? なにあれッ!? スイカが浮いてる?)

「あははっ」

「なにこれー。おおきいー」

「ちょッ!? あんたらっ!」

「あ、あはは。そう怒らなくてもいい。所詮は、子供のやること、だ」

「声、引きっつてるじゃん!?」

小エルフたちは、湯船にプカプカと半分浮いているアルテミシアの巨乳をゴムまりのように面白がって引っ張り出した。女性の中で随一を誇る、超・爆乳が動くたびにざぶざぶと波を立てている。カレンは恥ずかしくなって、素早く後ろに目をそらした。

だが、幼女の好奇心は強い。

「あっ。お、おい。そんなとこまで。んんっ」

「わー。すごーい。のびーる」

「ふううっ。んっ……そ、そんなに強く、しては……ダメだ」

「あんたたち、いい加減に――!?」

アルテミシアの声が、次第に甘味を帯びる。カレンは頬にサッと朱を走らせると、制止するため声を上げた。

「おうっ。お疲れ!」

そこには、いつの間にか忽然と現れた蔵人が、両腕を駆使してアルテミシアの両胸を鷲掴みにして揉み込んでいた。アルテミシアはタレ目がちな瞳を潤ませながら、荒く息をついていた。首筋から耳まで真っ赤に染まっている。蔵人は、湯船から勢いよく立ち上がると、飛沫を上げながら裸身を晒した。当然、下の息子も丸見えである。

「どうしたんだカレン。んなに固まっちまって」

「こ、こ、この――ッ」

「わー。クランドのここ、おっきくなってるー」

「や、やめるんだ。クランド……はうっ。こ、こんな子供の前でっ……あっ」

「すごーい。きゃはは、のびるかなー」

「おいおい、子供たち。そんなに引っ張ったら、俺のゾウさんが千切れちゃうぜ」

「きゃはははっ」

「大バカ――ッ!!」

カレンは叫びながら、高々と舞うと、蔵人にフライングクロスチョップを決めた。