ルイーズさんを中心に迷いの森を街道に沿って歩く。

少しでも逸れるような者が現れればお互いに声を掛け合って意識を逸れないように戻す。そうすることで迷うのを防ぐ。

しかし、そうした迷いの森の特性が分かっていても神気に対する耐性を持っていない者は迷ってしまう。無意識へと干渉されてしまうため気付いた時には仲間と逸れた後ということもあり得たからだ。

だから案内人に声を掛けてもらう必要がある。

「きちんと付いて来るんだよ」

「それはいいんですけど、ルイーズさんは随分と慣れた様子ですね」

「前にも言ったと思うけど、アタシは元々この森の先にある里で生まれたエルフなんだよ。だけど、アンタたちと同じくらいの年齢の時に里を追い出されて冒険者をしていたんだよ」

「え……?」

てっきり自分から出て行ったものだと思っていただけに追放されたという事実に驚いてしまった。

エルフはのんびりとした温厚な人ばかりだと聞いていたので家族を追放するというのが信じられない。

「理由はどうしてだったの?」

あまり深く聞くべきではない、と思っていたところに興味を持ったアイラが尋ねてしまった。

「別に深刻なものじゃないよ。エルフっていうのは森に住んでいるものだからね。火属性に適性を持っている奴は危険だと見做されるんだよ。子供の内は可哀想だからって理由で面倒を見てもらえるけど、大人になってまで里に置いておく事が許されないだけさ」

「そんな……」

つまり、森にとって危険な火属性に適性を持っていたという理由だけで親からも見捨てられた。

この場にいるのは何らかの理由によって親と一緒にいられなくなった者、一時的に一緒にいられなかった者の集まりだ。どんな事情があるにせよ親が自分から子供を捨てるという状況が信じられなかった。

「信じられないかい? アタシも本当に追放された直後は本当に悲しんだもんだ。けど、追放された国をしばらく彷徨っていた頃に冒険者をしていた男に拾われてからは、追放された悲しみなんて忘れるぐらい楽しかったよ」

在りし日を思い出して遠い目をしているルイーズさん。

彼女が俺たちと同じくらいの年齢というと今から70~80年ぐらい前の話になる。

その時に知り合った人やお世話になった人は既にこの世にはいないだろう。

「本当だよ。その時に助けてくれた奴との間に子供だっているんだから幸せだったのには違いないよ」

「え、子供がいたんですか?」

突然のカミングアウトにメリッサが驚いている。

旧知の間柄であったメリッサとイリスも知らなかったらしい。

「子供って言ってもエルフとしての特性は引き継がなかったから見た目は既に爺さんだし、アンタたちぐらいの年齢になる曾孫だっているんだよ」

本物の曾孫がいるなら同じくらいの年齢の俺たちを曾孫のように可愛がっていたらしい。

家族がいるならギルドマスターなどせずに隠居した方がいいのではないか。

「隠居は考えたことがあるよ。けど、主人との約束があるからね。あと数年ぐらいなんだから最期の瞬間までは冒険者としてありたいのさ」

「最期って……」

「直に寿命が訪れる」

「あ……」

エルフは若い期間が長く、老化が始まって数年以内に死ぬ。

老化が始まり出したルイーズさんは数年以内に死ぬことが決まっているらしい。

「そんな……どうにかならないのですか!」

「そうですよ!」

普段は邪険に扱っていたメリッサとイリスが狼狽えている。

どれだけ邪魔に思っていても本当の祖母のように感じていたということだろう。

「神樹の傍で生活していたエルフならもっと長生きできるんだろうけど、アタシは数年に一度は里帰りすることはあっても神樹から離れて生活していたエルフだ。こんなものさ。それに人間として見れば長く生きた方だよ」

ルイーズさんは自分の人生に満足しているのか寿命を受け入れているようだ。

なにより、ご主人は既に亡くなっているみたいだし、子供の状態を考えれば子供が亡くなるのも近いのかもしれない。子供の方が先に亡くなる悲しみを考えて自分の寿命を受け入れたのかもしれない。

