Endo and Kobayashi’s Live Commentary on the Villainess
Episode 20: Gone - …
運動部の男なんてものは、基本ジャージで生きている。
現在は放送部員として生きてはいるものの、根っこは野球少年だった俺も例外ではなく、基本的にファッションには疎い。ぶっちゃけ服なんて着てるだけでほめて欲しいくらいだ。
だけど、さすがに、好きな女の子とのデートのときくらい、もうちょい気合いれるべきだった。いや、服なんてろくに持ってないんだけど。
待ち合わせの地元駅の改札前で、小林さんがむこうから走ってやってきて、まず思ったことは、彼女がかわいすぎるということと、そしてそんな彼女の隣を歩くには、俺はあまりにもテキトーな服装で来てしまったということ。
「なにそれちょーかわいいー……。小林さんがかわいすぎるー……。こまったー……」
思わず俺がそうつぶやくと、それが聞こえたらしい小林さんがぎょっとしたような表情になって、挙動不審な動きをする。
「へっ、えっ、な、ど、どうしたの遠藤君いきなり。
あの、……待たせてごめんね?」
そういって小首をかしげた小林さんは、とにかく可愛かった。
日ごろはシンプルにまとめていることの多い髪はあみこみながらシニョンにまとめあげているみたいだ。服装は丸襟の白いノースリーブにボーダーのカーデをはおり、水色の膝下丈のスカートと少しヒールの高い黒のサンダルを合わせていて、清楚で上品でかわいい印象だ。手に持ってるかごバッグまでかわいく見える。
「いや、俺がはやすぎた。っつーか俺こそごめん小林さんがせっかくそんなかわいい格好で来てくれたのに俺フツーにフツーの格好で来た……」
まだ待ち合わせの5分前だ。
普段自宅にいるときの彼女とはちがい、きちんとおしゃれをしてほんのり化粧までしている小林さんの方が準備にかなり時間がかかったに決まっている。つまりはむしろ俺が遅刻してる。いや遅刻はしてないけど。15分前にはいたけど。だめだわけわかんなくなってる。
俺は普段どおりの某スポーツメーカーのTシャツ、七分丈のジーパン、サンダル、ボディバッグ、以上。死んだ方がいい。少なくともこんなかわいい女の子の隣を歩いていい存在ではない。
「えっと、なんでいきなりへこんでるのか、意味がわかんないんだけど、遠藤君は体格がいいから、そういうシンプルな服装でも、かっこいい、よ……?」
天使か。
なんとか俺を慰めようとしどろもどろにそういってくれた小林さんの優しさに、ちょっと泣きそうになった。
「いや、今日はおいわいだし、デートだし、俺ももうちょい気合いれるべきだった」
俺がそう言って頭を振ると、彼女は困ったような笑顔を浮かべる。
「えっと、じゃあ、次デートするとき用に、ご飯食べたあとにお洋服も見に行こうか?」
「ありがと。よろしく」
え。つーか次とかあんのか。マジか。
反射的に小林さんの申し出にのっかってから、じわじわとうれしさがこみ上げてきた。
おいわいランチを食べて解散じゃなくて、買い物プラス次回の約束まで取り付けてしまった。
「よし決定ー。さ、そうときまったらはやくごはん食べにいこ!予約の時間になっちゃうし!」
そういって小林さんは、くるりと身を翻して駅ビルの方向へと歩き出す。
今日はおいわいということで、昨日某スイーツとパスタのお店に予約をいれた。まだ予約の時間まで多少余裕はあるが、早く行っておくにこしたことはないだろう。
小林さんの背中を慌てて追いかけようとしたそのとき、改札からどっと人があふれ出してきた。ちょうど電車がついたのだろう。
はぐれてしまうかもしれないと、焦ったその瞬間。
「エーファ!」
「きゃ……っ!?」
人の群れから走って飛び出た見知らぬ男が、小林さんの腕を掴み、わけのわからないことを言った。エーファってなんだよ。
「え、や、はなし、て……」
小林さんが恐怖に固まりながら弱弱しくそういうのを見ながら、人の流れが邪魔でなかなか助けにいけない状況に歯噛みする。
「……エーファ、じゃ、ない……?」
