実はそれこそ正解であるのだが――

『それは無いじゃろう。テオドラムはどうか知らんが、精霊たちの話では、少なくともイラストリアでは凶作の気配は無いそうじゃ。天候が不順となる気配も見えんしのぅ』

――あっさりと爺さまが否定の言葉を口にする。頗(すこぶ)る説得力のあるその意見に、

『テオドラムだけが不作になる理由って……あるかしら?』

『しかもそれを、当のテオドラムが自覚している訳だよね?』

一同うち揃って首を傾(かし)げていたところへ、

『砒(ひ)霜(そう)……』

――という不穏なワードを呟(つぶや)いたのがエメンであった。

『……シュレク以外で鉱毒が発生した可能性か……』

『へぇ。そういう事情なら、テオドラムのやつらもしゃかりきになって隠そうとするんじゃねぇかと……』

『考えられなくは……』

『……無いな……』

これは大問題だと一同愁眉を寄せたのであったが――

『……いや……その場合でも、一地区だけならこうまで大袈裟な事にはならんだろう。 何より不祥事を隠そうというのなら、あからさまに流通量を絞るような真似をするか?』

――というクロウの意見に、成る程と納得する事になった。

『そうすると残る可能性は……』

『小麦を何か他の用途に廻しているという可能性か』

この時点でクロウの脳裏には、あろう事か燃料用アルコールとかバイオプラスチックとかの単語が浮かんでいた。

以前ダバルに訊いた時には、アルコールは木質材料から錬金術か魔法で造るような事を言っていた。木質燃料の窮乏に喘(あえ)ぎ、その一方で豊富な小麦生産量を誇るテオドラムであれば、小麦を燃料化するという発想が生まれる条件はあるだろう。しかし……

『でもマスター、お酒を蒸溜するのにも、薪を使いますよね?』

『そこなんだよなぁ……魔法か何かで、蒸溜せずに抽出できるのか?』

クロウこと烏(からす)丸良志(まるながゆき)の住まう現代世界では、燃料用アルコールというのはそれなりに市民権を得ている。炭酸ガス排出量の点でも化石燃料より望ましいというのが売り文句だった筈だ。

しかし、それはあくまで化石燃料と較べての場合である。何しろ化石燃料というやつは、採掘から精製、商品化、輸送という各過程において資金とエネルギーを消費している。それらの上乗せの無い単なる薪と較べた場合、アルコール燃料は本当に有利なのか? 仮に蒸溜する事無く、エタノールだけを抽出できたとしても。その辺りになると、クロウにも今一つ確信が無い。何よりも……

『小麦の流通量を絞ったという事は、燃料用アルコールが実用化されたという事にならんか? そんな前兆があったのか?』

クロウたちの情報収集能力はそれほど高いとは言えないだろうが、イラストリアを始めとする近隣諸国の諜報能力はそれなりだろう。こうも完全に隠し果(おお)せるものなのか?

『もう一つ。燃料用アルコールは確かに利便性が高いが、それは内燃機関の発達した現代社会においての話だ。単純に暖を採るだけなら、何もアルコールに拘(こだわ)る必要は無いんじゃないのか?』

『そう言われると……』

『だったら、バイオプラスチックっていうのの方ですか? 主(ぬし)様』

『それもなぁ……』

バイオプラスチックの原料は澱粉質らしいから、小麦も原料にできなくは無いだろう。色々と面倒な反応が必要そうだが、何しろここは魔法の世界、怪しげな魔法でどうにか辻褄(つじつま)を合わせるのかもしれない。

『だとしても、何に使うんだ?』

『木材のぉ、代わりじゃなぃんですかぁ?』

『無いとは言えんが……そうまでして代替品が必要なのか?』

『『『う~ん……』』』

結局、なまじ現代知識があるがゆえに、クロウたちはテオドラムの思惑を掴みかねて、呻吟(しんぎん)する羽目になるのであった。