Ee, Teni Shippai? Seikou?
11 Tales To Another World Again
翌朝、アラーナの手足はすっかり良くなっていた。
軽くシャワーを浴びて陽一が修復した服を着たあと、アラーナは適当に体を動かしてみたが、特に不具合もなさそうだ。
朝食は【無限収納】から弁当屋の弁当を出した。
無難に唐揚げ弁当を選択し、箸の存在を知らないアラーナのためにフォークを用意した。
冒険者と言うからにはそれなりにがさつなのだろうと想像していたが、アラーナの食事マナーは非常に洗練されたものがあった。
その気品のある振る舞いに、ふと実里を思い出したが、陽一は軽く頭を振って実里の存在を意識の外に追いやった。
「うむ、この揚げ鶏はしっかり味がついていて美味いな」
「それはなにより」
「それに、白米を味付けもせず食べるというのも悪くない。揚げ鶏との組み合わせが最高だな!!」
どうやら向こうにも米はあるようだ。
無論、日本の米のように長年品種改良を重ねたものと同じかどうかというのは不明だが。
「このミソシルというスープも素晴らしい」
味噌汁は即席のものを用意した。
どうやら食事マナーは西洋に近いものがあるようなので、味噌汁用にスプーンも用意している。
アラーナの食事マナーは基本的に気品のあるものではあるが、結構大きめの唐揚げを一口で頬張るなど、豪快な面もあった。
「しかしヨーイチ殿はその2本の棒で器用に食べるなぁ」
「そういう文化の国なんでね」
「ハシの使い方もいつか教えてほしいな」
「いいよ」
とりあえず幼児向けの矯正箸でも買ってやるか、と考える陽一だった。
腹ごしらえも終わり、装備を整え、出発の時を迎えた。
「ヨーイチ殿、ローブの下はそんな格好だったのか?」
白銀の鎧を身に着けたアラーナが、呆れたような驚いたような複雑な表情を見せる。
「変……かなぁ?」
「うーむ、街では目立つだろうな」
「じゃあ、これでどう?」
と、陽一はプロテクターとヘルメットを一旦収納した。
「ズボンと靴はともかく、そういうデザインの服を見たことはないな」
アラーナがそう指摘するのは、防刃パーカーのことだ。
革ズボンは普通にありそうなデザインだし、ハイカットの安全靴はブーツに見えなくもないらしい。
陽一は防刃パーカーも収納した。
その下にはグレーのシャツを着ていた。
「うむ、それなら問題ないな」
「じゃあ、街に入る前に装備を外す感じでいいかな」
「そうだな。それで問題あるまい」
陽一は脱いだ装備を【無限収納】から直接装備する形で取り出した。
「じゃあ行くよ?」
「うむ」
陽一はアラーナの腰に手を回して抱き寄せ、【帰還】を発動した。
次の瞬間には、森の中の陽一とアラーナが出会った場所に着いた。
そこには血痕や飛び散った肉片など、戦いのあとが見られた。
「む、死体が無いようだが、魔物にでも食われたか」
「ああ、それなら俺が収納しといた」
「そうか。それは助かる。連中の罪を暴くためにも、死体はあったほうがいいからな。悪いがヨーイチ殿にはその辺りのことで面倒をかけるかもしれないが……」
「いいよいいよ。その分後でお世話になるから」
「うむ。私に出来ることならなんでもするからな。あー、それからヨーイチ殿」
「ん?」
「異世界云々の件だがな、まぁ確信が持てたわけではないが、違和感の正体はわかった」
「お、なになに?」
「ヨーイチ殿の部屋には魔力がない」
「うん、それは言ったよね」
「万全な体調で訪れていればすぐに気づいたのだろうがな。でだ。改めてこの場所に立ってみるとだな」
「……もしかして、世界に満ち満ちている魔力の存在を感じる、的な?」
