Ee, Teni Shippai? Seikou?
A certain concoction landscape over a decade ago
「ちょっとー、おーそーいー!」
「あー、ごめんごめん。サークルでちょっとね……」
居酒屋の座敷で十数名の男女が酒を飲みながらワイワイと騒いでいた。
いわゆる合コンである。
俺はその日、人数合わせで呼ばれたのだが、バイトの引き継ぎに手間取り1時間遅れで到着した。
そのときすでに場は出来上がっており、少し取り残されたようなかたちとなった。
ま、奢りって話で受けたから別にいいんだけどね。
テーブルの隅でそれなりに美味い食事をつまみながら、ちびちびとウーロン茶を飲んでいると、俺よりさらに遅れてひとりの女性が現れた、という状況だ。
ってか、合コンに赤いジャージとはなかなか尖ったセンスだな、この娘。
余談だが、俺が飲んでるウーロン茶は酎ハイのグラスに入れてもらっているので、傍目にはウーロンハイに見えるはずだ。
俺はあんまり酒が好きじゃないんだけど、こういう席で飲んでないといろいろ面倒だからな。
「ってかさぁ、ジャージってありえなくなーい?」
「あははー、着替える時間なくってねー」
遅れてやってきた赤ジャージの娘がほかの女子メンバーに軽く責められているみたいだ。
冗談ぽい口調だけど、目は思いっきり蔑んでるように見えるし、たぶん言われてる彼女もなんとなく察しているんだろう。
なるほど、その赤いジャージはファッションじゃなく、着替える暇がなかったってわけだ。
赤ジャージの娘は申し訳なさそうに笑っていたんだが、その笑顔が俺には少し痛々しく見えた。
「ねぇ、サークルって何やってんの?」
赤ジャージの娘に興味を持った男連中が彼女の周りにたかり始めた。
「あー、えっと――」
「すごいんだよ、このコ。アーチェリーやってんのっ!!」
さっきから赤ジャージの娘にやたらと絡んでいる黒髪ロングの娘が、割り込むように答える。
ナチュラルメイクにパステル調のワンピースってのはちょっとあざとすぎる格好だと思うけど、男連中からのウケはいいみたいだ。
さっきから黒髪娘の隣の席が争奪戦状態だもんな。
「ほらぁ、指とかこんな感じで、腕の筋肉も結構あれだよねー?」
「ちょ、ちょっと……」
黒髪の娘が戸惑う赤ジャージの娘の手を取って、半ば無理やり男性陣に見せびらかすと、それを見た男連中は感心したような事を言いつつも、明らかに引いていた。
その反応に赤ジャージの娘は愛想笑いを浮かべつつも軽く伏し目がちになったのだが、それに気づいたのは……どうやら俺だけのようだ。
あれがマウンティングってやつか……。
女子ってエグいな、やっぱ。
「唐揚げうま……」
なんとなく見ていられなくなったので、俺はまだほんのり温かい若鶏の唐揚を頬張った。
○●○●
「ここ、いいかな……?」
俺が新たに注文した出汁巻き玉子をちびちびと食っていると、頭上から声をかけられた。
見上げると、赤いジャージの娘がビールジョッキを片手に立っていた。
「あ、どうぞ」
俺は少しだけ横にずれ、開いたスペースに彼女が座る。
「ありがと。ねぇ、それもらっていい?」
彼女は俺が三分の一ほど食べた出汁巻き玉子を指した。
「食べさしだけど……」
「あはは。こんな席で気にしないわよ」
本当に気にした様子もなく、彼女は出汁巻き玉子を箸で切り分けて口に運んだ。
ってか、結構がっつりいくのな。
ま、奢りだからいいけど。
「んー……おいしっ……!!」
お、その幸せそうな顔、ちょっと可愛いかも……。
「アーチェリー、やってるんだって?」
「あ、うん……」
先ほどのことを思い出したのか、彼女の表情がわずかに曇る。
俺はそれに気づかないふりをしながら、明後日の方向めがけて弓を構える真似をした。
「かっこいいよな、アーチャーって」
「え……?」
「ジャージも赤いしさ」
そのとき、隣からクスリと笑う声が聞こえた。
「体は剣で出来てないけどねー」
「えっ?」
「えっ?」
女子には絶対に通じないネタだと思ったんだけど……。
ってか、なんでそっちも驚いてるわけ? いや絶妙な返しだけど、そもそもこっちはネタが通じるとは思ってないからね? ネタ元エロゲだよ?
エロ無しでコンシューマーに移植されるって話は聞いたけど……あれってもう発売されたんだっけ?
「……ぷっ、くく……」「……ふふ……あはは……」
彼女が素っ頓狂な顔でこっちを見るのがおかしくて、つい吹き出してしまったが、たぶん俺も似たような表情だったんだろう。
向こうもほぼ同じタイミングで吹き出して、しばらく笑い合ってしまった。
それは店内の喧騒にあっさりとかき消されてしまう程度の小さな笑い声だったけど。
そうやって軽く笑い合ったあと、残りの出汁巻き玉子がなくなったところで合コンはお開きとなった。
「あー、お腹すいたぁー! 全然食べてないしっ」
居酒屋の前には二次会への参加を断った俺と赤ジャージの娘だけがとり残されていた。
空きっ腹にビールを流し込んだせいか、彼女は赤ら顔で少しだけふらついている。
俺は乾杯でビール1杯飲んで以降ウーロン茶ばっかだったんで、すっかり酔いは醒めてるけどね。
「そこのファミレスでよかったら付き合うよ」
意気投合、というほど言葉をかわしたわけではないし、そもそも女子は苦手なほうなんだけど、不思議とそんな言葉が出た。
キャラがあんまり女子っぽくないからかな?
でも、よく見ると結構可愛いんだよなぁ……。
「ほんとっ!? じゃ、行こっ」
言った直後に“断られたらどうしよう?”と思ったんだけど、すぐに快諾の返事をもらえて俺はほっと胸を撫で下ろした。
「あ、そーだ、電話番号教えといてよ」
ジャージのポケットから携帯電話を取り出した彼女に番号を伝えると、俺の携帯電話が1コールだけ鳴った。
「名前は?」
そういえば、自己紹介もまだだったな。
「藤堂。藤堂陽一」
「藤堂陽一くんね。あたし、本宮花梨」
にっこりと微笑んで名乗る彼女の姿に、俺はトクンと胸が鳴るのを感じた。