Entering a Company From Another World!?
168 Problems reacting when results are known
ドラゴンゾンビ、それは竜種の死体を蘇らせ、凶暴化させた魔獣だ。
基本的に理性や知性はなく、相手を倒すことのみしか考えられない存在。
その能力は常人なら天災と変わらない脅威になる。
単純に力だけに焦点を絞っても脳内リミッターが解除されている分、基になったドラゴンよりも怪力を出せる。
ドラゴン特有のブレスはその元となった性質に加えて、アンデッドの性質も兼ね合わされ厄介さに磨きがかかる。
加えて面倒なことに、余計なことを考えられない分ずば抜けて増えた生命力を盾に、ステータスを全面に出しての力押しで来る。
要はゴリ押しで来る。
魔法使いや回復職といった後衛職がこれを受けたらひとたまりもない。
前衛職でも質量と暴力に押しつぶされる可能性があることを考えれば厄介であることが窺える。
弱点として、アンデッド固定の弱点属性である聖・光属性とドラゴンなら得意であるはずの火属性がアンデッド化によって効果的になるが。
ここまでの能力を提示したところで、このドラゴンゾンビ、単純な剣術しか使えない前衛にとっては天敵以外の何者でもない存在である。
「そのはずなんだがなぁ」
そんな脅威を目にしている空間で、スパァと気の抜けた呼吸音が俺の口元より発せられ、白煙がその吐息にあわせて吐き出される。
「無防備に噛み付いてくるからてっきり耐久値に自信があると思ったんだが……勘違いだったか?」
そのドラゴンゾンビを軽くあしらってしまった俺はおかしいと首を傾げる。
多分、今言った俺のセリフを海堂あたりが聞けば、イヤイヤイヤと手のひらを全力で左右に振りながら。
『先輩が異常なんすよ!!』
とツッコミをくれそうだ。
それくらいあっけなく終わってしまったのだから俺の愚痴に近い言葉も見逃してほしい。
ドラゴンゾンビの挟撃による突撃に対して俺がしたことといえば、まずは正面にいるドラゴンゾンビに向けて駆け出しすれ違いざまに一太刀、振り返り踏み潰す勢いで重ねて飛び掛かってくるもう一頭の首筋にも一太刀。
それだけで、太い竜の首を切り飛ばした。
ああ、きっちりと二頭分の首を切り飛ばしたさ。
わずか数秒の攻防。
それだけで終わってしまった。
もし仮に、これが理性と知性が残った竜ならもう少し結果が違っただろうが、それはあくまでもしもの話だ。
目の前に広がる光景は瞬きしようが目を逸らそうが変わらずそこに存在する。
「まぁ、いいか。労力がかからないならこちらとしては楽だし」
若干の物足りなさを感じるも結果を納得し、思ったよりも早く終わった戦闘を頭の片隅に送り、この場にはもう用はないと判断する。
そして、周囲を警戒しつつゆっくりと目的地に向けて再び歩み始める。
わずかに湿った地面の感触を味わいつつ、ゆっくりと濃くなっていく瘴気の中に身を潜らせる。
視界は問題ない。
濃霧と言っても過言でもない視界ではあるが、他の五感で補助することでどこに何があるかを把握できている。
獣じみた五感の感知度合いであるが、それくらいできないとあの教官たちに一方的にボコボコにされるからな、おかげで本能的に磨き身に付いた身体能力だ。
体に害のある瘴気も今のところは問題ない。
原理として瘴気が体を侵し体を蝕むのは、瘴気自体を吸収しそれが体内にある魔力を侵食し正常な魔力から毒へと化すからだとフシオ教官から教わっている。
ありとあらゆる呼吸、鼻や口はもちろん皮膚呼吸でもそれは吸収され、これくらいの濃度だと何も対策なしに赴けばたちまち体調不良に襲われる。
もちろんそれを防ぐ術は学んでいた。
なにせ、その瘴気を放つ御仁と訓練を重ねていたからな。
フシオ教官の放つ瘴気は抑えられて放出される量は少なくてもその濃度は凝縮されていて、まともに受ければ並の猛毒の効果を上回るほど。なぜ分かるかって?
