Ee, Teni Shippai? Seikou?
15 Stories Reunion Part II
道中、アレクが終始無言だったため陽一は少々居心地の悪い思いをしながら、3人は10分ほどでホテルに到着し、併設されたレストランに個室があるというので、そこへ入ることにした。
アレクはすでにエマへ転生について話しているということで、彼女にも同席してもらい、これまでの経緯を説明していく。
ただし、東堂家のことを話すとややこしいことになりそうだったので、その辺りは適当にごまかした。
「そッスか……。そっちじゃ、あれからまだ何ヶ月も経ってないんすねぇ」
陽一の話を聞いたあともしばらく無言だったアレクは、戸惑いがちにそう言った。
「手術はいま始まったばかりだから、出産には立ち会えるぞ?」
「オレの子……ッスか……」
どこを見るでもなく俯きがちにそう言ったあと、アレクはふと顔を上げる。
「そっちじゃまだちょっと前の出来事かも知れないッスけど、オレにとってはもう20年も前のことなんスよ」
そして彼はそう言って力なくほほ笑んだ。
「20年間オレはこっちで生きてきて、いろんな人と知り合って、大切な人もできた」
そこでアレクは、ちらりとエマを見たあと、再び陽一に視線を戻した。
「いきなり20年前のこと蒸し返されて、いろいろ言われても、オレはどうしていいのかわかんねぇッスよ」
「そっか……」
もしかしたら自分は少し舞い上がっていたのかも知れない、と陽一は思った。
靖枝ら家族を苦難から助け、出産に危険が伴うと知って異世界に連れてきた。
そこへ死んだ彼女の夫の記憶を持つ青年がタイミングよく自分を訪ねてきたものだから、出産に立ち会わせてやろうと息巻いてきたが、よくよく考えれば善意の押しつけだったのかも知れない。
靖枝にとって東堂洋一は故人であり、アレクサンドル・バルシュミーデにはすでに彼の人生があるのだ。
「悪かったな。君の事情も知らず、勝手に話を進めようとして……」
「いえ、お気遣いには感謝します」
アレクは神妙にそう答えると、深く頭を下げた。
「じゃあ、俺は何かあるといけないから、戻るわ。よかったらここは俺が持つから、好きなもの注文していってよ。落ち着いたらまたゆっくり話そう」
「ちょっといいかしら」
陽一が立ち上がったところで、エマが陽一に声をかけた。
「私、いまだに異世界とか転生とかよくわかってないのだけど、ようはアレクの奧さんが彼の子供をこれから産もうとしてるってことよね?」
「まぁ、そういう認識で間違いはない、かな……」
陽一はエマの言葉を脳内で反芻し、彼女の言葉を肯定した。
「おい、エマ」
エマを窘めようとアレクは声を上げたが、彼女はそれを視線で制し、さらに陽一へと問いかける。
「ヨーイチさんの国……ニホン、だったかしら? その、ニホンでは、父親が出産に立ち会うのは普通のことなのかしら?」
「んー、元々そういう習慣があったわけじゃないけど、最近は立ち会うことが多いのかな」
「新しい習慣だけど、好意的に受け入れられてる?」
「概ね」
「そう……」
そこでエマは軽く俯き、口に手を当てて何か考え始めた。
ふたりの男がそれを無言で見守るなか、彼女は1分ほどで顔を上げた。
「ねえアレク」
「……なに?」
「いつか私があなたの子供を産むとして」
「はい?」
自分の言葉に対して間抜けな声を上げたアレクを、エマはジトリとねめつけた。
「あ、うん、続けて……」
アレクの態度に短くため息をついたあと、エマは表情を改めて再び話し始めた。
「私がアレクの子供を産むとき、近くにあなたがいてくれたら、とても心強いと思うの」
「エマ……」
「そして子供が生まれた瞬間、あなたとその喜びを分かち合えるとしたら、それは素敵なことだと思うわ」
そこでエマは言葉を切り、アレクを見据えた。
「あなたの奧さんがいま難しい出産に臨んでいるなら、あなたがそばにいてくれると心強いのじゃないかしら? 子供が生まれた瞬間、あなたがそばにいれば、とても嬉しいんじゃないかしら?」
