Entering a Company From Another World!?
388 You should plan your rewards before you put them behind you
社長が後見人になったり、五人の将軍からえらい物をいただいたりと、俺の入院生活は心穏やかとは言えない生活の中で終了した。
「………どうしましょう」
「………そうですね」
「?何か困ることでもあるのか?」
「ないな」
そして退院したその日の夜、夕食を終えた後に家族会議を俺が提案するのに迷いはない。
リビングの近くに設置したのベビーベッドにサチエラとユキエラを寝かせ、側に椅子を置きそこに座るスエラと、俺の座るソファーの隣に座るメモリアは見せられた目録の内容に頭を捻らす。
対して対面に設置されたソファーに座るヒミクと隣の個人用のソファーに座るエヴィアは大して気にした様子もなくそれぞれの飲み物を飲んでいる。
対応から見て、ヒミクはもらえるものはもらっておこうというスタンスで額の方も世間知らず的な感覚でスルーしている。
対してエヴィアは大貴族特有の金銭感覚で問題ないと受け止めているように見える。
「………」
「………」
そして悩んでいるように見えるスエラとメモリアの考えも違う。
スエラはこういっては何だが、一般家庭よりの考えだ。
ある意味で俺に一番考えが近い。
大金に最大限の配慮、そのどれもが手にしたことのないような品々。
それに対してどう対処すればいいか困惑している。
そんなスエラとは違い、メモリアの場合は商人的視点、所謂、この報酬に対して俺がどこまでの働きを期待されているかを考えている対価的思考をめぐらせている。
「社長やエヴィアはああいっていたが、正直使っていいのか?という疑問の方が先立つんだ」
そして目録の隣にある通帳にはフシオ教官から振り込まれただろう報酬が記載され、エヴィアが持ってきた箱がテーブルに積まれ、その中に金剛石や紹介状、そして何かを起動するための鍵、リビングの端には雰囲気のいいインテリアとして神々しい苗が飾られている。
ちなみにだが、やはりダークエルフと言うことか、この世界樹の苗を見た時の我が娘たちの反応はかなり良かったと先に言っておく。
「物を受け取った後に出てくる台詞じゃないな」
「仕方ないだろ。ダンジョンとかで稼いだ金は半分以上が経費って感覚で使ってるが、こればかりは個人資産ってことだろ?元一般人の感覚としてはこの報酬は破格すぎる」
俺の正直な言葉にエヴィアが呆れたように笑うが、その言葉に対して断固として抗う。
何せこっちは元ブラック企業にて戦っていた社畜だ。
宝くじを買ってこの企業から抜けだすという発想すら生まれなかったほど社畜根性が染みついている。
なのにもかかわらず、この会社に来てからどんどんお金がたまる一方。
かと言って俺はそこまでお金を使うほうではない。
車だってあるし、家も社宅がある。
趣味はそこまで高価な趣味というわけでもないし、高い酒は教官たちが飲ませてくれる。
一番使う用途で高いのは正直仕事道具とかだ。
次にスエラたちに送るプレゼントとかデート代に旅行費くらい。
これからは子供の養育費もかかるだろうが、それも心配など欠片も生まれない。
なのにも関わらず、ここまでの物を報酬として渡されると、正直困る。
キオ教官からもらった金剛石はそのままスエラたちの結婚アクセサリーに変えればいいと思う。
そこはいい。
社長の後見人に関しては一旦スルーで良いとして、残った報酬の使い道は俺からすれば正直どうすれば?と言わざるを得ない。
十桁のお金なんて家を買ったら貯金程度の発想。
国宝級の職人になんて正直パーティーの防具を作ってくれとしか依頼できない。
魔導機動戦艦?とんでもなくデカイインテリアになりそう。
いや、逆転の発想で戦艦の中に住むか?戦艦と言えるのなら防備としては完璧だし、ある意味でエヴィアの土地を活かせるが子供の教育上よろしくないだろうし、スエラたちが戦艦に住みたいと言うかどうかも怪しい。
唯一世界樹は子供のために庭にでも植えてガーデニングでもするかと思うが、どうやって育てればいいかは勉強しなければならない。
結論。
「正直、フシオ教官のお金とエヴィアの土地、それと巨人王様の報酬と樹王様の報酬を活かすとなれば家意外に使い道を思いつかないんだ」
使い道が思いつかないのだ。
「そうですね。私もそこが落としどころだと思いますね」
スエラも俺と同じようだ。
ベビーベッドの縁に手をかけ苦笑する彼女と俺は同じ表情をしているに違いない。
「妥当だな。私のダンジョンの中であるのなら、あの方が国を治めている間は色々と国としての保証も効く。悪くない考えだと思うぞ」
下手に投資とかに手を出すよりもいいのだろう。
エヴィアも不満はないようだ。
