『続きまして、二年生による玉入れです』

来賓席に戻って少し経ち、運営テントから拡音石という音を大きくする魔道具によって、運動場全体にそのような事が通達される。

「さて……と」

これはソフィーとティオ、両方が出場する全体競技だ。必然、シャーリィは手の骨をバキリと鳴らし、映写機を構える。チアガール姿のまま魔力と闘気で長い白髪を靡かせるほどの集中力を発揮するその姿はとても一保護者が応援に来たとは思えないが、こうなることは最早当然の事なのでカイルたちとしては何も言う事はない。

「にしても、やっぱり生徒の競技に興味のない冒険者も多いな」

愛娘二人が入場してきた瞬間からシャッターを連打する、何を言っても耳に入らないほど集中状態にあるシャーリィの背後では、大勢の冒険者たちが運動場に見向きもせずに相談を始めている。

『最初の競技はどうする? 誰が出るよ?』

『事前に発表が無いっていうのが痛いな。選出のしようがない』

『ここは大抵のことが出来る万能型の奴を出すべきじゃないのか?』

今ここに集まっている冒険者たちの殆どは、警備と優勝賞品が目的だ。しかし勝利のためだからと言って、生徒たちにまで干渉を行おうとする者にはカナリア直々に制裁が待っていると伝えられていたため、彼らは自分たちの出場競技にのみ集中する形で勝ちに行く方針を取っていた。

言ってしまえば、それ以外の競技……特に生徒しか出ない競技は結果だけしか見るべきところが無い。純粋に観覧に来た保護者たちとは違うのだ。

「まぁ、大人しくしてる分まだマシなんじゃない? 酔って暴れてる奴もいないみたいだし」

「酔った瞬間にシバき倒されたギルドマスターもいるけどな」

そういったクードの視線の先には、高級ソファに寝そべり、菓子類を摘まみながら運動場に目を向けているカナリアがいる。賞品を提供する側のカナリアにとっては、運動会そのものの方が重要なのだろうと呟いていた。

「…………」

「? シャーリィさん、どうかしたんですか?」

「いいえ、特に何も」

今年に限っては理事長としてではなく、一保護者側に立って運動会を見に来たカナリアの事を、シャーリィは周囲に漏らす気はなかった。ソフィーとティオにも口止めをしている。

カナリアの性格からして、冷やかされるのは大嫌いだろう。シャーリィとて自らの子煩悩を冷やかされるのはそこまで好きではない……むしろ苦手な部類なので、今回の事は口外しないことにしたのだ。

(しかし……一人の親としては感心することをしているのに、どうしてそれを知られることを嫌がるのか)

普段傍若無人に振る舞って、周囲から責め立てられ過ぎている弊害だろうか。もしかしたら、手放し一杯に称えられることに慣れていないのかもしれない。

(……今度、少し試してみましょうか)

少し、シャーリィの中で日頃の仕返しも兼ねた悪戯心が湧き上がってきた。上手くいけば、カナリアへの対策になるかもしれない。

「ていうか、民間学校の玉入れってまだアレ(・・)なのか?」

「みたいだよ。ほら、あれ」

「……アタシさぁ、玉入れって言ったらアレが普通だって在学中は思ってたんだよね。だから卒業してから普通じゃないって知った時はちょっとショックだった」

三人が懐かしむように談笑を広げていると、運営テントから再び声が拡がる。

『続きまして、籠の入場です』

「は? 籠が……何だって?」

妙な言い回しに運動会そっちのけで作戦を練っていた冒険者の一人が運動場に目を向ける。すると白組と紅組、それぞれの入場門から子供の半分ほどの大きさの影が飛びながら運動場に入ってきた。

「な、何だありゃ?」

何も知らない冒険者たちはその影に視線を奪われる。

影の正体は、白い翼が生えた籠だった。まるで生きた鳥のように生徒たちの少し上空を緩やかに舞っている。そして生徒たちの周囲には、それぞれ赤い布玉と白い布玉が地面に転がっていた。

『ルールは簡単。制限時間内にあの飛び回る籠により多くの布玉を入れた方の勝ちとなります』

この辺境の街の民間学校……というか、カナリアが支援している学校には多くの魔道具が提供されている。この玉入れようの籠も運動会用に与えられた内の一つなのだ。

『それでは二年生玉入れ……開始です!』

運動場は一斉にわっ! と、児童たちの声で溢れかえる。競技に参加している子供たちは勿論、待機している3年生と1年生の声援もあり、もはや誰が声を張り上げているのかも分からない状況だ。

『えいっ! えいっ! ……う~、入らない』

『思ったよりも全然すばしっこいぞ! よーく狙えっ!』

『やった! 一個入った!』

別段早く動くわけでもなければ、玉を入れようとする生徒たちから離れすぎることはないが、それでも飛び回る籠を狙うというのは中々に難しく、それでいて動かない的を狙うという単調な競技よりも子供心を躍起にさせ、一線を画する盛り上がりをみせる。

『あ! こっちに近づいてきた!』

『チャンス! 入れろ入れろ!』

しかも、なかなか玉を入れられなくてつまらない思いをする生徒が現れないよう、サービスとばかりに時折低空飛行をし始めるのだ。僅かながらでも達成感を持たせ、運動会を楽しめるようにする、カナリアの演出である。

「ん……しょっ。ていっ」

「おーい、ティオ! 新しい玉、集めといたぞ!」

「玉入れ任せた!」

「ん。任された」

少なからず飛ぶ籠を相手に苦戦する生徒たちの中、一人だけ的確に玉を籠に入れている女子生徒が一人。ティオである。必然的にシャーリィのシャッターを切る指が加速していく。

