甲殻亜龍と呼ばれるだけあり、アーマードリザードの皮は大変硬い。

仮令(たとえ)ヴァン印の名刀であるデキタテノボクトウであっても簡単ではない。

大型のナイフくらいの大きさで、切れ味は抜群。比較的柔らかい腹や脚の付け根から切り裂いていけば、盗賊達の力でも何とか素材を剥ぎ取っていけた。

バリスタで狙いをつけられたまま、盗賊達は必死に村の外で素材の剥ぎ取りを行う。

三十人がかりでも、素材は一日で四、五体分を解体するのが精一杯のようだった。

「こりゃ間に合わないな。素材がダメになっちまう前に俺らが手伝うか」

オルトは防壁の上から見てそう呟き、頭をぼりぼりと掻いていた。

仕方なく、二日目からオルト達やディー達とカムシン、そして手の空いた村人が交代で解体を行った。

人数が増えたことと、剥ぎ取りナイフがヴァン印のデキタテノホウチョウに変わったことにより、剥ぎ取り大会は何とか三日で終了となった。

そして、その夜。我が村では久しぶりの祭が行われた。

大・謝肉祭である。

なにせ、後数日で何十トンというアーマードリザードの肉が腐ってしまうのだ。燻製などは出来ないし、干し肉を作るのも限界がある。

だから、どうせなら皆で食えるだけ食ってしまおうというわけだ。

領主の館前の大通りに、等間隔でキャンプファイヤーみたいな焚き火を行い、サッと作った長い串で小分けにした肉を刺し、火で炙るのだ。

なお、部下や村人達だけでなく、三日間こき使われた盗賊達にも多少は振る舞う。

皆がパチパチと音を立てる夜の焚き火に興奮冷めやらぬ様子の中、ロンダに促され、僕は高さ一メートルほどのお立ち台に登った。

「えぇー、皆さま。お陰様で村は以前よりも強く、立派になってきたと思います。ささやかではありますが、肉数十トンを使って、謝肉祭を開催したいと思います。今回ばかりは多少の出費も気にせず、ふんだんに塩などの調味料を使って、美味しいお肉を食べていただきたい。なお、酒には限りがあります。お一人二杯まで。お一人二杯までを守り、存分に楽しんでください。それでは、皆さま。此度の大勝利を祝って……乾杯!」

口上を述べた後、僕が美味しい水が入ったコップを掲げると、大歓声と共に皆がコップを掲げた。

「ヴァン様ー!」

「やったぞー!」

「おい、肉を焼け! 肉!」

「久しぶりの酒だー!」

乾杯が終わると、すぐさま場は賑やかな酒場となる。ビアガーデンも真っ青な賑やかさだ。灯りは焚き火と点々と置かれた松明程度だが、村人達は久しぶりの祭りに目をキラキラと輝かせて喜んでいる。

「こんなにアーマードリザードの肉が食べられるなんてな」

「高いから、いつも売っちゃうのよね」

「今回は食べまくっても廃棄する分がでますぜ。あー、勿体ないですねぇ」

冒険者達も複雑な顔をしながら肉を焼きだした。

アーマードリザードは硬い甲殻に守られている分、中の肉は脂たっぷりで美味いらしい。甲殻関係あるか?

「そういえば、アーマードリザードの素材が凄い沢山とれたけど、売ったらどれくらい?」

僕が素材剥ぎ取り中にそう尋ねた時、オルトは乾いた笑い声をあげながら指を一本立てた。

「普通のアーマードリザード一体で冒険者ギルドが金貨十枚出します。商人はそこから仕入れるから、末端価格で金貨二十枚くらいでしょうか」

「え? アーマードリザード、四十くらい狩ったけど」

そう言うと、オルトは諦めたように鼻で笑う。

「普通なら騎士団が中規模以上動く案件です。怪我の治療や武器防具の修理、更には死者の慰霊金まで出せば、あまり利益なんざ出ません。この村が……いや、ヴァン様がおかしいんですよ」

「怪我人ゼロだからね。あ、剥ぎ取りの途中で盗賊の人が指怪我したね」

軽口を叩くと、オルトにジトッとした目で見られた。

「肉は大半腐るでしょうが、それでも一頭につき金貨六枚は下らないでしょう。商人に売れば輸送費込みでも金貨八枚です」

おぉ。ということは金貨三百枚以上はいくじゃないか。凄いな、マジで。日本円だと多分三億超えか?