「あの、少しいいでしょうか?」
この後はてっきり家の話になると思ったが、その話に割り込むようにメモリアがすっと手を挙げる。
「どうした?」
彼女の中でも考えがまとまったのか、あるいはこのタイミングで言っておかないといけないだろうと思ったのだろうか。
どっちにしろ話を遮られたわけでもない。
気にせずメモリアの方に顔を向ける。
小柄なメモリアと隣り合ってる所為か、こちらが見下ろし向こうが見上げる形で見つめ合うような構図になる。
メモリアが上目使いするだけでかわいいと思ってしまうあたり、男として惚れているのだなと実感しつつ、その反応に少しムッとなる女性陣。
そして見つめ合う形となってしまったメモリアの頬にそっと朱色がさしているのに気づくも、周囲の女性陣の反応を指摘せず話の先を促す。
今晩は大変だろうなと、他人事のように思いつつ頑張るかと気合を入れていると気を取り直したメモリアが話始めた。
「次郎さんが機王様よりいただいた魔導機動戦艦を貸していただけないでしょうか」
「戦艦を?」
その内容は一番取り扱いに困っていた魔導機動戦艦を貸してほしいということだ。
戦力として使うのか?と一瞬思うも、メモリアがそんなことを考えるはずがないとすぐに否定。
「どういうつもりだ?」
エヴィアもそう思ったのか、言葉こそきついが語気自体は穏やかなもの。
目的が見えない故に少し警戒しているのは仕方ない。
彼女からしたらメモリアは女性としては同格であるが、社会的には軍人と商人の関係だ。
商人に戦艦を与えるなんて問題行為に他ならない。
当然そのことを承知しているはずのメモリアが個人的な理由でそういう提案をしたとは思わないだろうが、内容自体に問題があるためにエヴィアは一旦、公の立場をとった。
腕を組み、虚偽は許さないと言う雰囲気を醸し出すエヴィアに対してメモリアはわかっていると頷く。
「はい、しっかりと説明さえてもらいます」
彼女の言葉に迷いはなく。
少し不安げに見ていたヒミクとスエラもここは静観することにすると言葉を挟まない。
「現在話が国は、先日の天使たちの襲撃に加えて様々な襲撃によって疲弊しております」
「ああ、その通りだ」
居住まいを正し、エヴィアと面と向かって話し始めたのは現状魔王軍というよりは社長が治める国の現状の問題だった。
「我が商会でも様々な場所に物資を送り復興作業に援助しております」
「ああ、それは報告に聞いている………いや、待てまさか」
その次に出てきたのはメモリアの実家の商会が戦災復興業に参加しているということ。
この二つの繋がりに何かあるかと考えこんだ俺よりも先にエヴィアが何かを思いついたかのように眉を動かす。
「はい、その物資の運搬で魔導機動戦艦を使わせてほしいのです。次郎さんの名前で」
「俺の名前で使う?」
「はい」
「なるほど、見えてきた」
トントンと組んだ腕を指で叩くようにエヴィアはメモリアの発言を吟味しているが、俺もスエラもヒミクも話が見えない。
支援物資を積んだ魔導機動戦艦を使い、復興作業に協力する名義は俺?
それがいったい何の意味があるのか………
「トリス商会は次郎の支援者になるということか?」
「ええ、正確には〝将軍位〟を得るだろう次郎さんに援助するという名目になると思います」
パズルのピースが足りず最初はメモリアの話の意図が見えていなかったが、二人が続けて話す内容にピンときた。
「率直に聞きます、現状の魔王軍は次郎さん以上に戦闘力が秀で始めている存在がいないのではありませんか?」
「………否定はしない。だが正確には違う、人格面を含めなければ次郎並のそれこそ将軍位に添えられる戦力を持つ存在はいる」
「そう言うことか」
メモリアは俺が出世するために地盤を作ろうとしているのか。
「はい、そう言うことです次郎さん。私は今回の機会は次郎さんの立場を明確なものとできるチャンスではないかと思っています」
ピンチの時こそチャンス。
商人らしい発想だと思った。
この発言でスエラもメモリアがどういった意図で魔導機動戦艦を求めたかを理解した。
ヒミクは相変わらず首を傾げていたが、問題が起きそうではないので静観している。
俺が理解を示したことにメモリアは再び俺を見上げ、頷く。
「次郎さんは確かな成果を示していますが、それはあくまで一個人。上の地位に行くには権力者層の支持を得る必要があります。今回の騒動はその支持層を得るためのまたとないチャンスと言えます」
「………戦災被害の弱みに付け込むような感じで俺はあまり乗り気になれないが」
メモリアの言うことはある意味では選挙カーみたいな役割だ。
メモリアの実家トリス商会が支援物資を用意し、俺が今回アミリさんから受領した魔導機動戦艦を駆使し戦災の支援にあたる。
空を飛ぶ魔導機動戦艦だ。
並の輸送量ではない。