小林さんの腕を掴んで彼女をじろじろとぶしつけに眺めていた男は、ふいに首をかしげながらそういった。エーファって人名なのかよ。だれだよ。
「彼女になんの用ですか」
やっと追いつけた俺が小林さんを抱き寄せながら男をにらむと、やっと男は彼女から手を離した。
首をかしげたままぼけっとしている男を観察する。
俺は身長185センチちょいあるが、目線があまり変わらない。こいつもかなり背が高い方だ。小さな顔に対して不相応に大きなサングラスを合わせていて実にあやしげだが、鼻筋は通っているしスタイルも悪くない。服もファッション紙から抜け出てきたようなサマージャケットに革靴で、なんというかモテそうというか金もってそうというかきちんとした雰囲気の不審者だ。
「……あ。その、すまない。
エーファに、その、僕の恋人に、彼女があまりにも似ていたから、その、間違え、て……」
そういって男は頭を下げた。小林さんがほっと息をつく。人違いだったか。不審者ではないらしい。
「いやかすかにだけどエーファのにおいがする。でもこの世界に彼女はまだ、いや、まさか」
ぶつぶつぶつと、早口にわけのわからないことを彼は言う。やっぱり不審者だった。
「におい……、ってなんですか気持ち悪い。シャンプー?それか、今日はちょっとだけ香水つけてますけどそれ……?」
小林さんはどんびきした表情でそういった。
どおりでいいにおいすると思った。そういやどさくさにまぎれて抱きしめたままだった。いや目の前に不審者がいる以上はなすわけにはいかないけど。
「ああ……、いや、そういうのでは……。
重ね重ねすまない。勘違いだったみたいだ。その、恋人と、しばらく会えていなくて、あまりにも寂しくて、少し、錯乱していた」
男はそういって再び頭を下げた。
少しじゃねーし、じゃあもうさっさとどこか行ってくれませんかね、不審者。
「要するにナンパ?違うんならさっさとどっか行ってくれない?」
腹が立った俺が低い声でそういうと、男はびくりと頭を上げる。
「ちがう!けしてそんな不埒なことは!
ナンパ……、なんて、する必要もないし、する気もないし、いや、たしかに僕はあやしかったけれども!」
ぶんぶんと手を振りながら、男は言い訳をした。
「あー、その、僕は……」
そこで言葉を切り、男はちらちらをあたりを見回す。
改札から流れ出てきた人の波は、すっかり去っている。
それを確認した男は、そっとサングラスをはずし、その顔をあらわにした。
サングラスの下から出てきたのは、完璧に整った、息をのむほどの美貌だった。ナンパをする必要なんて、たしかになさそうだ。いや、それより、どこかで見たことのある顔だ。
「……久遠(くおん)、桐聖(きりせ)」
小林さんが、ぽつりと、そういった。
そう、たしかそんな名前の若手俳優の顔だ。
小林さんが自分の名を言い当てたことにほっとした表情になった男は、そっとその美貌を再びサングラスで隠す。
「そう。そういう立場の人間、なので、軽薄にナンパなんてしない、と、信じて欲しい。
本当に、人間違いだったんだ」
そういって男は頭を下げた。芸能人だからと無条件に信じるわけではないが、少なくともこの顔なら下手なナンパなんてする必要はたしかにないだろう。
「わかりました。じゃ、私たちはこれで」
同じく納得したらしい小林さんは硬い表情のままそういって、ぺこりと会釈をして歩きだそうとする。
「……いいの?」
うちの姉か妹なら、街中で偶然名前がすぐに出てくるレベルの芸能人とあったら、もっとはしゃぐ。サインも写真もねだるだろう。
小林さんはそれでいいのだろうかと思い腕をゆるめずに尋ねると、上目遣いで見上げられた。かわいい。
「興味ない。そろそろマジで時間ヤバイし」
そういって今度こそ歩き出す彼女を追う前に、ちらりと久遠桐聖を見て、会釈をした。
サングラスでほとんどわからなかったが、彼はなんだか複雑な表情をしている気がした。
――――
よくよく考えたらとっさとはいえ抱きしめるとかなに考えてた俺めっちゃ華奢だったくっそいいかおりした上目遣いもかわいかったああもうしばらくこの感触だけで生きていける……!
