Ee, Teni Shippai? Seikou?
1 story Minori's malaise
魔物集団暴走《スタンピード》が終息し、いろいろあって『グランコート2503』で休んだトコロテンの3名は、翌朝ダイニングキッチンで簡単な朝食をとった。
そして食後に軽くお茶を飲みながら、陽一は実里とアラーナに、管理者から聞いた魔人に関わることなどをを説明した。
「なるほど、ヨーイチ殿はそんなに危険な状態だったんだな……」
【健康体α】をはじめ、陽一が持つスキルはどこか規格外な部分が多く、だからこそアラーナは彼であればなにがあっても大丈夫だと思っていた節はある。
しかしよくよく話を聞いてみれば、魔人に魂を削られたことで陽一は死に瀕していたというではないか。
「そんな状態のヨーイチ殿を、私は……」
アラーナが弱々しく呟き、身を縮める。
死の淵をさまよい、本人の意志とは関係なく生物の機能として勃起したイチモツに対してアラーナは情欲を押さえきれず、本能の赴くまま陽一を貪ったのだ。
恥じ入る気持ちが芽生えたとしてもしょうがないだろう。
「それもひとつの愛情の形ではないでしょうか?」
申し訳なさそうに縮こまる姫騎士をどう慰めたものかと陽一が考えあぐねていると、実里が静かに語り始めた。
「考えたくはありませんが、もし陽一さんが、その……亡くたっていたとしたら……」
「む……」
想像したくない光景を言葉にし、実里の口が少し重くなる。
そして聞きたくない言葉にアラーナも眉をひそめた。
「それでも、アラーナのお腹には陽一さんの子供が宿っていたかもしれない」
「むぅ……」
続く実里の言葉に、アラーナは顔を赤らめ、思わず下腹部をなでた。
昨日陽一から注がれたものが、まだその内側に残っているような気がした。
「つまり、優秀な雄の遺伝子が失われることを惜しむ雌の本能がそうさせたというか、なんというか……。そういう生物の根源に関わる欲求には逆らうのは難しいのかなぁ、なんて……」
専門家でもなんでもない実里の、素人的な考えではある。
だが、一応の説得力はあるように感じられた。
少なくともここにいる全員が生物のなんたるかについて、詳しく知っているわけではないのだ。
「なので、その……アラーナが悪いわけじゃないと思います……。私が、その場にいても……たぶん我慢できなかったんじゃないかな……」
「ミサト……」
なんだか妙な方向に話が進んでしまったが、とりあえずアラーナの負担が少しでも減るならこういうトンデモ理論も悪くないかな、などと考えつつ、陽一は空気を変えるためにパンと手を叩いた。
「アラーナはさ、気持ちよかった?」
「うぇ!?」
突然の問いかけに変な声を上げてしまったあと、姫騎士はうつむき加減の顔の前で指をもじもじとさせながら、おずおずと口を開いた。
「すごく……。ものすごく、気持ちよかった……」
「そっか。俺も気持ちよかったよ」
「はぇ? あ、いや、それは、その……」
「お互い気持ちよかったんだからさ、それでいいじゃん」
その言葉にアラーナは目を見開き、ほどなく表情を緩めてほっと息を吐いた。
「そう、だな……」
ふたりの様子を見た実里もまた、安心したように微笑んだ。
「さて、そろそろ向こうに戻るか。報告とかしなきゃいけないだろうし」
3人は準備を整え、『辺境のふるさと』へと【帰還】した。
「は……、うぅ……くぅ……」
異世界のいつもの部屋について間もなく、実里が急に苦しみ始める。
「実里? どうした!?」
「大丈夫かミサト?」
ふたりの呼びかけに、実里は胸を抑えてふるふると首を横に振る。
おそらく自分でもなにが起こっているのか理解できないのだろう。
「あぐぅ……んぅ……」
膝から崩れ落ちそうになる実里を、陽一は咄嗟に抱え上げた。
「と、とにかく、一旦戻ろう!」
「うむ!」
アラーナも自分に触れていることを確認し、陽一は【帰還+】を発動した。
「ん……ふぅ……はぁ……はぁ……」
日本に戻るなり苦しそうだった実里の表情は緩み、少々荒いが呼吸のほうも徐々に落ち着いてくる。
「もう大丈夫?」
「……はい。なんとか」
