Dungeon Master Makeup Money (formerly known as Dungeon Master Funding)
Lesson 35: The Labyrinth Lord of Esterbourg
ベントラー・ロンヴェルト。
それがエスターブールの迷宮を管理している主の名前だ。
迷宮主が彼ならリズベットのステータスにあった『ロンヴェルト子爵家使用人』というのも頷ける、というものだ。
「俺が話をしていたのは冒険者ギルドのギルドマスターだったはずだけど?」
「これは俺の……俺たちが受け継いできたスキル【階級支配(クラスドミネイト)】の力だ」
改めてギルドマスターのステータスを確認してみると特記事項に『被支配中』という言葉が追加されていた。
「効果は、自分よりも身分階級が低い者を支配することができる、っていうものだ。その気になれば、支配したこいつを思いのままに動かすことができる。こうして離れた場所から会話をすることだって可能だ」
迷宮主本人は遠隔地にいる。
そして、スキルを使用してギルドマスターの体を支配することによって安全な場所から俺たちとの会話を可能にした。
「何がしたい?」
「単純にお前たちと接触したかった。リズベットが接触してくれたおかげでお前たちが迷宮主と眷属だっていうのは確信が持てた。だからこそエスターブールまで来た目的が知りたい。お前たちにだってそれなりのリスクがあったはずだ」
自分と同等以上の存在がいる地へ踏み込む。
何らかのミスをした場合には、眷属の誰かを失う可能性だってある。そして、万が一の場合にも主である俺がやられる訳にはいかない。俺の死=自陣営全員の死、でもあるからだ。
「……何が目的だ?」
再度尋ねられた。
正直に答えてしまった方がいいだろう。
以前に遭遇した迷宮眷属のリュゼ。彼女とリズベットのステータスを比べた時、差が生じていた。個人のレベル差にも原因があるだろうが、最大の要因は主から力を受けて上昇するステータスの方に差があるように思えた。
リュゼとリズベットでは主が違う。
それが俺たちの出した結論だ。
とはいえ、二人の迷宮主が協力関係にある、という可能性も捨てきれないが。
「俺たちがここへ来た目的を語ろう」
これまでに遭遇した謎の迷宮主による事件。
巨大魔物、帝都での襲撃、リュゼについて、事件に潜んだ暗躍。
「なるほど」
10分以上も掛けて説明を終えるとベントラーは頷いていた。
「外にはそんな奴がいるのか」
「……興味なさそうだな」
危機感を抱いているようには全く見えない。
「実際、俺は外の事には興味がない」
「外?」
「俺は……俺たち、ここの迷宮主は、エスタリア王国を支配することにしか興味がない」
「支配……」
たしかに支配していると言えなくもない。
エスターブールは、エスタリア王国の首都ではないが、迷宮があるおかげで様々な物を産出し、それを輸出することによって繁栄している。そして、エスタリア王国もエスターブールに頼らなければ経済を回すことができない。
その迷宮の主であるベントラーは支配者と言える。
「だから外で何が起ころうと自分たちに被害がなければ興味がない。幸いにして、そいつらの脅威はエスタリア王国へは来ていないからな」
国の至るところに情報網を敷いているベントラーが知らない。
そういうことなら謎の迷宮主による脅威は本当にないのかもしれない。
「逆に聞きたい。どうして、お前たちは自分から動いて敵の正体を突き止めようとする。被害に遭っているからか?」
「それも理由の一つだ」
俺たちが謎の迷宮主を追っている理由。
「あいつらは何かとんでもない事をやろうとしている。それは、放置すると手の施しようがないくらい危険な事かもしれない。だから、そうなる前に手を打とうとしているだけだ」
手遅れになる前に手を打つ。
別に、いたるところで被害を齎している奴らが許せない、とかそんな事を言うつもりはない。自分たちの今の暮らしを壊されるかもしれないから対処をしようとしているだけだ。
