「う、うあ゛ああぁぁぁぁぁ!」

雄叫びを上げながら椅子から立ち上がる海賊団の団長。

首がグルンと向けられて昏い瞳で見て来る。

団長の様子も気になるが、こちらにも消耗したのが二人もいる。

「大丈夫か?」

「はい。問題ありません」

「これぐらい平気」

辛そうにしているのはシルビアとイリスだ。

シルビアは規定人数を超える状態で【壁抜け】を使用したせい。イリスは冷気の精密なコントロールを続けていたせいで魔力を消耗していた。

「わたしたちの事よりも……」

「あっちに対応しないと」

「あっちは、あっちで俺たちが対応するさ」

薬を投与された団長を見る。

既に体は3メートル近くにまで肥大化しており、ギリギリ着ていると言えたボロ布は弾け飛んでしまっている。何も着ていない団長だったが、どこかからか集まって来た瘴気が体を包み込んでしまった。

消耗した二人を置いて前に出る。

「二人はこれでも飲んで回復させていろ」

収納リングから魔力の回復薬(ポーション)を取り出す。

消耗した魔力を回復させてくれる優れ物だが、何度も服用していると体に耐性ができてしまって効果が薄くなってしまうので本当に回復させられるのは1日に2、3本が限界だろう。

しかし、消耗させたままにしておく訳にもいかない。

「倒すぞ」

『了解』

瘴気の供給が止まる。

供給されている状態で団長を倒してしまうと瘴気が暴発して致命的なダメージを塔へ負わせてしまう可能性があったため攻撃することができなかった。

「グールか」

茶色くこけた皮膚、窪んだ眼窩、垂れ下がった体。

巨体ではあるものの迷宮にもいるグールを思わせる存在になっていた。

「彼の最期を見ますか?」

メリッサが【読心】で得た記憶を【迷宮同調】で共有してくれる。

実験を続けたいシステムだったが、マスターではない存在ではマスターの承認なしに新たな事を始めることができない。そこで、団長をマスターとして魔物の肉を移植した後に自分の言う事に対して全てを承認する存在へと作り変える。

意識はある。しかし、自分で体を動かせる訳ではない。

そうして1000年以上もの間、マスタールームの椅子に座り続けさせられた。

「これが、あの人の最期の願いです」

――普通に人として消えたい。

「いいだろう。少しは手助けしてやる」

巨大なグールとなった団長を見る。

その姿が消える。

後ろへ剣を振り上げると団長の爪が弾かれる。グールになったことで鋭く伸びた爪は鋭利な武器になっていた。

「喰らえ!」

無防備になった胴体に炎を叩き付ける。

炎に焼かれながらマスタールームを転がる。

『その個体は、強固に改造されています。簡単には倒す事ができませんよ』

いちいちムカつく声を無視する。

「死体系のアンデッドは炎に弱いはずなんだけどな」

転がる内に消えた炎。

団長が獣のように四つん這いになって迫って来る。

「はっ!」

ノエルの錫杖が団長の顎を打ち上げて後ろへ飛ばす。

「この……!」

そこへ剣を構えたアイラが迫る。

団長は、上へ跳ぶとマスタールームの壁に手を打ち付けて下にいるノエルとアイラから逃れる。

「おい」

『なに?』

「あのグールを迷宮へ連れて帰る事は可能だと思うか?」

『欲しいの?』

必要かどうかではない。

簡単には倒せそうにないので手っ取り早く迷宮へ連れて行って支配下に置くことができないかと考えた。

ただ、あんなに醜悪な存在は魔物であっても欲しいとは思わない。

『たぶん無理だね』

「理由は?」

『あれは、グールに近い魔物のように思えるけど、結局は人間と魔物の合成だよ。しかも人間としての要素の方が強そうだ。おそらくだけど、完全な支配下に置くことは難しいんじゃないかな』