そう答えた実里の額には、汗がにじみ出ていた。
とりあえず寝室へ行き、実里をベッドに寝かせてやる。
「いったいなんなんだ?」
「ふむう……、あちらに行った途端となると、魔力酔いの線が濃いと思われるが」
はじめて異世界へ行ったとき、空間に満ち溢れる魔力に晒された実里は、一時的に体調を崩した。
しかし今回の症状はそのときとは比べ物にならないほど重い。
「母上ならなにかわかりそうだが、もしまたあちらへいって同じような症状が出るとなると、場合によっては長時間ミサトが苦しむことになるやもしれんしなぁ」
実里には【健康体β】があるので、よほどのことがなければ徐々に回復するはずである。
しかし回復までは苦しむことになり、それがどれくらい続くのかはいまのところ想像もつかない。
アラーナの母親であり魔術師ギルドのギルドマスターでもあるオルタンスであれば、あるいは適切な診断を下し、処置できるかもしれないが、魔物集団暴走《スタンピード》の後始末もあるだろうから、いつ診てもらえるかわからない。
オルタンスの手が空いた時に【帰還+】で実里を連れてくるという方法も取れなくはないが、トコロテンのメンバー以外にあまり陽一のスキルを見せるのはよくないだろう。
ただ、実里の身になにが起こっているのかを今すぐに確認できる方法がないわけではない。
「実里、【鑑定】してもいいか?」
過去に何度も実里を【鑑定】したことはあるが、そのときは本人に内緒だったり、【鑑定+】の効果を知らない内だったので、とくに気にせずスキルを使っていた。
しかし、現時点でトコロテンのメンバーにはスキルに関してかなり詳しいところまで説明しており、【鑑定+】を使えばその人の生い立ちまで閲覧できることを実里は既に知っているのだ。
「余計な部分は見ないから」
まだ完全に調子を戻していないのか、実里は少し虚ろなままの目を陽一に向け、小さく頷いた。
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状態:魔力供給過多に起因する重度の魔力酔い
**********
「魔力供給過多?」
陽一はさらに過去へと遡って詳細を確認する。
どうやら先の戦いで枯渇するまで魔力を使ったことにより、最大保有魔力量が大幅に増加したことが原因のひとつであるらしい。
そこへ陽一が直接胎内へ大量の魔力を含む物質を注ぎ込んだことで、さらに器が増大。
そのまま異世界で徐々に魔力を回復させていれば問題なかったのだが、いちど日本――魔力のない空間――へと身を置いたことで魔力供給速度が鈍り、一気に増大した最大値に対する相対的な保有魔力量の少なさに身体がより多くの魔力を求めて動き始めた。
その状態で魔力に満ちた異世界へ行ったことで、空間に漂う魔力を一気に吸収してしまい、重度の魔力酔いに至った、というわけだ。
「ふむ。大きくなりすぎた器を早く満たそうとする身体の作用が原因というわけか」
「そんなところかな」
「治療方法は?」
「一度最大値まで魔力が回復すれば、あとは問題なくなるみたいだ」
早く治すのであればもう一度異世界に行くのがいいだろう。
丸一日しんどい思いをすれば徐々に症状は緩和し、2~3日で快癒する。
「こっちにいる内は俺を経由した魔力供給だけになるから、10日くらいかかるけどそんなにしんどくはない」
「だ、だったら……!」
そう言って身体を起こした実里だったが、その瞬間明らかに顔から血の気が引いていくのが見て取れた。
陽一は慌てて実里の肩を押さえ、ベッドに寝かしつけてやる。
「別に急いで治す必要はないでしょ? ゆっくり休んどきなよ」
「でも……」
「ヨーイチ殿の言うとおりだぞ。どうせ報告やらなんやらでしばらく身動きは取れんのだ。ミサトはほとんどヨーイチ殿か母上と一緒にいたのだから、その間のことを敢えて説明する必要もあるまい」
結局実里にはこのまま日本で休んでもらうことにして、陽一とアラーナは異世界へと戻るのだった。
○●○●
「ヨーイチ、今回はよく頑張ってくれた。礼を言う」
冒険者ギルドのギルドマスターにしてアラーナの祖父であるセレスタンが深々と頭を下げた。