僕はオルトに剥ぎ取り頑張ってと力強くお願いして、領主の館に帰り、ティルの手料理を食べたのだった。

ちなみに、その時初めてアーマードリザードの肉を食べたが、不安だったから表面をカリカリになるまで焼いてもらったのに、中はジューシーで柔らかく、溢れる肉汁は濃厚で絶品だった。

高級ブランド牛も真っ青である。肉の味はサガリなどに近かったが、部位によってまた異なるだろう。

僕でもあっさり五百グラム完食したのだ。村人たちは泣いて喜ぶぞ。

そんなことを思い出し、僕が一人ニヤニヤしていると、エスパーダがこちらに来た。

自分と僕の分の肉を焼くカムシンを横目に、エスパーダが隣に立って口を開く。

「魔獣討伐と村の防衛成功、おめでとうございます」

「ありがとう。エスパーダも防壁作り頑張ってくれたね。お肉食べようよ」

そう言ってティルに頼むと、ティルもカムシンと一緒に串二本スタイルで肉を焼き始めた。

微笑ましい気持ちでそれを眺めていると、エスパーダはいつもの無表情に僅かに申し訳なさそうな空気を出し、口を開く。

「……ヴァン様。素晴らしい戦果なのですが、金貨百枚以上の収入を村や町が得た場合、税として五割を侯爵家に納める決まりがあります」

「ぶほっ」

思わず水を噴き出した。

そういえばあったな、特別課税!

「……内緒には出来ないよね」

「無理です。せめてアーマードリザード一体ならばどうにかなったでしょうが、どう考えてもあの量では露見します。それこそ、売る相手次第では隣の伯爵領や隣国にまでバレるでしょう。毎月一体分ほどの流通だったアーマードリザードが、一度に四十体となれば、必ず何処かで群れが狩られたという話に繋がります」

低い声でそう言われ、僕はがっくりと肩を落とす。三億手に入ると思ったら一億五千万になったのです。

まぁ、元々あぶく銭か。問題は、それに派生して他のことがバレないかということだ。

「この村の状況もバレるか」

端的にそれだけ口にしたが、エスパーダは眉根を寄せて視線を外す。

「秘密にしておくのは難しいですが、手が無いこともありません」

と、エスパーダが答えた。

それに僕は大いに驚いた。なにせ、侯爵家に仕えつづけて何十年。エスパーダほど献身的に仕えてくれた人を僕は知らない。

そのエスパーダが、こちらから動いて父の目を誤魔化す手を提案したのだ。信じられない。

ダンジョンの話とはわけが違う。

ダンジョンの場合は発見していないから、不確かな情報では報告出来ないと納得することが出来る。

だが、今回は起きている事実をバレないように隠そうと行動するのだ。

大袈裟に言えば、父への裏切りである。

それは同時に、父よりも僕の平穏な生活を選んでくれた、という意味でもあった。

いや、そっと喜んでいる場合じゃない。気持ちを切り替えて、エスパーダの考えを聞かないと。

「……その手段って?」

咳払い一つして尋ねると、エスパーダは眉間に縦ジワを作ったまま、静かに口を開いた。

「ヴァン様の兄上でいらっしゃる、ムルシア様に一報を入れるのです」

「兄さんに?」

首を傾げると、エスパーダがこちらの顔を見て、顎を引く。答えないところを見ると、これはエスパーダからのテストも兼ねるみたいだ。

仕方なく、僕は腕を組み、唸る。

「村の状況……兄さん……」

二、三秒して、僕は成る程と頷いた。

「そうか。アーマードリザードを兄さんの手柄にしてしまえば良いのか。騎士団はダメだから……あ、傭兵や冒険者なんてのもアリかな。群れを発見したが、森の中だったから各個撃破出来たってことにすれば……兄さんも功を欲してたからね。お互いに丁度良い話だ」

僕は脱落したが、次期当主を狙って上の兄弟三人は功を奪い合うような大変な戦いをしている筈だ。

ならば、僕もムルシア兄さんに勝ってもらいたいし、良い話となるだろう。

「素晴らしい案だね、エスパーダ」

そう告げると、エスパーダはそっと微笑み、頭を下げたのだった。