低空飛行をしている時ならいざ知らず、冒険者の眼から見れば籠の動きは余りに緩慢だが、何の訓練も受けていない者が狙って入れられるようなものでもない。この競技は個々人の腕前よりも運の要素が強く左右するのだろう。

それでもなお、ティオは明らかに籠の動きを無意識の内に予測し、籠の向かう先に向かって玉を投げることで百発百中を実現している。リーシャたちを始めとした一部の生徒たちは、集団で入れにいくよりもティオ一人に任せた方が良いと判断し、玉集めに徹しているくらいだ。

「ティオちゃんさっきから凄いですね。魔術にしろ投擲にしろ、動いている的を狙って当てるにはかなりの技術が必要なのに」

「こりゃお前の記録を塗り替える時が来たんじゃねーの? 確か、七十個以上入れたって豪語してたよな?」

「いやいや、こっちは狙撃の種族、エルフの血を引いてるんだよ? いくら何でもこの手の勝負で人間の子に負けるだなんて――――」

「ちなみに今、ティオが入れた玉の数は五十を超えたところです」

「……ウッソ、マジで?」

己の中に半分流れる種族の血のプライドが揺るがされそうになって青ざめるレイアに視線を向けず、続いてソフィーに視線を向ける。

「《風流・袋》……えぇ~と、《収束》!」

この場の誰よりもティオと長い付き合いのソフィーは、妹の能力をよく把握しているのか、一早くティオの周りに玉を集め始めたのだが、集まった玉の数が過剰になったのを見計らうと、魔術を発動させた。

周囲の玉を風が拾い、ソフィーの手元一ヵ所に集め、押し固める。そして出来上がった布玉の塊を、ソフィーは風の推進力を借りて、籠の少し上に目掛けて放り投げた。

布玉の塊は籠から外れ、そのまま落下するかと誰もが思った次の瞬間……布玉を押し固めていた風魔術が解除され、雨あられと無数の布玉が籠に降り注ぎ、幾つも投入される。

「やった! 大成功!」

「おー! もう一回! もう一回やって!」

それを近く手で見ていたチェルシーが次々と玉をソフィーの方にも集め始めた。その様子を見ていたシャーリィは写真を撮りながら、隣に座るカイルの背中を興奮気味に何度も叩く。

「見ましたかっ? 二人が……二人があんなに活躍をして……!」

「痛っ!? ちょっ!? シャーリィさん!? 見ましたから、ちょっと手加減を……!?」

「ベリル、そしてルベウスっ。貴方たちは今のあの子たちを上空から撮影を……!」

もはや周囲に気が向いていないのか、シャーリィはベリルとルベウスに指示を出し、紐で括った映写機を二羽の体に一つずつぶら下げて写真を撮らせるように指示を出した。

元々自分よりもはるかに大きいソフィーたちの体を持ち上げて飛行するほどの脚力と飛行力を誇る精霊だ。映写機をぶら下げて飛行し、なおかつシャッターを切ることも出来るのだが、完全に呆れた様子で自分よりも大きな映写機をぶら下げながら写真まで撮らされる二羽は、赤の他人から見れば主人の無茶振りに応えているかのような哀愁が漂っていた。

結局、玉入れは紅組の完勝で決着。娘たちの華々しいスタートに、シャーリィは平静を装いながらも内心は狂喜乱舞である。

『続きまして、保護者競技が始まります。参加される保護者の方は、入場ゲート前までお集まりください』

生徒たちが入場ゲートを再び通って運動場から立ち去った後、運営側からの声と共に後ろに居た冒険者の一人がシャーリィに声を掛ける。

「おい、シャーリィ。正直、次の競技がどんなもんになるのかは結局情報を掴めなかった。だからここは一番強い手札を切って、幸先の良い勝ちを拾いたい。頼めるか?」

「……いいでしょう」

シャーリィは競技用の模造剣を握りしめ、流れるように立ち上がる。 

娘たちは最上の結果を出した。ならば次は自分の番とばかりに、シャーリィは気炎を燃やしながら白組の来賓席を睨む。

「……どうやら今回の戦い、一筋縄ではいかなさそうですね」

如何なる強大な魔物であろうと、生きた天災とも言える竜王を相手にしようともこれほどの激戦の予感を感じたことはなかった。まさか以前自身を追い詰めた《黒の聖槍》を相手にした時にも似た緊張感を運動会で味わう羽目になるとは思っていなかったのだ。

「ギルドマスター、斥候から連絡がありやした。どうやら紅組の連中、剣鬼を出場させるみたいですぜ」

「となれば……ククククク、ようやく妾の出番か。どぉれ、ここはギルドマスターとして若造共で少し遊ぶとしようかのぅ。……この妾に恥をかかせたシャーリィとかは念入りに」

高級ソファに寝そべっていたカナリアがゆらりと宙に浮かび、不遜に嗤いながら挑戦者である紅組の冒険者たちを見下ろす。

双方共に子の為に……片方は多分に私怨が混じっているが……それでも庇護すべき可愛い娘、もしくは孫娘の為にという確たる目的を得て、子供の運動会だというのに既に大人気を無くしかけている。

「出会ってから既に十年以上……今思えば、私たちは勝負事でぶつかり合ったことはありませんでしたね」

「はっ! 良い機会じゃ。殺し合いとは程遠いが……どちらが冒険者ギルド最強であるのか、ここで決着を付けようかのぅ?」

麗らかな日中。冒険者ギルド最強候補、チアガール姿の《白の剣鬼》と、生徒用の運動服に身を包んだ《黄金の魔女》の闘志が火花を散らしながらぶつかり合う。

今、民間学校の運動場、運動会の真っただ中で、最強を決める戦いが……始まらない。