「まさにそれだな。当たり前に存在していたので全く気づかなかったものだが、魔力が存在しない場所から突然訪れると、嫌でも感じるものなのだな。ヨーイチ殿は何も感じないのか?」
「……残念ながら」
「ふむう。なぜなのだろうな」
「さてね。いろいろあるんだろうな」
「まぁ、とにかくだ。ヨーイチ殿の言う異世界云々の話、なんとなくわかったような気がしないでもない」
「はっきりしねぇなぁ……」
「ふふ。仕方がないではないか。まぁそのうち理解できるだろうよ」
○●○●
2人が森を歩き始めて10分と経たない内に、魔物と遭遇した。
それはフォレストハウンドの群れで、見える所に5匹、【鑑定】の結果木陰や茂みに4匹が身を潜めていた。
「では準備運動も兼ねてヨーイチ殿に私の力を見せておこう」
そう言うと、アラーナの両手に2丁の斧が現れた。
ただ、その形状は斧というより斧槍(ハルバード)に近いだろうか。
大きな斧頭の片方には刃が、もう片方には突起(ピック)があり、柄の先端部分が斧頭から長く飛び出て槍のように先が尖っていた。
斧頭から石突までの長さが50センチ程度。
華奢な体にスマートなデザインの鎧を身につけたアラーナには似つかわしくない武骨な武器だ。
柄の長さからして手斧槍とでも称すればいいだろうか。
フォレストハウンドの群れに突進したアラーナは、両手に持った手斧槍を縦横無尽に振り回した。
1丁あたり5キロはありそうな手斧槍を軽々と振り回し、フォレストハウンドを屠っていく。
刃で首をはね、突起で頭を潰し、槍のような柄の先端で喉を貫く。
そうやってものの数秒でまず5匹を葬り去った。
さらに右手に持った手斧槍を茂みに向かって投げると、「ギャン!!」という悲鳴とともに1匹のフォレストハウンドが死に、ほぼ同時に飛びかかってきた個体の首を、左手に持った手斧槍の刃で断ち切った。
その直後、アラーナの背後から飛びかかる個体もいたが、いつの間にか右手に戻っていた手斧槍の柄の先端で喉を貫く。
と同時に、別の茂みから「ギャン!!」と悲鳴が聞こえた。
左手に持っていた手斧槍を投擲したのだろうが、すでにそれは彼女の左手に戻っていた。
(つ、強ぇ……!!)
アラーナはその華奢な細腕で舞うように手斧槍を振り回し、1分とかからずに9匹のフォレストハウンドを殲滅してしまった。
それはとても凄惨な光景だが、それでも陽一はアラーナのその姿に見惚れてしまった
「ふむ、フォレストハウンド程度では準備運動にもならんな」
手斧槍に付いた血を振り落としながら、アラーナは陽一のもとへ戻ってきた。
「ん、ヨーイチ殿、どうした?」
「ああ、いや、その……お見事」
「ふふ。まぁ、敵が弱すぎたがな」
そう言ってアラーナは微笑んだ。
魔物の返り血に汚れたその笑顔を、陽一はとても綺麗だと思った。
「では先に進むか」
アラーナの手から手斧槍が消える。
そして、アラーナが自分の手に胸を当て軽くうつむくと、返り血が綺麗に消え去った。
「ちょっと、それ何したの?」
「それとは?」
「えーっと……、とりあえず斧が出たり消えたりするやつ。【収納】スキル的な?」
「いや、これは【心装】というスキルだ」
そう言ってアラーナは再び手斧槍を出現させた。
【心装】とは、武器や防具を精神体と融合させることで、精神世界へ装備の収納を可能とするスキルである。
登録された武器は精神世界へ収納することで修復も可能となり、たとえ折れようが砕けようが、一旦収納してしまえば登録時の状態まで復元が可能だ。
もちろんノーリスクで修復ができるわけではなく、修復には魔力や生命力を消費する。
装備の破損具合によっては魔力や生命力を使い果たし、最悪死に至ることもある。
【心装】にて魔力や生命力が消費されるのはあくまで修復時のみとなるので、装備がひどく破壊された場合は修復前に【心装】を解除することも可能だ。