それによって生まれた利益や貸しに関しても莫大かもしれない。
しかし、内容を理解したからこそ、納得しがたい部分が浮き彫りになるのも事実。
メモリアの言う通り確かにそういった側面を得られるだろう。
理屈も理解できる、恩を売って支持を得る。
世の中きれいごとだけで成り立たのもわかっているが………
今必要かと聞かれたらそうか?と疑問符を抱いてしまう。
だが。
「エヴィア」
「なんだ?」
俺の今は一つの戦力として社長から期待されている。
この組織にはいろいろと居座るための理由が用意されている。
「メモリアがやろうとしていることは俺に必要なことか?」
「………」
それを振り切ってまで私情をはさむべきか、俺はその確認のためエヴィアに問う。
組織の歯車となるというのは聞こえは悪いが、自身を大きな歯車へと変貌させればそれはまた意味合いが違ってくる。
小さな歯車を回すための大きな歯車。
俺はいまそうなるかならないかの分岐路に立たされているような気がする。
じっと見つめる彼女の瞳に迷いはない。
「この先、お前たちの隣に立ち、胸を張って自慢の男だと言えるような存在になるには必要か?」
そんなエヴィアに向けて俺はさらに問う。
今この会社にいる理由は、この仕事が好きだという理由もあるが、何より期待してくれて俺が応えられているその循環が気持ちいというのと。
スエラ、メモリア、ヒミク、エヴィア。
この四人の女性が形の違うが好意を向けて、愛してくれているという想いに応えたい。
「っふ」
その意思が伝わったのか、エヴィアは普段の冷たい表情を崩し、その顔に暖かな笑みを浮かべる。
「馬鹿者、そんなに肩ひじを張るなお前らしくない」
わずか短い期間であってもエヴィアがそう言うのは自信になり、頷くヒミクに手を握ってくれるメモリア、そして立ち上がり肩に手を置いて微笑んでくれるスエラ。
「難しく考えすぎだ。どんな選択を選ぼうと、お前はお前だ。私にゆだねるな。やりたいようにやればいい」
そして優しく叱責するエヴィアはそっと言葉で俺の背中を押してくれる。
政治的立場で俺はメモリアの言う権力者。
土地の管理者に恩を売ることを重く受け止めすげていたようだ。
彼女たちの雰囲気に籠っていた力を抜き、そっと息を吐く。
「メモリア」
「はい」
ゆっくり焦りそうだった気持ちを落ち着け、今回の提案をしてくれたメモリアに俺の決断を言う。
「今回の褒章、フシオ教官とアミリさん、そして巨人王様の三つの報酬を使って戦災復興の支援に回す。俺の名は出さなくていい」
もらいすぎた報酬だ。
ここで善行を積まねば反動でえらい目に合いそうだ。
甘い判断と取られるかもしれない。
せっかくのチャンスを不意にするのかと蔑まれるかもしれない。
だが、これでいい。
もらった褒章が俺がどう使おうと俺の勝手、偽善と言いたければ言うといい。
そうさ、偽善さ。
俺が気分よく今後の人生を営むために、個人の善意を押しつけた偽善だ。
その偽善で誰かが助かるなら、それで十分じゃないか。
「いいんですか?」
「ああ、隠すことはないが宣伝する必要はない。所属を聞かれたら答える程度でいい」
逆にすっきりしたよ。
メモリアが本当に良いのかと聞いてきて、それに対して迷いなく頷いたら彼女はどこかほっとしたように見えた。
おそらく、この提案も彼女からしたら本意ではなかったのだろう。
だが必要だったからメモリアはその部分を口にしただけだ。
「ありがとう、メモリア」
だからこそ、気づかせてくれた彼女に感謝する。
「甘いな」
「すまん」
「だが、私はそれでいいと思うぞ」
甘いと評しながらも満足気に頷くエヴィア。
下手に権力をつけようとすると絶対に軋みが出る。
力を得られるかもしれないが、その代価にこの生活に支障が出るのは俺は望んでいない。
優しく笑えてホッとできる空間それを今回の騒動で守れた。
それだけで俺の戦果としては十分だ。
優しく笑うエヴィアに俺の感謝に安堵しながら微笑むメモリア。
夜泣きを始めた娘たちに慌てて駆け寄るスエラを見て手伝いに向かうヒミク。
この光景をいつまでもと思う。
「さてと、なら、エヴィアからもらった土地の活用法を考えるか。とりあえずマイホームを建てる方向で」
「む?なぜ家なのだジィロ」
「子供がこれからも増えるんだ。先に大きな家を建てるのもいいだろ」
「なら、タッテを呼んで使用人も住める規模にせねばな」
「それなら、商会の方からいい人材を派遣しますよ」
「そうですね、世界樹が植えられて子供たちと遊べるような庭も欲しいですね」
「頼むから、俺の給料で賄える方向で頼む」
この先も彼女たちと一緒にいれるのなら、多少の偽善も許されると思う。
とりあえずは今は彼女たちとマイホームに関して考えるとしよう。
今日の一言
もらったものの使い方は人それぞれ。