Dungeon Master Makeup Money (formerly known as Dungeon Master Funding)
Lesson 3 Collection Request
ルーティさんからは、この森に夜露草がたくさん生えている場所があるということまでは教わったが、詳しい場所については教えてもらっていなかった。
こういった場所についての情報も冒険者にとっては貴重な財産であるため、冒険者ギルドとしても詳しい場所については簡単に教えることができないとのことだった。
「もっと、簡単に見つかると思ったんだけどな……」
普通のFランク冒険者でも訪れることがあると聞いていたため難易度はそれほど高くないと考えていた。
しかし、1時間近く探しても見つからない。
「本当にあるんだろうな?」
森という慣れない環境が俺を不安にさせる。そのせいで独り言が多くなってしまった。
仕方ない。
「迷宮魔法:宝箱(トレジャーボックス)」
目の前に宝箱が出現する。
中には白い花を咲かせた植物――夜露草が入っていた。
「これなら楽勝で依頼は達成できるんだけど、明らかに赤字だからな」
依頼では10房持って来るように言われていた。
しかし、宝箱の中に入っていたのはたった1房。
俺も宝箱で全ての問題を解決しようとは考えていない。というよりも夜露草なら地下11階にたくさん生えていることに今さら気付いてしまった。まあ、迷宮魔法を試す意味でもこの森で頑張ってみるので、気にしないことにした。
「迷宮魔法:嗅覚探査」
迷宮の中にいる魔物の中で嗅覚の鋭い魔物。彼らの嗅覚を借りることで一時的に嗅覚を上昇させることができる魔法。
この魔法で宝箱から出現させた夜露草と同じような匂いを探す。
「こっちだな」
その効果が発揮され、数分も歩けば澄んだ泉が見えてきて、すぐ近くに夜露草がいくつも生えていた。
「魔物の嗅覚を借りるなんてちょっと不安だったけど、どうやら嗅覚探査も無事に発動してくれたみたいだな」
夜露草を採取すると収納リングの中にしまう。
これで依頼は達成してしまった。
とりあえず泉のある場所を記憶しアリスターの街へと戻ろうとすると、
「ん?」
地響きが聞こえてくる。
巨体を誇る動物や魔物が歩いた時の音だ。
やがて、姿を現したのは一体の熊型の魔物。熊、と言ってもボアズたちを倒す為に地下6階に出現させた熊に比べれば格段に小さく2メートルを少し超える程度でしかない。
それでも鋭い爪に牙、人間よりも大きな体は圧倒的なまでに威圧感を放っている。
しかし……
「このステータスでどこまで戦えるのかちょうどいい」
そんな威圧感など無視して熊に向かって駆け出す。熊が腕を振るって爪を突き刺そうとするが、手を叩くと弾き飛ばされてよろめく。その隙に胸へナイフを突き刺そうとするが、熊の厚い脂肪に阻まれてナイフが僅かにしか刺さらない。
その間にもう片方の腕を振るってきたため、咄嗟にナイフを手放して後ろへと下がる。
熊は知能が高いのか、俺が武器を手放したことを理解しており、俺の方を見て笑うように口角を上げていた。その時に牙が見えていたせいで凶悪な笑顔にしか見えない。
「おいおい、何を嗤っているんだ?」
右手を前に掲げて魔力を手に込める。
『迷宮魔法:火球(ファイアボール)』
魔法を発動させると手の前に火の玉が出現する。
「おお、出た!」
出るとは思っていたが、本当に出た光景を見て思わず感動してしまった。
俺も男として強力で、派手な火魔法に憧れたことがあった。しかし、自分に適性のあった属性が地味な攻撃方法しか持たない土属性だと判明して諦めていた。
だが、迷宮魔法を用いれば迷宮内部にいる魔法が得意な魔物の力を借りて全ての属性の魔法を使用することができた。
しかし、今いる場所は森の中だ。
このまま火球を投げて外れでもしたりしたら森に引火してしまう可能性がある。
足に力を込めて身を屈めると熊に向かって跳ぶ。熊は俺の姿を全く追えておらず、自分の眼前に俺の姿があるのを見て初めて気付いていた。だが、この距離ではもう遅い。
「この距離なら外すことはないだろ」
熊の顔面に向かって火球を叩き付けると熊の顔を焼き、爆発によって大きく吹き飛ばされていた。
熊は痛みに悶えながら地面をゴロゴロと転がって顔の火を消そうとしていたが、数分もしない内に耐えられなくなり動かなくなる。
「どの程度の強さがあったのか知らないけど、肉を売ればそれなりの値段になるだろ」
心臓部分から魔石を取り出して、素材を回収しようと熊の体に触れるが収納リングが起動しない。
「ん、どうした?」
熊の大きさを見て気付いてしまった。
「そうか、大きさが限界だったのか」
収納リングの限界が分かったところで収納リングでの回収を諦める。
すぐに道具箱(アイテムボックス)を発動させると魔法陣が現れ、1メートル四方の箱が現れる。とても熊の死体が収まるような入り口ではないが、熊の死体を近くまで持って行くと、スッと消えるように道具箱の中に納まる。
これで持ち帰ることはできるが……
「これは、売れないな」
もしも、売るとなればどうやって持ち帰って来たのかを聞かれることになる。
とても面倒なことになりそうだった。
とりあえず、自分たちで食べるなり、解体した肉を売ることにしてアリスターの街へと帰ることにした。
☆ ☆ ☆
「おかえりなさい。随分と早かったですね。もしかして、依頼は失敗しましたか」