アラーナとともに冒険者ギルドへと報告に訪れたのだが、いまは陽一だけが残っている。
先にこの場を辞したアラーナは、自身の父親である領主ウィリアムの元へと報告に向かっていた。
「あ、いや……俺はできることをしただけで……」
慌てる陽一を前に、セレスタンは頭を上げ、ふっと微笑む。
「そのできることとやらが規格外過ぎるがな。そのおかげで民間人の被害はなかったよ」
今回の魔物集団暴走《スタンピード》では、冒険者と騎士団合わせて千人以上の死者が出ている。
命は助かったものの、回復不能の傷を追ってリタイアする者もかなり多かった。
しかし陽一の活躍がなければ犠牲はもっと大きかっただろう。
特にグレーター・ランドタートル・エンペラーを始末できていなければ、街は大きく破壊され、民間人にも相当数の犠牲が出ていたに違いないのだ。
「でも、いいんですか? いきなりBランクなんて……」
その大きすぎる功績に対し、メイルグラード冒険者ギルドは陽一と実里を一気にBランクまで昇格させることにした。
金銭などの報酬も確約されているが、まずは死んだ冒険者の遺族に対する補償や怪我人への治療にかかる費用などが優先されることとなり、陽一としてもそれに対して異存はなかった。
「何を言っている。グレーター・ランドタートル・エンペラーの単独討伐だけでもSランク級の活躍だぞ? 俺に権限があればもっと上げてやりたいところだよ」
「そうですか……。それはどうも」
「あー、それでだな」
セレスタンは少しいいづらそうに頬をかきながら、続けた。
「このあいだ言っていた訓練の件な。あれ、嫌ならなしでもいいぞ?」
先日、セレスタンから直々に稽古をつけてやる、という提案が出されてた。
ただし、これは愛しの孫を取られた恨みの発散といった一面があり、必要以上にかわいがられる(・・・・・・・)ことが予想されていたのだが、今回の件でその恨みはどうやらチャラにしてもらえそうだった。
「いえ。ギルドマスターさえよければ稽古をつけてください」
陽一は戦いの終盤を思い出していた。
銃を満足に使えない乱戦だと、自分はまともに戦えないことを知った。
あのとき、剣術のひとつでも覚えていればもっと戦えたかもしれない。
魔人を相手にしたときも、こちらの世界で作られた強力な武器があれば、少しは抵抗できたかもしれない。
「ふむ。しかしお前は今でも充分戦えるだろう?」
「いえ。強い武器を使えるだけです」
この世界に来たばかりのころ、銃さえ使えれば他の戦闘方法についてはあえて鍛える必要はないだろう、などと断じた自分をぶん殴ってやりたい気分である。
うつむき加減に小さく呟いたあと、陽一は顔を上げてセレスタンの目を見た。
「俺自身が強くなりたいんです」
もしあのとき、アラーナの到着がもう少し遅ければ、自分だけでなく実里も殺されていたかもしれない。
大切なものを守るためには、武器やスキルに頼るだけではだめだと思い知らされた。
だからといってこの先どうすればいいのかを悟ったわけではない。
だが、少なくともアラーナが戦士として尊敬するセレスタンに教えを請うことで、少しでも成長できるのではないかと、陽一は思ったのだ。
「ふむ。やるからには手加減などせんぞ?」
「望むところです」
「ふん……。いい顔をするじゃないか」
そう言ったあと、セレスタンは腕を組み、目を閉じて何かを考え始めた。
「よし、これがいいか」
そして小さく呟くと、ひと振りの短剣をデスクに置いた。
おそらくは【収納】系のスキルをつかって取り出したのだろう。
刃渡り20センチほどの少し分厚い片刃の短剣だったが、セレスタンがデスクに置いた際に、ゴトリと思いのほか大きな音がした。
「持ってみろ」
「はい」
柄を手に取り、持ち上げようとした陽一は、危うく膝を折りそうになった。
「重っ……!?」
このサイズのナイフであればせいぜい300グラム、重くとも500グラム程度だろうが、この短剣は予想を遥かに超えて重かった。
1~2キログラムどころではないその短剣だが、重いとわかって持ち上げれば持てるものである。
念のため【鑑定】してみたところ、重さは10キログラム強であった。
