Dungeon Master Makeup Money (formerly known as Dungeon Master Funding)
Number three, I envy you.
エスタリア王国から戻って来た日の夜は宴会となりました。
ちょうど全員が集まれる日だったので都合がよく、誰も反対することはありませんでした。宴会がお開きとなり……私とノエルさんは後片付けの済んだリビングでお母様とノンさんと相対しています。
お母様がお酒を全員のグラスに注いでいきます。
たしか秘蔵のワインだったはずです……それだけ重要な話をしたい、ということなのでしょう。
「まずは、無事に帰って来てくれてありがとう」
「けっこう大変だったんじゃない?」
お母様とノンさんにお礼を言われて心配をされます。
たしかに今回は迷宮主と眷属が相手だったため状況次第では帰って来られなかったかもしれません。
まあ、家族を脅された時点で戦うことは決定していました。
「大丈夫です。問題ありませんでした」
「そう、よかったわ」
私が答えるとお母様は微笑みながらワインを飲んでいます。
ノエルさんもワインはあまり得意ではありませんが、二人の母親から勧められたこともあって飲んでいるので私も飲みます。
口当たりのいい芳醇なワインの味を楽しんでいると……
「で、貴女たちの子供はいつになるの?」
「……」
「ええぇ!?」
唐突な質問に平静を保とうとしてグラスをテーブルに置きます。
ノエルさんの方は驚きを隠せなかったみたいでワインを口から噴き出して表情に現れてしまっています。
まあ、私も内心では動揺しているのですが……
「いきなり何なの!?」
ノエルさんの視線はノンさんへと向けられています。
見ればノンさんは娘からの詰問に対して微笑んでいます。ノンさんも同意しているのですね。
「最近、ミッシェルさんとあることで話をすることが多くなってね」
事の発端はオリビアさんがソフィアを可愛がることにありました。
アルフとソフィアが生まれる前は、シエラのことを本当の孫のように可愛がっていたオリビアさん。ですが、血の繋がった孫が生まれるとシエラの時以上に思わず可愛がってしまいました。
お母様とノンさんにとってシエラたち3人の子供は、自分の孫のように接していました。
それで、満足していたのですが……
「自分と血の繋がった孫を可愛がるオリビアさんのことを見ていたら羨ましくなってしまったのよ」
血の繋がった祖母と孫。
シエラだけの時は、ミレーヌ義母様だけが対象だったため実感がなかったのでしょう。
ところが、オリビアさんに先を越された形になってしまったため羨ましさを覚えるようになってしまいました。
「なるほど。お二人の要望は理解しました」
二人の要望を叶える為には私とノエルさんにも子供が生まれる必要があります。
まあ、妊娠したところで生まれる時間が掛かってしまいますが、それぐらいは我慢してもらわなければなりませんね。
要望を叶えるのは凄く簡単です。
テーブルの上に薬液の入った瓶を置きます。
「これは?」
「私の作った秘薬『妊娠促進薬』です。効力は、シルビアさんが試しているので確実です」
生産に必要な素材が希少なため作れる量に限度があるため利益を目的に販売するのが難しいのが欠点です。
それでも眷属全員分に予備として5本――つまり、もう1本ずつ使うことができるようにしています。
「貴女たちの関係性を理解していたから、いつかは子供が生まれるのではないかと思っていました」
「私やノエルさんに子供がいないのは育児の大変さや妊娠して動けなくなってしまうと問題が起こった時に対処ができなくなってしまうためです。そのため時期が被らないよう調整していました」
順番を決めることにしていましたが、色々とありましたし、時間が経てばノエルさんが強くなっていくこともあって決着はつけられていないのです。
なので、順番は決まっていません。
「もしも、子供が欲しいようでしたら、お二人も試してみたらどうですか?」
