テオドラムとの国境線上に突如として岩山が出現した件は、テオドラムよりは国際感覚が優れていたマーカス首脳部の判断により、直(ただ)ちに各国へ伝えられた。情報を受け取った各国は半信半疑であったが、中には素早く反応した国もあった。

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「岩山ですかぃ?」

「うむ。一つ一つはさして高くはないようじゃが……」

「……一つ一つって事ぁ、幾つもあるんですかぃ?」

「大小複数の小山が国境線上に並んでおるそうじゃ。一際(ひときわ)大きい岩山の左右に小山が並ぶ形での」

「まんま要塞じゃありませんか……」

唐突にして突飛な話を突き付けられて当惑しているのは、いつもお馴染みローバー将軍とウォーレン卿である。

「どうせⅩの仕業でしょうが……何でまたそんな面倒な配置に……」

困惑したように呟(つぶや)くローバー将軍に答えを返したのは、いつものようにウォーレン卿である。

「いえ……本陣を守るために、その脇に出城を築くというのは理に適(かな)っています。テオドラムとマーカスの何(いず)れもが敵対する可能性を秘めている以上、両者の進軍方向に対して左右に広がるように出城を築こうとすれば、自(おの)ずと国境線沿いに出城が位置する事になります」

「まぁ……確かにそうなるか……」

「するとウォーレン卿、Ⅹめはテオドラムだけでなく、マーカスとも事を構える用意があると?」

既に四人の間では、件(くだん)の岩山がⅩ(クロウ)が築いたダンジョンという事は、既定の事実と見なされていた。

「いえ、あくまで警戒程度でしょう。これまでの経緯(いきさつ)を見ても、Ⅹが殊更(ことさら)マーカスに敵対する理由はありませんから。ただ、あの場所でテオドラムに対峙すると、否応なくマーカスを刺激する事になるのも事実です」

「問題はそこだ。なぜⅩはあんな場所にダンジョンを築いたのか」

会話に割って入ったのは国王である。連絡を受けてからこの方、宰相共々首を捻(ひね)っていたのである。三対の目が同じ向き……ウォーレン卿の方へ向けられる。

「……確証も無しにこのような事を申し上げるのは、軍務に携(たずさ)わる者として忸(じく)怩(じ)たる思いを禁じ得ませんが……」

「能書きは良いから、とっとと話せ」

「では……あくまで想像ですが……牽制、あるいは抑止効果を狙ったものではないでしょうか」

「抑止効果?」

「テオドラムの国境付近に、シュレクを入れれば二つのダンジョンが睨みを利かせているんです。まともな神経の指揮官なら、事を荒立てるのは避けるでしょう」

「ふむ……Ⅹめは戦乱を望んでおらぬという事か」

「あくまでも、結果だけから判断するとそう見えるという事です。Ⅹの真意(・・・・)までは判りません」

気分転換である。

「まぁ、結果的にテオドラムが強い緊張状態に置かれたのは事実です。以前にも申し上げましたが、Ⅹがじりじりと国力だけを削ぐ戦略を採っているとすれば、望ましい結果をもたらしたと言えます」

ウォーレン卿の指摘を受けて、ふむと考え込む一同。今のところⅩは効果的にテオドラムを痛めつけているように思える。そう考えていたローバー将軍は、問題の岩山それ自体については、何も聞いていない事を思い出す。

「宰相殿、今更ですがあの岩山はダンジョンって事で良いんですかぃ?」

「……詳しい報告は受けておらんが……」

宰相は困った様子でウォーレン卿に視線を巡らす。たった今話を聞いただけの者に、一体何を期待しているのか。溜息を隠しながらウォーレン卿は言葉を発する。

「……おそらく。確認は当分できないでしょうが」

「……どういうこった?」

「何しろ場所が場所ですから。テオドラムとマーカスが互いに睨み合っていて、調査に入るなどできる状況ではないでしょう」

「……冒険者ギルドは中立の筈だろうが?」

「お互いにそれを信じていませんから。場所が場所、状況が状況だけに、少しでも謀略の可能性がある以上は調査を許す訳(わけ)がありません」

「……てぇと、ウォーレン、仮にあの岩山がダンジョンでなくても……」

「ええ。結果は同じになったでしょう」

イラストリア王国の懐刀、マンフレッド・ウォーレン卿。彼はクロウの考えをかなりの精度で看破していた。