翌日、朝食を食べてのんびりとしてから母と妹に挨拶をしてから冒険者ギルドに向かって歩いていた。兄は、朝早くに仕事に出掛けた。

仕事に向かう人々の喧騒が収まった時間。

こんな時間に冒険者ギルドへ向かっているのには理由がある。

冒険者の多くは、朝に依頼を受けて、夕方に帰ってくる。冒険者登録などの手間の掛かる用事を混雑している時間にしていれば冒険者からいい顔をされない。そのため混雑している時間を避けた為にこの時間になった。

店や露店が並ぶメインストリートを歩いていくと外壁の出入り口が見える場所まで辿り着き、その手前に剣の意匠が施された看板が立て掛けられた建物が見えた。

「ここが冒険者ギルドか」

重厚そうな扉を開けて中に入ると、何人かの冒険者が見慣れない少年が入ってきたことに訝しむような視線を向けてきた。

少し居心地を悪くしながらも正面にいる受付女性の下へと近付いていく。

「ようこそ冒険者ギルドへ、本日はどのようなご用件でしょうか?」

受付カウンターは横にも3つあるが、その3つは他の冒険者が利用しており、目の前にいる受付嬢はたまたま前に利用していた冒険者の用事が済んだため空いていたので、そのカウンターへ向かったのだが、

(正解だったな)

そのカウンターで受付をしていた女性は美人だった。

見た目は20歳手前ぐらいで、ぽわぽわと雰囲気のある女性だ。大人の女性というよりも15歳の俺からすれば美人のお姉さんといった感じだ。あと、カウンターの前まで来たことで分かったが、胸の大きな女性だ。

「あの……」

「あ、すみません。冒険者登録に来たんです」

「登録の方ですね。では、こちらに必要事項を記入してください。代筆は必要ですか」

「いえ、大丈夫です」

父が真面目な人間だったため、将来絶対役に立つから、と文字の読み書きに関しては子供の頃に厳しく教えられた。

受付嬢が渡してくれた紙には、名前と年齢、得意な技能などを書く欄があった。

冒険者ギルドにとっては、冒険者のそれまでの経歴などは特に気にしない。しかし、依頼を斡旋する時など、冒険者にどんな事ができるのか、どんな事を得意としているのか分からなければ依頼を斡旋することもできない。

とりあえず名前はマルス、年齢は15歳、特技の所には何も書かずに提出した。

「お願いします」

「はい、大丈夫です。登録はこちらで行わせていただきますが、冒険者についての説明は必要でしょうか」

「お願いします」

父が兵士の仕事をしていた関係もあって冒険者がどのような存在なのかは知っていたつもりではある。しかし、それは人伝手に聞いた情報であり、改めてギルドから冒険者について聞いてみようと思った。

「冒険者はあちらの掲示板に張り出されている依頼票を見て依頼を受けます。ただ、どんな依頼でも受けられるというわけではなく、冒険者自身のランクよりも一つ上のランクの依頼までしか受けられません。

次に冒険者のランクについてですが、ランクはS~Gまで存在しています。S・Aランクが上級冒険者、B~Dランクが中級冒険者、E~Gが下級冒険者となっております。ランクアップはギルドで受けられた依頼の功績や冒険者の能力を勘案してギルドの方で判断させていただきます。ただ、AランクとDランクへのランクアップの際にはギルドで用意させていただいた試験を受けて初めてランクアップとなります」

ランクについては、知っていたが試験が必要なことについては知らなかった。やはり、説明を受けておいて正解だった。

「冒険者に登録したばかりの方は全員がGランクからのスタートとなります。Gランクの任務は全て街中で行えるような雑務になります。その後、街の外でも身を守れるだけの能力があると判断されればFランクへと昇格になります。が、ちょっとした裏技があります」

「裏技?」

「はい。スキップという制度なのですが、冒険者になる前に戦闘訓練などを積んでいた者に雑務をさせるのも非効率的なので、戦闘能力があると判断することができた方については、その能力に応じて最初のランクを上げさせていただいております」

「どうやって証明するんですか?」

見習い兵士のような感じで村の近くに出没する弱い魔物を狩ったことはあるので、身を守れるだけの戦闘能力があるのは間違いない、

「ステータスカードで確認させていただきます」

ステータスカード――詳しい原理については国が管理する技術が使われているため知らないが、所有者の能力を数値化したものが名前などといった個人情報と共に記載されている。

俺も生まれた時に両親が戸籍情報を登録した際に国から一枚もらっている。生まれた時に申請すれば無料で一枚貰うことができるが、それ以外の時には高額な料金を請求される。だから紛失には注意しなければならない。

「どうぞ」

特に見られて困るような物でもないので10センチほどの大きさのカードをカウンターの上に置いて見せることにした。

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名前:マルス

年齢:15歳

職業:なし

性別:男

レベル:5

体力:64

筋力:51

俊敏:43

魔力:25

スキル:なし

適性魔法:土

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レベルは、魂の強さだと言われている。様々な経験をすることによってレベルが上がり、それによってステータスの数値も上昇する。

体力は、どの程度の戦闘を継続できるかといった持久力について数値。

筋力は、物理的な攻撃力や防御力に関係する数値

俊敏は、素早さや回避力を決定する数値。

魔力は、魔法を使用する為に使われるエネルギーのことだ。

これらのステータスは体を鍛えたり、魔法を使い続けたりすることによっても上昇する。俺の場合は、体を使って見習い兵士のようなことをしていたため物理方面によってステータスが強化されている。

俺のステータスを見ていたお姉さんが一言。

「微妙、ですね……」

「え、微妙ですか? これでも一般人よりは強いつもりなんですけど」

戦闘をしない一般人なら平均的な数値は10~20となる。魔力値だけは平均値だが、魔法を使用したことのない俺には、魔力値はあまり関係がなかった。

「たしかに一般人より強いのでFランクからスタートしても問題ありませんが、そこまでですね」

「理由を聞いてもいいですか?」

「まず、単純に数値が低いです。これぐらいの数値ならFランクには普通にいますよ。それにスキルは持っていないですし、魔法適性も土しかないうえに、この魔力値では大きな魔法は使えないと思います」

スキルは、持っているだけでステータスに関係なく、その技能に補正がかかるものである。

たとえば、【剣術】のスキルを持っていれば、剣を使用した際に大きなダメージを与えることができる。【炎魔法適性】を持っていれば、炎魔法に関して威力が強力になり、魔力の消費も抑えられる。

そんなスキルを俺は一つも持っていなかった。

「まあ、それでも戦闘経験がない、というわけではないのでFランクからのスタートを認めます」

「はい……」

それなりに自信のあった俺は落ち込んでしまった。

「他に詳しい事をお聞きになりたい時は随時質問していただければお答えしますので、遠慮なさらずに聞いてください。では、最後にこのカードに手を置いて魔力を注いで下さい」

お姉さんがステータスカードに似たカードをカウンターの上に置いた。

「これは、冒険者カードと言って冒険者ギルドが独自に発行している身分証です。依頼を受注する際などは必要になる物ですので、絶対に失くさないで下さい。最初に魔力を注いだ人を所有者として認識しており、所有者が死亡した際には割れるようになっています。そして、割れたことは冒険者ギルドで把握できるようになっているので、冒険者が生存しているのかどうかギルドが把握できるようになっています」

冒険者カードを持つことによって冒険者になれる。

そう思ってステータスカードを確認してみると、職業欄が『なし』から『冒険者』に変わっていた。

やっぱり無職よりも何か就職しておいた方が安心できる。