Ee, Teni Shippai? Seikou?

8 Stories Preparing for Interception, Part II

なにもないところから突然現れた陽一に、シャーロットは言葉を失った。

目を見開き、口をパクパクとさせる彼女の前で、陽一はコンテナに手をあて、それをまるごと【無限収納+】に収めた。

「な……!? え……? どこ、に……?」

見慣れた20フィートコンテナが音もなく消失する事態に、続けてシャーロットは言葉を詰まらせる。

「お、弾薬とか燃料とか、用意してくれてたんだな」

シャーロットには“気が向いたらいろいろコンテナに入れといてくれると助かる”と伝えており、その言葉を受けて彼女は無理のない範囲で弾薬などの消耗品をコンテナに詰め込んでいた。

それなりの負担ではあるが、魔道具の借り賃だと思えば安いものだ。

「ほい、と」

「へ?」

そして再びコンテナが現れる。

外からでは分からないが【無限収納+】の機能で中身だけを取り出し、空っぽになったコンテナを取り出したのだった。

「とまぁ、こんな魔法みたいなことが当たり前のようにできる世界があって、俺はそことこの世界とを自由に行き来できるわけなんだけど」

厳密に言えば、陽一がいま使ったのは魔法ではなくスキルであり、下位の収納スキルですら相当なレアスキルなのだが、それをここで詳しく説明する必要はあるまい。

「そこでちょっとヤバイことが起こってるんだよね。だからシャーロットの力を借りたい」

「え……ちょ……まって……」

スパイとしてそれなりの訓練を受けているシャーロットなので、大抵のことでは動揺しないのだが、いま目の前で起こった出来事はどうやら彼女の想定を大幅に上回ることだったらしく、いまだ平静を取り戻せないでいた。

案外こういうのは平和ボケしたファンタジー好きの日本人のほうが、あっさり受け入れられるのかもしれない。

「ま、百聞は一見にしかずというし、行ってみようか」

「ちょ、ま――」

呆然とするシャーロットの手を取った陽一は、森と荒野の境界線に【帰還】した。

「え? なに? 景色が…………うぅ……」

なにもないところから人が現れ、巨大なコンテナが消えたかと思えば出現し、さらには周りの景色まで変わってしまったことに、まず混乱したシャーロットだったが、ほどなく胸を押さえて息を乱し始めた。

「あ、魔力酔い……。えっと、よかったらこれに」

こちらに来るなり体調を崩して嘔吐した実里を思い出し、陽一は“使うかどうかはともかくあれば便利だろう”という理由で用意していたポリバケツをシャーロットに差し出した。

その意図を察したシャーロットだったが、左手で胸を抑えたまま右手を陽一に向けてそれを拒否し、ふるふると小さく頭を振る。

そして、荒い呼吸も徐々に落ち着き、何度か深呼吸を行ったところでシャーロットは調子を取り戻したようだった。

「おお、さすが女スパイ」

「ふん。ただのホテルスタッフですわ」

「あ、はい」

まだ少し青ざめた顔のまま、シャーロットは鋭い視線を陽一に向ける。

「で、ここはどこですの?」

「異世界」

「……その与太話を信じろと? 何を根拠に?」

そうは言っても、シャーロットにしたところで自身が尋常ではない状況に陥っていることくらいはなんとなく理解していた。

なにもないところから陽一が現れたこと、コンテナが消えたり現れたりしたこと、突然景色が変わったこと……。

それだけではない。

一般人が経験し得ないような異常事態を何度も乗り越えてきた彼女である。

意味不明な状況にただただ戸惑うばかりの小娘ではないのだ。

少なくとも、今目の前に広がる森林と岩石砂漠とがくっきりと別れるような地形など見たことはないし、森の植物にしたところで、どこか現実的でない様子が見て取れる。

ここが異世界――例えば自分たちの住む地球とは異なる惑星など――と言われれば、なるほどそうかもしれないと理解はできなくもないが、だからといって“はいそうですか”と納得出来るものでもない。

あとひと押し、彼女の常識をくつがえす材料が欲しい所だ。

「さっきの体調不良だけど、あれは魔力酔いというらしいよ」

「魔力……?」

「そう。俺達の住む世界にはなかったけど、この世界には魔力、簡単に言えば魔法の素になるエネルギーが満ち溢れているんだと。で、魔力のまったくないところから魔力が充満している空間に突然移動したことで体調不良が起こるらしい」

「……というからには、魔法でも使って見せてくださるのかしら? それとも先ほどのイリュージョンが魔法?」

「あー、さっきのはわかりやすく魔法って言ったけど、実際はスキルと呼ばれるもので、残念ながら俺は魔法が使えない」

「はぁ……」

「でも、シャーロット自身が使ってみれば、いろいろ納得できるんじゃないかな?」

「わたくしが?」

そこで陽一が、魔法の原理や使い方を簡単にで説明したところ、水蒸気を集めて水の塊を作ることと、水蒸気を魔力で酸素と水素に分解して集め、火をつけて爆発させることに、シャーロットは成功したのだった。