「だけど、どうせなら玄孫の顔が見てみたいね。アタシの曾孫たちは、まだ無理だろうけど、アンタたちなら見せてくれるんじゃないかい?」

「もう!」

しんみりした空気がルイーズさんの冗談で掻き消された。

「それより、そろそろ来たみたいだよ」

「カブトムシ?」

人ぐらいのサイズがあるカブトムシが森の奥から現れた。

デイトン村の近くにあった村でも見かけた魔物だから楽に討伐できるだろう。

「風刃(ウィンドカッター)」

まだ距離があったこともあってメリッサの手から放たれたウィンドカッターが魔物へと飛んで行く。

「え……?」

魔物を斬ると思われた斬撃が魔物の横にあった木を斬り裂く。

狙いが外れてしまっている。

「何をやっているのよ」

「いえ……」

メリッサが自分の狙いに戸惑っている間に収納リングから聖弓を取り出したアイラが光の矢を放つ。

だが、矢も魔物に当たることなく後ろの地面に突き刺さる。

「あれ?」

やはりアイラの攻撃も当たらない。

遠距離攻撃では当たらない。

カブトムシの魔物に接近したシルビアが短剣を突き刺そうとするものの体を僅かに掠るだけで突き刺さらない。

「もしかして道に迷うのと同じようにこっちの攻撃も当たらないんですか?」

「そういうことだよ。これが迷う人間の生還率を下げる原因だよ」

見たところ、感覚が狂わされているせいで狙いが外れてしまっている。

なら、感覚を狂わされても関係ない攻撃をすればいい。

「どけシルビア」

魔物を指差し魔法を発動させる。

「岩圧(ロックプレス)」

魔物の5倍の大きさがある大岩を魔法で造り出して叩き付ける。

――ベチャ。

大岩に圧し潰された魔物が絶命する。

「随分と大雑把な倒し方だね」

「こんな場所では素材の回収など不可能ですね」

大岩に潰された魔物の素材は再利用が不可能なほど潰されていた。

せめて魔石だけでも回収しようと体内から取り出してみるのだが、亀裂が入ってしまっているせいで価値が大幅に下がっていた。

「迷いの森で気を付ける事は他にありますか?」

「いや、逸れないように仲間の存在を常に意識する事と攻撃をする時には狙いを付けた点攻撃ではなく、制圧するぐらいのつもりで面攻撃をした方がいいってことぐらいだね」

「そうなると魔法を使えるメンバーでどうにかする必要がありそうですね」

魔法が苦手なシルビアとアイラが落ち込んでしまった。

彼女たちも魔法が使えないわけではないのだが、元々の適性が影響しているのか迷宮魔法を使用すると多く魔力を消費してしまうし、あまりに強力な魔法は使えない。

「ただ、気になるのは出て来る魔物が少ない事だね」

森に入ってから既に30分以上が経過している。

それなのに森の中を歩いている俺たちを襲って来た魔物は今の一度だけ。

「今までならもっと多くの襲撃があってもおかしくないんだけどね」

「それで、よく今まで無事でしたね」

「アンタたちだって感覚が正常なら問題なく討伐できるだろ。エルフだってあれぐらいの魔物なら簡単に討伐することができるから余裕なんだよ」

森の中に魔物の数が少ない状況が異常。

考えられる可能性としては、デイトン村近くの森に蟲型の魔物が大量に流れ着いていたことから迷いの森にいた魔物が逃げ出した事だ。

「……何か来ますね」

「ああ……」

地響きが響き渡る。

全員で音の発生源を探るべく音のする方向を見ると大木がなぎ倒される光景が見えた。

――キシェアアアァァァァァ!

木々をなぎ倒しながら魔物が現れた。

その魔物は、10メートル以上の大きさがある巨大な蜘蛛で8本の足を動かしながらこちらへ近付いており、怒っているのか高い位置にある牙の生えた巨大な口を開けていた。

「うわ、気持ちわる」

妖しく光る8つの目で見られると嫌悪感が増す。

「見たことがない魔物だね。あれが森にいた魔物を追い出した魔物かね」

ルイーズさんの分析に納得する。

巨体であるということは、それだけで強さになる。ソードマンティスも強かったが、ソードマンティスの何倍もある大きさでソードマンティス以上の速さで走れるとなれば追い出せるほどの実力がある事にも納得できる。

「よし、さっさと討伐するぞ」

目の前にいる巨大蜘蛛を討伐すれば今回の問題は解決したようなものだ。

問題の元凶でなければ他にいる大本の原因を探せばいいだけだ。

巨大蜘蛛を討伐する為に剣を鞘から抜いて構える。迷いの森の性質を考えれば遠距離からの魔法には期待できない。剣で急所を攻撃するのが一番効果的だ。あれだけ大きければ体のどこかには当たる。

気合を新たに巨大蜘蛛と向かい合う俺。

そして――脱兎の如く逃げ出す後ろ。

「は?」

予想外な気配に驚いて振り返るとシルビアたち4人の仲間が全速力で逃げ出していた。

「お、おい……」

思わず呼び止めずにはいられない。

しかし、動揺しているせいか小さくなってしまった声は全力で逃げ出した彼女たちに届くことはなく、俺とルイーズさんだけがその場に残される。

「チッ、避けな」

ルイーズさんが注意をしてくれるが、眷属に置いて行かれるという全く予想していなかった状況に呆然としていた俺の体に粘着質の網みたいな物が当てられる。

網を回避する為に離れていたルイーズさんが近付いて網の正体を教えてくれる。

「あの蜘蛛が吐き出していった糸だ。アタシが魔法で焼き切るから大人しくしておきな」

「助かります」

手で掴んで引き千切ろうとしたが、手にベタベタと付着して思うように外れない。

仕方なく自分の収納リングから取り出した杖の先端に炎を灯したルイーズさんに任せて焼き切ってもらうことにする。その動きは、捕まっている俺を傷付けないように優しくゆっくりとしたものだった。

「あいつら無事だといいんだけど」

俺には目もくれず逃げ出したシルビアたちを追って行った巨大蜘蛛。

彼女たちの実力を考えれば自分の何倍もある蜘蛛を相手にしても問題ないと思うが、未だに逃げ出した理由が分からない状況で楽観視するのは危険だ。

「逃げ出した理由は理解できるけど、とりあえずリーダーを放り出して逃げるなんて冒険者として言語道断だ。合流したら説教だね」

「お手柔らかにお願いします」