貴族法。

貴族には国民全員が守らなければならない法以外にも、遵守しなければならない法律が存在する。

主に領地経営における禁止事項、国へ納めなければならない税に関する義務。爵位に応じて貰うことができる年金や平民に比べた場合の優遇措置などの権利についても書かれている。

その中で、今注目しなければならないのは罰則。

「懲罰により爵位を返上した者は再び爵位を賜ることができない」

これは、貴族の中には罪を犯したとしても貴族だった頃の伝手を利用して再び爵位を得ようとしている者がいるため、罪を軽く思われない為に必要な措置だった。貴族は貴族であることに誇りを持っている。その最上級の誇りが取り戻せないとしたら躊躇するかもしれない。

ガルディス帝国には降格させられた貴族が多くいる。爵位が高かった頃の意識のまま権力を振るう者がいて罪を犯す者がいた。

罰は厳しく行わなければならない。

国家を維持していく為には必要な措置だった。

「国家への反逆を企てたマディン家の当主が再び貴族になることはない。ですが、それは彼への罰であってゼオンに課せられるべき罰ではありません」

「条文には続きがある」

――尚、罪の重さによって子孫にも適用される。

「国家反逆は最大の罪。それでも子孫が永遠に罪を問われるなど間違っている」

だから、国家反逆を企てた場合には罪を問われた本人と6代先の子孫まで爵位を得ることができないようになっている。

どれだけの功績を残したとしても貴族になることはない。

「内乱に参加したのはお前の曽祖父。爵位を得ることができないのは6代先までだから、お前の玄孫が何らかの功績を残して認められた場合には爵位を得ることができる。その時になって初めてマディン家は再興のチャンスを得ることができる」

「そん、な……」

ゼオンが崩れ落ちた。

玄孫が功績を残す。自分と同じくらいの年齢に成長している必要があるはずだから、今からどれだけ頑張ったとしても50年は先の話になるかもしれない。その頃には70歳ぐらいになっていて、生きていられるかどうかも分からない。

何よりもショックだったのはゼオン本人がどれだけ頑張ったところで評価されることは絶対にない、ということ。

「じゃあ……じゃあ、俺の努力は一体なんだったんだ!」

謁見の間にゼオンの怒号が響き渡る。

あいつが努力していたことは部隊の全員が知っていた。僕に至っては子供の頃から知っているからどれだけ無念なのか分かる。

「そんなものは知らん」

けど、皇帝の言葉は素っ気なかった。

「知らんって……」

「私も聞いた話だから正確なところは知らない。だが、爵位を返上する経緯については家族にも説明しているはずだ」

事は家族だけでなく子孫にまで影響する。

後に問題となることを考えれば、役人が説明するぐらいの手間はしていてもおかしくない。

「きっと、認めたくなかったんだ」

僕が会ったゼオンのお祖父さんは60歳を過ぎていた。若い頃に苦労をしていたみたいで年齢以上に老けていたのを覚えている。

そんな状態になっても貴族になることを夢見ていた。

そして、5年前に亡くなる直前までゼオンに期待していた。

マディン家の再興が不可能だなんて知らないようには思えない。

「あの人は貴族であることに固執していた。貴族らしい生活を捨て切れず、せっかく稼いだ金も贅沢をしてあっという間に使ってしまう」

使い切った後は極貧生活が待っている。

お祖父さんは貴族だった幼い頃に英才教育を受けていた経験から仕事さえあれば稼ぐことができた人だった。

それでも極貧生活を送っていたのには、そういう理由があったんだ。

「貴族なんか夢見ていなければ、あんな貧しい生活をしなくて済んだのに……!」

「そうだな。今回の授与にあたってお前たちの事は簡単に調べさせてもらった。随分と貧しい生活を送っていたらしいが、平民であることを受け入れていれば6代先まで真っ当な生活を送るぐらいはできたはずなんだがな」

「え……」

ゼオンが呆けている。

そんな蓄えがなかったのは僕も知っている。

「爵位に付随する領地は没収し、勲章を持っていたとしても年金が支払われることはなくなった。それでもマディン家の資産には一切の手をつけていなかったらしいぞ」

その金額は、普通に暮らしていれば数十年は貧しさを感じることなく過ごせるほど。

当時の帝国も子孫の事を不憫に思って生きられるようにした。

「後の事も考えずに散財したのはマディン家の選択だ。貧しさは、お前たち自身の責任から生まれたものだ」

「俺たちの、せい……?」

「そもそも帝国への反逆など企てなければ貴族でいられたものを……」

「ふざけるな!」

俯いていたゼオンが勢いよく立ち上がると皇帝のいる方へと走る。

けれども、皇帝のいる玉座までは距離がある。その間に護衛の騎士に床へ押し付けられて動けなくなる。

「そもそも、だと……! それを言うならガルディス帝国なんていうものがなければ良かったんだ!」

「ほう……!」

「マディン家は元々ノバスコフ王国の伯爵だったらしいじゃないか。ガルディス帝国がノバスコフ王国を攻めなければこんな事にはならなかった」

「初代皇帝を侮辱するか! 彼は戦争ばかりしている自国だけでなく、周囲の国に住む民の事まで考えて帝国を築いたのだ。初代皇帝の行いを貶めるような事を言う者の顔など二度と見たくない! この者を即刻追放しろ!」

「「ハッ」」

二人の騎士に腕を掴まれて謁見の間を出て行くゼオン。

その顔は怒りで凄まじく歪んでいた。

「戦争で活躍してくれたことには感謝している。だから、せめて命ばかりは助けてやる。これからは子孫も含めて平民として生きるんだな。初代皇帝を辱めた貴様は兵士として使い続けるのも気分が悪い!」

「ハッ、こんな国の兵士なんてこっちから願い下げだ!」

「まだ言うか……!」

「ああ、何度だって言ってやる……! いや、言葉にするだけだと不満だ。俺がこんな国を滅ぼしてやる」

「キサマッ……!」

ゼオンの言葉に皇帝まで怒りを露わにする。

騎士に連れられたゼオンがどうしているのかその後は知らない。噂では冒険者になったなんて聞いたこともある。冒険者なら過去の事は深く追及されないだろうから、やり直すにはちょうどよかったのかもしれない。

あいつを騎士にはしてくれなかったけど、ゼオンには帝国剣術がある。ならず者たちが相手なら一撃で叩き伏せられるぐらいの力は持っているから冒険者として頭角を現すことができるかもしれない。

でも、ランクを上げられるのはAランクまで。Sランクは国に仕えることになるから騎士に近しい存在になる。あれだけ怒っていた皇帝がSランクになることを許容するとは思えない。

あいつの努力を知っているからこそ無碍にした国に不信感を持ってしまった。

たしかに法律で決められていたルールだったのかもしれないけど、ゼオン自身は何も悪い事をしていない。むしろ、本気で国に仕えようと努力していたからこそ、その努力を唾棄した国が信じられない。

そういった連中は全員が隊長に抱えてもらった。

隊長がもらった領地は、領民が少なくて戦力になる民も最低限しかいなかった。僕たちのように最初から強い者はおかげで歓迎してもらうことができた。

――これが僕の「ゼオン・マディン」について知っている全て。