そんなことをぐるぐると考えていたら、いつの間にやら店についていつの間にやらパスタを一口食べていた。なんでナスのやつにした、俺。ナス苦手なくせに。苦手なナスの風味が口の中に広がったから、意識が戻ってきたんだけどさ。混乱しすぎだな?
「……結局、なんだったんだろうな?さっきの」
俺が、そういや久遠桐聖も混乱していたというかわけのわからないことを言っていたなと思ってそう尋ねると、小林さんはもぐもぐと口の中のサラダを食べきってから、口を開く。
「うーん、エーファっていうのは、よくわかんなかったけど、よりにもよって久遠桐聖だから、なんか気になる、よね?」
小林さんの言葉の意味がわからなくて首を傾げると、小林さんはパンと軽く手を打った。
「そっか、遠藤君は知らないか」
「あのね……、久遠桐聖も、まじこい、に、関係があるんじゃないかな?と言って言えないこともないようなそうでもないような、考えすぎともいえるけど……うーん」
先ほどの久遠桐聖の言葉並みに意味がわからないことを小林さんは言った。
「あのー、まじこい、神様ルートあるじゃん?隠しの」
小林さんの言葉に首をひねりっぱなしだった俺は、そこでようやくうなずくことができた。
「あの、他のルートだとずっと声しか出なかった神様キャラが攻略できるってやつ、だろ?」
他のルートではバルドゥールが死ぬか負傷をしたときに『泣かないで僕のいとし子』とか言ってフィーネを覚醒させるだけの【神様】が、ノーマルバッドまで含む全ルートを攻略すると攻略できる、だったはず。
自信はなかったがそう確認すると、小林さんはうんうんとうなずいた。
「そ。フィーネママが公爵令嬢で、それって王族の傍系ってことだからとかいう無茶理論でフィーネまで神の声が聞こえるようになって、神様と恋をするルートね。
で、そのエンディングで、神様の花嫁になったフィーネは彼の住む世界に連れて行かれるんだけど、それがどうにも地球の現代日本っぽい……、ってのは、知ってる?」
知らない。
俺が軽く首を振って否を示すと、小林さんは軽くうなずいた。
「知らなかったか。そうなんだよ。
で、その神様が某K大に通いながら俳優としても活躍している超絶イケメンで、名前がクオンなの」
それって……、まんま久遠桐聖のプロフィールじゃん。
「偶然の一致ってことになってるけど、グラも似てるしまじこいの制作が勝手にモデルにしたんじゃないのか、とか、『え、実質桐聖くんと恋ができるゲームとか神。桐聖くんも神だし制作も神』とかって一部の久遠桐聖ファンの間で話題になった、んだよね」
偶然の一致、たまたま、そんな言葉で片付けてしまうこともできるだろう。けれど。
「その情報と、俺たちがまじこい世界と不思議なかかわりをしていること、それからさっきの久遠桐聖の言動を合わせて考えると、なにか大きな話の流れがありそうな、気もする、よな?」
俺が薄ら寒くなりながらそう尋ねると、小林さんは静かにうなずいた。
「ね。さっき呼ばれた名前が、エーファ、じゃなくて、フィーネ、だったらもう確信なんだけど、なんか、もやっと気持ち悪さだけが、残っちゃったねぇ」
その通りだ。
俺としては、このままさっきのはただの偶然であってほしいけど。
イケメン俳優と小林さんが関わる機会なんて、あれっきりだと、思いたい。
険しい顔をしているであろう俺に、小林さんは軽い口調で尋ねてきた。
「ところで、さっきからめっちゃナスだけもてあましてるように見えるけど、苦手?それとも好きなものはとっておく派?」
苦手。
とは、なんとなくいえなかった。