「は、はは……。わたくし、魔法を……んぅ……」

「シャーロット!?」

爆発魔法を使ったあと、シャーロットがふらりと倒れたため、陽一は慌てて駆け寄り、彼女を抱きかかえた。

「どうした? 大丈夫か?」

「うぅ……ちょっと、頭がくらっと…………」

こちらに着いたばかりの時のように青ざめたシャーロットの様子に思い当たることが合った陽一は、彼女を【鑑定】した。

(やっぱ魔力酔いか。たしか一気に魔力を消費してもなるって……。でも実里は……そうか!)

【鑑定+】の結果からまず魔力酔いの状態異常が発生していることを確認した陽一は、続けてシャーロットの所持スキルを確認した。

そこには【健康体β】がなかった。

(【健康体β】なしで最初の魔力酔いからあの短時間で回復したのか。さすがだな……)

「ごめんなさい、身体に、力が……」

「こっちこそごめん。どうやら無茶をさせたみたいで……。しばらく休んでていいよ」

シャーロットは青い顔のまましばらく陽一に身を預けた。

○●○●

「で、なぜわたくしに打ち明けましたの? わたくしがこのことを……例えばエドに話したら、あなた大変なことになりますわよ?」

10分ほどで少し調子を取り戻したシャーロットは、現在陽一が用意したアウトドア用の椅子に身を預けている。

陽一は彼女に向かい合って座り、ふたりの間にはコーヒーの置かれたテーブルが設置されていた。

「まず第一に、時間がないってのが大きいかな。第二に利害の一致。それ、便利だろ?」

そう言って陽一は、シャーロットの首にかかったネックレス――意思疎通の魔道具――を指差す。

物を自由に出し入れできる、制限はあるものの瞬間移動ができる、現代科学で再現できない道具を手に入れられる、なにより、未知の資源と文明に溢れた世界と行き来できる陽一の利用価値は計り知れないものがある。

それを大国の中枢とつながりのあるエドが知れば、一体どんな目に遭うか、あまり想像したくないところではある。

「でもさ、俺はどんな状態からでもここに来れるし、最悪こっちの世界に引きこもれるんだぜ? そしたら誰も俺にたどり着けない。で、時間がたてばそいつはバッテリー切れで使えなくなる、と」

「つまり、この道具をこれからも使いたければ、協力しろというわけですわね?」

「そゆこと。まぁでも、シャーロットは信頼できそうってのが一番大きいかな」

「な……?」

陽一の言葉に、まだ少し青ざめていた顔がほんのり赤くなる。

「バカですの? わたくしがアナタになにをしたのかお忘れになって!?」

「俺にナニを……? あー、その節はどうも……」

「その節…………? ばっ……!?」

シャーロットとしては、最初エドに頼まれてトランクを漁るなどして陽一を調べたことを言いたかったのだが、目の前の馬鹿な男はその後の行為のことを思い浮かべているらしい。

「このヘンタイ!!」

そしてそのことに思い至ったシャーロットは、さらに顔を赤くしてそう吐き捨てた。

手練手管で何人もの男を籠絡してきた彼女であり、普段であればこの程度のことでうろたえるなどあり得ないが、異常事態が続いたせいで心に隙ができたのだろう。

「……コホン。では、もう少し詳しく事情をおきかせくださいませ」

ほどなく調子を取り戻したシャーロットに、陽一は現在の状況はもちろん、過去の経緯やスキルなどについても詳しく説明した。

(さすが女スパイ、話術ハンパねぇな。ま、別にいいけど……)

