Ee, Teni Shippai? Seikou?

Six stories, to the Count's mansion.

パトリック討伐を成功させるには、以下のふたつの条件を満たさなくてはならない。

ひとつは無論、パトリックを捕縛、もしくは倒すことだ。

それには魔人アマンダの討伐も含まれている。

そしてもうひとつは、領都の自爆機構を無力化することだ。

コルボーン伯爵領の領都ファロンは、少し歪(いびつ)な台形をしており、東側が山、西、南、北の各辺を市壁が囲っている。

そして領都を護るそれら市壁の四隅に、自爆機構の起動および動力源となる設備があった。

それらはひとつで町の4分の1を崩落させる威力があり、起動自体は一括でできるもののそれぞれが独立して作動するので、

ひとつでも残せば大惨事となる。

「じゃあ、そっちは任せたぞ」

陽一の言葉に実里、サマンサ、シーハンの3人が頷く。

作戦としては、まず現在地からもっとも近い西壁南端の施設に3人で潜入し、サマンサが解析をして装置を無力化する。

幸いというべきか、この自爆装置は大規模であるがゆえに4つとも構造がまったく同じだった。

なので、ひとつを完璧に解析すれば、それを無力化できる魔道具を、サマンサはその場で作ることができるのだ。

「悪いな。俺がもう少し正確に教えてやれればよかったんだけど」

【鑑定+】を使えば、離れた場所からでも装置の構造を知ることは可能だ。

しかし知ることと理解することには大きな開きがある。

魔道具の術式というのは、特殊な言語と絵図の組み合わせだった。

それを【鑑定+】で見て、知ることができても、伝えるのは難しい。

日本語しか読み書きできない者が、キリル文字で書かれた本を、まるまる一冊手書きで書き写すようなものだ。

いくら【言語理解+】が魔術言語の読み書きに対応しているからといって、文字だけでなく絵図の配置まで正確に伝えるには時間がかかりすぎるのだった。

市壁近くにあった魔法陣の処理をサマンサに任せたのも、同じような理由からだった。

「問題ないよ。事前にあれだけわかっていたからこそ、無力化用の魔道具だって途中まで作れたんだし」

いかにサマンサが優秀だとしても、大規模な魔道設備を停止させるような魔道具を一から作るのには、相当な時間がかかるのだ。

「魔道具さえ作ってもらえれば、あとはあたしたちがなんとかするから、任せといて」

無力化の魔道具ができたら、あとは実里、シーハン、サマンサで手分けして残る3つの設備を無力化するだけだ……といっても、それほど簡単なわけではない。

ファロンの市壁は、南北に長い西壁がおよそ10キロメートル、東西に延びる北壁と南壁はそれぞれ約8キロメートルに及ぶ。

しかも市壁の上には防衛兵がいつもより多くいるので、それを避けながらの移動が必要なのだ。

「隠蔽の魔道具があるからめったなことはないと思うけど、油断はしないでね。あと、結構遠いし」

接触しても気づかれないほどの効果を持つ魔道具だが、相手が警戒していれば話は違ってくる。

中には勘の鋭い者もいるので、気づかれる恐れはあった。

「心配せんでも、遠いとこのふたつはうちがちゃちゃっと無力化したるわ」

最初に攻略する南西の設備から、もっとも遠い北東の設備までおよそ18キロメートル。

その途中にある北西の設備も含めたふたつを、身体能力にも隠密行動にも優れているシーハンがまとめて担当することになった。

残る南東の設備は実里とサマンサが担当する。

「ミサト、サマンサのことはまかせたぞ」

「うん」

アラーナの言葉に、実里は力強く頷く。

最初の設備を攻略し、魔道具を作って仕事を終えたからといって、戦闘に疎いサマンサをひとり敵中に置いておくことはできない。

なので、もっとも近い設備に向かう実里がサマンサを護りながら攻略に向かうことになっていた。

「ふたりとも、こっちはわたしたちに任せてください。だからそっちは任せましたよ?」

「おう」「うむ」

実里たち3人が南西の設備に向かったのを見送り、陽一とアラーナは市壁の内側に目を向けた。

少し灯りの少ない夜景が、眼下に広がっている。

「よし、じゃあいこうか、アラーナ」

「うむ」

ふたりはうなずき合うと、数メートルの助走をつけ、町の中めがけてジャンプした。

陽一とアラーナが、いかな超人的な肉体を有しているからといって、50メートルの高さから落下すればただではすまない。

そこでふたりが目指したのは、市壁から道を挟んだ場所にある高さ20メートルほどの頑丈な建物だった。

市壁近くの道幅は約15メートル。

日本の道路でおよそ4車線の距離を、並外れた脚力と30メートルの高低差を利用して、ふたりは飛び越えようとしていた。

高さが50メートルが30メートルに変わったところで、五十歩百歩といったところだが、無論なんの用意もなしにふたりが跳ぶわけもない。

「いまっ!」

陽一はあと10メートルに迫ったところで、着地地点へ空気を充填した救助マットを置いた。

災害時などに使われる、かなり大きなものだ。

――ボフッ……! ボフッ……!

