Dungeon Master Makeup Money (formerly known as Dungeon Master Funding)
Lesson 20: The Lord and the Witch
夜。
みんなが寝静まっている家の屋根の上に腰掛けながら月を見上げる。
俺の手には酒瓶とコップが握られていた。
酔い易い体質のせいで普段はほとんど飲まない酒だが、今日は少しだけでもいいから無理をしてでも飲みたい気分だった。
「無理して飲むと体、壊すわよ」
「ノエルか」
屋根の上に現れたのはノエルだった。
「みんな、急に部屋からいなくなって心配していたわよ」
「結局、気付かれたのか」
俺たちパーティは一つの部屋で一緒に眠っていた。
部屋がそれほどある訳でもないので、他の部屋は全て子供たちに使われてしまっている。男女が同じ部屋で寝泊まりすることになってしまっているが、俺たちの事情を知っている女子がいるので今さらな話だった。
なかなか寝付けなかった俺は、もう寝ていると思っていたシルビアたちを起こさないようにこっそりと抜け出して来た。
だが、そんな気遣いも無駄だったみたいだ。
気を紛らわす為に空になったカップに酒を注ぐ。
「ねぇ、どうしたの?」
「何が?」
「かなり無理をしているように見える」
思わず酒を注ぐ手が止まる。
「眷属のみんなもマルスに気を遣っているように見える」
「そう言えば、お前には話していなかったな」
あの頃にノエルはいなかった。
そこで、村を出た理由や迷宮主になって得た力で何をしたのかを説明する。
「なに、それ!?」
一通りの事情を聞いたノエルは憤っていた。
「マルスたちは何も悪くないじゃない!」
「そうだな」
「……怒っていないの?」
そう問われるが、俺の中に答えはなかった。
「恨んでいる気持ちがあった。だから報復させてもらったんだよ」
だが、報復は既に終わった。
恨んでいる気持ちは過去のものとなった。
「けど、完全に許す気になれないんだろうな」
持て成されて笑っていた。
その姿を見ていると無性にイライラしてきた。
「だからイライラしていたんだ」
「顔に出ていたか?」
首を横に振るノエル。
「表情には全然出ていなかったよ。実際、付き合いの長いシルビアやメリッサですら気付いていなかったし」
「お前は気付いているだろ」
変な気遣いとかされたくなかったから表情に出さないようにしていた。
それに仕事を与えて忙しくさせて別行動をするようにしていた。
そう言えばノエルにだけは仕事を与えていなかったせいで護衛として俺の傍で控えていた。そのせいで気付かれた可能性が高い。
「ところで、巫女の役割が何なのか覚えている?」
「そりゃあ……」
俺の中で巫女と言えばノエルの姿が思い浮かぶ。
ノエルは【神託】によって未来を見通すことができる神の言葉を人々に伝え、逆に人々の言葉や想いを神に伝える為に舞っていた。
そして、思い出すのは今のノエルの職業だ。
「今のわたしは女神ティシュアに仕える巫女じゃなくて『迷宮巫女』。これが意味するところを分かっている?」
「俺の考えが分かっているのか」
女神様の想いが分かったように俺の心も分かる。
シルビアは『迷宮冥途』を手に入れた事で家事能力が限界を突破した。同じように『迷宮巫女』を持つノエルがそのような特殊能力を得ていてもおかしくない。
けど、さすがにそこまでは無理だったらしく首を横に振っていた。
「わたしに分かるのは、凄く喜んでいたり怒っていたりした時にマルスとの距離に関係なくなんとなく分かるだけ」
今、喜んでいるのか、怒っているのか。
しかも凄く感情が振れていなければ伝わらない。
あまり使い勝手のいい能力とは言えない。
「けど、俺がイライラしていたのは伝わっていたんだな」
少しイラついた程度では伝わらない。
ノエルに伝わってしまうほどイラついていたという事になる。
そこまでイラついていたという自覚はなかった。
「どうして、そんなにイラついていたの?」
残念ながら今のノエルでは俺の心情は分かっても心の内までは分からない。
「宴会を開いて村の連中は笑っていたよな」
「うん」
「状況さえ違えば、あの輪の中に父や母だって混ざる事ができたんじゃないか? そんな事を考えていたんだ」
それが既に叶わない事だというのは俺がよく分かっている。
父は既にこの世界のどこにもいないし、母も今は生まれ故郷に帰って幸せに暮らしている。
