イラストリア王国では、他の多くの王国と同様に、重要事項の多くは国王が直々に検討し裁決する。そのための事前分析を受け持つ組織のようなものはないため、検討自体も国王の執務室でなされる。

朝も早いというのに、この部屋には国王を筆頭に四名の男たちが詰めていた。

「……以上が第一大隊での検討会において討議された内容であります」

「御苦労であった、ローバー。さて、皆の者、いままでの話が第一大隊として討議した内容じゃ。ここからは王国としての討議に入らねばならん。ウォーレンと申したか、知恵を貸してもらうぞ」

「勿体なきお言葉でございます、陛下。されどこの身は浅学非才の徒に過ぎません。そのようなご期待に添えるほどの……」

「やめい。ここは仮にも国王の執務室じゃ。浅学非才の輩(やから)など、そもそも入る事が叶わぬわ。しかるにローバーがお主をここへ連れて来たというのは、つまりはそういう事じゃ」

国王の言葉に頭(こうべ)を垂れながらも、なんて所へ連れて来たんだと恨みがましく視線で訴えるウォーレン卿。対するローバー将軍は、儂(わし)一人に面倒事を押しつけるな、文句を言わずに手伝えと、これも視線で切り返す。

「そこでだ、ウォーレン卿、大隊の報告書には記せなかった内容があるのではないか? この場ではそれについて聞きたいのだが」

両者の応酬が一段落したと見極めた宰相が、いいタイミングで割って入る。このあたりの手慣れた様子はさすが上級管理職である。ちなみにローバー将軍の又従兄弟にあたる。

宰相の介入によって反撃のタイミングを外されたウォーレン卿は、覚悟を決めたように面(おもて)を上げた。

「九割以上は根拠の無い憶測に過ぎません。それでも?」

「今はそれでよい」

「では、僭越(せんえつ)ながら。自分が懸念しているのは、この一件にダンジョンマスターが関与している場合です。ご承知の通りダンジョンマスターとは、ダンジョンを操って魔力を集める職能です。その目的のためにモンスターを町や村に派遣する事も多く、概して人間には敵対的で、どちらかと言えば魔族寄りな存在です。モロー近郊のダンジョンの一件がシルヴァの森やバレンでの騒ぎと無関係なら問題ないのですが、もし連動しているとすると、ダンジョンマスターが協力した理由が問題になります。たとえば、より上位の存在から指示を受けたとか……」

「おいっ! ウォーレンっ! 魔族とエルフが共闘してるってのか!?」

「ですから最初に妄想と申し上げました」

「ふむ。妄想かもしれぬが、そうでなかった時が怖いな。続けてくれ」

「はい。仮にモロー近郊で見つかったのがダンジョンだとしますと……」

「ちょっと待て、ウォーレン。ダンジョンだってぇのは確かなんだろうが」

「いえ、内部がどうなっているかの報告は上げられておりませんし、確実にそうと断定はできません。ただ、この場ではダンジョンであるとして話させて戴きます」

「判った。口を挟んで済まんな。続けてくれ」

「はい。ダンジョンがこの一件に加わっているとすると、それはなぜか。モローのダンジョンで命を落としたのは勇者と冒険者。勇者がダンジョンに入ったのは半ば偶然でしょうから、主たる目的は冒険者かと。優れた冒険者なら中央軍の兵士と較べても遜色(そんしょく)ない働きをしますが、本来、彼らの相手は動物やモンスターです。ダンジョンマスターの目的が冒険者を削る事にあったとするなら……。そして、シルヴァの森から逃げ帰った兵士が、魔物に襲われたと証言している事を考えると……」

「そのうち、モンスターがお出ましになるって事かぃ……」

「と、いうより、その選択肢を保持している、というのが正しいかと」

「卿は随分と下手人を買っておるようだの」

「自分が気になった二つめの点はそれです。バレン領への夜襲も人心攪乱(じんしんかくらん)を念頭に置いた見事な作戦でしたが、それに続く流通経路の封鎖には、まさに瞠目(どうもく)させられました。大規模な社会あるいは国家というものを形成しないエルフには、決して思いつけない作戦です。つまり、エルフ以外の知恵者が背後で絵を描いているのは間違いありません。そしてダンジョンマスターの存在は、その黒幕が魔族である可能性を示唆しています」

「ふむ……先を続けてくれ」

「はい。ここからは更に、憶測の上に憶測を積み重ねた話になります。エルフと魔族が共闘している理由としては、まずシルヴァの森の存在が考えられます。彼(か)の森は恵み豊かで、エルフのみならず多くの生き物が暮らしている由(よし)。魔族にしても失ってよい場所ではないでしょう。ただし、バレンでの放火騒ぎで攻撃を受けた中に、ヤルタ教の教会があったというのが引っかかります」

「ヤルタ教のクソ坊主がシルヴァの森侵攻を唆(そそのか)したからじゃねぇのか?」

「恐らく。しかし、黒幕の敵意がヤルタ教に向かっているとすると、近い将来に魔族とエルフが勢力を糾合(きゅうごう)した場合に、反ヤルタ教でまとまるのか、反人族でまとまるのかは、大きな違いです。後者の場合、そしてわが国だけでなく周囲の国々を巻き込んだ場合、反人族勢力を誕生させた責めを、ヤルタ教と並んでわが国が負わされるとしたら……」

「中々に胸の悪くなる話だの。しかも、この場以外では話せぬわ。ローバーが見込んだだけの事はあるようじゃな」

「御意(ぎょい)。されどウォーレン卿、その事は余所では口にせぬようにな」

「はっ。肝に銘じておきます」

「して、ウォーレン卿、何か対策のようなものは立てられるか?」

「表だって事態が動いていない以上、こちらから打てる手も限られるかと。ただし、反ヤルタ教勢力の暴走を抑えるため、亜人への迫害を控えるよう動くのがよろしいかと」

「けっ、あのクソ坊主ども。邪教として火炙(あぶ)りにでもしちまえばいいんだ」

「やめい、ローバー。余もそれを考えぬでもなかったが……生憎(あいにく)ヤルタ教の信者はわが国にも少なくないのでな。反響の大きさを考えると、軽挙妄動はできぬ。されど……見方によっては、一気に膿(うみ)を出す好機やもしれぬな……」