迷宮核に尋ねるも難しいと言われる。

即座に迷宮へ連れて行くのは諦める。

「メリッサ」

「はい」

「相手はアンデッドだ。なら、浄化するしかないな」

「ですが、私の浄化魔法で浄化し切れるでしょうか?」

マスタールーム内を飛び回る団長。

逃げ回る団長を協力して必死に追っているアイラとノエルだったが、アンデッドらしくない俊敏性を活かして逃げ回るせいで仕留めることができずにいた。

明らかに普通のアンデッドよりも強い団長。

聖女という訳でもないメリッサには少しばかり自信がなかった。そもそも迷宮で自主訓練をしている時もアンデッドへの忌避感から対アンデッドの訓練を怠っていた。

おかげで浄化魔法の訓練も進んでいない。

「残った全ての魔力を使い切るぐらいのつもりでやるしかないだろ」

「分かりました」

メリッサの体内で魔力が練り上げられる。

同時に属性を聖へと変換させる。アンデッドを浄化させる事に特化した『光』を越えた『聖』属性。メリッサの持つ加護があっても変換には時間が掛かる。

聖属性の魔法は、攻撃力はないもののアンデッドに対しては脅威となる。

グールとなった団長の目がメリッサに向けられる。

仲間へ意識が向けられた事に気付いたアイラとノエルが武器を手に襲い掛かる。

が、間を駆け抜けられてメリッサへ迫る。

「壁」

迷宮操作で団長の前に壁を5枚作り出す。

1枚……2枚……3枚……作り出した壁が団長の体当たりによって次々と壊されて行く。4枚目が破壊された直後、5枚目が壊される前に4枚目と5枚目の間で新たな壁を生み出して下から突き上げる。

「鎖」

床から生み出された鎖が蛇のように上へ伸びて突き上げられた団長の体に絡み付く。

さらに壁から飛び出してきた鎖が縛り付ける。

「ぐっ……」

凄まじい力で鎖を引き千切ろうとしている。

魔力をさらに込めて強度を上げる。

「大人しくしていなさい!」

アイラの剣が団長の首を撥ね飛ばす。

しかし、既に死んでいるグールにとって頭部の消失など意味を成さない。鎖を引き千切ろうとする力は弱まらない。

「日輪よ」

団長の正面に立って錫杖を掲げるノエル。

掲げられた錫杖の先端から光が迸って団長の体をジリジリと焼いて行く。あらかじめ【気候操作(ウェザーコントロール)】によって光による熱が蓄積されている。炎鎧が司っていた日照りもまたノエルの武器となる。

「あ、あ゛ああ――」

全身をじわじわと焼かれて行く苦しみにもがいている。

耐久力が高いおかげで耐えられてはいたが、決して平気という訳ではない。

「終わりです」

メリッサの手から光が放たれる。

鎖から逃れようとするが、無理矢理にでも押さえ付ける。

浄化魔法を浴びせられると四肢の端からボロボロと崩れて行く。

数十秒も浴びせる頃には跡形もなく消えていた。

「は、はぁはぁ……」

今まで見た事がないほどメリッサが消耗している。

既に自分たちは回復させたのかシルビアが近付いて介抱する。

「大丈夫か?」

「はい。私も魔力の消耗が激しくて疲れているだけなので回復薬(ポーション)を飲んで回復させれば問題ありません」

団長のいた場所に砂のような物が落ちて来る。

体がボロボロに崩壊してしまったせいで粒子となって残されていた。

――ありがとう。

最期にそんな声が聞こえてきた気がした。

「さて、お前はどうする?」

全員が塔の天井を見上げる。

『かなりの自信作だったのですが……』

仮にもマスターだった人物が消えたにも関わらず、防衛システムの感想はそれぐらいしかなかった。

『マスターが不在では実験を続けることはできません。貴方たちに報酬を渡すことにしましょう』

「そうか、ありがとう」

塔の壁に迷宮操作で穴を開ける。

外から水晶玉に近付き、手を触れる。