マリアたちをニルに潜入させてからそろそろ一ヵ月。撤退の頃合いだろう。アンデッドはともかく、シャドウオウルやシルエットピクシーなどのダンジョンモンスターは、あまり長い間ダンジョンから離すと弱体化するからな。

『彼らには魔石を持たせていますし、それ以前に強化もしていますから、それほど切羽(せっぱ)詰(つ)まってはいないと思いますが』

『だとしても、万全の体調で活動できる期間は終わっている筈だ。敵地への潜入工作では、ほんの少しの体調不良が命取りになりかねん。そこまでいかなくても、情報収集に僅かな手抜かりがあっただけでも、後々の作戦行動に大きな影響が出る。メンバーの交代は早め早めにするべきだ。幸い、当初の目標は達成できたからな』

わざわざ三名ものアンデッドをニルの町に送り込んだ理由は、テオドラムの地理情報を収集させるためだ。今後の作戦行動を考える上で、地理情報は絶対に必要になる。予想どおり冒険者ギルドはテオドラム全域の地図を持っており、ごく自然な形でマリアにそれを入手させる事ができた。この時代の常で、精度についてはそれほど望めないが、どこにどんな町があるのかなどを知る事ができたのは大きい。何しろ、次の目標はほぼ決まっているものの、その場所についてはまるで判らないような状態だったからな。

『ともかく、これでようやく次の作戦を実施する事ができる』

『次の作戦は至急に行なう必要があるとか仰(おっしゃ)っていましたが?』

『ああ。遅れれば遅れるほど、手に負えない事態になりかねん。早いうちに実行したいが……テオドラム王国の動向を知る手蔓がないのが痛いな』

『アンデッドを首都に送り込みますか?』

『首都に送り込んだだけじゃ、王国の動向までは判らんだろう……大規模な侵攻の予兆ぐらいは掴めるかもしれんが』

『予兆……ですか……』

『あぁ。たとえばの話だが、国が携帯食料や薬を大量に買い込んだら、軍事行動が近いとかな。そういった軍需物資が大量に買い込まれたら、当然品薄になって価格も上がるだろう。なので値動きを見ていけば、ある程度の推測はできる筈だ』

『なるほど……』

『主(ぬし)様、ケイブラットやケイブバットを王城に送り込めばどうですか?』

『確かにそれなら諜報活動は可能だろうが、どうやって送り込む? 延々と歩かせるわけにもいかんし、そもそもダンジョンモンスターはダンジョンを離れて長時間の行動はできん。現地での活動拠点も無しには無理な話だ。そう考えると、俺が首都に出向く必要があるんだが……』

さすがに首都でダンジョン化のマジックなんか行使したら、発覚する可能性を無視できない。現状、そこまでの危険性は冒せないな。

『ご主人様の安全を考えると、王国に出向かれるのは止(よ)した方がよろしいかと』

『閣下(マイ・ロード)は小さな木箱をダンジョン化する事はおできになるのですよね?』

あぁ? それくらい余裕だが?

『でしたら、予めダンジョン化した木箱を首都に送りつけるのはどうでしょうか?』

『何?』

ダバルのアイデアは奇抜だが単純なものだった。予め首都に拠点となる家屋を購入しておき、そこに適当な荷物を詰めた木箱――ダンジョン化した上で、ダンジョンの魔力が漏れないように更に隠蔽の魔術を付与したもの――を配送する。途中で荷物を検(あらた)められる事があっても、木箱までは気にしないだろうというのがダバルの読みだ。確かに、首都にダンジョンを造ろうとすれば魔力の動きは隠せない。しかし、予め作成した小ダンジョンを送り込むだけなら、いくらでも隠しようはある。ある意味でプレファブの発想だな。

『現地の拠点に木箱が届いたら地下室にでも運んで、そこからダンジョンを拡張すればいい、か』

『はい。ケイブバットやケイブラットの拠点としてだけなら、それほど大きなダンジョンである必要はありませんし……』

『それ以前に、俺がダンジョン転移で動く事が可能になる。後はどうとでもなるな』

考えれば考えるほど、これは巧い手のように思えてきた。何より、拠点となる家さえ買ってしまえば、後の危険がほとんど無い。荷物の運送は業者に任せればいいし、現地にダンジョンを構築さえできれば、ダンジョン転移でも何でも使えるから選択肢は幾らでもある。

『ダバル。この件はお前に任せる。俺は本命の急襲作戦の方を練るが、こっちのスケジュールは気にしなくていい。今の様子じゃ一月(ひとつき)以内に軍を動かす事はないだろうし、俺の作戦が成功すれば、しばらくはその対応に追われる筈だ』

『心得ました、閣下(マイ・ロード)』