「……どういう事だ?」

「毒を得るために回収したのではなく、毒に汚染されていない土地が必要であった。そのために毒を除去する必要があった……そういう可能性だ」

成る程と合点しかけた一同であったが、能(よ)く考えればおかしな点に気付く。毒に汚染されていない土地が必要なら、他に幾らでもある筈ではないか。態々(わざわざ)汚染地を選んで除染する必要がどこにある。

「そのとおり。つまり、毒と瘴(しょう)気(き)のダンジョンの隣に、汚染されていない土地が必要だったという事になる」

狐に抓(つま)まれたような顔付きの一同であったが、やがてメルカ内務卿が解答らしきものに気付く。

「……待ってくれ……。つまり……ダンジョンマスターはあの場所にダンジョンが必要であったが、それが毒と瘴(しょう)気(き)のダンジョンである必要は無かった。確保したダンジョンの周辺が砒(ひ)霜(そう)に汚染されていたために、それを嫌って毒を取り除いた。……そういう事なのか?」

「解釈としては成り立つだろう?」

「確かに、解釈としては……」

「ついでに言っておくと、必ずしもあの場所に拘泥(こうでい)しているのではないかもしれん。単にダンジョンの適地があそこであっただけ――という可能性もあるからな」

「成る程……」

話は大分すっきりしたが、ダンジョンマスターの思惑が判っていないのは変わらない。

「……現時点では、ダンジョンマスターの目的も砒(ひ)霜(そう)の件も仮定に過ぎん。警戒は必要だとしても、不必要に幻影に怯えるようなのもどうかと思う」

――というところに落ち着いた。

「ダンジョンマスターの件はそれくらいにして――贋金の方はどうなっている?」

「依然として他国の商人どもは、新金貨での決済を拒んでいる。尤(もっと)も、国内での忌避感は全くと言っていいほど無いのが救いだな」

「いっその事……品質の如何(いかん)に拘(かか)わらず、正規の新金貨であれば一定額の金と交換すると言ってやるか?」

「それなら……抑(そもそも)金貨にする必要自体が無いだろう。……というより、交換用の金を確保するという意味では、金貨でない方が望ましくないか?」

地球世界における史実では、現金の預かり証書から生まれたといわれる兌(だ)換(かん)貨幣。その萌芽がこちらの世界においても、テオドラムという国で芽生えようとしていた。だが、それが育って実を結ぶには、まだまだ長い時間が必要であろう。

「……話を蒸し返すようで悪いが、モローの……イラストリアのダンジョンマスターだが……我が国のダンジョンマスターと協働して動いているような事は考えられんか?」

怖(お)ず怖(お)ずとした口調で質問を切り出したのはトルランド外務卿であった。些(いささ)か自信無さげな口ぶりであったが、口にした内容は無視できるようなものではなかった。

「何? どういう意味だ?」

「モローで消息を絶った密偵の事を言っているのか? あれは単にモローのダンジョンに挑んで喰われただけだろう。……違うと言うのか?」

「テオドラムの」密偵が「イラストリアの」ダンジョンで行方(ゆくえ)を絶ったのは事実であるが、それは単に密偵たちがイラストリアのダンジョンに侵入した結果に過ぎない。ダンジョンマスター同士の協力など、態々(わざわざ)持ち出さずとも説明できる。

「そう言われればそうなのだが……」

どうにも煮え切らぬ様子の外務卿を見て、他の面々も何やら不安を掻き立てられる。

「……何か気になる事でもあるのか?」

「うむ。『ピット』と呼ばれておるダンジョンの事だ。魔石目当てに彼(か)の地へ送り込んだ連中が喰われたのはまだ理解できるのだが……『鷹』連隊の盗伐の時にあそこのモンスターが動いたのはなぜだ?」