カルテア山の内部で魔力が渦巻く。

「なんだ……?」

Sランク冒険者であり、魔法使いのアルベールが真っ先に異変に気が付いて攻撃を止める。

彼の視線は足元へ――正確には内部へと向けられたまま。

「脱出しますよ」

「ですけど、まだ討伐できていませんよ」

「魔石を探しているような場合ではないかもしれません」

「はぁ……」

仲間たちを連れて山から離脱して行く。

その姿を偶然見ていた冒険者たちもSランク冒険者が離脱した事によって危機感を覚えて脱出を考えるようになった。

だが、魔石を探す為に深いところまで入り過ぎてしまった。

――WOOOOO!

カルテア山から雄叫びが発せられる。

山から発せられる叫び声は凄まじく、鼓膜を破られるかと思ってしまうような威力がある。思わず咄嗟に両手で耳を塞いでしまった。

戦場にいる兵士たちも全員が耳を抑えて蹲っている。

「ぐぅ……」

最も影響を受けているのは山に取り付いていた冒険者たちだ。

強烈な音を受けて膝をつき、武器を落としている者までいる。

――グラグラ!

犬が濡れた体から水気を弾き飛ばすようにカルテア山が体を軽く揺らす。

山にしてみれば軽く揺らした程度だが、大きすぎる体のせいで山の上にいる人々は激しく飛ばされる。思わず立っていられなくなった者たちが山から振り落とされる。

「え……」

地上数十メートルからの落下。

そのまま叩き落とされれば命があればいい方だ。

「チッ、もう戦場へ女を連れて来られないとか言っている場合じゃない」

帝国軍の兵士は大多数が男だけで構成される。

以前の皇帝に酷い男尊女卑の人物がいた弊害らしく、戦場へ女性が立ち入るのを酷く嫌った。今でも当時の名残が少しばかり残っているせいで女性の数は少なかった。とはいえ、女性皇族の護衛などがあるので同性でなければ信用できない場所の為にも女性の騎士や兵士はきちんといる。

しかし、騎士でもなければ兵士でもない女性を連れて来る訳にはいかなかった。

そういった理由から眷属を連れて来ていない。

「【召喚(サモン)】」

喚び出されたのは帝城にいるはずのソニアとピナ。

「ソニア、お前は山から落ちた冒険者たちを回収しろ」

「りょうかい」

眷属たちも主の視覚を通して戦況を見ていた。

そのため喚び出されたばかりのソニアでも山から多くの冒険者たちが落とされようとしているのが分かっていた。

ソニアの手から真っ黒な球体がカルテア山に向かって放たれる。

凄まじいスピードでカルテア山に到着した黒い球体が山から振り落とされた人々を次々と呑み込んで行く。

――ドサドサ!

いつの間にかソニアの背後に浮いていた真っ黒な球体。

カルテア山へ放った球体に似た真っ黒な球体から人々が次々と吐き出されていた。

吐き出されているのは山から振り落とされた冒険者だ。

「一体、なんだっていうんだ……?」

突如として変わった景色に冒険者の一人が戸惑っている。

「……さすがに距離が遠すぎる」

「頑張れ、お前の【転移穴(ワープホール)】だけが頼りだ」

手を動かして真っ黒な球体を操作しているソニア。彼女の額には汗が浮かび、表情は苦しそうだった。

こういった操作が可能なスキルは集中力を要しており、遠くなればなるほど集中力が必要になる。カルテア山との距離は未だに10キロ近くあり、動かすだけでも相当な負担を強いる。

ソニアのスキル【転移穴(ワープホール)】――スキルで生み出した球体が呑み込んだ物をもう一方の球体へと転移させて吐き出させることができる。簡単に言えば物体であろうと生物であろうと一瞬で長距離を移動させることができる。

山から振り落とされた人たちも地面に叩き付けられる前に回収する。

「ピナ、お前はこっちへ運ばれて来た奴らの治療と記憶消去だ」

「あいあいさー」

ピナが転移させられた人々に触れて行く。

安全な場所へ移動した後もフラフラしていた冒険者たちだったが、ピナに触れられた瞬間に意識を失って倒れてしまった。

「何をしたんだ?」

「ピナのスキル【断捨離】は触れた相手のスキルを打ち消すことができる。それと【事象消去(イベントデリート)】――相手から特定の事象に関する記憶を消去することができる」