「でも……俺は……」
「ねぇアレク」
エマが、フッと表情を緩める。
「あなたここにくるまで、トコロテンの人に会えることを凄く楽しみにしてたわよね?」
「……ああ」
「でも時々もの凄くつらそうな顔してた」
「……!?」
「それって、もしかして奧さんのことを考えてたからじゃないの?」
「いや、そんなことは……。俺にとっては20年も前のことだし、それに、俺にはもうエマが――」
「私を言い訳にしないで」
「――うぅ……」
エマに痛いところを突かれたのか、アレクは言葉を詰まらせた。
「そもそも奧さんとのことは私と出会う前……いいえ、それどころか生まれる前のことでしょう? そんな昔のことを気にするほど、私の心は狭くないわ」
軽くおどけたように肩をすくめたあと、エマは再び真剣な表情になり、アレクを見つめる。
「私はあなたが何を思っていたのか、いま何を考えているのか、本当のことが知りたいの。言いたくなければ、無理にとは言わないけど」
「オレは……」
エマから目を逸らし、俯きがちのままアレクは話し始めた。
「トコロテンの名前を目にしたとき、真っ先に思い浮かんだのは靖枝のことだった。あの日、出社するオレを、大きなお腹を抱えて見送ってくれた、妻の姿だった」
少しつらそうに言葉を紡ぐアレクに向けたエマの眼差しが、少し柔らかくなっていることに、目を逸らしたままの彼はまだ気付いていない。
「元気にしているだろうか。子供はちゃんと生まれただろうか。シングルマザーで苦労してないだろうか。それともいい人に巡り会えたかな。その人に、オレの子はちゃんと懐いてるかな。でも20歳ならもう大人か。できれば酒が飲みたかったな……そんなことばっかり、ぐるぐるぐるぐる思い浮かんできて……」
いつの間にか、アレクの目からはポロポロと涙がこぼれ落ちていた。
「でも、もう会えないんだ。東堂洋一はとっくの昔に死んでいて、オレはアレクサンドルっていう別人だから。遠い世界のことだけど、靖枝は子供を無事に産んで、幸せに暮らしていればいいなって思った。でも時々靖枝にはオレを思い出して欲しいなって……なのに……」
涙を流しながら俯いたアレクは、しばらく言葉を詰まらせて肩をふるわせていたが、不意に勢いよく立ち上がり、陽一に詰め寄った。
「藤堂さんがあっちとこっちを行き来できるってどういうことッスか!?」
さらにアレクは、陽一の襟首を掴んだ。
「そのうえそっちじゃまだ何ヶ月も経ってなくて、子供も生まれてなくて、っていうかいままさに子供が生まれようとしてるって言われて、オレぁどうすりゃいいんすか!?」
「東堂くん……」
「もうね……わけわかんないッスよ……」
陽一の襟を掴む手から力が抜け、アレクはうなだれた。
「あなたはどうしたいの、アレク?」
いつの間にか立ち上がっていたエマが問いかける。
「オレは……」
エマのまっすぐな言葉と視線を受けたアレクは、陽一から手を離し、少しよろめくように後ずさると、胸の前で両手を広げ、自分の身体を見下ろした。
「でも……オレは、こんなナリだし……いまの靖枝にとっちゃあ赤の他人だし……」
「そんなの遠い親戚とか昔世話になった知人とか、適当にごまかせばいいのよ」
エマの言葉にアレクは驚き、顔を上げて彼女を見返した。
「もう一度聞くわ。アレク、あなたはどうしたいの?」
「オレは……」
エマを見つめたまま、アレクの表情がくしゃりと崩れる。
「会いてぇ……靖枝に会いてぇよぉ……」
口元をわななかせながら心情を吐露したアレクは、その場に崩れ落ちた。
そんなアレクに歩み寄ったエマは、ふわりと彼を抱きしめた。
「ごめん……エマ……ごめんなぁ……」
「ばかね、謝ることなんてないのよ」
アレクを優しく胸に抱くエマは、目に涙を浮かべながら穏やかにほほ笑んでいた。
(女の人ってのはすげぇもんだなぁ……)
陽一は感心しながら、そんなふたりの様子を見守っていた。