ヤルタ教教主ボッカ一世は考えていた。講演要請という起死回生の一手は打てたものの、実際の力関係は以前と何ら変わっていない。この策が上手く功を奏せば、確かに信者の同様は鎮められるだろう。しかし、それは単なる時間稼ぎに過ぎない事を、教主は誰よりも理解していた。今は稼いだ時間を有効に使う時だ。

(ええぃ、忌々しい。あの封印遺跡とやらが現れさえせねば、こうまで後手に回(まわ)ることは無かったものを)

あの遺跡がケチのつき始めだ。教主にはそう思えたが、なぜ王家があの遺跡の所在を知る事ができたのか、それが解らなかった。

(遺跡そのものよりも、むしろこちらの方が厄介かも知れぬ。王家はどうやって遺跡の存在を知った?)

実のところ、教主は遺跡でそれほど大した物が発見されるとは思っていなかった。信者たちは、王家が遺跡から古代の禁じられた魔法か何かを得るのではないかと恐れていたようだが、そんな絵(え)双(ぞう)紙(し)のような話がそうそう転がっているものか。

(……学院長が聞き出したところでは、あの遺跡からはそう大した物は出ておらぬようだ。学院長とこちらとの繋がりを知っておれば、そう正直に全てを話すとは思えんが、一方でスパイン教授のような学問馬鹿に複雑な腹芸ができるとも思えぬ。……少なくとも、大きな魔道具のようなものが運び出されておらぬのは事実。小さな道具ではできる事も限られる筈……)

教主は小さな魔道具が時として大きな効果をもたらす事は知っていたが、一方で、小さな道具は往々にして機能や使用条件が限定される事、言い換えれば汎用性が低い事も弁(わきま)えていた。それ以上に教主が重視していたのは……

(何より、あの遺跡は建造途中で放棄された(・・・・・・・・・・)ものらしいと聞く。稼働以前に放棄されたのなら、もともと大した機材は運び込まれておらなんだ筈。建造に使った道具なども、撤退に際して持ち去っていよう。ならばあの遺跡から出てくるものはゴミくらいが関の山……。材料や加工技術の点で重要な発見はあっても、今の技術でそれを直ちに再現できるかどうかは別の話。事態を急に動かすほどの影響力はあるまい。ならば、王家が急激な反応を示す事は考えられぬか……)

教主は冷静に、そしてほぼ正確に状況を読み当てていた。

(となると、やはり問題は、王家がいかにして遺跡の所在を知り得たのか、これに尽きる。情報の収集を今以上に密にせねばなるまい。……じゃが、それはそれとして……このまま王家の後手に回(まわ)り続ける事だけは、何としても避けねばならぬ。いささか危険ではあるが、こちらから揺さぶりをかけて主導権を得るか?)

今は多少の危険を冒してでも、主導権を奪い返す必要がある。教主はそう判断した。ならばその舞台は……

(……やはりヴァザーリか。確かあそこでは古代金貨の紛(まが)い物が出回っておるとか言っておったな。王家がこれを座視する筈がない。捜査と称して中隊ぐらいは送り込んでこよう。ただ、単純に軍勢を送り込んでは、南部領主の暴発を招かんとも限らぬ。ならば、領主たちとの協力を前面に押し出すであろう。王国軍の派遣で不安定な状況が静まるのならこちらとしてもありがたいが……そう王家の思惑に乗ってばかりというのも面白くないな……)

教主は直轄部隊の一部をヴァザーリの教会に派遣する事を決めた。