クッションに包まれる鈍い音とともに、陽一とアラーナが続けて着地する。

アラーナの着地地点にも、自分のとは別のマットを置いていた。

このマットは、続けて着地すると衝撃吸収力が下がるからだ。

「よし、なんともないな」

「うむ、なかなか楽しかったぞ」

地上15メートル、体重120キログラムの人までに使用可能、というスペックのマットだが、垂直落下でなかったことと、ふたりの身体能力が人並み外れて高いおかげで、怪我ひとつなく着地できた。

「さっさと地上に降りよう」

「うむ」

次は建物の屋上から飛び降り、同じくマットを出して着地する。

推奨スペックより5メートル高い場所からの垂直落下だったが、マットの能力が足りないぶんは超人的な身体能力でカバーした。

「無事町に入れたな」

周りに人がいないことは【鑑定】済みだし、救助マットには遮音の魔術を施してあるので、相当の近距離でなければ着地音は聞こえない。

「では、いこうか」

「おう」

陽一の先導でファロンの町を走る。

討伐を警戒しているだけあって、夜中だというのに兵士の姿が目立った。

しかし、名工サム・スミス謹製の隠蔽の魔道具のおかげで、ふたりは難なくパトリックの館にたどり着くことができた。

「警備が少ないようだが」

「まさか潜入されるとは思っていないんだろう。私兵のほとんどは外に対して警戒しているし、屋敷の警備を担当する騎士団も、町の巡回に出払ってるみたいだ」

パトリックの館は周りをぐるりと塀に囲われていた。

高さは5メートルほどだが、その上にも、飛来物を防ぐ結界が張ってある。

コンクリートのような素材の塀は幅が3メートルほどあり、さらに魔術によって強度が高められているので、破壊は困難だ。

正面の門は鋼鉄製だが、こちらには魔力を吸収し、一部を跳ね返す魔術が施されていた。かなり大がかりな術式のため、大きな門などにしか使えないものだが、効果は高い。

純粋な物理攻撃には弱いのだが、この世界のあらゆる物質には魔力が含まれ、あらゆる人が魔力を有しているので、たとえ衝(しよう)車(しや)――車輪のついた巨大な杭を打ちつける攻城兵器――を使っても、破壊は困難だろう。

魔術にいたっては、ほとんど効果がないどころか、反撃を食らう可能性もあるのだ。

そしてもちろん、魔物に対しても有効であり、メイルグラードの城門を含めて人類圏で広く使われる術式である。

「ま、俺には通用しないんだけどね」

しかし、魔力を伴わない純粋な物理攻撃となると、話は変わってくる。

そうした攻撃に対して、この門は額面どおり鋼鉄の強度しか持ち得ないのだ。

「じゃあ、派手におっぱじめようか」

「うむ」

ロケットランチャーを肩に担いだ陽一は、鋼鉄の門に狙いを定めて引き金を引いた。

――ドガアアァァンッ!!!

耳をつんざく爆音が響き、鋼鉄の門はあえなく破壊された。

もちろん、音を抑える魔術など施してはいないので、館の内外では大騒ぎが始まる。

しかし陽一とアラーナは気にする様子もなく悠然と歩き、壊れた門をくぐった。

「立派な庭だねぇ」

「そうだな。趣味は悪くない」

しっかりと手入れの行き届いた庭には、普段より少ないながらも警備兵がおり、それ以外にも館に勤めるいろいろな人たちが、慌ただしく駆け回っていた。

そんななかを、ふたりは気にせず歩いていく。

魔道具のおかげで、誰にも気づかれず庭の中ほどに達した。

「さて、このあたりかな」

館の入り口にも鋼鉄製の大きな扉があり、少し効果は低いが門と同じような魔術が施されていた。

「次はこれでいいか」

そう言って陽一は、対物ライフルを取り出した。

ここだとロケットランチャーでは威力が強すぎて、人を巻き込むと考えたからだ。

通常は二脚を立てて使用する武器だが、超人的な筋力に任せて腰だめに構えた。

――ドシュッ! ドシュッ! ドシュッ……。

立て続けに銃声が鳴る。

陽一らの近くにいた警備兵や使用人たちは、なにごとかと警戒したり怯えたりしたが、隠蔽を看破するには至らなかった。そしてほどなく……。

――ギ……ギギィッ……ゴォァアアァン!!

館の扉が内側に倒れた。

【鑑定+】のサポートによって、陽一は扉の蝶番(ちょうつがい)を破壊したのだった。

もちろん、だれも扉の下敷きにならないようなタイミングを見計らって。

「おじゃましまーす」

陽一らは破壊された扉を越えて館に入った。

防衛のためか、館の造りは複雑だった。

平時であればこう複雑でもないのだろうが、非常事態宣言を出したいま、通路のいくつかが移動式の壁によって分断されており、一部の扉には格子がはめられていた。

また、各所に警報を鳴らしたり、ちょっとした迎撃を加えるような罠を発動させる魔法陣が設置されている。

「アラーナ、ここは左の壁沿いを歩いて」

「うむ」

「えっと、この扉は開けると警報が鳴るから……こっちから回っていこう」

「心得た」

しかしいくら罠を仕掛けているとはいえ、騎士や執事、メイドなどの館に詰める者までもが引っかかるのは問題なので、安全なルートは存在するものだ。

もちろん全員がそれらの罠をすべて把握しているわけではないが、役職によって行動範囲を決め、セーフゾーン内で行動を取るようにしていればめったなことはおこらない。

そして陽一の【鑑定+】はそういったセーフゾーンをあっさりと看破できるのだ。

「あー、その突き当たりの棚をずらしたら、階段がないかな?」

「む、あったぞ」

「じゃあそこを降りよう」

ほどなく陽一らは、パトリックが隠れている部屋にたどり着いた。