ああ、一度まともに受けて生死の境をさまよったからだよ畜生め。
スエラの治療がなかったら、地獄の閻魔様と面談していた可能性があるのは苦い思い出だ。
おかげでこの程度の瘴気なら多少息苦しい程度で済むくらいの技術は身につけられたよ。
さて、話が逸れた。
今やっている瘴気を防ぐ術として、体外からの魔力吸収を止めて体内循環による魔力濃度の高純度化という方法がある。
この方法を取れば、外気の魔力を吸収することなく体内の魔力出力を上げられ、且つ、その魔力によって瘴気を防ぐ膜を体の表面に張ることができる。
やっていることを簡単に言えば、うどんはこねればこねるほどコシが強くなる。
それと一緒で魔力を循環させ刀鍛冶の折り返し作業のように魔力を折り重ねて魔力の質を上げて、魔力の出力を上げつつ、反比例させるように魔力を使用する術のコストを下げているのだ。
もちろん、体外から吸収できないと魔力が底をつくのは普段よりもだいぶ早い。
これはあくまで節約術みたいなもの、打開策ではない。
本当なら結界を張ったり、瘴気を浄化したりしたほうが絶対に効率的だ。
だがあいにくと俺はそれができないのでこんな手段をとっている。
それでも瘴気内での活動時間は軽く見積もっても十倍以上に跳ね上がるのだから、覚えておいて損はない。
「……魔法陣か、予想通り専門外な分野だったな」
そしてようやく目的地についた。
窪地にひっそりとこさえた紫色に発光する魔法陣。
その魔法陣から四方に伸びる同色のラインは、おそらくだが他の地点に魔力を供給しているのではと素人目線で予測する。
「てかこれ、ぶった切っていいもんかね?」
見た目からして召喚陣というよりは、地脈から魔力を吸い取り他の魔法陣への魔力供給をするための代物だ。
さっきのドラゴンゾンビ二頭はこれを守っていたのだろう。
こういった魔法陣を解除する定石は正攻法で手順通りに機能を停止させることだ。
だが、それは設置した当人しかわからないだろうし、基礎魔法しか使えない俺にとってはいきなりフェルマーの最終定理を証明しろと言われているようなモノだ。
なので、俺ができることといえば力押しの脳筋的な手法に限られてくるわけで。
窪地に飛び込み、中央にある俺の背丈と変わらない大きさの紫水晶を見る。
「これが起点だろうなぁ」
見るからに重要だと物語っている代物。
それを証明するかのように魔力を多大に感じるが、切れないという感覚はないのでおそらくは切れるし壊せる。
だが、もし仮にこれが魔力を抑える弁の代わりをしているのなら、それを壊す、すなわち今もなお放出している魔力が決壊し大洪水を起こすということだろう。
そうなるとさすがに耐久値に自信のある俺でもヤバイ。
「となると、魔法陣ごと切ればいいのか? いや、それなら周りの岩を切り裂いて埋めるべきか?もしくは気合で周りの瘴気を切り裂いてみるか」
どんどん脳筋的な方法が頭の中を駆け巡り始めるが、どの方法もパッとしないし、綺麗に収まるような方法だと思えない。
「はぁ、勢いで解決しようと思ったが、できないことはできないか。ヴァルスさん召喚してこの空間を凍結するのが一番手っ取り早そうだが。それもねぇ?」
何も考えず行動は起こすものではないと自身を戒める。
最終手段である精霊召喚。
その方法もあくまで先延ばしであって解決ではない。
ここは素直に周囲の敵を駆除する方向で動き、監督官の部隊が到着するのを待つのがベターか。
何もせずとんぼ返りするような行動に絶対にヴァルスさんに笑われそうだと思いつつ何もできないのだから仕方ないと判断し、そうと決まれば行動を起こそうとしたが。
「っ!?」
教官たちから殺気には敏感になれと体に叩き込まれた感覚が、脳髄にビリっと電気を走らせる。
ゾクリと背筋が冷え、嫌な予感に従い全力で鉱樹を何もないはずの後ろの空間に向けて振り抜いた。
キンと何かを切断する感触がした。
その直後に。
「あああああああああ! 俺の腕が!? 腕が!?」
「てめぇは、だれだ? ってこの剣」
その振り抜いた空間から叫び声が上がる。
さっきまではいなかった。
それは間違いない。
だが、気づけば何かに襲われ、反射的に鉱樹を振るったら血しぶきが上がり、腕を押さえ膝をついた男がそこにいた。
迅速に振り返り、男の顔を確認するも見覚えがあるようなないような記憶しか浮かばない。
だが、この状況に当てはまる事柄になら心当たりがある。
そっと視線だけ動かし男の近くの地面に転がる手首より上が残った状態の短剣を見て、確信する。
そして一目でヤバイ代物だと判断し鉱樹で叩き切った。
「ふぅ、これでよし、あ?」
短剣をちょうど中付近で叩き割り、怪しげな雰囲気が消えたのを確認し、それが終われば次は襲撃者に意識が向く。
黒髪黒目、どう見ても日本人にしか見えない顔立ち。
それがなぜこんなところに一人でと疑問にするまでもなく、コイツが魔剣事件の犯人だろうとあたりを付ける。