せっかく予備があるのですからお二人にも渡します。
ノンさんは獣人なためか孫を所望するとは思えないほど若々しい姿をしていますし、お母様も私が幼い頃の話ですが男の子を望んでいたのを覚えています。やはり、貴族に嫁いだ女として跡継ぎとなる男の子を必要としていたのでしょう。
「そう。そういえば話していなかったわね」
「何を、ですか……?」
聞いてはいけない。
そんな予感に少しだけ駆られたものの聞くのを止められませんでした。
「貴女の弟の話よ」
「弟……?」
私の下にはメリルしかしかいないはずです。
「私たちの住んでいた町が盗賊に襲われた時、私は男の子を身籠っていたわ」
当時、お母様はプレッシャーに苛まれていた。
領主の妻として男の子を望まれていながら生まれてきた二人の子供は両方とも女の子だった。
だから、検査をして男の子だと分かるまで長女の私にも妊娠していることを知らせていなかったのです。
そして、検査の結果を受けて喜びに満ち溢れている時に事件は起こりました。
私は家族と離れ離れになり、お母様は子供を身籠ったまま逃亡生活を続けることになりました。
ただ、妊娠した状態での逃亡生活は過酷を極め、肉体的にも精神的にもお母様を追い詰めることになりました。
結果――
「貴女の弟が生まれてくることはなかったわ」
さらに、お母様もその時のショックが原因で二度と子供が産めない体になってしまったそうです。
一時は失った悲しみから自殺まで考えたそうですが、傍にいるメリルと離れ離れになってしまった私を思って踏み止まってくれたらしいです。
家族がそんなにつらい時間を過ごしていたのに私は何も知りませんでした。
「貴女の用意した秘薬は、妊娠できる女性なら子供を授かることができるようになるのかもしれないわ。けど、子供を授かることができない女性にまで効力があるのかしら?」
「いいえ……」
あくまでも確率を引き上げてくれる秘薬。
最初から可能性のない者が飲んだところで効力を発揮してくれません。
「私は、もう使えないのよ」
お母様の悲しみそうな目。
そんな姿を見せられてしまえば――
「ただし、勘違いだけはしないで」
「え……?」
「私が孫を望んでいるのは自分が男の子を望めない体だからじゃないわ。純粋に自分と血の繋がった孫を見たい。何よりも、そんな子供を抱いている自分の娘の姿を見てみたいの」
「お母様……」
「別に子供がいなくても幸せかもしれない。けど、羨ましいと思ったことはないかしら?」
アイラさんとシルビアさん。
生まれてきてくれた子供たちのことを自分の子供のように思っていても、やはり自分の子供を抱いてみたいという願いを抱かずにはいられません。
ただ、色々なタイミングや苦労を考えてしまうと……
「貴女は少し考えすぎなのよ」
「どういうことですか?」
「子供たちではないけど、少しはわがままになった方がいいわよ。これまで苦労してきて色々と溜め込んでいるのだから、偶には溜め込んだ物を放り出さないと爆発してしまうわよ」
「……」
ジッとテーブルの上に置かれた秘薬を見つめてしまいます。
これが、あれば……
「それは、あなたも同じよ」
「わたし?」
「そう。『巫女』なんていう責務から解放されたのだから自由に生きていいのよ」
「わたしの場合は、マルスと出会って日が浅いし……」
「日が浅いと言っても一年以上が経過しているじゃない」
「そうなんだけど、一番遅くに加入した手前……」
「一人抜かすぐらいは平気よ」
「いや、わたしの場合は獣人だから――」
色々と言い訳をするノエルさんを急かすノンさん。
彼女の場合は、私やイリスさんに対して遠慮があったせいで順番を後回しにするつもりでいました。
それでも、私はノエルさんが時折、自分の子供について妄想を膨らませているのを知っています。私としては遠慮する必要などないと思っています。
「ああ、獣人に関する問題なら大丈夫ですよ」
「大丈夫って……」
「その件も含めて解決しなければならない問題は私がどうにかします」
――その日、3本の秘薬が使われました。