ただし、【心装】はあくまで装備と一心同体となることが前提なので、命惜しさに【心装】を解除した場合、二度と【心装】は使えなくなる、と言われている。
【心装】に登録された装備は離れた場所からでも収納可能であり、その距離に制限はない。
「なるほど。じゃあその【心装】の能力を使って斧を出したり消したりしてたってわけか」
「うむ。慣れれば非常に便利なスキルだぞ」
「その斧って俺でも持てる?」
「持ってみるか?」
頷いて片手で受け取ろうとした陽一に対し、アラーナは軽く首を振った。
「見た目よりかなり重いからな。腰を落として両手しっかり受け取ってくれ。では、離すぞ?」
陽一は手斧槍の柄の石突近くと、斧頭の刃のない部分をしっかりと持った。
そしてアラーナが手を離した瞬間、その重みが全身に伝わった。
「おお!?」
その大きさからしてせいぜい3~5キロ、いくら重くても10キロはあるまいと思っていたが、実際持ってみると30キロ近い重さがあった。
「こんな重いの振り回してんの?」
「ふふ、秘密があるのだよ」
アラーナはそう言うと、ひょいと手斧槍を持ち上げる。
「え……?」
唖然とする陽一にアラーナは自慢げな笑みを向けながら、手斧槍の説明を始めた。
この手斧槍は柄と斧頭の芯にグラビタイトという高重量の鉱石が使われており、柄はアダマンタイト製、斧頭本体はミスリル製、刃と突起にはオリハルコンをコーティングしている。
グラビタイトそのものが重いということもあり、アラーナが扱う手斧槍の基本重量は30キログラム。
ただし、グラビタイトは魔力を流すことで重さを増加させることが可能で、最大重量は100キロとなる。
「つまり、そのグラビタイトとやらの効果で軽くなってる?」
「いや、グラビタイトの効果はあくまで重量の増加のみだ。それとは別に重さ軽減の魔法が施されているのだ」
武器や防具の中には何かしらの魔法効果を持つものがある。
そういった武具のことを『魔装』という。
アラーナの手斧槍には使用者に対して重さを10分の1にするという効果がある。
あくまで効果範囲は使用者のみなので、攻撃を受ける側は本来の重量を受けることになるのだが。
「10分の1っつっても3キロから10キロでしょ? その細腕でよく振り回せるね」
「私は魔力を使った身体強化が得意なのでね」
すなわち、魔力でブーストを掛けている分、実際の筋力以上の力を出せるということだ。
「それってさぁ、ハルバードなの?」
「うーむ、もともともは戦斧だったのだがな。ハルバードを見た時に、便利そうだと思って少々手を加えたのだよ」
【心装】は精神と融合しているので、ある程度の形状変化が可能だ。
といっても、例えば斧を剣に変えたり槍を弓に変えたりと全く別の形状に変えることは出来ない。
せいぜい刃の長さや大きさ、柄の長さを変えるぐらいだ。
それでも十分すごいことなのだが。
アラーナの場合は柄の先を伸ばして戦斧の斧頭側から突き出させ、その先端を尖らせて槍のようにしているのだった。
一応アラーナはその部分を槍の刃に見立てて『穂(ほ)』と呼んでいる。
「なるほどねぇ。じゃあ、返り血が綺麗になったのは?」
「あれは『洗浄』という魔法だな。さっきのように返り血を落とすのはもちろん、武器についた血糊を落としたり、単純に汗で汚れた体を洗ったりと、とにかく汎用性が高い。冒険者をやるからには覚えておいたほうがいい魔法だ」
「うわー、便利だなぁ、それ」
といいつつも、おそらく自分には覚えられないだろうと陽一は思っているのだが。
「まぁ何にせよアラーナが強いってことはわかったよ。じゃあ次は俺の番かな?」
「ふむ。ではお手並み拝見といこうではないか」
2人は森の中を再び歩き始めた。