俺を襲ったことといい、さっきの魔剣らしき短剣も含めて状況証拠が揃いすぎている。
最初は痛みに喚いていたのに、今は静かだなと疑問に思い確認してみると。
「外れた、外れた、あああ、外れた」
二つに割れた短剣を見てさっきまで痛みに喚いていたのはどこに消えたのやら、ブツブツブツとなにやらヤバげな雰囲気を醸し出していた。
明らかに正気ではない男にこれ以上関わるのは嫌だなと思うも、このまま放置していいわけでもない。
「ったく」
仕方ないという雰囲気を隠さず、腰からポーションを一本取り出し男の手にかけて止血、そのあとは男の手と叩き切った魔剣を回収し敵意が消えた男を抱えてその場から離れていった。
抱えた段階で何かしてくるかと警戒していたが、男は乾いた笑い声を上げるだけであった。
疾走している間も、男はなくなった手を凝視しながら外れたと繰り返すだけで、それが耳に入ってくるだけで精神的にゲンナリとせざるを得ない。
走ること十分、瘴気の濃度が薄くなり、魔力循環も必要じゃなくなる程度には正常になったエリアで一旦男を下ろした。
木に寄りかからせ座らせてみるも、一向に手から視線をずらそうとしない。
「おい! 俺がわかるか?」
「はははは、外れた外れた」
無理やり顔をつかみ視線を合わせようと試みるも焦点があっていない瞳はどこを見ているのやら。
「っ、こちとら精神科医じゃねぇんだぞ、どうすればいいんだよ」
舌打ち一つ鳴らし、この男は俺に手に負えないのを悟る。
ポーションでは精神的なものは治療できない。
薬で何かをされたのか、或いは本当に精神的な疾患を抱えてしまったのかこの状況では判断できない。
一応、情報のために連れてきたのはいいが、これ以上はどうしようもない。
「あ? タイミングは良かったな」
困り果て途方にくれていた時に気配を感じる。
それは不死者のような不穏な気配ではなく、れっきとした生者の気配。
そして、この独特な黒い気配は悪魔特有のもの。
その感覚に狂いはなく、俺を見つけたのだろう。
気配を濃くした集団は進路をこちらに変えその姿を現した。
「田中次郎、なぜここに?」
おそらくはリーダー格だろう。
先頭に立った男の悪魔が俺の名を呼び、俺がこの場にいることを問うてくる。
「細かい話はあとで報告する。トラブルの解決のために飛んできたんだが何も手を出せなくてな、引き返してきたところだ。タイミングがよくて助かったよ。この先に魔法陣があった。おそらくはあれが原因だろうよ。それと、こいつが最近お騒がせな通り魔くんだよ」
「何?」
どこの特殊部隊だよというツッコミは後回しにしよう。
森林迷彩の悪魔が出てきて、敵意がないこと、そして肩に付けられたエンブレムから監督官の部隊だと判断した俺は素直に状況を説明した。
最後にタバコに火を点けながら木に寄りかからせた男を指差す。
「それで? 今どうなっているんだ? ほかのテスターたちは」
「無事だ。今は避難が完了し里の中で待機している。それで、さっき言ったことは本当か?」
「ここで嘘を言ってもしょうがないだろう、証拠の魔剣もここにある。あいつが最近のお騒がせの犯人だよ。今は魔剣のせいか、それ以外の要因か、はたまた俺のせいか、手首を切り落としてから頭がおかしくなってこの様だ。この部隊の中に治癒魔法を使える奴はいないか? コイツの精神の治療と手をくっつけたい」
「わかった。それと魔剣もこちらで回収しよう。部下にエヴィア様に届けさせる」
「あいよ、頼む」
魔剣と男の手首を渡し、部隊員の一人が男に近づき治療を開始した。
他に三人が先行して魔法陣を確認しに行ったことから、これでこの状況は解決するだろうとため息を吐くのであった。
これが、まだ前哨戦にも満たないとある計画の一端であることも知らずに、俺は目の前の仕事の終わりが見えたことに安堵したのであった。
Another side
男は終始フードの奥で笑みを浮かべていた。
今回の計画の要であったはずの魔剣使いが捕まったのにもかかわらずにだ。
「どうせならもう少し彼の実力を見たかったところだけど、魔剣を使っても彼じゃ無理があったか。うんうんなら今回はここまでだ。それに仕上がりは上々。彼はなかなかいい仕事をしてくれたね。本当は捨て駒にしてここで死んでもらう予定だったけど、お礼に君には生き延びる権利をあげようじゃないか」
いや、その用も今じゃ無用の長物と化したのだろう。
次第に収束していく精霊の森の騒乱。
閉じられていく不死者の召喚陣。
ついには地脈を使い召喚の起点となっている魔法陣も取り押さえられた。
これ以上この場に手札を用意していない男は劇の終幕を見送るような感覚でそっとマントを翻しその場を去る。
「ああ、収穫が楽しみだよ」
その言葉だけがその場に響き、空間転移で男は去っていく。
Another side end
今日の一言
できないことが目の前に存在し、何もできなかったときの反応次第で今後の自分の方針が決まる。そう思えた日であった。