予想以上に早い帰還にルーティさんが尋ねてくる。
(ま、分かっていたことだけどな)
片道で2時間掛かるということは往復で4時間掛かる。
目的地でも初めて訪れる森、初めての採取ということで1時間や2時間では終わらないと考えていた。彼女の知っている夜露草の群生地も目立たない場所にあるため、場所を知らなければ見つけるのは大変だった。
俺が出発したのが昼前。そこから6時間は掛かるだろうと予想される依頼を達成してきたにしては夕方前に戻ってくるのは早すぎ……ではないが、順調すぎる。実際には1時間以上前に戻って来ていたため、露店などを覗いて時間を潰していた。
「ちゃんと依頼は達成してきましたよ」
「では、回収した素材と夜露草をカウンターの上に置いて下さい。ちなみに聞いておきますけど、持ってきた量はカウンターの上に乗る量ですよね」
「ええ、そこまでの量は持ってきていませんよ」
熊を除けばの話だが……。
とりあえずカウンターの上に依頼票にはスライムの魔石を5個とあったので、帰りにも狩ったことで得られたスライムの魔石を5個。夜露草を10房置く。
「たしかに依頼通りの物ですね。こちらが報酬になります」
カウンターの中にあった籠に魔石や夜露草を入れて奥に行ったルーティさんだったが、すぐにお金を持ってカウンターに戻ってきた。
報酬は、大銀貨が2枚。
「ありがとうございます。ただ……途中で倒したスライムですけど、弱かったですね」
「そうですか? マルス君のステータスを考えると一人で5体も倒すのは大変だと考えていたんですけど」
まあ、冒険者登録した時は今のステータスの1%もなかったからな。
「今日はこれで帰りたいと思います」
これから俺のように依頼を終えた冒険者が続々と帰って来て冒険者ギルドは忙しくなる。
「また、明日来ますね」
「はい、お待ちしています」
☆ ☆ ☆
今日の業務を全て終えた後、私は冒険者ギルドで一番偉いギルド長の執務室を訪れていた。
「ルーティです。お時間よろしいですか?」
「ああ、いいよ」
人の好さそうな中年の男性が招き入れてくれる。
既に冒険者を引退した身で全盛期に比べれば劣ってしまうと本人も言っていたが、全盛期の頃にはAランクまで上り詰め、衰えた今でもDランクの冒険者相手なら引けを取らないほどの実力を持っている。
そんな相手に私たち受付嬢が報告するのは、気になった冒険者についてだ。
「実は、私が担当しているマルスという冒険者について気になったことがあるので報告をしておきたかったのですが」
「この間、母親と妹が来て騒ぎを起こした冒険者だね。無事に帰ってきたと聞いていたけど、なにか問題でもあったかな」
「問題というほどのことは何も。今日は、初めての依頼を受けて夜露草の採取とスライムの討伐で例の森へ向かってもらいました」
例の森――夜露草が生えている場所としてギルドが勧めているためギルド長もそこがどこなのかすぐに思い浮かんだ。
「うん。新人らしい依頼だね。夜露草は薬草として一般的に使われているから需要は常にあるし、スライムもいつの間にか増えているような魔物だ。それで、失敗でもして帰ってきたのかな」
「いえ、依頼は無事に完遂してくれました。時間も午前中に出発して夕方前に帰ってきてくれました」
「優秀だね。そこのどこに問題があるのか分からないんだが」
「優秀という言葉では片付けられません。彼は帰って来た時に全く疲れた様子を見せていませんでした。それから私は冒険者登録した時に彼のステータスを見させてもらったのですが、一番高い数値である体力でも40しかありませんでした」
「なに?」
その数値を聞いてギルド長が訝しんだ。
一般的なFランク冒険者なら100はあってもいいはずだった。40では帰って来るのも難しく、帰って来られたとしても疲れ果てているのが普通である。
駆け出しの冒険者なら100に届かないことは普通だが、そんな冒険者たちは同じころに冒険者になってGランク依頼を受けている間に仲良くなった冒険者と一緒に討伐や採取に向かう。普通は、一人で行くような場所ではなかった。私も迷宮から帰ってくることはできたようだが、外での厳しさを教えようと考えて勧めた。
「彼は馬車でも使ったのか?」
「いえ、最近まで借金をしていた少年です。少しでも節約しようと考えるのが普通でしょう。馬車を使用すれば赤字です」
「それで、受付嬢として君は彼のどこが気になっているのかな?」
「今も登録した時のステータスとは思えません。たしかに数日ありましたが、数日ではそこまでの急激なステータスアップもなかなかありません。ですので、行方不明だった迷宮で何らかの方法でステータスが上がった。もしくは上げるような装備を手に入れたのだと思われます」
帰ってきた時、マルス君の装備は全く別の物に変わっていた。
あの時は、大した物ではないと思い込んでいたけど、それはそれでおかしい。迷宮で出現するような代物が安物の装備と同等であるなどとは思えない。
「危険人物、というわけではないと思いますが、要注意人物として観察しておいた方がいいと思います」
「うん。その辺については君たち受付に任せているから、君の裁量でやってみるといい。元冒険者として気になったというなら、それだけで根拠にはなる」
「ありがとうございます。では、失礼します」
悪い子ではないと思う。
自分のことを心配して冒険者ギルドまでやって来た家族に対する接し方は優しいものだった。
だが、何かがあるのは間違いない。