「ほう、筋力はそれなりにあるのだな。その形状でその重さだと、案外まともに持ち上げられない者もいるのだが」
その短剣はアラーナの二丁斧槍にも使われているグラビタイトが使われているため、見た目よりはるかに重いのだった。
「それを普通の短剣のように使えると、大抵最初の一撃で敵の防御を崩せるぞ」
たしかに、軽いと思った一撃が異常に重ければ、相手の意表をつけるだろうし、その重い一撃で防御ごと敵をねじ伏せることも可能だろう。
【健康体α】のお陰で際限なく筋力を増大できる陽一には、向いている武器かもしれない。
「魔力を流せば最大で十倍まで重くできる。どうだ、面白いだろう?」
小さな短剣から100キログラムの一撃を出せるとなると、たしかに面白いことになりそうだが、残念ながら陽一は体外に魔力を出すことができない。
そのことを説明すると、セレスタンはふたたび腕を組み、ブツブツと呟き始めた。
「ふむ……。では強制的に魔力を吸い出すような術式を付与すればいいか? しかしそれでは常に重いままだし、魔力消費も……。いや、何かスイッチのようなもので制御すれば? ならばサムに相談してみるのも……」
しばらく考え込んだあと、セレスタンは顔を上げた。
「とりあえずその短剣を普通に扱えるように鍛えておけ。俺もいまはお前にだけかかずらうわけにもいかんしな」
そこで陽一はセレスタンからいくつかの型と、素振りの際の注意点などを教えてもらった。
「あー、それから。領主経由でアラーナちゃんから伝言だ」
「アラーナから?」
「ああ。しばらくは手が離せないから、先に帰ってミサトの看病をしてやってくれとさ」
「そうですか。わかりました」
「素振りと型の練習、サボるなよ?」
『グランコート2503』に戻った陽一は、リビングなどで素振りや型の練習をしつつ合間を見て実里の様子を見るようにしていたが、そのうち彼女に請われて寝室で行うようになった。
鍛えているところを見られるというのはちょっと照れくさかったが、人に見られることで緊張感が増し、思った以上に訓練に集中できた。
それにちょっとした合間に交わすとりとめのない会話が、お互いにとっていい気晴らしにもなった。
○●○●
実里の体調は日に日に回復し、日常生活には支障をきたさなくなってきた。
それでも陽一はできるだけ実里のそばにいようとしたが、セレスタンの訓練は多忙な彼のちょっとした空き時間に行われることが多く、また陽一自身も魔物集団暴走《スタンピード》の後始末で忙しくなり、徐々に日本へと戻る時間が短くなっていく。
「今日はお外へ買い物にも行けましたから、しばらくひとりでも大丈夫ですよ」
少なくとも魔力のない日本では問題なく過ごせるようになった実里からそう言われ、陽一は2日ほど異世界に留まった。
そして久々にアラーナを連れて『グランコート2503』に【帰還】してみると、部屋に実里の姿がなかった。
「靴がないから、買い物にでも行ってるのかな?」
こんなことならスマートフォンのひとつでも持たせておくのだったと、少しだけ後悔しながら、陽一は近所を見回るべく部屋を出た。
入れ違いになるといけないので、アラーナには部屋で待っていてもらう。
「あの、藤堂さま」
エントランスに出たところでマンションコンシェルジュから声をかけられた。
「こちらをお預かりしております」
コンシェルジュは1台のスマートフォンを陽一に手渡した。
「これを、俺に? だれが?」
「星川さまと伺っておりますが」
「星川? 実里かな……」
スマートフォンを受け取った陽一は首を傾げる。
「ロックはかかっていないので、着信履歴の番号へかけるよう言付かっております」
「はぁ……」
首を傾げたまま、陽一は指示通りスマートフォンを立ち上げ、着信履歴にひとつだけ表示されていた番号に発信した。
数回のコールで相手が出た。
「あの、もしもし?」
『あー、やっとかけてきたのか』
もしかしたら実里が出るのではないかと思っていたが、電話の向こうから聞こえてきたのは男の声だった。
「えっと、すいませんがどちらさま――」
『ヨウイチっていうのはお前か?』
「え?」