そういう意味ではベントラーと同じかもしれない。
「お前たちの目的は分かった。だが、俺はお前たちが探している迷宮主じゃない。この国の外で活動した事なんてないからな」
「その言葉を信用しろ、と?」
「逆に聞こう。何を示せば、お前たちは納得する?」
「……」
そこまで考えていなかった。
助けを求めて咄嗟にメリッサとイリスを見るが、二人とも考えていなかった。接触することを第一に考えて接触した後のことを考えていなかった。
「俺の眷属は3人だ。リズベットとパティについては会っているから知っているな。残りの一人にも会わせれば納得するのか?」
それも判断材料にしかならない。
3人で全員という保証もないし、あくまでもベントラーの眷属が確定するだけだ。
「まあ、いい。俺たちがお前たちに要求するのは一つだけだ。さっさと帰ってくれ。俺はエスタリア王国にしか興味がない。今まで通りに迷宮を運営して国を裏から支配することができればそれでいい。だが、お前たちみたいな規格外の存在がいると落ち着けない。だから、帰ってほしいだけだ」
どうしても落ち着かない様子のベントラー。
何かあると思えば……
「そういうこと」
イリスは気付いた。
「貴方たちは、私たちが最下層まで到達されることを恐れている。新たな迷宮主になるのは不可能でも迷宮核を傷付ければ迷宮主としての権利を失わせることが可能。人々の弱味を握って支配している貴方たちにとって支配の源である物を失う訳にはいかない。
「……」
ベントラーは何も答えない。図星だったのだろう。
秘書のパティは隣に座っているだけで参加するつもりはない。
「ああ、その手があった」
何かを思い付いた様子のイリス。
「迷宮核を調べさせて」
「なに?」
「迷宮核を調べればいくつかの情報を閲覧することができる。偽核を大量に用意していないか、眷属は何人いるのか、大量の魔力を消費して用意された物体。それらを知れば関係性がないと分かる」
「なるほど」
迷宮核には様々な情報が記録されている。
それこそ迷宮の魔力を消費して行われた事は全てだ。だから【迷宮操作:宝箱】を使用して巨大魔物を生み出す為に必要不可欠な偽核(フェイクコア)を用意した記録だって残される。
現在の迷宮関係者だって記録に残されている。
他にも色々と動いており、それらには迷宮の力が欠かせない。必ず、迷宮核には記録が残されている。
「チッ」
これみよがしに舌打ちをして嫌そうな顔をする。
実際に迷宮主として迷宮核に触らせるなど絶対に嫌だ。触られたところで新たな迷宮主になられることはないが、もしも破壊されてしまった場合には迷宮主でいられなくなってしまう。その瞬間に死が訪れるとなれば、何がなんでも死守しなければならない。
そんな物を自分の無実を証明する為、とはいえ触らせろ。
少々不躾な要求だったかもしれない。
「……いいだろう」
たっぷりと時間を置いてから許可が下りた。
「ただし、条件がいくつかある」
「もちろん、そうだろうな」
「絶対に迷宮核を傷付けないこと、それから俺たちの素性については他言無用だ。これが誓えるなら最下層まで連れて行ってやるよ」
それぐらいなら許容範囲だろう。
むしろ、その程度の条件で要求を呑んでくれたことに驚いた。
「ああ、いいだろう」
頷いた瞬間、床に魔法陣が浮かび上がる。
「【迷宮魔法】の一つだ。この魔法陣の中で行われた誓いは必ず果たされなければならない」
なるほど。こういう方法があったからこそ選択肢の一つとして提示することができた訳だ。
誓いを受け入れると魔法陣が消える。
「こっちも色々と忙しい。明日にでも来てくれれば対応してやる」
それで面会は終わった。
用はなくなったらしく、ギルドマスターの体が再び前にガクンと落ちる。
「お前たちの活躍を冒険者ギルドのギルドマスターとして期待しているぞ」
自分の意識を取り戻したギルドマスター。
だが、支配されている間の記憶はなくとも不審に思った様子は一切ない。不自然にならないよう記憶の補完も行えるようだ。