今回の場合は、ソニアが救出した人々からどのように救出されたのかの記憶を消去した。側妃とはいえ、皇帝の妻が異様なスキルを使えるという事実は知られない方がいい。

とはいえ、消せるのは記憶のみ。助けられたという事実は残り、どのように助けられたのか分からず困惑することになる。命は助けられたのだから、それぐらいの状況は受け入れてもらうしかない。

ピナが消したのは記憶だけではない。

カルテア山の咆哮には聞いた相手を酩酊させる効果があったらしく、音と衝撃に耐えられた者でも倒れないように頭を抑えていた。その効果も【断捨離】によって無効化されている。

「将軍はいいのか?」

少し離れた場所には将軍や護衛の騎士がいる。

次々と現れる冒険者の姿に目を丸くして驚いている。

「問題ない。将軍は俺の側近だし、近衛騎士には俺たち全員が特殊なスキルを使える事を教えている。それぐらいの事を言わないと必要ないのに護衛が四六時中張り付いていることになるからな」

「彼らにとっては守ることが仕事なんだよ」

近衛騎士たちは、リオはともかく皇妃たちを下に見ていた。

その状況に業を煮やしたリオが眷属たちと近衛騎士の間で模擬戦をするように提案した。結果は――眷属たちの勝利。

そうして彼女たちは自由を勝ち取った。

「ハハハッ、この程度の揺れが何だって言うんだ!」

咆哮の直後は、膝をついてしまったボルドだったが、今は山を斬り裂く作業を続けていた。

「うおりゃああああ!」

目の前に大きな木があったので手前の地面に大剣を叩き付ける。

大地が抉られて大きな穴が開けられる。

「ボルド、あまり派手な動きを避けろ」

「あ、どういう事だ?」

「妙な気配を感じる」

好きに暴れていたボルドの傍にアルベールが空から下り立つ。

下の方からは合流したボルドとアルベールの仲間が駆け寄っていた。

「妙な気配?」

「この山、生きているぞ」

「はぁ……お前だって足があって頭部が出て来る姿を見たんだからこいつが亀の魔物だっていう事ぐらいには気付いていると思っていたんだけどな」

「そういう事じゃない。『山』そのものが生きているんだ!」

必死に訴えるがボルドには通じない。

「ボルドの奴は魔法に関しては全く適性がなかったみたいだから魔力の変化に気付けないのも仕方ないな」

「俺たちだって妙な気配を感じるだけで何をしようとしているのか分からないからな」

相手が大きすぎるせいで、体の中心で練り上げた魔力を外側へと向けている事ぐらいしか分からない。

そんな漠然とした魔法を使えない者に理解しろと言うのも無理だ。

「あの……お二人は、あんなに離れた場所での会話が聞こえているのですか?」

まるでボルドとアルベールの会話内容が分かっているような俺たちの態度に将軍が疑問を口にした。

「別にこの距離で声が聞こえている訳じゃないぞ」

山の近くには何羽かの鷲を飛ばしていた。

使い魔を通して光景を見て会話を盗み聞いているだけに過ぎない。

「来た――」

外側へと向けられていた魔力が山の表面に到達した。

噴火のように表面に到達した魔力は周囲の土を集めて小高い丘を形作り、上部の先端から筒のような物を突き出す。

筒から石の弾丸が発射される。

「なっ……」

「下がっていろ」

アルベールがボルドの前に出て手を掲げると地面から土が盛り上がって壁を形成する。

壁が銃弾を受け止めて事無きを得る。

「助かった……」

「この程度なら問題ない。しかし、この場所はマズい」

正面からの銃撃を受け止める。

そうしている間の左右からも土が盛り上がって砲台を形作る。

「そこら中が奴にとっての武器だ」

その時、アルベールの魔法で作られたはずの土壁から小さな筒が突き出される。