現在を壊す必要などどこにもない。
「やっぱり恨んでいたの?」
「そもそも恨んでいたのとも違うんだと思う」
村から出て行こうと思った最大の理由は味方になってくれる人が誰もいなかったからだ。
優しい人だった父は、困っている人を放っておくことができず、気が付けば村の人たちの手助けをしていた。
少なからず村人は父に恩があるはずだ。
ところが、父がいなくなった時に残された家族である俺たちに手を差し伸べてくれるような人は誰もいなかった。
「味方になってくれる人が誰もいなかった、それが俺にとっては悲しかったんだ」
「そっか」
ノエルが傍にいると思わず隠していた自分の本音を喋ってしまう。
「それも、たぶん『迷宮巫女』の能力なんだと思う」
神の想いを聞く『巫女』
『迷宮巫女』の前では想いを話さずにはいられないという事だろう。
「それが、わたしの役割なんじゃないかな?」
「役割?」
「わたしは新参者だからね。昔から一緒にいるシルビアたちと違って遠慮なく自分の気持ちが吐露できるんだよ」
「普通、逆じゃないか?」
付き合いの長い者ほど想いが通じ合って何でも話せるようになる。
「あんたの場合は逆かな? 自分を頼ってくれる女の子だからこそ自分の本音を隠して強く見せようとしている」
「……」
言い返せなかった。
言われればノエルも含めて彼女たちに格好悪いところを見せたくないという想いはある。
そんな難しい事を考えていると頭がクラクラしてくる。
「それは、お酒に弱いのにお酒を飲んでいたからでしょ」
「ちょっとしか飲んでないぞ」
「それぐらい弱いって事でしょ」
酒に弱い事はノエルにも知られてしまっている。
アリスターに来た日に行った歓迎会でメリッサが水を飲んでいる勢いで酒を飲んでいる中、主である俺は少ししか飲んでいなかった。
そんな姿を見せれば酒に弱い事は簡単に露見する。
ノエルが少しズレると足を畳んで自分の太腿を叩く。
「膝枕をしてあげるから今日はここで寝なさい」
言われるまま横になって膝に頭を乗せる。
見上げるノエルの顔は僅かに紅潮していた。
「眷属であるわたしたちだけは村の人たちと違って世界中の人がマルスと敵対したとしても最期の瞬間まで味方でいてあげる」
「そういうセリフを言わせる為に眷属にした訳じゃないんだけどな」
「ダメ?」
「ダメ……じゃない。けど、時々だけどシルビアたちには他の未来だってあったんじゃないかって思う時があるんだ」
「眷属にした事を悔やんだりしていない?」
「それはないな」
考えて責任を感じる事はあっても後悔はしていない。
「俺が迷宮主にならなかったらお前たちを助けられなかっただろ」
シルビアは奴隷のままだったし、アイラは魔剣の破壊ができなかった。メリッサは成功していたかもしれないが、今のように家族と触れ合える日々ではなかった可能性が高い。俺がいなければ帝国との戦争で王国は蹂躙され、真っ先に狙われたイリスは悲惨な結末を迎えることになる。
何よりも……
「お前が、ここにいないだろ」
「そうね」
ノエルが髪を撫でてくれる。
心地よさを感じていると意識が落ちて行くのを止めることができずに眠ってしまう。
☆ ☆ ☆
「眠った?」
「うん」
隠れて屋根の上の様子を伺っていたシルビアが姿を現す。
部屋からマルスが出て行くのに気付いていたにも関わらず彼女たちが心配していないはずがなかった。
とはいえ、この村では脅威となるような相手は存在しておらず、少しばかり無理をしている事にも気付けなかった。
だから、迷宮巫女であるノエルに任せていた。
屈んだシルビアがマルスの髪を撫でるとくすぐったそうにしているものの起きることはなかった。
「本当に、無理をして……」
苦手な酒を飲んで心のイラつきを抑える。
そんな方法しか選べない不器用な性格。
「なんとなくみんながマルスを慕っている理由が分かったよ」
「分かってくれたならいいわ」
立ち上がると踵を返す。
「わたしたちはご主人様に恩があって返そうと思って一緒にいる。けど、ご主人様も主として眷属の事を想ってくれている。だから、わたしたちはいつまでも一緒にいたいと思えているの」
「なんとなく分かる」
ノエルが感じているマルスの中で最も強い感情は責任感だった。
少女たちを自分の都合に巻き込んでしまった。
後悔にも似た想いがマルスの中にはある。
「こっちは任せたわ。わたしにはわたしにできる方法で力になれるよう今日は寝かせてもらうわ」
「おやすみ」