「ダンジョン二ヵ所分の(・・・・・・・・・・)戦力に匹敵する危険物(・・・・・・・・・・)じゃと?」

朝っぱらから第一大隊の疫病神(やくびょうがみ)二名――言い掛かりとは判っているが、最近では国王にも宰相にもそうとしか思えなくなってきている――が持ち込んだ特大の厄介事に、国王も宰相も顔面を蒼白にする事しかできなかった。

「あくまで現時点での、しかも最悪の想定であるとお考え下さい」

「慰めてくれておるのじゃろうが、最悪の事態とやらが最悪過ぎて、一向(いっこう)に慰めになっておらぬわ」

「イシャライア、貴様が持ち込んできた数々の厄介事の中でも、これは最悪だな」

「儂(わし)のせいにしてもらっても困りますな。しでかしたのはⅩで、気がついたのはウォーレンです」

「口を拭(ぬぐ)って知らんぷりしておいた方が良かったですか?」

ローバー将軍と宰相に対するウォーレン卿の切り返しに、二人は苦虫を噛み潰したようにして答えない。仕方なしに、疲れたような声で国王が応答する。

「王国を揺るがしかねぬ大問題の可能性を事前に教えてくれたのじゃ。咎(とが)める筋合いは無いのう」

さすがに国王にこうまで気を遣(つか)わせた事を反省するウォーレン卿。もう一方の当事者である筈の将軍と宰相の二人は、妙に据(す)わった虚(うつ)ろな目をして黙ってこちらを向いている。

「……注意して戴きたいのは、この……存在するかもしれない(・・・・・・)危険物が、Ⅹに与(くみ)するものかどうか不明だという事です」

一(いち)縷(る)の光を見つけたかのように、宰相がこの言葉に飛びついた。

「つまり、事と次第によっては、この『危険物』とやらを我が国に引き入れる事も考えられるのじゃな?」

「可能性としては、ですが。たとえ引き入れるのが無理でも、Ⅹに敵対する存在になってくれるかもしれません」

「だがよ、ウォーレン、反対にⅩと手を組んで、王国に敵対する可能性もあるんだろうが」

嫌な事を言ったという目付きで宰相が将軍を睨むが、ウォーレン卿は無頓着に将軍に答える。

「その可能性も小さくありません。ただ、Ⅹがダンジョン二個を事前に配備した事を考えると、Ⅹ当人も手を結べると確信してはいないようです」

「Ⅹ単独でも充分危険なのじゃ。今更危険物の二つや三つ、増えたところで対処は変わらん。それよりも、Ⅹに敵対するかも知れぬという事の方が重要じゃろう」

半ば投げやり――ヤケクソと言った方が近い――な態度で、国王が将軍の懸念を切って捨てる。将軍の方も、これまた自棄(やけ)気味の頭で頷いて同意を示す。場を見回した宰相が、もう少し生産的な方向へと意見を導く。

「……つまりは、モロー近辺の調査の重要性・緊急性が一層増したという事、それでよいな?」

「はい、重要性が増した事に鑑(かんが)み、調査の範囲をいま少し広げる事もお考え下さい」

「へっ、何とも面倒な話になったもんだ」

「今気がついたのですが……あえて深読みをすればもう一つの可能性も……」

「「「今度は何だ!」」」

これ以上厄介な話は聞きたくないとばかりに、三人が口を揃(そろ)える。しかし、そんなささやかな願いなど斟(しん)酌(しゃく)する気が無いとばかりに、ウォーレン卿はそのまま話を続ける。

「Ⅹが二つのダンジョンをモローに配置した意味ですが、未確認の何かを我々に発見されたくないための陽動という可能性も考えられなくは……」

「陽動だと? どういう事だ?」

「Ⅹがいまだ確保していない何かがあって、それに人間が気づくのを防ぐために、あえてモローに注意を引きつけた場合ですね。我ながら考え過ぎのような気がしますが」

「……ウォーレン、なぜⅩは、人間がそれを入手すると考えたんだ?」

「既に人間がその一部を(・・・・・・・・・・)発見している(・・・・・・)か、あるいはその近くで調査を(・・・・・・・・)行なった(・・・・)、そういう場合でしょう」

「……Ⅹに先んじる事ができる可能性か……」

「それも、Ⅹにとってダンジョン(・・・・・・・・・・)二ヵ所を陽動に使う(・・・・・・・・・)ほどの価値がある何か(・・・・・・・・・・)とは……」

事態はクロウ本人すら予見できなかった方向の、更にその斜め上へと流れようとしていた。