音楽に導かれるまま踊り始める。

二日間それなりに練習した俺たちだったが、素人が少し練習した程度では綺麗に踊るような事はできない。

他に躍っている人たちは慣れているのか優雅に踊っていた。

ステップを間違えてシルビアが俺の足を踏む。

「ご、ごめんなさい」

謝るシルビア。

ダンスを止めて離れようとするのを抱き寄せて止める。

「あの……」

「いいから続けよう。途中で止める方が迷惑になる」

他の人たちは今も踊っている。

この輪から抜け出す方が迷惑になりそうなのは間違いない。

「はい」

納得してくれたのかなるべく俺に合わせて踊ってくれるシルビア。

俺の胸ぐらいまでしか身長のないシルビアが寄りかかって来る。

「今日はありがとうございます」

「これぐらいは……」

「ご主人様だけではありません。アイラやメリッサ、イリスだってわたしに色々と気を遣って最初の相手を譲ってくれたのは分かっています」

せっかく念話で伝えて来たのに無駄になってしまった。

「ふふっ」

「どうした?」

「こうして躍っていると子供の頃にお母さんから寝物語として聞かされた話を思い出したんです」

その話は、幼い女の子に聞かせる話。

とある町を訪れた王子様に見初められた少女が王子様と親密になる。二人の想いは強かったが、王族と平民。二人の関係に反対する者は多かった。だが、紆余曲折ありながらも最後にはパーティー会場へ少女は綺麗なドレスを着て王子様に迎え入れられダンスを踊る。

ダンスが終わる頃には少女を祝福する拍手が会場の至る所から奏でられる。

「話を聞きながら女の子として憧れがありました」

「悪いな。王子様でもなければ、こんな野暮ったい男で」

フルフルと首を何度も横に振るシルビア。

「わたしにとっては最高の王子様です」

なんとも恥ずかしいセリフを言われて顔を赤くしてしまう。

それは、俺だけでなくシルビアも同じだったらしく見えにくい顔には薄らと朱が差していた。

「わたしは何もできない女です」

「そんな事はない」

「いいえ、アイラのように強くないですし、メリッサのように賢くもない。イリスのように色々と手伝えるわけでもありません。わたし自身の元々のステータスは覚えていますよね」

「あ、ああ」

今と比べれば凄く低かったのは覚えている。

現在のステータスのように強くなれたのは眷属になってレベルアップ時の上昇が増えたからだ。

「わたしにできるのは家事手伝いぐらいなんです。だから、わたしはわたしにできる事を精一杯しているだけです」

感謝されるようなことはしていない。

そう言うが、俺にはそうは思えない。

「それでも俺が感謝している事には違いない。お前が来てくれる前は、移動中は適当に買って来た保存食を食べていたし、家に帰れば母さんに頼る始末だ」

収納リングや道具箱があったから予め用意しておいた料理をそのまま持って行くということもできた。しかし、後片付けの手間などを考えてしまうと片手間で済ませられる食事に手が伸びてしまった。

その時の生活を思えばどれだけ助かっているのか。

「前にも言ったけど、凄く助かっている。こんなダンスぐらいでお姫様気分を味わえて喜んでくれるならいくらでも付き合ってやるよ」

「ありがとうございます。これからも精一杯仕えさせてもらいます」

音楽が消え、ダンスも終わりを迎える。

その場を後にしてアイラたちの下へ戻るとメリッサに手を掴まれる。

「次は私の番です」

シルビアと踊っている間に順番を決めていたらしく、ダンスを教えた報酬に順番を譲ってもらったらしい。

メリッサとのダンスは落ち着いたものだった。

元々、彼女から教わったダンスだったためメリッサに合わせるような形になる。

「きちんとシルビアさんをエスコートできましたか?」

「俺だってパーティーに参加するのは初めてなんだ。他の人がどんな風にエスコートしているか知らないから、きちんとできたかなんて判断できない」

「他の人なんて関係ありません。シルビアさんが楽しめたかどうかが大切なのですよ」

その通りかもしれない。

しかし、その判断が俺にはできない。そこで、ダンスの間にした会話の内容をメリッサにも聞かせる。

「それなら大丈夫ですよ」

「そう、なのか?」

「シルビアさんの話した物語は私も幼い頃に聞かされた覚えがあります。女の子なら誰もが憧れる内容の物語です。その話が自然と彼女の口から語られたなら主との時間を大切にしている証拠です。シルビアさんをこれからも大切にして下さい」

「そのつもりだ」

「ただし、私に対しては失点です」

……え?

