「換金をお願いします」

「あ、はい」

今日の探索を終えて冒険者ギルドに戻って来ると昨日も担当してくれた受付嬢の手が空いているようだったので彼女にお願いする。

換金する代物は、もちろん迷宮で得た宝石だ。

「皆さんは今日迷宮に潜られたばかりでしたね。では、宝石でも見つけられましたか?」

「まあ、そんなところです」

「あ、自己紹介が遅れました。私、当ギルドで受付をしておりますローナと申します」

受付嬢――ローナさんの準備も終わったみたいなのでカウンターの上に拾って来た宝石を並べる。

――ガラガラガラガラガラガラ!

「えっと……」

ローナさんはカウンターの上に並べられた大量の宝石を前に言葉を失っていた。

宝石は一つ一つはそれほど大きくないのでカウンターの上に並べることができるが、大量に並べればカウンターを埋め尽くすことができる。

そんな今までに見た事のない光景を目にすれば言葉も失ってしまう。

「迷宮で見つけて来た宝石です」

「そ、そうなんでしょうけど……これほどの宝石を持ち帰るなんてどうやったんですか!?」

2つや3つ持ち帰るぐらいなら珍しくない。

これだけ大量に持ち帰られた方法が気になって仕方ない。

「内緒です」

そう言いながら視線をシルビアに向ける。

パーティ内で斥候役のシルビア。ダンジョンに挑む際の申請をした時にパーティメンバーについては簡単に教えている。多少の情報を持っているが故に何らかの探知に優れたスキルでも持っていると誤解してくれるはずだ。

実際、シルビアには【探知】や【神の運(ゴッドラック)】があるのでいくつかは見つけられないことはない。もっとも、ここまでの量を見つけることは彼女でも不可能だ。

「いいでしょう。ギルドとしても持ち込んでいただけるのは助かりますので査定します。ちょっと手伝って!」

「は、はい!」

近くにいた他の受付嬢も呼んで査定に入るローナさん。

さすがに彼女一人で査定するには量が多すぎる。

「おい」

数人で査定したとしても時間が掛かる。

「ちょっと迷宮の情報でも確認し直しに行くか」

「そうですね。洞窟フィールドだけでもアリスターの迷宮と出て来る魔物がかなり違いました。今後の情報を集めておくのは必要な事でしょう」

ギルドにはこれまでに溜め込んだ迷宮に関する膨大な情報を記載した資料がある。

本来なら迷宮に挑む前に確認しておくべきだったのだが、洞窟フィールドに出て来るような魔物なら苦戦することはないだろうと思って、今日のところはとりあえず潜ってみることにした。

実際は、今日までに潜った冒険者の手によってほとんど狩り尽くされてしまっていたために魔物との遭遇回数が少なかった。とはいえ、遭遇したとしても苦戦するようなことはなかっただろう。