正確には、上手く誘導されて気がつけば洗いざらい話していた、という具合ではあるが。

「なるほど……。では【無限収納+】という能力に、重さや体積の制限はないのですね?」

「うん、ないね」

「10メートル以内なら対象が見えていなくても……例えば密室の外からでも収納ができる?」

「【鑑定+】と組み合わせれば」

「なんとまぁ……。でも、それならいろいろ調達できそうですわ」

「じゃあ手伝ってくれるってことで?」

「……そのかわり、こちらも欲しいものがあれば遠慮なくいいますわよ? 例えばこれのように」

と、シャーロットはネックレス型の魔道具をつまみ上げる。

「わかった。出来る限りこっちも協力するよ」

「では、早速ですが……、なにか姿を隠すような能力をお持ちではなくて?」

「あー、俺にその能力はないけど、そういう魔道具ならあるみたいだなぁ」

陽一はアラーナが用意し、カジノの町で使っていた認識阻害の魔道具を思い浮かべた。

「すぐに用意できます?」

「たぶん」

そう返事をすると、陽一はシャーロットを連れて『辺境のふるさと』に【帰還】する。

ホテルスタッフふうのシャーロットの服装では悪目立ちする可能性があるので、予備で用意していたローブを羽織らせ、ふたりで宿を出た。

「随分雰囲気が変わったな」

先ほど冒険者ギルドを訪れて1時間以上経っている。

おそらく魔物集団暴走(スタンピード)に関するなにかしらの発表があったのだろう。

多くの住人が、荷物を抱えて上層区方面へと慌ただしく移動していた。

「いまなら……魔術士ギルドかな」

冒険者ギルドへの報告を終えたアラーナたちは、おそらく実里に魔術を習得させるために魔術士ギルドを訪れていると予想し、そしてその予想は的中した。

「む、ヨーイチ殿?」

「あ、陽一さん……、それにシャーリィ?」

「ごきげんよう」

アラーナと実里は受付で魔導書への魔術登録を行っている最中だった。

そこで陽一は、シャーロットへ協力をあおいだことを含め、ここまでの経緯を詳しく説明する。

「認識阻害の魔道具? であれば前に用意したものがあるぞ」

「それって一番効果が高いやつ?」

「まぁ中の上といったところか」

「一番いいのがほしいんだけど」

「であれば」

と、アラーナの視線が受付嬢のクララへ向く。

どうやら魔術士ギルドでは魔道具も扱っているようだ。

「いくつ欲しいんだい?」

「ふたつ」

するとクララはカウンターの奥へ引っ込み、数分後に腕輪をふたつ手に持って戻ってきた。

「ちとかさばるが、こいつが一番いいやつだよ」

「ありがとうございます! 代金なんですけど……」

「貸しにしとくよ色男。今度の報酬で返しておくれ」

「ありがとうございます!!」

魔道具にはサイズ調整機能がついており、装備すればそれぞれの手首にぴったりとはまった。

「なんとも便利な……」

と感心するシャーロットを連れて、陽一は例のコンテナのところへ【帰還】する。

以降、シャーロットに連れ回されいろいろな施設を巡り、多くの武器弾薬を調達した。

今回の件で、いくつかの反社会組織およびその予備軍は、武器類を根こそぎ失うこととなった。

また、軍施設からも一部物資を拝借(・・)しており、それらは後日シャーロットがうまく帳尻を合わせてくれるそうだ。

「あと2~3日あれば戦車のひとつも用意できたのですけれど……」

「いやいや、これで充分だよ。俺ひとりで全滅させる必要はないからな。まぁひとりで1割削れたら大戦果だろう」

町には1000人近い冒険者と、百名ほどの騎士がいるという。

数だけで言えば100倍近い差はあるものの、魔術やスキルがある世界では必ずしも衆寡敵せずとは言い切れない部分もあるはずである。

ならば、自分はほんの少しお手伝いができればそれでいい、くらいの心持ちで事に臨むのがちょうどいいだろうと、陽一は考えていた。

「自分たちの住む街なんだから、自分たちで守ってもらわないとな」

「それもそうですわね。だとしても、まだ少し時間はありますし、できることはやっておきましょうか」

魔物の集団が森を抜けるまでおよそ10時間というところで、ふたりは物資の調達を切り上げ、森と荒野の境界線に戻った。

そして、手に入れた物資と陽一の能力を考慮しながら、シャーロットの指示で数時間かけて迎撃の準備を整えた。

どうやら彼女は戦術にも少々明るいようで、平和な日本で過ごしてきた陽一では思いつかないような策をいくつも提案したのだった。

「名残惜しいところですが、そろそろお暇(いとま)させていただきますわ」

現代兵器を扱える者があとひとりいるといないとでは大きな差があるだろうが、彼女には彼女の事情がある。

「いや、ここまで付き合ってくれてありがとう。助かったよ」

「ふふ、どういたしまして。しかし、ここまで地響きが伝わってきますのね」

集団の先頭が森を抜けるまで1時間を切っている。

数時間前からわずかずつだが地響きが聞こえてきており、いまは小さな地震並みの揺れと、低い轟音とがはっきりと感じ取れるまでになっていた。

「はは、いざ近づいてくると、やっぱり怖いもんだな」

「危なくなったら無理せずお逃げなさいな」

「そうさせてもらうよ」

陽一は一旦シャーロットを連れて例のコンテナへと戻る。

「ではお気をつけて。健闘を祈っておりますわ」

「おう。ありがとな」

「あと、これはしばらくお借りしておきますわね?」

そういって、認識阻害効果のある腕輪を陽一に見せる。

「もちろん。じゃ、いってくるわ」

「いってらっしゃいませ」

ホテルスタッフらしい丁寧な見送りを受けた陽一は、異世界へと【帰還】した。