曲が終わり、メリッサが急に止まる。彼女の動きに任せるように動いていたので転びそうになるのをどうにか留まる。

「私から振った話とはいえ、女性とダンスをしている最中に他の女性との問題を相談しているようでは男性としては失格です。それに私にエスコートを完全に任せていたのもいただけません」

何も反論ができない。

「精進させていただきます」

「そうですね。これからも似たような機会があるかもしれません。次に備えて帰ってからも練習をすることにしましょう」

今後の事を想ってクスクスと笑うメリッサ。

大人っぽい姿をしているが、こうして笑っている時は最年少らしい反応を見せてくれる。

せめて戻る時ぐらいはエスコートをしたい。

掴みやすいように腕を出すと察したメリッサが抱き着いて来る。

二人で仲間の待つ場所へ戻ると反対の腕をイリスに掴まれる。

「少しはゆっくりさせてくれないか?」

「これぐらいの体力ならあるはず」

お互いに拙いながらに躍る。

イリスとのダンスは練習の時にも何度か一緒に踊ったことがあるのだが、その時よりも明らかに上達している。

「何かコツでもあるのか?」

「敢えて言うなら見て覚えた」

「見て?」

「シルビアとメリッサ、二人と踊っている間に他の人がどんな風に踊っているのか見ている余裕があった」

「ああ……」

これまで色々な仕事を請け負って来たイリス。

その中には貴族の主催するパーティー会場の護衛もあり、パーティーの空気にはそれなりに慣れていた。

ただ招待客として参加したことはなかった。

そのため、こうしてダンスをするのは初めてらしい。

初めの内は何でもなかったのだが、踊っている内に頬が赤くなって行く。躍り疲れたのとも違う。

「待っている間にシルビアが言っていた」

「うん?」

「マルスと踊っているとお姫様みたいな気分になる」

そんな風に話していたとは知らず恥ずかしくなる。

「だから少しでも早く踊ってみたくなった」

アイラは順番にはそれほど固執しておらず、すんなりと譲ってくれたらしい。

「私も両親からお姫様になった女の子の物語は聞いた覚えがある。冒険者になってからは、お姫様とか興味がなかったけどこうして躍っていると物語を聞いていた時の想いが蘇って来るような気がする」

俺としては何かをしたつもりはない。

それでもイリスなりに満足してくれたらしく笑顔で一緒に戻る。

「最後はあたしね」

休憩する間もなくアイラに連れ去られる。

アイラとのダンスは酷い。

お互いに相手の足を何度も踏んでしまう。

アイラは練習の時からダンスが下手だったし、俺は4人も連続で踊ったせいで疲れており足元が覚束なくなる。

「これぐらい冒険に比べれば大して疲れないでしょ」

「こんなパーティー会場で4人も連続で踊ってみろ。精神的に疲れるんだよ。お前こそ普通に下手なんだよ」

「下手!? お姫様気分を味わえるって言うから楽しみにしていたのに」

ダンスが下手なままでは躍っている内にお姫様気分を味わうなど絶対に不可能だ。

パーティー会場の中心なので喧嘩腰ながらも声量を抑えて言い合いながら元の場所へ戻る。

シルビアたち3人は散々なダンスを見て苦笑していた。

「帰ったら練習」

「あたしはもういいわよ」

「そういうわけにはいかないのよ。あんたが下手なせいでご主人様に迷惑を掛けているの。何かあってあんたがご主人様と踊らないといけない状況が来るかもしれないんだから練習は必ずするように」

「え~」

「練習なら私が付き合いますから」

責められているものの4人の仲は良いらしい。

会場を回っていたメイドから飲み物をもらって休憩する。さすがにこれ以上躍るような余裕はない。

既に次の曲が始まっているが、混ざるような余裕はない。

パーティーは何事もなく進行していく。