「おい……!」

「イリスとシルビアはギルドにどんな依頼があるのか確認してくれ。俺とメリッサで資料を確認して来る。アイラとノエルは、ここに残って見張っていてくれ」

「了解」

ギルドがネコババするような事はない。

エスターブールほど大きな都市なら大きな商会がいくつもあるため迷宮から得られた素材を卸す先には困らない。

このギルドは、迷宮から得られた素材を冒険者から買い取り、その時に発生する手数料で運営している。従って客に逃げられるような真似を自分からするはずがない。

こちらも迷宮から近い場所にあるギルドで買い取ってもらえるので非常に助かっている。

お互いの利益が一致している内は冒険者はギルドを利用するようにしている。

「じゃ、行くか」

「待てや……!」

「しつこい奴だな……」

先ほどから呼び掛けられていた事には気付いていた。

が、明らかに面倒な事になるのは分かっていた為に無視していた。

目立つのが目的だが、このような面倒事は避けたかった。

「何か用か?」

声のした方を振り向くと大柄な剣を背負った男に魔法使いの男、弓士の男に盗賊(シーフ)と思われる男がいた。

先ほどから呼び掛けていたのは剣士の男だ。

「テメェら、どんなインチキをしたんだ?」

「インチキ?」

「お前たちがこの街へ来たばかりの新人だっていうのは分かっている」

「これでも、こっちはこの街での活動が長いんでね」

言葉の意味を尋ね返すと弓士と盗賊の男が答えてくれた。

冒険者としてエスターブールで長く活動しているのに知らない冒険者が現れれば警戒するのは当然。そして、初日から大量の宝石を持ち込んだ。

警戒は嫉妬へと変わってしまった、か。

面倒だな。

「インチキ、ね。一体、どんなインチキを使ったら大量の宝石を手に入れられるようになるのか教えて欲しいところだよ」

「そりゃ、オメェ……」

男もそこまで考えていなかったらしく言葉に詰まってしまった。

問答はここで終了。

「と、とにかく! 何かズルをしたに決まっているんだよ!」

「えぇ……」

ズルと言えるようなスキルを使ったのは間違いではない。

「こっちはスキルを使って見つけただけなのに」

シルビアが頷く。

剣士の男もそれを見逃さなかった。

「なるほど。そういう事か。女に頼るなんて情けねぇ奴だな。嬢ちゃん、そんな奴に付き従うよりも俺たちと一緒に来ねぇか?」

「興味ありません」

「なっ!?」

「それに、マルスさんの方がよっぽど強いです」

「うるせぇ! 俺よりもこんな奴の方が強い訳ないだろ!」

背中の剣を抜いて構える。

仲間たちも武器を構えていつでも襲い掛かれる状態になっていた。

「いいんですか? ギルド内での冒険者同士の私闘は禁じられているはずですよ」

「問題ないのではないですか?」

ローナさんは査定の手を止めない。

手伝わされていた別の受付嬢は対照的にオロオロしていた。

「問題ないって……」

「私闘そのものは問題です。ですが、私闘(・・)になるんですか?」

「ああ、そういうことですか」

「剣士の彼はパーティリーダーでCランクの冒険者です。他の仲間は、Dランクが一人にEランクが二人です」

ローナさんは冷静にお互いの戦力を分析したうえで彼らが武器を抜くのを見過ごしていた。

「冒険者ランクというのは強さを計るうえで指標でしかありません。ですが、AランクとCランクの間には埋めようのない実力差が存在します」

それに、もう終わっている。

「うぅ……」

「何なんだよ、こいつら!?」

弓士の持っていた弓と盗賊の短剣が床に落とされており、杖を構えた魔法使いの喉にノエルが錫杖を突き付けていた。彼女が少しでも本気になれば喉を貫ける。詠唱をする必要のある魔法使いにとって喉を失ってしまうのは体のどの部位を失うよりも最も辛い損失だ。

「や、やめろ……」

リーダーの男がか細い声を発する。

彼は胸の内から感じる違和感と恐怖から小さく声を発することしかできなかった。

「何をしているんだ……?」

「潰されたくなかったら謝罪をした方がいいですよ」

剣士の男は、自らの心臓をシルビアに握られていた。

胸から血は一滴も出ておらず、斬られた訳でもない。心臓を鷲掴みにされた時のような不快感を覚えて心臓が早くなるのを抑えられない。

実際、シルビアは【壁抜け】で男の肉体を透過して心臓を手で優しく包み込んでいる。

あれは痛覚以上に不快感が酷い。

「わたしたちは自分たちの事ならともかくリーダーの事を侮辱されるのは我慢なりませんから、早くしないと潰してしまいそうです」

「……っ!」

耳元でそっと囁いた言葉に剣士の男が思わず青褪める。

どうやらシルビア的に「俺が情けない」という言葉が気に入らなかったらしい。

「あ、ああっ……」

後退ると腰を抜かして倒れてしまった。

ほんのりと生温かい臭いが立ち込める。

「ギリクさん、床は自分で掃除して下さいね」

ローナさんは倒れた剣士の男を一瞥することもなく告げる。

「査定の方なんですけど、結構時間掛かりそうですか?」

「そうですね。すぐには片付きそうにありません」

「では、明日の朝にまた来るのでその時に結果を教えて下さい」

今のギルドにいられるような空気ではなくなってしまった。

冒険者ギルドでの用事を全て切り上げて『金の狐亭』へと帰ることにする。

謝罪とかも俺にとってはどうでもいい。